第16話 女将さんとアリサ

前回のデートの翌週、アリサから一通のメールを受け取る。

「来週の水曜日と木曜日、連日で休みます。水曜日は別の用事でちょっとあわただしいけど、そんなに遅くならないと思うので・・・。部屋に行ってもいい?」

ボクだっていつでもOKというわけではない。しかし、部屋に来るというのだから、無理をしてでもスケジュールは都合をつける。要は木曜日のスケジュールを空ければいいということだ。

スケジュール帖を確認すると、連載中の京都レポのロケが丁度その日に入っている。これはいけない。急きょカメラマンに連絡して、ロケ日を翌日にスライドしてもらう。神社仏閣のシリーズだから、レポートもボクとカメラマンの二人だけだし。お店を予約してのグルメレポじゃなくて良かった。

あとは、部屋の掃除と洗濯と木曜日のデートコースの検索だ。さて、今度はどこへ連れて行ってあげようかな。

待てよ。水曜日の何時に来るつもりだろう。オールナイトで付き合えるってことかな?

だったら、朝から出かけるなら少し遠出ができるかも。そんなことも考える。

そうだ、和歌山まで足を伸ばそう。そのときのボクの計画は白浜の水族館あたりにほぼ決定していた。



そして前日の火曜日。アリサから電話をもらう。

「明日ね、夕方の三時ごろには行けそう。また駅まで迎えに来てくれる?」

「もちろん、蕎麦屋の女将さんが会いたがってたよ。アリサに興味津々だって。根掘り葉掘り色んなことを聞かれるかもよ。」

「お蕎麦屋さんもいいけど、アリサが晩ゴハン作ってあげる。買い物も一緒にできる?」

「待ってるよ。」と返事をして電話を切る。

そうと決まれば、今夜の晩酌は蕎麦屋『禅』に決まりだ。


「おう、いらしゃい。ヒロさん、ここへ座り。おーい、ヒロさんが来はったで。」

奥で支度している女将さんを呼んでいるのだろう。

「とりあえず熱燗と漬物と納豆ね。」

割といつもの冬バージョンのパターンだ。

「あら、ヒロさんいらっしゃい。今日も一人?お嬢さんはいつになったら連れてきてくれるん?出し惜しみせんと、はよ連れといで。」

あの日からずっとこの調子だ。

「だから、今日は報告に来たんですよ。明日来るみたいですから。」

少し照れながらの言い回し。嬉しいのが顔に出ているかも。

「ヒロさんの部屋に来るん?もう、やりたいほうだいやねえ。」

「あのね、そうじゃないんです。晩御飯を作りに来てくれるらしいです。だからここに来るのは食べ終わってからですよ。」

「ちゃんとやることやってからおいで。ほんでもって匂いもチェックしてあげるから。」

「それはご遠慮申し上げておきましょう。それに、女性がそんなエロいことをあからさまに言うもんじゃありませんよ。」

女将さんと話しているうちに、親方が熱燗とつまみをもってきてくれた。

女将さんに熱いのをついでもらって、漬物に箸をつける。

「順調そうで何よりや。せやけど、彼女の休みがコンスタントにとれないって大変やな。スケジュール合わせんの大変やろ。」

と親方が心配そうに言うと、すかさず女将さんが、

「あんた、野暮なこと聞いたらあかん。ヒロさんがちゃんと調整してるに決まってるやないの。会社員とちゃうから、その点はまだ何とか都合つけやすいやろうしな。」

「女将さんの言うとおりですよ。サラリーマンならそういう訳にはなかなかいかないでしょう。でもボクも明日の午前中は出かけるんですよ。彼女が来るっていう時間には間に合うように帰ってきますけど。」

「もしものことがあったら、ウチに訪ねるようにしとき。いざという時に頼りにしてな。」

女将さんはボクの肩を叩いてニッコリ微笑む。

頼りにしてますよ、女将さん。

この日は熱燗をもう一本空けて、最後に蕎麦を盛りでたいらげてから店を出た。

このときの女将さんとの約束が、後日役に立つことになるのである。

持つべきものは頼りになる「友人」である。



翌水曜日。

午前中の打合せを終えて、軽いロケハンを済ませて帰路につく。

部屋についたのが午後一時過ぎ。もう一度部屋の片付け具合を確認する。

そしてもうすぐ二時のチャイムがなろうとしているタイミングで、アリサからのメールが入る。

「あとちょっとで駅に着きます。」

いそいそと迎えに行くと、いいタイミングで改札口からアリサが出てきた。

「ヒロちゃーん。」大きな声でボクを呼ぶ。

ちょっと恥ずかしい。まるでボクたちの間柄を宣伝しているかのような音量だ。

「よく来てくれたね。会いたかったよ。」

そう言って抱きしめようとすると、

「ここでは恥ずかしい。部屋についてからね。とりあえずお買い物に行きましょ。商店街にスーパーとかあるんでしょ。」

「あるよ、行こうか。」

ボクとアリサはいつものように手をつないで商店街に向かう。

「今日は何を作ってくれるの。ボクは梅干以外なら何でも食べるよ。」

「うん、嫌いなものを先に聞いておいて良かった。今日は煮魚とサラダと、うーんと後は何をしようかな。」

「ねえアリサちゃん。とってもうれしいけど、頑張りすぎないでね。」

「そうね、でもあと炒め物もあったほうがいいわ。」

色々と考える顔も可愛い。とってもうれしそうだ。

「ボクも手伝うよ。」

と言うと、即座に、

「今日はダメ。アリサが一人で作る。ちょっと時間はかかるかもしれないけど。」

こういうデートもいいな。普段の姿が見られて。

買い物をするアリサの姿もとても家庭的でほんわかするし、いっしょに買い物してるだけで、ホントに夫婦みたいな感じがする。

途中で寄った雑貨屋の店主はタクさんという『禅』の常連客仲間で、親方からボクの噂を聞いていた一人だった。

「ヒロさん、この人やな。例の噂のべっぴんさんは。」

やはり、親方の噂は馴染み客には広がっていると言うことか。

「そうだよ。可愛いでしょ。あんまりジロジロ見ないでね、恥ずかしがりやさんだから。」

言ってる傍から口笛が鳴る。

「ねえヒロちゃん、この辺の人たち、みんな私たちのこと知ってるの?」

「いくらなんでも、そんなことはないよ。たまたま蕎麦屋の常連客だからね、親方から聞いてるだけさ。」

「うふふ、ちょっと恥ずかしいかも。」

雑貨屋でアリサの茶碗と箸とコップを買って、今日の買い物は終了。

またぞろ二人で手をつないでボクの部屋へと向かう。

足取りは二人とも軽い。



部屋に着いたら、まずは駅前でお預けとなっていた抱擁を求めた。

今日もヴァニラの香りがボクを神秘な空間へと誘ってくれる。

もちろん、唇も求めた。ネットリとした甘い感触を存分に味わう。

アリサは黙ってボクの要求に応えていたが、

「続きはあとでゆっくりとね。アリサ、ご飯の支度しなきゃ。」

ボクの体を離してキッチンへと急ぐ。

「そんなに慌てなくても大丈夫じゃない?」

「ダメよ。今日は頑張るんだから。」

そう言って、自前のエプロンを身にまとう。

「ボクとしては、どうせなら裸エプロンの方がいいんだけどなあ。」

「エッチ!」と言って、ボクの頭を軽いげんこつでコツンとたたく。

普段は暗い無機質なボクの部屋が、明るい花畑になったようだ。


アリサの料理は、確かに少し時間がかかったものの、上手に仕上がった。

鰈の煮付けに蓮根の金平、サラダに味噌汁がついて、どこかの食堂の定食並みの出来栄えだ。一人暮らしのボクには、これ以上のご馳走はない。

「アリサ凄いね。これでゴハンを炊くの忘れてたなんていったら、大爆笑だけど。」

「大丈夫よ、もちろん抜かりないわ。ちょっと固めかも知れないけど、ゴメンネ。」

「それも大丈夫さ、ボクは固めが好きだから。丁度良かったぐらいだよ。」

「お酒はどうするの?飲むの?」

「アリサがせっかく作ってくれたご飯をアルコールで流したくないな。酒は後で『禅』に行けばいいさ。女将さんに絶対に連れて来いって言われてるし。」

我が家のテーブルの上には、どれぐらい久しぶりか、たくさんの皿と椀が並ぶ。

さっき買ってきたアリサの箸と茶碗も、ボクの箸や茶碗と向かい合わせにラインナップ。

「じゃ、食べましょ。」

普段は殺風景なリビングも、アリサと向かい合わせで食事ができるだけで、明るさが全然違ってくる。手短な幸せってこういうことなのだろうかと思う。

ボクの部屋だけど、なんだか他人の家にいるみたいな感じだった。


「ご馳走様でした。美味しかったよ。とっても幸せな気分だった。」

「よかった、喜んでもらえて。うまくできるかどうかわからなかったし、とっても緊張しちゃった。」

でも、アリサよりも食べる側のボクのほうが緊張していたかもしれない。

実は結局のところ、感激と緊張のあまりに味の方はよくわからなかったかも。それぐらい嬉しかったし、楽しかった。ただ、全部食べきったのだけは覚えている。

「片付けはボクがするよ、それよりもボクに抱っこされに来ない?」

「だめよ。今日はちゃんと後片付けもして帰るって決めてきたんだから。」

ちゃんとしてるんだね。そういったところがルーズなボクとは大違いかも。

その間、手持ち無沙汰だったボクは、時折り後ろからちょっかいを出すのだが、「終わってからね」と言われて、すごすごと引き下がるしかなかった。


それでも手際よく片付けたアリサは、三十分後にはボクの腕の中で落ち着いていた。

「今日はよく頑張りました。」

と言ってアリサの頭をなでる。

「ご褒美は?」

「何がいい?」

「とりあえずこのままでいい。」

ボクの胸に顔をうずめ、ボクの心音を聞いている。

ボクもじっと抱きかかえるだけの時間を過ごした。

しかし、ボクの分身はそれでは満足しなかった。ズボンの中でみるみる隆起を始め、アリサの皮膚を刺激する。

「悪い子ね、じっとしてられないの?」

「なかなかボクのいうことを聞いてくれなくてね。」

「ねえ、ヒロちゃん。今日は泊まっていってもいい?」

いきなりびっくりすることを言う。

確かに今日のカバンはいつもより少し大きなカバンだとは思っていた。エプロンなんかもそのカバンから出したもので、何が入っているのだろうと思っていた。

「ボクがダメって言う訳ないじゃない。うれしいな。」

「だから、今はちゃんと言うことを聞かせてね、この聞かん坊さんに。」

と言ってボクの分身をツンツンとつつく。

「わかったよ。」

そしてボクはアリサに唇の提供を求めた。

今宵はいつもより甘い時間が待っている。



「一息入れたら『禅』に行かない?女将さん、アリサが来るのを心待ちにしてるみたいなんだけど。」

「何だか恥ずかしいわ。色んな人が私たちのことを見てるって。」

「常連のお客さんだけだよ。そんな何百人もいないよ。」

「何十人かはいるってこと?」

「いるかもね。とりあえず行こう。悪いようにはしないさ。」

「そうね。」

そんな会話がボクたちを『禅』へと導く。

馴染みの暖簾をくぐると、待ってましたとばかりに女将さんが奥から飛び出してきた。

「ヒロさん、待ってたで。アリサちゃんやったな、あんたもはよお入り。」

「約束どおり連れてきたよ。」

「どれどれ。」

と言って、女将さんはボクの服の匂いをクンクンとかいていく。

「うん、もう抱いてきたな。彼女の匂いがプンプンするで。」

「ボクの部屋でご飯を一緒に食べてたんだ。抱っこぐらいはするし、恋人同士なんだからいいじゃない?さあアリサ、ここに座ろう。」

いつもの通りカウンターの一番奥の席に陣取る。

「親方、熱燗と猪口を二つ。それと漬物と納豆ね。アリサは何にする?」

「じゃあ明太子を。」

ボクたちの注文を聞き終わると、女将さんはボクの隣ではなくアリサの隣に座った。

「なんべん見ても可愛い娘やな、ヒロさんにはもったいないで。せやけど、アリサちゃんにいっぺん聞こうと思てたんやけど、ヒロさんのどこがよかったん?」

いきなり本題に入るからドキッとする。

「ヒロシさんはね、とっても優しいんです。今の若い人たちにはない優しさなんです。女将さんも同じ女性として、ヒロシさんの優しいところ、わかりますよね。」

女将さんはホッとしたようにうなずく。

「そうやな。ようわかってくれてて安心したわ。あんたの目は素直な目をしてる。ヒロさんを大事にしてくれる目やわ。」

女将さんは、親方が奥から仕上げてきた熱燗と猪口をボクたちの前に並べて、ボクとアリサに酒を注ぐ。

「アリサちゃん、一つだけええこと教えたげる。ヒロさんてな、ちょっとええかげんなとこあるけど、尽くしたら何倍にもなって返ってくる人やねん。前の奥さんはな、尽くさん人やったから、それがわからへんかっただけやねん。ウチはあんたらを応援するで。」

「ありがとうございます。」アリサは素直に礼を述べた。

「アリサちゃん、ヒロさんのことで何かあったら、全部このおばさんに相談するんやで。一から全部叩きなおしてあげるからな。」

「女将さん、昨日はボクの味方になってくれるって言ってなかったっけ?」

「アホ、あんたの味方になるっていうことは、アリサちゃんの味方にもなるっていうことやんか。」

アリサが猪口を空けて女将さんに渡して酒を注ぐ、

「女将さん、ヒロシさんはね、きっと女将さんが思ってるよりももっと何倍も優しい人です。私はヒロシさんに愛されてから、それを実感した女なんです。私が知ってる限り、世界で一番優しくて頼りになる人なんです。どうか私の足りないところがあったら教えてください、よろしくお願いします。」

いきなりボクは背中を叩かれた。叩いた犯人は親方である。

「ヒロさん、ワシもあんたに惚れそうや。この娘、絶対離したらあかんで。」

「親方も女将さんも、ありがとうございます。ボクは特別に優しいつもりはないですが、アリサはボクにとって一番大事な人です。大切にしますよ。お二人に言われなくてもね。」

アリサがボクの胸に顔をうずめてきた。ボクの胸が少し濡れ始めていた。ボクはそっとアリサの背中に腕を回し、その距離を縮めた。

そんなボクらを置いて、親方と女将さんはそっとボクたちの傍から離れて行った。

いつの間にか『禅』の一番奥のカウンター席は、二人だけの空間になっていた。


いつも以上にいい雰囲気になったボクたちは、親方夫婦にお礼を述べて店を出た。

ボクはアリサの手ではなく、肩を抱いて歩く。

今夜も冬の風は厳しいことこの上なかったが、ボクたちはそんな風をもろともせずに堂々と歩いた。

ときおり見つめ合い、そばにいることを確認しながら。


部屋に着いたら、まずは互いの唇を求め合い、互いの体温を確認する。

じっくりと。先ほどの言葉と数十分ほど前の感情を再確認するように。

そしてボクはアリサの体を離し、

「今夜は本当に泊まっていくの?」

「うん、そのつもりで来たの。お願い、今夜はヒロさんの腕の中でいさせて。」

「うれしいな。アリサを抱いたまま眠れるなんて。」

部屋の中は、しばらく伽藍堂だったので、冷たい空気が充満していた。ボクはエアコンをつけて部屋の温度を上げにかかる。

「寝る前にお風呂に入ろう。一緒に入る?」

「うん。」

小さな声で答えた。

ボクの部屋の湯船が、温かい湯で満たされるのは何年ぶりだろう。


風呂ではお互いの体を洗いあった。髪、手足、背中、胸、そして秘部も。

そこを洗うと気分はおかしくなる。

アリサはボクの分身を洗い終わると、すぐに口に含んだ。

ボクの分身はどんどん隆起してくる。

先日のふぐ鍋の後に行われた行為の快感が思い出された。

どんどん気分は高潮するが、最高点に達する少し前にボクはアリサの口から無理やり脱出する。これ以上は前回の二の舞になってしまうからである。

今度はボクがアリサを湯船の端に座らせ、秘部にキスをする。

舌を洞窟の奥まで侵入させ、濡れている壁を刺激し、そして舌では届かないところを指でも刺激する。

そのときアリサの手はボクの分身をしっかりと握りしめ、ボクがアリサに送っている振動とリズムに合わせて微妙に動く。

お互いの感度を確かめあったら、浴室での情事は幕を下ろす。


ボクたちは浴室を出て、バスタオルでお互いの体についている雫を吹き落し、体に湯気が立ち上っているうちにベッドへ移動する。

もちろん、一糸まとわぬ生まれたての姿のままで・・・。

すでにボルテージが上がっているボクたちは、濃厚なくちづけにより、互いの存在を確認できる。

互いの感度は、もうある程度理解している。ボクは唇で胸の膨らみの頂点にある突起物を静かに包み込み、舌先でチロチロと刺激する。そしてときに歯を当てて刺激を加速させては、さらに吸い上げる。その頃、反対側の胸の膨らみはボクの手によって弧を描くように陵辱されていた。

アリサはなす術もなく、ボクの首に腕を回し、唇を合わせに来た。ボクは再度、アリサの洞窟探検を激しく行い、アリサもボクの分身への振動速度を高めていく。

次に体を重ねたとき、ボクたちは完全なる逢瀬の欲望を抑えることができなかった。

ボクは侵入と撤退を繰り返し、アリサはボクの背中に腕を回して体が離れることを阻止しようとする。

ボクは熱い泉があふれる洞窟の中を何度も何度も往来した。

そして次にはアリサの後ろから攻めてみる。四つん這いになったアリサの後ろ姿は、薄明かりの中に照らされて、キラキラと光っていた。この世のものとは思われぬ美しさに、ボクは我を忘れそうになった。

少し大きめの桃のような臀部を鷲掴みにし、少し乱暴気味に攻めた。ボクの一進一退の問いかけに対して、アリサは嗚咽で答えてくれる。

ときおり後ろから求めるくちづけにも、無条件で応えてくれた。

アリサの体を起こして、後ろから胸の膨らみを鷲掴みにするときには同時に首筋への愛撫を忘れない。

そそのままの状態で体が起きているとき、アリサが体を入れ替えに来た。

今度はボクが押し倒される。そしてアリサは主導権を握ると、ボクの分身が洞窟に入ったままの体勢で、大いなる攻撃を加えてくる。またぞろその攻撃が容赦ない。ついにはドンドン激しくなる。

ボクは完全降伏の意を示すが、アリサはそれを許可しなかった。

さらにボクは撃沈の予告を宣誓したが、アリサはその宣誓さえも無視した。

結果、そのままの体勢で果てるしかなかった。


仰向けの体勢になったボクの上に乗駕しているアリサ提督は、窓の外から入ってくる月下の光に照らされて、その美しい体をボクに見せつけていた。

敗北感とこの上ない快感をもたらされたボクは、果てた分身を奮い立たせるように、アリサの体を上から下へと入れ替える。

ボクの分身は果てたまま、まだ洞窟の中にいた。

アリサはボクに体を抑えられたまま、今度はそっと目を瞑る。

ボクはそのまま唇を奪いにかかり、無理にアリサの唇を開かせた。

彼女の女神はボクの舌の侵入を待ち受けていたかのように招き入れてくれる。

そして、うっすらと目を開き、アリサがそっとボクの耳元でささやく。

「もう怖くないから、少し乱暴でもいいわよ。」

そのセリフはボクの中に潜んでいた狼の血を再沸騰させた。

一度果てたはずの分身が、洞窟の中で再隆起していく。

その衝動を感じたアリサは、ボクの腰に腕を回し、再びボクの一進一退の攻撃を催促し始める。

「もう泣かない?もうアリサの涙は見たくない。」

「だからやめて、乱暴にしないで。」

アリサはすでに演技に入っていた。

ボクのボルテージは一気に加速する。

ベッドの脇にあったタオルでアリサの視界を遮り、ベッドまで持ってきていたバスタオルでアリサの手の自由を奪う。

その状態で唇を存分に陵辱し、唇の奥に鎮座する女神を暴力的に犯していく。

ボクの手はアリサの胸の膨らみを荒々しく踊らせ、唐突に突起物を弾く。

アリサの息は震えるように小刻みに小さな声を伴う。甘い吐息がボクの鼻腔を襲うとき、押しては引き引いては押す攻防の動きがさらに激しくなる。

その振動に合わせるようにアリサの声はリズムを刻む。

再びボクはアリサの首筋から胸元へかけて唇を這わせ、舌で胸の膨らみの頂点を愛でる。そして時折り歯を当てることを忘れない。

ボクは両腕でアリサの膝を抱え込み、両手でアリサの胸の膨らみを凌辱しながら最終の攻撃を開始する。

その攻撃にときおりさえずる様な声を放っては、耐え忍んでいるアリサの姿がより愛おしく、そしてより艶っぽく映った瞬間、ボクは唸り声を抑えながら、思いの丈をアリサの中で暴発していた。


すぐさまボクはアリサの拘束を解き放ち、目隠しを投げ捨てた。

「大丈夫だった?ゴメンネ。ボクの好き放題にしちゃったね。」

「大丈夫よ。アリサもちょっと楽しくなってきたかも。ヒロシさん、こっち舞台の方が激しいんだもん。」

今度は打って変わって優しく唇を重ねる。

「アリサはホントにいい子だね。でも決してこれがボクの本領じゃないって、わかってくれてるよね。そう思われるのはイヤだよ。」

「わかってるわ、ヒロシさんは誰よりも優しさに溢れた人。だから時々そのギャップが必要なのよ。そして、その後でもっと優しくしてくれるの知ってるもん。」

アリサのアルゴリズムの性格分析結果は「大胆不敵」だったっけ。

とにかくアリサの思いやりに感謝である。

「ねえアリサ、ボクはホントに恋に落ちてるって感じなんだ。アリサの方が冷静かもしれないときがあるかも。そのときはちゃんと注意してね。」

「ヒロシさん好きよ。その優しさをずっとアリサにちょうだいね。」

「うん。このまま抱きながら眠っていいかな。」

「いいわ。ずっと抱いていて。」

ボクたちは、冷たい風が窓をずっと叩いているのにも気づかずに、そのまま深い眠りへと落ちていくのであった。


翌朝、珍しくスズメが鳴く声に目覚める。

今日も天気は良さそうだ。

カーテンを開けると、冬なのに穏やかな日差しが窓から射し込んでいた。

気がつくと、隣にアリサがいない。

驚いて飛び起きると、キッチンでまな板を叩く音がする。

見慣れた着衣の上にエプロンをしたアリサの後姿が見えた。

どこで探してきたのか、ボクのスウェットをはいてその上にエプロンを着けている。

「おはよう、ヒロちゃん。ちょっと待っててね。お味噌汁だけ作るから。」

なんという風景だろう。夢のようだ。

昭和生まれのボクにはたまらない光景だ。

ボクも普段の部屋着に着替えてアリサの後ろに立つ。

「その服、どこの引き出しから引っ張り出してきたの?」

「だって、部屋着までは持って来るの面倒臭かったんだもん。ヒロちゃんのを借りればいいやって思ってたから。」

「いいけど、よく似合ってるよ。」

といいながら、後ろから抱きしめる。

「包丁を持ってる女には近づかない方がいいのよ。特に後ろからはね。」

そう言って、包丁をかざす。

こういうジョークが言えるアリサは素晴らしい。心からそう思う。

時計の針はまだ八時過ぎだ。今日は目覚めがいい。


朝から温かい味噌汁が食卓にあるなんて、前回アリサがまだミイだったころに朝ごはんを作りに来てくれたとき以来である。

しかも今日は、本格的な寝起きだ。

テーブルの上には白いご飯と味噌汁と漬物と明太子。

ボクの部屋の冷蔵庫は空になることはないが、酒のつまみばかりで、おかずになりそうなものはあまりない。アリサもかなり困惑しただろう。

味噌汁の具はネギと納豆ときんぴらだ。それは冷蔵庫内の在庫が悪いのであって、アリサには一切責任はない。むしろこの材料でよくここまでのものが出来たと感心する。

「うまく出来たかどうかわからないけど、温かいうちに食べよ。」

「アリサ、ボクはとっても感動して涙が出てきそうだよ。食べる前から口の中がしょっぱいよ。」

「うふふ、大げさね。でもそう言ってくれるとうれしいわ。」

味噌汁はホントに涙が出るほど美味しかった。もちろん惚れた弱みで三割増だけど。



後から思えば、この日がボクたちの幸せの最高潮の朝だったのかもしれない。



「アリサちゃん。ごちそう様でした。たいへんおいしゅうございました。ありがとう。」

「どういたしまして。」

「片付けは一緒にしてもいいでしょ。早く抱っこしたいし。」

「うん。手伝って。」

元来ボクは洗い物が得意ではない。食器などもあまり多く使わない様に工夫をしているぐらいだ。

だけど、今日はそんなことは言っていられない。それにアリサと一緒なら、洗い物も楽しい。人の感情って不思議なものだなと思う。


後片付けもひと段落して、二人でソファーに座る。

ボクはアリサの腰に、アリサはボクの腰にそれぞれ腕を回している。

まだアリサの首筋にはヴァニラの香りは付加されていなかった。それでも女性特有の淡い匂いがして、ボクの鼻腔を刺激してくれる。

「今日はどこへデートする。」

「ねえヒロちゃん、お出かけするのも楽しいけど、今日はここでゆっくりしちゃダメ?明日もちょっとお出かけしなきゃいけないから、今日ぐらいはのんびりしたいんだけど。」

元来が面倒臭がりのボクとしては、のんびりするのも良かったのだけど、そうするとボクの堕落した性格の一面を見せることになってしまう。

「ここで何をするの?ずーっと裸のままでベッドの中にいる?」

「ヒロちゃんがずっとできるならそれでもいいわよ。でも無理でしょ?うふふ、だから、ずっと隣に座ってテレビを見たり、トランプしたり、晩御飯の支度をしたり、そういうのがしたい。」

「わかった。じゃあまずはコーヒーでも淹れますか。確か戸棚の奥に豆が残っていたはずだ。アリサ、お湯を沸かしてくれる?」

「はーい。うふふ、なんだかとっても幸せな感じ。」

珈琲豆はあった。まだ封の空いていないとっておきのキリマンジャロが。

こういう時に活躍してくれないとね。


いつも一人のときは割と見ているテレビ。

アリサといるときにテレビが点いているのは珍しい。

ソファーに並んで座り、肩を寄せ合ってまんじりと朝の情報番組を見ている。

ボクもアリサも芸能関係よりはスポーツニュースの方が興味をそそる。

野球ではジャイアンツファンのアリサは新人のA選手の成績が気になるようだ。ボクは特にお気に入りの球団がないので、全体的な傾向だけを見回す。サッカーも相撲も特にお気に入りを決めずに応援するのがボクのスタイルである。

そして、ときおり思い出したように唇を合わせる。すでにアリサの首筋からはヴァニラの香りがその存在感を放っていた。しかしおっぱい大好き星人のボクはアリサの目を盗みながら着衣の上から胸の膨らみを探ってしまう。

「だめよ。」と言いながらボクの手をたしなめる。

何度か手を出してはたしなめられるを繰り返す。


「ところで、お昼はどうする?三食用意するのは大変でしょ。お昼ぐらいは食べに出ない?」

「いいわよ、牛丼かしら。」

「いたく気に入ったようだね。でも今日は別のものにしようよ。例えば、お好み焼きとか寿しとか。」

「お好み焼きっていう意見に賛成するわ。その後で夕食のお買いものに行きましょ。」

突然目をくりくりさせながら、ウキウキした声で答える。

「その前にこの町の散策がしたい。ヒロちゃんが住んでる街がどんなのか知りたい。」

そう言ってすぐに立ち上がってボクの手を引く。

そして二人して部屋着から外出用の服に着替えて、あっという間に準備万端。

ボクの住んでいる町は繁華街から少し離れた郊外。

もともとボクが生まれ親しんだ町ではないので、あまり思い入れはない。

アリサは周囲にある店やコンビニ、郵便局まで確認しながら散策した。

やはりアリサはよくできる子だ。

やがてお昼時が近づいて、少し早いが店に向かう。

ここも商店街の中にあるお好み焼きの店。ボクは関東生まれなのであまりお好み焼きに馴染みがないせいか、この店に来るのは初めてだ。

大阪の人たちはお好み焼きをおかずにご飯を食べるというが、ボクはその習慣には賛同できない。ボクたちはミックス玉と焼きそばを頼んでシェアすることにした。

ご飯と一緒に食べるのには賛同できないが、お好み焼きは大好きである。炭水化物どうしだが、焼きそばも美味しくいただいた。


「ご馳走様でした。じゃ、お買い物行きましょ。夜は何が食べたい?」

「おいおい、今食べ終わったばっかりで、お腹が満足しているときに食べたいものなんて浮かばないよ。」

「うふふ、それもそうね。じゃ、腹ごなしに散歩しながら行きましょ。」

ボクたちはお好み焼きの店を出て駅に向かう。

「どうせなら、繁華街まで出ない?その方が選択肢もいっぱいあるだろうし。」

「うん。」と言って、アリサはボクの腕に絡みついてくる。

電車の中でもずっとアリサはボクの腕にくっついていた。

ほんわかした時間。この時間がずっと続けばいいと思っていた。


駅を降りるとすぐそばに百貨店がある。ウチの近所の商店街とは比べ物にならない大きな商店街もある。この商店街を歩くだけでかなりの運動量になりそうだ。

「ねえヒロちゃん、ハンバーグっていうのはどう?」

「ん、定番で攻めてきたな。自信があるのなら是非ともチャレンジして欲しいな。」

「じゃあそれで決まりね。絶対に美味しいって言わせてみせるわ。」

「それって、食べる前から脅してない?」

「いやなヒロちゃん。美味しくなかったら正直に言ってもらっても全然大丈夫よ。」

と言って、ポンと胸をたたく。


晩御飯の支度もアリサの手際は意外なほどよかった。

ボクは手持無沙汰な時間を仕方なくテレビを見て過ごした。

しばらくすると、キッチンの方からそれはいい匂いがしてくる。なんだかんだ言いながら期待に胸が膨らむ。

「ヒロちゃん、できたわよ。」

アリサの呼ぶ声が聞こえて、いそいそと駆け寄る。

「やあ、見た目はすごく素晴らしい出来栄えだなあ。」

「意地悪。でも味だって保証するわよ。」

結果的にアリサの作ったハンバーグは見た目も味も抜群だった。自分で言うだけのことはある。大したものだ。

美味しいご飯をいただいて、後はまたまったりとした時間を楽しむ。

「今日は何時までいられる?」

「そうね。明日はちょっと打ち合わせと下見があるから朝から出かけるの。でも今日はのんびりさせてもらったから、最終電車でもいいぐらいよ。」

「もうちょっと早い方がいい。それにアリサの部屋まで送っていくよ。もう送り狼にならないようにするから。」

そう言ってアリサを抱き寄せて唇を重ねる。

「このままでいいだろ?」

黙って目を瞑り、うなずくアリサ。

電気を消して、アリサの着衣を一枚一枚剥いでいく。ボクもそれにシンクロするように一枚ずつ脱いでいった。

アリサは積極的にボクの分身へくちづけをくれる。ただでさえ猛り狂い始めているボクの分身は、アリサの口の中でみるみるそのシルエットを増大化させていく。

「感じてくれてるのね。うれしい。」

そう言ってにっこりと微笑む。

「『優しくしてね』って言って。」

「お願い、優しくして・・・。」

その言葉を言い終わるまでもなく、ボクは唇を求め、胸の膨らみの張りを嗜む。いつもと同じように弾けているその肌は、ボクの指を押し返す。

胸元に唇を這わせると、いつもと同じヴァニラの香りがボクの鼻から脳へとすり抜ける。

今宵はベッドには移動せずにリビングでアリサの体を弄ぶ。

洞窟はすでに熱い泉で溢れかえっていた。ボクの指は温泉の中で溺れているかのようだ。

寒がりなボクの分身はすぐさま「アリサ温泉」に浸りたくなっていた。

ボクはアリサの膝を両腕で抱え、両手で胸の膨らみを犯しながら腰を沈めていく。

洞窟も熱いが吐息も熱い。その熱い吐息を頬で感じながら進撃を続ける。

ゆっくりと優しく。アリサのリクエスト通りに。

そして、決して急がない・・・・・。

ただアリサの匂いをアリサの肌を味わうかのように、ヴァニラの香りがするアリサの体を楽しんでいた。

アリサが上になったりボクがその体を入れ替えたり。何度もその入射角や上下前後の具合を確かめた。

やがてボクの演目が終了するとき、その瞬間を察したアリサがそっと耳元でささやいた。

「今日も一杯アリサの中でイッてね。」

その言葉は魔法の呪文だ。ボルテージが一気に最高潮へと導かれ、ボクの腰が洞窟の最深部へ届かんばかりの突入を試みた頃、分身はあっという間に弾けてしまった。

最後にそっとやさしく唇へ感謝の意を表すのである。

「今日はありがとう。とっても素敵な一日になったよ。」


時間はまだ九時だったが、アリサを安全な時間に送り届けるためには十分な夜更けになっていた。

タクシーで送ってもよかったが、今日は自分の目でアリサがちゃんと帰宅できたかを確かめたかったので、一緒に電車で行くことにした。

ずっと二人で手をつなぎながら。

ボクたちはお互いの体臭を身に付けたまま、電車の中で揺られている。しかもアリサの体内にはボクのほとばしりが残されている。そんな想いにふけりながら電車の中で体を寄せ合っていた。

やがて電車は駅に到着する。アリサのマンションは駅から徒歩五分のところ。

その間も手をつないで歩く。ボクはマンションの入り口で立ち止まり、アリサの背中をそっと押す。

「今日は寄ってかないの?」

「寄ってしまうと、また長くなるかもしれないからね。」

「タフねえ、ヒロちゃん。まだするつもり?」

アリサはクスッと笑って口元に手をあてる。

「もう一戦はできないけれど、抱き合うだけならタフじゃなくてもできるからね。キミの睡眠時間を最優先させるのが今のボクの使命さ。おやすみ、アリサ。」

「ありがとう。おやすみなさいヒロちゃん。」


ボクはアリサの姿が見えなくなるまでマンションの入り口で見送った。

そして運命の分岐点となった翌日を迎えるのである。

もしそこに分岐点があるとわかっていたなら、ボクは行かせなかったのだが。



アリサを送っていった翌日、ボクはいくつかの取材ネタをまとめて原稿を仕上げた。

夕方から空いた体はいつもの『膳』で油を売ることになった。

まだ夕方は客もまばらだ。女将さんがそっとボクの隣へ座ってきた。

「ヒロさん。あの子のことどうするつもり?あんたももう、あんまり若ないんやで。応援はしてるけど、心配もしてんねん。遊びやったら遊びでええけど、彼女を傷つけんようにしなあかんで。」

「女将さん、ボクはいたって本気ですよ。ただ、結婚については彼女が望まない限りボクからは言いにくいかな。」

「あんな、女からは言い辛いもんなんやで、それぐらいわかったり。」

いつもボクを気遣ってくれる女将さんはちゃんとアリサのことも気遣ってくれている。

「彼女は今日も休みなんやろ?どうしてるん?」

「今日は新しい仕事関係の打ち合わせと下見があるんですって。朝から出かけるって言ってたよ。」

「そういえば彼女はどんな仕事をしてるん?」

「エステの仕事なんだよ。今は何人かで共同経営しているけど、三月ごろには全員独立するんだってさ。そのための下見だって言ってたかな。」

「あの若さですごいなあ。どこからそんな金が湧いてくんねやろ。」

「そこまでは聞いてないな。」

まさかセクキャバで稼いだとは言えないな。

「もしかしてヒロさんが後ろ盾?」

「そういうことにしておいてもらっていいですよ。」

ボクも三月以降の彼女の身の振り方を細かくは聞いていない。しかしその動向をこの夜に聞くことができるとは思ってもみなかった。


時間は夜の九時を少し回ったころ、アリサから電話が入る。

「相談があるの、今から行ってもいい?」

「いいけど、今から来ると遅くなるからそっちの駅まで行くよ。」

アリサも出先からの電話だったらしく、二十分後に待ち合わせとした。

駅の近くに喫茶店があったな。そこでいいだろう。でも相談ってなんだろう。一抹の不安がボクの頭をよぎる。

駅の改札を出たところでアリサを待つ。

アリサはボクより一本後の電車で着いた。

「ごめんね。急に呼び出して。ちょっと相談したいことがあるの。」

「そこの喫茶店でいいかな。」

駅前の喫茶店を指さして手を引こうとする。

「ううん、あまり人に聞かれたくない話だから、アリサの部屋まで来て。」

そう言って、今度はアリサがボクの手を引いて先に歩き出す。

部屋に入り、いつもの通りボクは唇を求めた。ボクの要求にアリサはいつも通り応えてくれる。今日もいつも通りヴァニラの香りがボクを包んでくれる。

「さあ、あまり時間もないだろうから、キミの相談とやらを聞こうじゃない。ボクが役に立つかどうかわからないけど。」

「あのね。今日は新しい店の下見とその時に入れるマッサージ器を見に行ったの。今は五人で共同経営してるんだけど、みんなちょっとずつやりたいことが違うのね。でもそのうちの一人が私と一緒にやりたいって言うの。でもね、少し違うやり方なんだけど、その人と組むと面白そうなのは確かなの。」

「だったらそれでいいんじゃないの?」

アリサは少し黙ったまま下を向いていたが、

「その人は立花さんっていってアリサの学校時代の男性の先輩なんだけど。今日ね、それとなく告白されたの。アリサには今は付き合ってる人がいるって言ったら、一応納得してくれたんだけど、男の人ってそれで割り切れるものなの?」

「それが相談事?だったら、ボクの答えは決まってるよ。その立花さんって人は絶対に割り切れてるわけないね。そのあと、どんな人と付き合ってるのって聞かれなかった?」

「聞かれたわ。でも答えなかった。絶対に否定されるのわかってたもん。」

「だったらまだキミはその立花さんって人に狙われたまんまだね。」

アリサはボクに抱きついて、

「やっぱり聞いておいてよかったわ。」

「でも男性でエステってすごいね。そんなのでお客さん呼べるの?女性客が殆どでしょ?」

基本的な疑問だ。

「私はボディエステで、彼はフェイスエステなの。だから女性客でも呼べるのよ。」

なるほどである。しかし、そんな彼と一緒に仕事をすることはボクの本意ではない。

「一人で大丈夫?他の女性の共同経営者と一緒にできたりしないの?」

「ヒロちゃん、女の人って難しいのよ。今の共同経営だって、立花さんがいるから他の女性が納得してる部分もあるの。だからね、女同士って無理だと思う。」

しばらく考えたのち、ボクは答える。

「ボクの意見は嫉妬に燃える男の意見だ。誰かに言わせると正当ではないと言われるかもしれない。でもボクは感情的に答える。そんな男の人とアリサが一緒にいるのは嫌だ。」

アリサはボクの首に腕を巻きつけ、強く唇を求めに来た。

その要求以上に応答するボクの唇。

今日は時間も遅い。アリサの部屋でもある。ボクはくちづけ以上のことは求めずに部屋を出る。建物の出口まで見送りに来たアリサ。

「ありがとう。今日のうちに会っておいてよかった。アリサの答えは決まってるわ。」

「もしお金のことで何かあるなら、少しは援助できるかな。」

「そんなこと気にしなくていいのよ。自分で用意できないなら始めないわ。そのためにあの店で頑張ったんだもの。」

胸に熱いもの感じる。

ボクは人生の先輩として彼女をサポートしてあげたい。そう思った。



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