第20話 一人称アリサ
ここまでで、この小説はぷっつりと切れていた。
私は、この本を受け取るまでヒロシさんの気持ちを全く理解できていなかったのだなと実感した。この小説の続きは、私が綴る。私しか綴れない。
あのあと私は立花さんと一緒に金沢から大阪へ帰ってきた。金沢の海で何があったのか一切を伏せたまま。それでも立花さんは何も聞かずに私を迎え入れてくれた。
元々四月に経営を始める予定だった店の話は、私の入院で白紙撤回となってしまったけれど、立花さんの経営は順調に進められていたために、私はそこでスタッフとして雇われる形で勤めていた。
私なりの答えを出すために。そしてその答えをヒロシさんにぶつけるために。
金沢から帰って来て以降、私の耳には貝殻のイヤリングが光っている。それをつけているだけで、いつもヒロシさんが側にいてくれている、そう信じていた。
そして働いて汗を流すことで、不安な気持ちを忘れようとしていた。その気持ちに自信がつくまで、自分の気持ちがもう少し強くなるまでと思ってヒロシさんとの連絡を取らずにいた。
でもある日、それが間違いだったと気づかされる。
いつものように仕事に熱中していた午後、『膳』の女将さんが、けたたましく店に飛び込んできた。しかも、その顔はすでに涙で溢れていた。
そして、問い詰めるように私に尋ねる。
「アリサちゃん、ヒロさんの居場所知らんか。知ってたら教えてえな。」
私も驚いて、女将さんの袖を力の限りつかんでいた。
「ヒロシさんがどうかしたんですか。」
女将さんは私の顔を見て、さらに驚いた表情で、
「ええ、何も知らんのかいな。ウソやろ、ウソやってゆうてえな。ああああ。」
女将さんは私の服の襟と袖をつかんだまま、その場でしゃがみこんで泣き崩れた。
私はすぐにケータイでヒロシさんに電話をかけた。
『おかけになった電話は現在使われておりません。』
頭の中で最悪な予感がよぎった。私はとるものもとらず、タクシーを拾って乗った。J駅まで行き、ヒロシさんのマンションへ一目散に駆け出していた。
ヒロシさんの住んでいたマンションの部屋は、カギもかかっておらず、ドアも空いたままの伽藍堂の状態だった。
その光景を見た私は、その場でひざまずくしかなかった。そして、全てを理解した私はただ、ひたすら泣いた。泣くしかなかった。
私の後を追いかけてきた立花さんと女将さんも、その光景を前に、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
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