白猫のアトリエⅠ

「ぎゃぁぁあああああああああ! また失敗した! もー! 最悪だ!」

「あっははははっ! 引いたぞ! 引きおったー! たった5%の失敗をしっかりと引いていくー! さっすがレア! そこにしびれないし、憧れないけど!」

「なんで⁉ どうしてっ⁉ 理不尽だ!!」

「いや……、なんでってそりゃ……、〝運が悪いから〟以外に理由なんてないだろ? 日頃の行いってやつだな」

「えー! 私、いい子なんですけど! トイレットペーパー使い終わったら必ず三角形作るくらいには善良な市民なんですけど! むくわれるべき無辜むこの民なんですけどっ!」

「うわぁ……、ちっちぇ。器も身長もちっちぇ~」

「うっ、馬鹿にしたな? でもさ、ほら。〝チリツモ〟って言うじゃん?」

「…………なんだそれ? 掃除の時間に使うやつ?」

「うん、それはちりとりだね」

「鼻かむやつだ」

「それはちりかみ」

「じゃあ、なんだ?」

「よくぞ聞いてくれた!」

「いいから、そういうの」

「まあ聞きなさい。チリツモって言うのはね〜、〝ちりも積もれば大和撫子やまとなでしこ〟ってこと!」

「……? 〝塵も積もれば山となる〟って言いたいのか?」

「……待って待って! 今のは私がツッコミのターンだったよね? エキドナのターンじゃないよ? ボルバルは禁止!」

「レアより私の方が〈AGIアジリティー〉が高いからな」

「あ、なに。会話の順序にまでステータス影響する感じなの? そういうシステム? ターン制会話バトルなの?」

「昔、偉い人が言ってた。〝ステータス高いやつが一番偉い。低いやつは偉くない〟」

「横暴だ! ……ところでさ、〝大和撫子〟って、なんなの? 偉い人?」

「……」

「……? なにさ、自分のこと指さして」

「お前さんの目の前に居るだろ? 大和撫子」

「いやいや、エキドナは納戸貴恵なんどきえでしょ」

「あー、そりゃ私の真名だな。他言無用なやつ。宝具がバレちゃう。なんだろ、形容詞ってのかな。例えば、イケメンとか美女とか、ブサイクとかクソビッチとかクリボッチとかクリボーとか、そういうやつだ」

「なんか悪口入ってない? それで……、それって具体的にはどんな意味なの?」

「日本女性の清楚な美しさを称える言葉——、と辞書には書いているな」

「……」

「……なんだよぅ。なんか文句あるのかよー」

「私は山盛りナタデココの方が好きかなぁ」

「……なんて?」

「私は山盛りナタデココの方が好きかなぁ」

「…………なんだそれ? 最近流行りのお笑い芸人?」

「山盛りのナタデココだけど?」

「…………。よし、話を戻そう」


 仲睦なかむつまじく、賑やかに談笑しているのは二人の女でした。

 二人が肩を並べて座っているのは、喫茶店のような小さな部屋。そのカウンター席です。

 店の内装は、掛軸かけじくや壁、カップなどの小物に至るまで、節々に真っ白な仔猫が描かれている特徴がある以外は、シックな雰囲気に纏まっています。

 あつらえられた装飾品からは、店主のこだわりが見て取れます。

 そして、アンティークな意匠いしょうらされた蓄音機ちくおんきから粛々しゅくしゅくと流れているのは、クラシックの音楽。

 穏やかで、どこか静謐せいひつな時間が流れる小さな空間には、他のお客は勿論のこと、店主らしき人物の姿さえ見当たりません。


 ここは個人によって生成されたレストエリア——【白猫の|休息所(アトリエ)】。


 ダンジョンとして生成された魔王城とは違い、ストーリー序盤のイベントを攻略すれば誰でも作ることの出来る個人宅です。

 ゲーム内で唯一とも言えるプライべートな空間で、二人はカウンター席に並んで座っています。

 口元に指を当てうなっているエキドナを見て、レアが首を傾げました。


「ん? どったの、エキドナ?」

「何の話してたんだっけ?」

「記憶喪失かな?」

「んや、スマン。最近まじで物覚えが怪しい。世界平和についてだったカナ?」

「そんな大袈裟な話はしてないよ。エキドナおばあちゃん。私が不幸だって話だよう」

「そうだそうだ。——でも、不幸だってのは少し違うんじゃねぇかな。これは私の持論だが……、〝不運〟と〝不幸〟は似て非なるものだ」

「あーね、運がなくても幸せだって言うんでしょ? 分かるけどさ……。私くらいツイていない人間になると自然と不幸にもなるものだよ」

「じゃあ、レアは人生がつまんねえのか?」

「む? そんなことないけど……。普通にそれなりに楽しく生きてるかなぁ」

「それは充分過ぎるほどに幸せなんじゃねえか?」

「むぅ。それは飛躍してると思うなぁ。平凡が一番、って言うけど、なんかジジ臭い考え方じゃない? 誰だって可愛い顔に産まれたいし、勉強が得意な頭がほしいし、裕福な家庭がいいと思うんじゃないかな。多くを望まない――、なんて口だけだよ」

「お前さんは顔も可愛いし家も裕福だろう」

「えへへ。褒めてくれてありがとう。ちなみに……、触れなかった頭については?」

「ノーコメントで」

「コメントして」

「神は人に試練を与える存在なのだ」

「失礼だ!」

「ほんでそれを踏まえても、お主は自分が不幸だと思うのか?」

「どうだろ。不幸、って言うとなんか飢えに苦しむ子供達とか、病気でまともに歩けない人とか想像しちゃって、大袈裟にも感じるけど、なんていうのかな……。改めて振り返ると確かに楽しい日々なんだけど、やっぱり不運だなぁって思うその瞬間は、不幸だなぁ、って常々感じる」

「まあ、頻繁にすっ転んで、物を壊したり怪我をしたりする場面を思い返して、それが楽しかったと思えたらむしろ心配だな」

「だしょ? エキドナも私と同じ境遇になればきっと嫌ってほどわかるよ」

「レアのそれはもはや〝体質〟であって、〝環境〟や〝立場〟の問題じゃないから、境遇が同じになっても多分わからんなぁ」

「なら、私になればいい!」

「無茶言うなよなぁ……。というか、むしろレアを取り巻く環境に関しては、これ以上ないくらい生き易いものだと思うけど」

「それは、一理ある。私がこの不運をわずらったまま、誰の理解もない見知らぬ土地に移住したら、きっと誰にも助けて貰えずに、死んじゃうかもしれない……」


 先程から〝レア〟と呼ばれているのは、少し背の低い女、少女です。

 透き通るようなブロンドの髪と整った目鼻立ち。

 パッチリとした深紅しんくの瞳から意志の強さは感じられず、華美かびな見た目に反して、どこか自信のない、弱々しい内面が漏れだしています。


 少女が名残り惜しそうに抱えているのは、刀身が真っ二つに別れ、幾重いくえにも亀裂きれつはしり、罅割ひびわれた緋色ひいろの両刃剣。


 その剣の名は——、『緋色の十字聖剣グレンモア』。


 やたらと尊大な名前に劣らず、希少であり、強力な武器でした。

 つい、五分ほど前——、武器としての様相を保っていたときまでは——、の話ですが。


 武器の強化にはゲーム毎に様々な仕様がありますが、この世界では成功率という概念が存在します。つまり、強化に失敗することもあるのです。

 熟練度の高い鍛冶師に依頼すれば、最悪のケースである破損を防ぐことは可能ですが、今回はレアの装備強化を担っている鍛冶師の都合がつかなかった為、アイテムに頼って自ら強行突破を試みたという経緯がありました。

 レアが希少性の高い武器の強化に失敗し、媒体となった武器を壊してしまうのは、もはや風物詩と化しています。

 予備の武器を欠かすことはできません。

 見るも無残な姿へと変貌へんぼうを遂げたグレンモアを抱いたレアは、


「うぅぅ……、私のグレンモアがぁ……」


 まなじりに涙を溜めて、愛剣の死を惜しみました。

 名前の頭文字がレアの本名と被っていて、見た目も格好良く、とても強いお気に入りの武器だったのですが——、


「アビス鯖でも片手で数えられるくらいしか出回ってないからなぁ。先月入ったアプデから、落ちやすくなったシリーズのはずなんだけどな。体感ではあんま落ちないんだよなぁ。サツキも在庫切れって言ってたし」

「武器もそうだけど、〝クローバー〟も使ったのに……」

「それは別にいいって。多分もう使うことないし」

 

 レアと会話を交わしているのは、レアより頭二つ分くらい背の高い、全体的に赤い女でした。

 後ろで一本に括られた燃える業火のような髪。服装は褐色の肌が節々で露わになっている部分保護の身軽な鎧を着込んでいます。

 人懐っこい笑みを浮かべていますが、その裏側にどこか飢えた獣のような剣呑な雰囲気さえ感じさせる、女戦士然とした女性でした。

 腰に携えているのは、レアの抱えている折れた剣とは趣向の違った細身の剣。

 鞘に納められたそれには小判形の鍔が付いており、剣というよりは〝刀〟と形容すべき逸品でしょう。

 クエストに参加していた時の『ナイトジェネラル』から『侍』にジョブチェンジしているので、服装こそ違いますが、その姿は紛れもなく『アスモデウス討伐戦 超弩級』で奮闘していた紅蓮の騎士エキドナ、その人でした。


 レアが武器を強化する際に用いたのは、消費アイテムの中でもかなり希少な【黄金のクローバー】と呼ばれるアイテムです。

 課金アイテムの中でも、現実通貨で福沢諭吉を要するアイテム福袋にしか入っていないような代物です。

 今回はたまたま余らせていたエキドナがレアに譲渡した物を使用した、という経緯があります。

 その効果は、〝強化に使用すると、成功確率を95%に引き上げる〟というもの。

 グレンモアの元々の一次強化成功率は10%なので、その恩恵は破格と言って差し支えないでしょう。

 ……とは言っても、結局レアは5%を見事に引き当て、更には強化失敗時に一定確率で起こる〝強化対象となる武器の破損〟まで引き起こしたわけですが。

 二人がかしましく会話をしていると、


「――ただいま戻りました」


 入口の扉を開閉する際に、音が鳴る仕組みの小さなベルを揺らして、新たな人物が入ってきました。

 翡翠ひすいの髪に翡翠の瞳。紺色こんぺきを基調とした魔術師特有のローブに、先端に紅色の宝石がめ込まれた長杖。

 エルフのような顔つきの女は、魔王城にサツキと共にいたバエルでした。


「おう、おかえり、バエル」


 背もたれに肘を掛け、半身になって振り向いたエキドナが言って、


「おかりー!」


 椅子を回転させ、後ろを向いたレアも続きました。

 一文字違いました。


「……。なにを? ご飯?」


 凛然とたたずんでいたバエルの後ろから気配もなく、すっと現れた四人目の人物。

 短めの薄藍色うすあおいろの髪を逆立てた、傷の付いた怜悧れいりな瞳が印象強い男騎士でした。

 エキドナのそれとは違い、装備主の身体を隈なく守る頑丈そうな全身鎧を身に纏っています。

 背負うのは、レアのグレンモアにも似た幅広で重厚な大剣。

 四人の中でも、その格好はあまりにも〝それらしい〟姿をしていました。

 エキドナと同じように、『ソードマスター』から『オラクルナイト』にジョブチェンジしたルークです。

 なにを隠そう、『アスモデウス討伐戦 超弩級』で肩を並べていた二人は、同じギルドのメンバーなのです。


「……というか、案の定壊れてるわね。グレンモア」

「ですね。95%で壊れないは、レアにとって95%壊れるようなものですし」

「確率に関わらず、〝自分に不利益な方の結果にしっかりと傾く〟という謎の仕様」

「低確率に振れるでなく、例え確率が逆転したとしても、しっかりと当人への不利益に至るのが凄いところですよね」

「この間やった、〝十回ジャンケンして、一回でも負けることが出来たらレアにお菓子をあげる〟って実験で結局レアが十連勝したのは流石に驚いたわ」

 

 青藍せいらんの騎士――、ルークがバエルと会話を交わします。

 その口調に、少しばかりでは済まない違和感が生じているのは、キャラクターとそれを操作するプレイヤーの性別の不一致からくるものです。

 端的に説明すると、

〝男性キャラクターであるルークを操っているのが女性プレイヤー〟

 ということです。

 人の目がある場所では男口調を貫いているルークですが、仲間内では慣れ親しんだ口調――、つまりは現実の性別と同じ女口調で話します。



 赤、青、黄、緑。

 まるで、日曜朝七時半の特撮番組を彷彿ほうふつとさせるカラフルな四人組が揃いました。

 彼女達はギルド『|Monday(マンデー) |Melancolia(メランコリア)』、通称〝|MM(マンメラ)〟の構成員メンバーです。

 《Freedom Vast World》の中でも。日本に存在する十六のサーバー全体の中で数えても、屈指の実力派ギルド――、その実態は全員が高校生であり、全員が女子。そして全員が知人同士。……というか、リアルでの友人のみで構成されています。

 ゲーム内人口の男女比率において、男性が九割を超えるヘビーユーザー主体のゲームでは、かなり稀有けうな存在でもあります。

《FVW》での〝ギルド〟とは、最大で百人まで加入することができるグループシステムです。

 ギルド対抗イベントなどの関係で、多くの〝トップギルド〟――つまり強くて、名声のある集団は、どこも五十人以上の団員を指揮している大所帯です。

 ――そんな中、この場に居ないサツキを加えた僅か五名で、その一角に数えられているMMは、まさに〝少数精鋭〟と呼ぶに相応しい貫録を持ち合わせ、コアなプレイヤーの間でも度々話題にされるギルドです。


 ……ちなみに五人目のメンバー、色で表すと、〝黒〟にあたるのがバエルと共に魔王城を訪れたサツキです。

 別に、示し合わせて色違いになっているわけではないのですが、たまたまイメージカラーが定着してしまった感は否めません。


 最近になってメンバー全体のイン率が落ちていた中、数日振りに全員――、ではありませんが、役一名を除いて、集まったのには訳がありました。

 2019年5月19日。

 現在普及しているVR装置の後継機こうけいき、第二世代型の発売日です。

 つまりは、VRゲーマーにとってのビッグイベントが、翌日に迫っているというわけです。

 そんな経緯もあって、後継機の発売日伴い、同じ会社が運営している《FVW》は《TCO》の発売日と共に無期限のサービス停止となります。

 サービス終了と断言しない辺りに、運営の煮え切らなさを感じるプレイヤーも居るようですが、実際に《TCO》へ移行するプレイヤーが大半なので、仕方のないことだと割り切っている人が多いようです。

 と、そんなわけで、今四人が集まっているのは《TCO》発売の前夜祭でもあり、長らく遊んできた《FVW》の世界のお別れ会も兼ねているというわけです。

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