第14話 丸亀紀行
さすがに元旦とその翌日は何も用事がなかった。独り者のボクにとって、一年で最も退屈な休みの一つであろう。
元旦の午前中のうちにアリサから電話はもらった。
「あけましておめでとう。元気?淋しくなあい?」
「あけましておめでとう、元気だし、淋しいよ。でも、ちゃんと親孝行してくるんだよ。」
そう言って電話を切った。
ボクの親孝行はと言うと、両親は健在だが、デキのいい弟が面倒を見ているのでさほど心配はなく、とりあえず新年の挨拶だけは行ってきた程度だ。
年老いた親父もお袋もボクの顔を見るなり溜め息をつく。まるで「お前だけは残念な子だった」と言わんばかりである。
弟は公務員で、お袋の意に沿った子供に育ったが、ボクだけはいつも反抗的だった。その結果が今のボクと弟との生活環境の差異となっていることに誰もが納得していたが。
実家に顔見せだけに行ったボクの後の時間は、退屈との戦いだ。馴染みの店も元旦から開いている店はない。出かけて行っても、どこも人だかりなのは眼に見えている。
しかし、例年の正月に比べて今年の正月は少し心がウキウキしている。三日には香川旅行に出かけることが決まっているからだ。
レンタカーはスポーツタイプを借りることになっている。デートに誘うのだから、少しカッコつけてみた。若い頃から車でドライブするのは嫌いじゃない。どちらかと言うと「ハンドルを握ると性格が変わる」と言われるタイプだ。
アリサの都合がつかなかった場合、ロンリードライブになるけれど、それはそれでもいいと思った。
それよりもレンタカーのショップが正月から営業していることに驚いた。今時、正月だからと休んでいるのは、ウチの近所の商店街ぐらいか。
さては一月三日、午前九時。颯爽とレンタカーを借りて、いざ香川へ出発する。淡路島を縦断する行程のドライブである。
どれだけ寒いと言っても雪は降らない。これは大助かりである。さすがに雪道の運転は困難極まりない。
正月休みの期間なので、ある程度の混雑は覚悟していた。しかし、Uターンラッシュとは方向が逆なので、比較的楽なドライブだった。
ボクの一人ドライブの話は、つまらない話になってしまうので、ここでは省略しよう。
途中で休憩を挟んでも昼過ぎには香川に到着する。
ナビが示した時間よりも二十分も早く着いた。そこそこ飛ばしたかもしれない。
この時間ならもしかしたらランチを一緒にできるかも。そう思ってさっそくアリサに電話を入れる。
「もしもし、アリサちゃん。今大丈夫?」
「えっ、ヒロシさんどうしたの?」
突然の電話に驚いた様子だ。
「サプライズなんだけど、今ボク、丸亀にいるんだ。よかったらランチ一緒にしない?」
「ええっ、どこにいるって?ホントに?アリサに会いに来てくれたの?」
声が上ずっている。サプライズはとりあえず成功かもしれない。
「正月の間、あんまりにも淋しかったからさ。来ちゃった。どう、忙しい?一緒にランチできる?」
「折角ヒロシさんが会いにきてくれたんだもん。行くわ。ちょうど明日の帰る用意をしてたところ。」
よかった。会えるみたいだ。
「どこまで迎えに行けばいい?レンタカー借りてきたんだ。」
「じゃあ、G駅まで迎えに来てくれる?今から十分ぐらいで行けるわ。」
ナビがあるから知らない駅でも大丈夫だ。ボクの車もここからだと十分ぐらいだ。ちゃんと計算しているなと思った。
G駅は町の中央から少し外れている場所だけあって、駅前のロータリーは停め放題だ。やがて、通りの向こうからアリサがかけて来る姿が見えた。
ボクは車から出てアリサを出迎える。
アリサが駆け寄ってボクの胸に飛び込んできた。
「会いたかった。突然だからびっくり。でもうれしい。」
「ボクが会いたかったら来たんだ。それに、女の子はサプライズが好きでしょ?」
しばらくの間、寒空の下で静かに抱き合っていた。少ないとはいえ人目もある。
「車の中に入らない?寒いでしょ?」
車のシートにゆっくりと腰を下ろし、
「会いたかったよ。」
そう言ってから初めてアリサの唇を奪いにいく。もちろん、車の前を通る人がいなくなるタイミングを見計らってのことである。
「誰が見てるかわからないわよ。」
「困るのはボクじゃなくてアリサかな?」
「意地悪ね。」
そういいながらアリサはうれしそうな笑顔を見せてくれる。
「今日はスポーツカーなのね。カッコいい!これでどこへ連れて行ってくれるの?」
アリサもこの車は気に入ってくれたようだ。ちょっと値は張ったが、スポーツタイプにしてよかった。
「ボクにとっては未開の地だから、車には乗せてあげるけど、連れて行ってもらうのはボクの方だよ。」
「そうね。じゃ、折角だからおうどんでも食べに行きましょ。讃岐だからね。」
これも予想通りだ。本場の讃岐うどんを食べられるのだから、文句のつけようがない。
行く先も決まり、車は「ブルルン」と音を立てて走り出す。
「ところで、どんな言い訳をして家を出てきたの?」
「えへへ。まだヒロちゃんのこと話してないんだ。だからお友だちから電話があって、帰る前に会って来るって言って出てきた。」
ちょっと申し訳なさそうに話す。
「いいんだよ、仕方ないさ。ちょっと普通じゃないからね。ボクもまだ親戚連中には誰にも話せてないよ。なかなか難しいよね、ボクたちの関係って。」
「アリサ自身は別になんてことはないと思ってるのよ。でもこっちの人たちは田舎の人たちだから。まだ頭の中はそうとう堅いと思うの。」
「いいさ。それよりもお腹がすいたよ。店はまだかな?」
「もうすぐよ。ヒロちゃんも若いわね。」
「気持ちだけでも若くないと、キミみたいな若くて素敵な人と付き合えないでしょ。」
「うふふ。ヒロちゃんそうやって女の人を口説くのね。だいぶわかってきたわ。」
久しぶりの会話に弾みながら、アリサ御指定の店に到着する。
アリサのお勧めどおりに注文し、うどんの到着を待つ間に明日の相談をしておく。
「明日帰る予定だったよね。ボクも明日引き上げるから、一緒に帰らない?」
「もしかしてそのつもりでレンタカーを借りてきたの?」
「そうだよ。一緒にドライブしながら帰ろうと思ってね。」
「いいわよ。でも午前中はお祖父さんにちゃんとあいさつしてから帰ることになっているの。お祖母さんが亡くなってから少し元気が無くなってるからすごく心配。だから出発は午後からでもいいかしら。」
「もちろん。ボクは適当に時間をつぶしてるよ。」
一緒に帰る約束もできたし、後は美味しいうどんを食べるだけである。
本場のうどんは旨かった。アリサと一緒に食べるうどんはまた格別だった。
いつものつまらない正月がアリサのおかげで楽しい正月になった。
「さてお嬢さん、腹ごなしに金比羅様でも行きますか。」
「今日は何時に帰してくれるの?」
ちょっと不安そうな目でボクを見る。
「今日はアリサに会うことだけが目的だから、何時でもいいよ。急ぐなら今すぐにでも送っていこうか。」
「ううん、そんなにすぐじゃなくても大丈夫。でもあんまり遅くなるとおうちの人が心配するから。」
「大丈夫だよ、箱入り娘さん。でも車の中で、ヴァニラの匂いだけは嗅がせてね。」
「うふふ、それだけでいいの?」と言って微笑む。
「ボクには明日があるからね。」
「うふふ。」と再び微笑むアリサ。
ボクたちは手をつなぎながら店を出て車に向かう。
「さて、金比羅様にお参りだ。」
「でも、結構地元だし、知ってる人に会ったらどうしよう。」
ちょっと不安げな顔をボクに向ける。
「親戚だって言えばいいさ。」
「でも、親戚に会ったらどうしよう。」
「学校時代の先生だって言えばいいさ。」
「ヒロちゃん、あったまいいー。」
アリサはボクの頭をなでる。ボクはその手を取って引き寄せる。
「約束だからね、ちゃんとヴァニラの匂いをもらうよ。」
そう言ってアリサの体を抱き寄せた。
今日もヴァニラの香りはいつもと同じように神秘的だ。
充分にとは行かないが、ヴァニラの香りを確認したら、金比羅様に向かってアクセルを踏み込んでいく。
後には何もなかったかのように、ボクらの乗った車を見送る人々。
今日も讃岐のうどん屋さんは盛況だ。
正月の金比羅参りは、お決まりのように混雑を極めていた。
ある程度は覚悟していたと言うものの、駐車場を確保するのにも苦労した。
なんとか車を駐車場に納め、人ごみを目指して歩くことになるのだ。
「やっぱりすごいねアリサ。迷子にならないように、ちゃんと手をつないでてね。」
「それって、私が言うセリフじゃないの?」
「だって、ボクは地元じゃないから、はぐれたらホントに迷子になっちゃうよ。」
「大丈夫よ、ぎゅっと握っててあげるから。」
そう言って、ボクの腕をがっちりと組みなおす。
ときおり顔をボクの方に寄せて、何かを話しかけようとするが、人ごみの喧騒でなかなか小声では聞こえない。
「本堂へ辿り着くまでに小一時間かかりそうだね。」
「仕方がないわよ。これでもきっと昨日よりはマシなはずよ。」
群衆の中でそぞろ歩くのはあまり得意ではないボクだったが、今回はアリサも一緒だから頑張ってゴールを目指した。
やがて、やっとのことで辿り着いたボクたちは、無事にお参りすることができたが、そこから立ち去るのも一苦労だった。ほうほうの体で群集から抜け出したボクたちは、すでに相当の体力を消耗していた。
「さて、どっかでお茶でもしようか。」
「うん。喫茶店でいいの?」と首をかしげて聞くアリサ。
「他にどこがいいの?」とちょっと意地悪っぽく訊ね返す。
「やっぱりヒロちゃんは安全パイだわ。若い子なら即効でホテル行きよ。そればっかりしか考えてないみたいに。」
「若い時はみんなそうなんだよ。ボクも昔はきっとそうだった。」
「アリサももう二十六よ。大人の恋の方が素敵に思える年頃なの。だから変わったのよ。っていうか、ヒロちゃんが変えたのよ、私を。」
潤んだ目でボクを見つめるアリサ。人ごみの中の運動が体を温めたおかげで、少し顔が赤らんでいる。もちろん、そんな顔も今のボクには天使の顔にしか見えない。
「とりあえず、一息つきに行こう。」
ボクたちは駐車場近くの土産物屋が併設している喫茶店に入った。
「ボクは今晩、丸亀市内の宿に泊まることになっているけど、晩御飯はどうする?一緒に食べる?それともウチに帰る?」
「また日常生活に戻ったら、きっとしばらくは実家にも帰れないと思うから、今日は帰るわ。ヒロちゃんとは、明日また一緒にいられるから、それでいい?。」
「もちろんいいよ。」内心は少し淋しかったが、今日中に会えたことで満足する。
しかも、明日は一緒に帰れるんだから。
ボクは待ち合わせをしたG駅まで送り、さらに今日の宿へと車を移動させた。
温泉宿ではなかったが、普通に風呂もあり、ゆっくりと疲れを癒す。さすがに朝から活動していたボクの体は、そこそこ疲労しており、部屋で缶ビールを開けて、テレビを見ながら一息ついた。
「さて、一人淋しく一杯飲みに行くか。」
元来ボクは一人で飲みに行くことに苦痛を覚えない。どちらかと言うと、大勢でワイワイやるよりも、こっそりと秘密の店を一人で散策する方が好きなタイプだ。
今宵はまさにうってつけの機会だった。
丸亀市内はそこそこの街中で、居酒屋探しには苦労しなかった。それでもボクは中心街から一本道外れの通りを選んで店を探した。
そして、あった、あった。いかにも和風の暖簾がかかった、ひなびた店である。
中に入ると、いい感じの女将が一人でカウンターの中にいた。
「一人ですけど、カウンターでいいですか。」
「いらっしゃい。どうぞどうぞ。」
そう言って温かく迎えてくれる。
年のころは三十をちょっと超えたあたりか。若くして亡くなった女優さんのNMによく似た綺麗な人だ。
「お銚子を熱めで、それと・・・・。」
目の前には大皿に盛られた、旨そうな惣菜がおいてある。
「これとこれと、そしてそれをお願いします。」
ボクの好きそうなのをとりあえず三品、金平とヒジキと菜っ葉の煮浸しが旨そうだ。
「お客さん、ご旅行ですか。」
どうやら一目でよそ者とわかるらしい。
「そうです、淡路島の向こうから来ました。」
「その割には関西弁とはちがいますなあ。」
女将さんの方はかなり流暢な関西弁だ。
「今は大阪に住んでいますが、生まれは関東なんでね。女将さんは関西の方ですか?」
「ええ、尼崎の出身ですねん。」
どおりで流暢なはずだ。
「お一人で金比羅さんですか。珍しいですね。それとも風流なんかな。」
ボクの見た目は話しやすい人なのだろうか、それとも関西人の気質なのだろうか、遠慮なしに話しかけてくる。
「ちょっと人と会う約束があって、その人は今日はウチに帰りましたので。」
「その人って、男?それとも女?」
なんともいきなり鋭いことを尋ねてくる。
「もちろん、ボクのいい人ですよ。」
「あらあ、隅に置けへんのね。でもなんでその人はウチに帰っちゃったん?こんな男前を一人にして。」
そうしているうちに熱燗が仕上がり、女将はボクに酌をしてくれる。
「いいんです。明日一緒に帰りますから。ようは迎えに来たんですよ。」
「あら、妬けるわね。あたしも早くええ人見つけんと。」
「えっ、お一人ですか?ウソでしょ?」
ちょっと驚いた。それぐらい美人なのだ。
「結婚してからこっちに来たんですけどね。旦那には死に別れてしまって、淋しいもんです。もう三年になるかしら。」
人にはそれぞれ人生があるんだなと思った。
「その時に尼崎に帰ろうとは思わなかったのですか。」
「もうその時には両親も他界してましたからねえ。戻るのも面倒やし、こっちでできた世界もあるし、その状態が今のまんま続いてるんですよ。」
なんだか人生の後ろの方がフェードアウトしたままの色薄さがボクと似ているかもしれないと思った。
意外なところで意外な人と意気投合していた。ボクの良い人に相当な関心を持ち、色んなことを聞かれた。あまりにも年の離れたいい人の存在に随分と驚かれたが、ボクがアリサと出会ったきっかけや恋するまでの経緯などを聞いて、なんだか納得していたようだ。ちょっとしゃべりすぎたかな。
時計を見るとすでに夜の十時を回っていた。
「女将さん。そろそろ看板なんじゃないですか。長居してしまってすみません。」
「なんですか、こんなにも淋しがってる女を残して、もう帰るんですか。」
実は、途中から他の客が居なくなってしまい、彼女もボクの隣に座って一緒に飲んでしまっていた。彼女もそこそこ酔っている。
そんな中でボクと女将の間にはイケない雰囲気が流れていた。もしこの時、ボクにアリサという新しい恋人がいなかったら、この後どうなっていたかは自信がない。
でも今は違う。
ボクの中にはちゃんとアリサがいてくれた。アリサの事が怖いのではない。アリサのことを大事に思うあまりのことである。今は危険を冒してはならない。冒険すべきではない。
こういうところがアリサの言うところの安全パイなのかもしれない。
「女将さん、大丈夫ですか。ボクは帰ります。お勘定をお願いします。」
「冷たい人やねぇ。こういう時は上がり込んであたしを抱いて帰るもんやで。せやけど、あんたの良い人、幸せもんやなあ。あたしももっと早くあんたみたいな人に会いたかった。今日の勘定は、お兄さんの好きなだけ置いていき。久しぶりにええ人におうたわ。」
ボクは黙って五千円札を置いた。
「女将さん、まだ寒いですから風邪をひかないようにね。」
その瞬間、彼女がボクに抱きついてきた。
「お願い、ちょっとだけこのままでいさせて。」
切ない思いがボクの背中を走る。
「キスだけやったら、ええでしょ。」
彼女の唇が目の前に迫っていた。もうそれは断れなかった。
少しアリサに後ろめたい感情を抱きながら、しばらくの間女将の肩を抱いていた。
正月の三が日が終わる寒い夜だった。
北風だけは容赦なく吹いていた。
もちろん、あの後のそれ以上のことは何もなかった。
ボクは酔いを醒ますためにコンビニに立ち寄り、冷たい飲み物を購入し、それを飲みながら、行きずりのランデブーってこんなことを言うのだろうなあと思っていた。
宿に戻ったのは零時の少し前だった。
ボクは疲れた体をベッドの上に横たえ、そのまま眠ってしまったのである。
朝、少し寝坊したボクのケータイにはアリサからのメールが入っていた。
「おはよー。十三時過ぎにG駅で待ち合わせ。お昼は家族と済ませてから行くわ。」
約束の時間まで少し間があるので、宿のチェックアウトを済ませて、海岸線をドライブしてみる。さすがに風は冷たそうだが、瀬戸内の海は日本海と違って波も穏やかである。
ボクは昨日の夜のことを思い出しながら、アクセルをふかしていた。
人と人のつながりって結局は相性なのかと思う。昨日の女将とはなんだか相性が合いそうだった。だからこそ危険な雰囲気になったのだろう。
ボクとアリサだって相性が合わなければ、きっとこんな風にはならなかっただろうし、いくらボクが愛の曲を奏でてみても、耳を傾けてくれなかったかもしれない。
相性だけではつながらないのかもしれないが、どこかの神様がボクに与えてくれた可愛い天使なのだから、大切にしたいと思う。
などと、自分勝手な妄想を繰り広げているうちに時間は過ぎていた。
昼は適当に済ませてG駅へと向かう。
さびれた駅のロータリーには約束の時間よりも少し早く着いた。車を停めてアリサが来るのを待つことにする。
煙草を吸わないボクは、ヒマな時間を過ごすとき、お気に入りの小説を読むことにしている。もう同じ本を何十回と読んでいる。表紙もページも手垢でぼろぼろだ。その本が丁度半分ぐらいを超えようとしていたとき、車のドアをノックする音が聞こえた。
コンコン
「お待ちどうさま。父さんが駅まで送るっていうから、それを振り切るのに少し時間がかかっちゃった。」
「どうやって振り切ってきたの?」
「友達と待ち合わせだから、恥ずかしいから来ないでって言ったの。」
「やっぱりお父さんは娘のことが心配でたまらないんだね。ボクにはその気持ちがわかるようでわからない。」
ボクにも娘がいるのだが、そういったことをあまり気にしたことはないので。
「さあ、行こうか。Uターンラッシュだから渋滞は覚悟しておいてね。それでもバスよりは融通がきくと思うよ。」
「うん。」
ボクたちは車に乗り込み、いざ淡路島縦断ドライブに挑むのである。
予想通り高速道路は混んでいた。しかし、レディを乗せているので先を急ぐよりもトイレの確保の方が重要である。途中のサービスエリアにはほとんど立ち寄って休憩を取った。
「明日は早いの?」
「いいえ。明日までお休みよ。だから今日中に着かなくても大丈夫よ。」
なんと用意のいい計画だ。車も明日の昼に返せばいいように手続してあるので、時間を気にすることなく先に進められる。
「お土産は準備万端かな?」
「そうね。職場にはうどんを買っていけば満足してくれるわ。」
確かに香川県の土産としては間違いないチョイスだ。
「そういう代表作があれば安心だね。」
「ヒロちゃんはそういうお土産買わないの?」
「だって、買ったら何しに行ったのって聞かれるでしょ。それを説明するのが今回は面倒臭いじゃない。」
「そのとおりかも。」
そんな会話をしている間でも、アリサは時折りボクの手を握ってくれる。なんだかそれだけで幸せな気分になれるから不思議だ。
それでも道行の渋滞はどうしようもなかった。おそらく昨日よりはましだったかもしれないけれど。
十三時過ぎに丸亀を出発して、明石に渡ったのが十八時だった。
そこからは都市圏内の渋滞なので気分的には楽だ。神戸にさえ到着すれば、あとは自然の流れに任せる。平日の通勤渋滞よりはマシかもしれない。
神戸を過ぎれば、もはや大阪圏内だ。
「何にもしてないけど、お腹すいたね。なんか食べない?」
「うふふ、ヒロちゃんはいっつもお腹がすくのね。アリサは昨日までお魚とうどんばかりだったから、どうせならお肉が食べたいわ。」
「じゃ、焼肉でも行きますか。」
「そんなにがっつりはいけないわ。今日はハンバーガーっていうのはどう?アリサが検索してあげる。」
そう言ってアリサは自分のスマホで、お好みのお店の検索を始めた。
「この先に雰囲気が良さそうなカフェがあるわ。そこにしましょ。」
そう言って、スマホをナビ代わりに「そこを右」、「そこを左」とボクを案内してくれる。
やがて到着したのはこじんまりした洋風の建物。
なんでもハンバーガー専門店らしい。
赤い壁に白い柱。いかにもアメリカンと言った感じ。ボクがあんまり訪問する機会が少なそうな店かも。
「ビールは飲めないけどガマンしてね。後でご褒美あげるから。」
「ビールよりもご褒美の方が楽しみだなあ。じゃ、ガマンするよ。」
ハンバーガーなんて、軽いランチにチェーン店のものを何度か食べたことがある程度で、メニューも想像がつかない。
「パテの大きさを決められるのよ。アリサは150gでいいわ。ヒロちゃんは男だから、ガッツリと200gいっとく?」
「あんまりよくわからないから任せるよ。」
ここはアリサ主導で、後はドリンクとサラダがオーダーされる。
「ボクね、肩こりの経験がないんだ。運転も大好きだから、あんまりドライブで疲れたことなんかないんだよ。それよりも、隣に大事な人を乗せてるから安全運転しないとと思って、そっちの方が疲れたかな。」
「ええ?あれだけかっ飛ばしてて?」
「渋滞ばっかりだったじゃないか。」
事実、かなりの道が混んでいたので、ボクが満足いくほどのスピードはほとんど出せていなかった。
「それよりも、ちゃんと親孝行できたかい?若い娘が家を出て、どんな暮らしをしてるのか、みんな心配してるでしょ。」
「そうねえ、そろそろ良い人いないのとかも聞かれた。でも、新しい事業を始めるから、それどころじゃないのよって答えたし。」
「なんだか秘密の恋人みたいだね、ボクたち。」
「お蕎麦屋さんには、もう秘密じゃなくなってるわ。」
「きっとあの辺じゃ、噂になってるかもね。たちの悪い中年が若い女の子を毒牙にかけたってね。」
「うふふ。」
さて、そんな会話を楽しんでいるうちに料理が運ばれてきた。チェーン店で食べるハンバーガーとは比べ物にならない、ちゃんとした一品料理だった。
ようはハンバーグとパンのセットなんだね。
車じゃなければビールも欲しかったところだが、ここはガマン。
お腹が一杯になったところで、ドライブの続きが始まる。
大阪市内に入ったのが午後の九時ごろ。
ハンドルを握りながらアリサにたずねる。
「さて、ご褒美はいつもらえるのかな?」
「ご褒美はアリサじゃ物足りない?」
それを聞いてすかさず目の前に見えた怪しげな建物の中に車を突入させた。
もうボクの分身はその気になってしまっている。
幹線道路沿いには、そういった怪しげな建物がそぞろ立ち並んでいる。
どこも「満」という看板が多かったが、たまたまボクたちがご褒美の話をしていたときに「空」の看板を運よく見つけられた。
二人でこういうところへ訪問するのは二回目だ。神戸の帰りを思い出す。
車を出る前に、一度唇を合わせてアリサの許可を再確認する。
部屋に入ると、やっと落ち着く。
ボクはアリサを抱き上げて、ベッドへ放り投げた。
「肉を食べた後だから、かなり肉食獣だよ。」
「助けて。」と小声でささやく。
その瞬間、ボクのタコメーターはあっという間に最高点に達する。
ボクはアリサに覆いかぶさるように体を重ね、首筋に唇を這わせる。今日もヴァニラの香りが神秘的だ。アリサはボクの首に腕を回し、もう一度「助けて。」とささやく。ボクはニッコリと微笑んで、「ダメだよ」と言い放ち、アリサの着衣を剥ぎ取っていく。もちろんアリサは抵抗を見せない。自ら腰を浮かせて、ボクが脱がせやすい体勢をとってくれる。やがてアリサは最後の一枚だけを残した露な姿になる。その姿を見てたまらなくなったボクは、少し強引にアリサの唇を奪いに行く。そして胸の膨らみにも攻撃を加えた。
薄く目を閉じたまま黙って強奪を受けるアリサは、観念しているかのように唇を少し開けてボクの侵入を待っている。
ネットリトしたアリサの女神は今夜も甘い。竜の化身は一気に硬化していた。
「一緒にシャワー入らない?」
「ウン。」
うなずいたアリサは、ボクの着衣を剥ぎ取り始める。
シャワールームで生まれたままの姿になったボクたちの体に、熱めの飛沫が弾けるほどに刺激する。滝のように流れ落ちる飛沫の中で、ボクたちは何度も唇を重ね、お互いの体温を確かめ合った。
ここまでの道のりで体にまとわりついた車の匂いとハンバーガーの匂いを全て洗い流し、清い気持ちで向き合う。そしてボクたちはベッドに向かい、互いのぬくもりを感じながら、互いに唇での奉仕を始める。
すでにアリサの洞窟は、奥深くの彼方からも熱い泉が溢れ出し、ボクの鼻腔は何度も溺れかけた。
アリサは時折り「んっ」と声を上ずりながら、ボクの分身を丁寧に唇で愛撫してくれる。クイックアンドスローでボクを惑わせながら。
そしてボクもアリサもこの瞬間に渾身の想いを込める。
熱い泉が溢れる洞窟の奥深くへと竜の化身が探検を始め、その振動とともにアリサの声がこぼれ出ていた。
ずっとこのときを待っていた。前回の逢瀬からはまだ一週間も経っていないというのに。ボクはアリサの温もりを心待ちにしていた。
愛おしかった。何度も何度もアリサの顔を確認した。今ボクの腕の中にいることを確認した。そしてボクの熱い想いがアリサの中にいることを確認した。
アリサの温もりをただひたすらに感じたかったし、前回のようなヴァイオレンスチックな遊びも、延長戦も必要はなかった。いつもよりも濃厚で熱い確認をしたかっただけだ。
お互いの名前を呼び合い、抱きしめあう。多くの言葉は要らないけれど、小鳥がさえずる程度の愛のささやきは必要だった。
今宵の逢瀬の全てのプログラムが終了するとき、竜の化身は何度も波打ちながらアリサの中で衝動を放った。
小刻みに震えるアリサの体が美しく見え、汗ばんで光っている体が輝いて見える。
今、確実に彼女はボクの手中にある。そのことがボクに満足感を覚えさせるとともに、アリサに対する大人としての責任を感じるのである。
「彼女を傷つけてはいけない。」
そのことがボクの胸の奥に深く刻まれる。
そして心地よい疲れとともに、ボクたちは現実の世界へ引き戻されていた。
「ありがとう。帰ってきてくれて。」
ボクはそっとアリサのおでこにキスをした。
「ありがとう、アリサを迎えに来てくれて。」
アリサはチュッとボクの頬にキスをした。
ボクたちは今、きっと嵐の真っ只中にいるのだろう。
いつかはその嵐に飲み込まれるときが来るのかもしれない。
そんな不安も払拭し、お互いの存在と体温を確認したら、今日のメーンイベントはこれにて終了。
あとは時間が許すまで、唇を重ねあう。
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