第19話 エピローグ~最後の北陸紀行~
「これからは未来の話をしよう。」
「うん。」
「おおよその話は立花君から聞いたよ。一番問題なのは仕事のことだね。アリサはどうしたい?」
ボクは裸のままのアリサを腕の中に抱いたまま話を進めている。
「彼の仕事ぶりは堅実だし、お客さんもついているわ。一緒に組んだ方が評判はいいかも。でも、今のままで彼と組むことはできない。」
「ホントは迷ってるんじゃないの?彼のプロポーズがなければ、いい企画なんだろ?」
「・・・・・。」黙ってしまうアリサ。
「感情的にならずに解決策を考えよう。答えはきっと見つかるさ。」
ボクは曖昧な答えを言って、ボクの真意をも濁したまま慰めるしかなかった。アリサも黙ったまま、ただボクの胸に顔を付けて息を潜めている。
ボクの中で解決策があるわけじゃない。わだかまりもないわけじゃない。それはアリサも同じことだろう。
しかし、今のままでいいとは思わなかった。
ボクは虚ろな意識の中で、あることを思いついた。
「ドライブに行こう。いいだろ?」
「うん。」
その返事を聞いてボクはアリサをベッドから送り出す。
出かける用意をして部屋を出る。レンタカーショップは駅前にある。
正月に丸亀に行くときに借りたものと同じ車が残っていた。迷わずその車を指定して、明日の午前中まで借りることにした。
「どこへ行くの?」
ここに来るまでの会話も少なかったので、アリサは少し不安げな表情を見せていた。
「ボクたちの思い出の場所へ。」
そう言ってアリサを助手席に座らせて、アクセルを踏む足に力を込める。
車はすぐ近くの高速インターに入り、やがて名神自動車道へと飛び出して行く。
何を話していいのかわからないボクは、ラジオのスイッチをひねり、ボリュームを上げる。
口数の少ないボクを察してか、アリサの口数も少ない。
そんな中、ラジオのボリュームを下げてアリサが話し出す。
「ヒロシさん、アリサずっと心配してたんだけど、ヒロシさんアリサと付き合うようになってから、仕事が減ってない?東京へも行かなくなったよね。どうして?」
確かにボクの仕事は減っていた。東京の仕事も年末前には終わっていた。というか契約の継続を断っていた。
「もしかして、アリサの休みが不安定だから、アリサと会うために時間をフリーにするためにとかじゃないよね。」
痛いところを突かれたと言っていい。そんなところまで見抜いていたのかと思ったが、
「そんなことないよ。それに、稼がないとアリサとデートできないじゃない。仕事は選んでいったし、減ったのも事実だけど、安定した仕事を選んできたつもりだよ。」
微笑んで見せたが、顔のどこかが引きつっていたかもしれない。
「だから、アリサのことがヒロシさんの負担になってるんじゃないかって、アリサがヒロシさんのことダメにしてるんじゃないかって。それに病気のこと言ったら、もっと負担になるんじゃないかと思ったらどんどん不安になって。」
アリサはまた泣き出しそうになる。
「泣かないで、もうその話は終わったんだよ。今からは未来の話をするって言ったよね。だからいいんだよ、過去の話は。それに、ボクはまだダメになんかなってないよ。仕事は選んでいるけど、いい仕事は残してあるつもりだよ。」
「ウン。」
アリサも素直にうなずいた。
「今からね、金沢の海を見に行く。もう一度二人で海に誓うために。」
それだけ言って、またボクの言葉は途切れた。
ラジオからは、軽快なパーソナリティの楽しそうな会話が聞こえている。
「ヒロシさん、アリサね。」
しばらくして、アリサが会話の口火を切る。
「入院している間に思ってたの。人を愛することってどういうことなんだろうって。ヒロシさんが精一杯の優しさをアリサに注ぎ込んでくれているのをずっと感謝してた。アリサが連絡して、会ってくれなかった事なんて一度もなかった。メールだって全部返してくれた。色々連れて行ってもらった。ヒロシさんの大切な人にも会わせてくれた。立花さんのこともちゃんと対応してくれた。考えたら、みんなみんなアリサのためだったのね。それを考えたら、アリサ、ヒロシさんに報いきれないほど感謝してるの。」
「アリサがどう思ってるかは知らないけど、それはみんなボク自身のためだったんだよ。アリサに会いたかったし、メールだってボクのほうからメル友になってってお願いしたことだし、色々連れて行きたかったし、『禅』の親方や女将さんに会わせたかっただけだし、立花君のことはかえってボクが反省させられた点もあるし、アリサが気に病むことなんか一つもないのに。」
アリサは潤んだ目でボクを見る。
「アリサもヒロシさんをいっぱい愛してきたつもり、ヒロシさんが喜んでくれるように頑張ってきたつもり。でも、アリサには届かないと思ったときもあるの。」
「えっ?何が届かないの?」
「やっぱり、同じだけの愛や思いやりを返したい、そう思うのが普通じゃない?でもアリサが注いでもらった愛や思いやりが返せないぐらい大きくなったとき、アリサだけが、私だけがこんなに幸せでいいのかなって思ったことがあるの。」
「ボクはアリサが喜ぶ顔を見たかっただけなんだけどな。何かを返して欲しいなんて一度も思ったことなんかないよ。それよりも、いつもアリサはボクの言うとおりになってくれていたじゃない。もしかして、それが重かったのかな。それとも無理をしていたのかな。」
「重いなんて感じたことはなかったわ。ずっと幸せだったもの。無理もしてないつもりだった。今でもそれは変わらないわ。変わらないと思ってる。」
そう言って窓の外に顔を向ける。
再びしばらくの沈黙のあと、今度はボクが口火を切る。
「立花君がボクのマンションに来たとき、ボクははっきり言って怒り心頭だった。いつ彼を殴り倒してやろうかと思って向かい合ってた。でも、彼がずっと冷静にアリサのことを話しているうちに、ボクが子供じみた人間だってことに気づかされた。」
アリサは黙って聞いている。
「彼はボクのことを敬服していると言ったっけ。でも、そう言いながらあの状況で、最終的にはボクを呼んで病院にアリサを迎えに来させ、自分は颯爽と姿を消す。そんなマネは普通の人間じゃできないよ。」
アリサはニッコリ微笑んでボクに話す。
「それはね、ヒロシさんがいい人だからよ。立花さんもアリサがあなたと結婚するなら、諦めるって言ってくれたわ。」
「ねえアリサちゃん。結婚のことだけど、『禅』の女将さんにも聞かれたことがあるんだ。正直に言うとね。まだもう少し先のことだと思ってた。ボクに選択権が無いと思ったこともある。アリサを縛ることになっちゃうからね。それに、少なくともアリサの仕事が落ち着いてから考えるべきだと思っていた。」
ここまで言ってアリサの様子をうかがう。
アリサは微笑んだままボクの方を向いて聞いている。
「実際、ボクの年齢は普通に結婚の適齢期を超えているのは事実だ。年齢的に見れば、誰がどう見てもアリサとは釣り合わない。アリサは年の差カップルなんていくらでもいるって言ってくれたけど、やっぱりそんなにいないよね。だから、結婚に関してはボクが決めちゃいけないって思ってた。」
アリサが話し出そうとするのを止めて、話を続ける。
「でね、立花君がボクに言ったんだ。『彼女を幸せにする自信がありますか』ってね。彼がどんなつもりで言ったかは知らないけれど、これは正直痛いところをつかれたよ。ボクが何歳まで生きられるかわからない。でも、一般サラリーマンが定年を迎えるまでの年齢に、ボクはあと十年もかからないんだよ。そんなボクがまだ若いアリサを幸せにできるかって冷静に考えさせられたんだ。あのとき、一瞬だけど目の前が真っ暗になったのを覚えているよ。」
「アリサも考えたことあるよ。」
涙声になって、少し震えている。
「もしかしたらってことも。そうなったら不安になるってことも。でも、なるべく考えないようにしてた。」
丁度そのとき、サービスエリアが見えたのでウインカーを出して入っていく。
「いいタイミングだ。顔を洗っておいで。涙に濡れた顔は似合わないよ。ボクも少し冷たい風に当って落ち着いてくるから。」
ボクは車を降りてアリサを洗面所へ送り出した。
そしてある人物へ、一本の電話を入れる。
少し落ち着きを取り戻すために、ボクたちはサービスエリアのフードコートで温かいコーヒーを飲んで一息ついていた。
かなり飛ばしてきたので、金沢まではあと少しだ。
再び車に乗り込んで、さらにアクセルを吹かせ、エンジンを唸らせる。
しばらく走ってから、ボクはアリサに投げかけた。
「肝心なことを聞いてないんだけど、答えにくかったら答えなくていいよ。」
そう言ってアリサの顔を見る。
「アリサは立花君のことをどう思ってるの?」
アリサはしばらく考えていた。
その様子を見てボクが問いかける。
「ボクは思うんだけど、彼は情熱的なタイプなんじゃないかな。そして優秀だ。」
アリサはどう答えようか迷っているようだったが、
「いい人よ。」
それだけ言って黙ってしまった。
しばらくしてまたボクはアリサに問いかける。
「もう一つ聞いていいかな。ボクはアリサのことを今でも、以前と同じように愛してる。アリサはボクのこと愛してる?」
「好きよ。・・・・・・・愛してるわ。」
自分に言い聞かせるように言って、まだ黙ってしまった。
特に最後の言葉は消え入るような声だった。
「もうすぐインターを降りるよ。」
四月の金沢は、雪こそ残っていないものの、昼間でもまだ肌寒い。
気温的には去年の十一月に訪れた時と同じぐらいかもしれない。
目的地の海岸は、アリサが貝殻を拾ったこじんまりした海水浴場。
今はゴールデンウイークを控えた四月。もちろん、まだ人気は少ない。
それでもまばらにいる人影を背景に、あの時と同じように砂浜に立つ。
「あの秋の光景を思い出すよ。二人で砂浜を舐めるようにして探した貝殻。」
「今もあの時が昨日のように覚えているわ。あの時から肌身離さず持っているもの。」
そう言って、バッグから取り出した小物入れ、その中にあの透き通るような白い貝殻が入っていた。
「ちなみに聞くけど、ボクがクリスマスにプレゼントした貝殻のイヤリングはどこにあるの?」
「ゴメンねひろしさん。あれはお店がオープンしたらつけようと思ってたの。だからまだ大事にアリサの宝石箱の中に入っているわ。でもね、あれとこれとは全然意味が違うのよ。」
「わかってるよ。でもそんなに大事にしてくれてるなんて、うれしいよ。でもねアリサ。」
ボクはここで大きく深呼吸をする。
「ボクのお願いは、その貝殻を一旦、この海岸に帰してあげることなんだ。」
アリサは予想していたかのようだったが、意思は完全に拒絶している。
「ボクはアリサを心の底から愛してしまった。だからこそ、その貝殻を一旦この海岸に帰しておきたい。その中に恋の神様がいるなら、もう一度その神様にあやかってアリサの心を奪い返したい。」
「アリサは今でもヒロシさんが好き。今は迷ってるだけ。この貝殻はただの貝殻じゃない。アリサの愛の証し。たとえ、ヒロシさんの言うことでもそれだけは聞けない。嫌よ。」
「だから、この貝殻はもう一度ボクたち二人で拾いに来れるよう、ちゃんとわかるところに埋めておこう。今はボクもアリサも迷っている。その迷いが本当の意味で明らかになった時、誰の指図も受けずにもう一度ここに来ればいい。いや、もう一度ここに来よう、二人で。」
アリサは、ボクの胸に顔を埋めてただひたすら泣いた。
「ごめんなさいヒロシさん。あなたをこんな気持ちにさせて。あなたが好き、大好き、本当に愛してる。アリサのことをこんなに大らかに包んでくれたのはヒロシさんしかいない。ホントよ。」
「ボクもそれについては自信があるんだけど、そうじゃないんだ。未来の話なんだ。アリサの心の中に生じた迷いは、不自然なことじゃない。それをもう一度確かめるために、その貝殻を一旦ここに埋めるんだ。見て御覧、あそこに欅の木があるだろ。あの根元に埋めて帰ろう。」
海岸線には珍しく、欅の木が立っていた。ここならば誰にも知られず、二人だけの秘密にできる。
「ボクはキミの前に出過ぎた。少しの間、ボクの姿が消えれば、アリサの心も正常に変わるかもしれない。それでもボクのことを愛してくれるなら、その時はもう遠慮しない。」
アリサはただ泣きじゃくっていた。
「さあ、その貝殻を出して、ここに埋めよう。」
アリサはしぶしぶながら持っている貝殻を欅の根元に埋めた。そのとき、目の前をかすめるように飛んできたツバメが、一瞬だけボクの注意を払った。
ボクとアリサの恋路は、ここに永遠に眠ることになるだろう。その時ボクはそう思った。
そしてアリサの体を抱いて、車へとエスコートする。
アリサは未練がましく欅の根元から目線を離さずに、ただ泣きじゃくっていた。
「ヒロシさん。一つだけお願いがあるの。」
「何かな。」
「これから大阪に帰るつもりでしょ。だったら、この想い出の金沢でもう一度アリサを抱いて。それが、あの貝殻に愛を誓うアリサの儀式よ。そうでなきゃ、アリサはここを一歩も動かない。」
ボクはここまで愛おしいアリサを見たことがなかった。ただでさえ愛おしいアリサ。その願いを断るすべもなし、ボクの燃えたぎる思いも誰が断ち切ることができようか。
「アリサ。ボクもこんなにも激しい恋になるなんて思ってもみなかった。ゴメンね。ボクがキミに恋したばっかりに、キミに苦しい思いをさせて。こんなボクにまだキミを抱ける資格があるのかな。」
「ヒロシさん。」
人かげ少ない砂浜の片隅でボクたちは、誰の気配も感じることなく、ただ抱き合っていた。
しばらくしてようやく顔を上げたアリサ。
「今ここで抱いてくれてもいいのよ。誰に見られても構わないわ。」
「そんなことしたら、キミはともかく、ボクは牢屋にぶち込まれてしまうよ。とにかく車に行こう。」
ようやくアリサをなだめて車に乗る。
ボクも腹をくくり、アリサとの最後の情事となるだろうために車を走らせる。
このとき、アリサがトリックを使っていたことなど知る由もない。
結果的にボクがその事実を知ることは永遠になくなるのだが・・・・・・。
車を金沢へ向けて走らせること三十分。「空」の看板が見えるいかにもいかがわしいホテルの駐車場へ車を滑らせる。
「ここでいいかな。」
ボクは「いや。」という返事を期待していた。
それでもアリサは、「ここがいい」そう言って先に車のドアを開ける。
ボクも同じように車から出て、チェックインの用意を済ませる。
車から入口まで、アリサはひとときもボクのそばを離れない。
やがて部屋に到達し、ボクはそれまでにない狼の本性を見せる。
唸り、雄叫び、乱暴にアリサを犯していく。
唇を強引に奪い、着衣を強制的に剥がし、下着を暴力的に剥いだ。胸の膨らみを乱暴に扱い、ズボンを脱いで分身を凌辱的に咥えさせる。
雄たけびをあげながら、咆哮に近い猛りを思いのままアリサにぶつけた。
アリサがボクの行為を拒めば、ボクはそこで止めるつもりだった。いつそれを言うのか待っていた。
それでもアリサは、暴力的なボクの行為をすべて許すように、おおらかな体勢ですべてを受け入れていた。
まるでそれが最後の戯れであることを理解しているかのように。
アリサはボクに抱かれながら、涙を流していた。
同じようにボクの瞳からも涙が溢れていた。
ボクにはわかっていた、というより自ら戒めていた。これがアリサとの最後のあいさつになることを。恐らくはアリサも理解していたのかもしれない。
だから、多少暴力的だったとはいえ、少しでも長く、少しでも深く、ボクはアリサを愛した。まるでアリサの匂いをボクの体に覚えこませるかのように。
しかしアリサの胸元に、もうヴァニラの香りはなかった。
やがて、この一撃に生涯最後の想いをぶつけるかのごとく、その絶頂が訪れてボクの演目が終了するとき、そのタイミングを理解したアリサが、ボクを下から羽交い絞めにする。
「今日は大丈夫な日よ。だからアリサにちょうだい。それぐらいのわがままは言う権利があってよ。」
ボクはアリサの言葉を信じて、最後の猛りをアリサの中で猛然と果てていった。
その時ボクは一瞬見えた、アリサのうれしそうな笑顔を。
「アリサ。今日の日のことは一生忘れない。」
「ヒロシさん、アリサもよ。絶対に忘れない。そして、もう一度、ここで愛し合いましょう。きっと神様がそれを許してくれる日が来るわ。」
「そうだね。大阪へ帰ろう。その前にシャワーを浴びておいで。」
そう言って、アリサをシャワールームへ送り出す。
ボクはその間隙をぬって、再度もう一本の電話をかけていた。
そしてボクたちは身支度を整えて、怪しげな建物を後にするのである。
車のエンジン音とともに、二人の情事のあとが陽炎のようにもやもやと薄れ消えていく。
ボクたちを乗せた車は金沢の駅を目指してアクセルを吹かせていた。
しかし、高速道路には乗っていない。
不思議そうにアリサはボクに尋ねる。
「どこへ行くの?大阪に帰るんじゃないの?」
「帰るさ。」
ボクは一言だけ言い放ってあとは沈黙を守った。
やがて金沢駅のすぐ近くにある喫茶店へ到着する。
「降りて。」
ボクはアリサを車から降ろす。
「ここから先は、アリサもボクも試練の道だ。真剣にそれぞれの未来に向けて考える分岐点だ。決めるのはボクじゃない。アリサの人生を決めるのはアリサ自身なんだよ。その考える環境と時間を与えてあげる。その結果、アリサの選んだ道を聞かせてくれればいい。」
そう言ってアリサを喫茶店へと導く。
店のドアを開けて、そこでアリサを迎えていたのは立花氏だった。
「ボクが電話しておいた。キミを迎えに来るようにと。アリサが退院するときはボクが迎えに行った。今度新たな岐路に立ち向かう時は、彼が迎えに来るのが最適なんだよ。」
そう言って、ボクはアリサの背中を押す。
「立花君、ボクたちの最終セレモニーは一通り終了した。あとはキミのセレモニーに一旦委ねる。もしボクがそのセレモニーに満足いかなければ、多少強引にでもアリサを取り戻しに行く。そのことをよく覚えておいてくれたまえ。アリサ、今度会う時も笑顔で。」
それだけ言い残してボクはアリサを立花氏に託して店を出る。
すぐさま追いかけてくるアリサ。
「待って、アリサはまだ何にも答えを出してないのよ。それに、あなたは何も知らないのよ。私が何をどう思っているのか。」
車のドアを開け、運転席に乗り込むと同時にエンジンをかける。
「だから、立花君に一旦委ねるのさ。それでもアリサの出した答えが変わらないのなら、遠慮なく迎えに行くよ。」
それだけ言い放って車のドアを閉め、アクセルを思いきり踏んだ。
もうバックミラーも見なかった。見られなかった。
部屋に戻った後、ボクはため息をつきながら、この小説の仕上げにかかる。
ボクが最後に愛した女、アリサ・・・。
それは本当の意味での禁断の恋だったのかもしれない。
アリサへの愛は限りなく純粋だった。それが彼女を結果的に苦しめることになるとは知らずに。ボク自身も結果的に苦しんだが、これは自業自得といわざるを得ない。
ボクのナイーヴな性格はこれ以上の苦悩の時間に耐えられそうにない。
最後のエピローグを書き終えたら、ボクはここを去ることになるだろう。
さようなら、ボクの愛したアリサ。愛しいアリサ。幸せになって欲しい。
ボクのことなど忘れて・・・・・・。
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