第8話 旅行

葉月が過ぎて暦は長月になったというのに、昼夜に関わらず蒸し暑い日が続く。滴る汗を拭いながら近所の街並みを歩く。向かう先は本屋である。八月と九月の境目にそれなりに詰めた仕事があったので、ミイとの旅行の計画は一時棚上げ状態になっていた。今日から少し体が空くので、冬休みプランを考えるには絶好の機会となっていた。

四国生まれのミイと関東生まれのボクとでは望郷への想いが異なる。ボクの生まれは関東と言っても街中ではない。が、田舎でもない。中途半端なところである。ミイも丸亀ならそこそこの街並みのはずだ。さすれば、それなりの街外れがいいだろう。山陰、北陸、甲信越、東海あたりが候補かな。山陰は最初に行くにはかなり田舎すぎてハードルが高そうな気がする。東海は暖かそうだが少し開けすぎているか。甲信越は意外とルートの確保が不便だ。ということで初心者向けには北陸方面へターゲットを絞る。手頃で近い福井はお袋の実家があるので馴染みが深すぎる。富山は意外と遠い感じがする。従って、残るは石川だが、金沢ではあまりにもメジャーだし、かなり開けている。いっそのこと能登半島まで足を伸ばすか。場所よりも優先すべきは温泉地だ。ミイも若いとはいえ女の子。温泉に興味がないはずはない。できるだけひなびた場所がいい。カニもいいが食べるのに夢中になって会話が無くなるのが難点だ。メインは寒ブリとのどぐろのコースをチョイスしておこう。さあ、おおよそのプランはできた。後はミイと相談だ。気がつけば既に陽が傾いていた。なんだかんだで本屋に二時間ばかりいたことになる。

その本屋を出て帰路につく。まだ涼しい風は吹いてくれない。汗は流れ落ちるが、楽しい気分で足取りは軽い。暮れかかる夕方の景色を背に部屋でパソコンに向かう。簡単だけど企画書を作成してみよう。仕事柄、そういう作業は不得手ではない。やがて夜の帳がそろそろ片付けなさいと教えてくれる。夕飯を食べる事も忘れていた。

とにかく、明日はプレゼンをしに行こう。五十を過ぎたおじさんがワクワクしながら過ごす長月の夜だった。


九月の朝は随分と涼しくなった。

とは言え、結局のところ昨晩は温泉地探しでかなり夜更かしをしてしまったボクの目覚めが正午過ぎでは、いくらエアコンを付けていても体中が汗だくである。

最近の運動不足がたたり、ウエストが少したるみぎみ。これじゃロマンスどころの話じゃない。汗かきついでに少し動くか。

こう見えても若いころはスポーツマンだった。野球にテニスに水泳にと何でもこなした。今もそれなりの体型を維持できているのは、その時分の貯蓄と瀬戸際でのダイエットによるものだ。それぐらいは女性に対するマナーであると心得ている。

自分で言うのもなんだが意外とフェミニストだったりするのかな。それが面倒臭いという女もいた。時折り自分でもそう思う。

せっかく思い立ったので軽くジョギングに勤しみ、出かける前に冷たいシャワーで汗を落とす。髭をあたったら、『ブルーノート』への出動態勢は万全だ。

いつものように夕方の早い時間に合わせて出かける。オープニングに間に合う必要はない。やがて見慣れたビルの見慣れた階段、見慣れたボーイに言い慣れた互いのセリフ。

しかし、今日のミイは見慣れたコスチュームではなかった。たまにやるみたいだこの店は。

「コスプレ祭り」

今日のコスプレはナースだった。嫌いじゃない。むしろ好きかも。

「先生、お待ちしておりました。」

やってきたミイのセリフまでいつもと違う。

「今日はナースよ。ミイのどこが悪いか診てもらえますう?」

衣装が違えば雰囲気も違う、ミイもどうやらナースになりきっているようだ。そしていきなりお医者さんごっこが始まるのである。

「キミの悪いところは決まっている。ココとココだね。」

もちろん、胸の膨らみと繁みのありかである。


実にあの時の逢瀬の日から、ボクはホントにミイの体を求めていない。求めたいのは山々だけど、あの時の逢瀬はハプニングだと思っているし、彼女をセフレやはけ口にするつもりはないからである。一人の女性として真剣に向き合いたいと思っている。ちゃんとした恋をしよう。そう思い始めているのかもしれない。

しかし、ナースコスで萌えているようでは、まだまだボクも至らないのかもしれない。

でも、そのコスチュームで萌えない男がいるのか?


久しぶりのお医者さんごっこで大事なプレゼンを忘れるところだった。

「ミイ、大事な話を忘れていたよ。これを見て。」

昨日、半日かけて作ったプレゼンシート。それを見て目を見張るミイ。

「スゴーイ。プロみたい。」

「いや、結構プロのつもりなんだけど。ボクはこれでメシ喰ってるって言ってたよね?」

「そうだったね。」

あっけらかんとしている返事はミイらしい。

「ボクの計画は北陸紀行なんだ。」

「北陸って秋田とか?」

「いいや、秋田は東北だよ。もっと南の方だよ。京都から少し北へ上がったところ。」

「ミイわかんない。四国しか知らないもん。」

「ミイもね、いずれは結婚して、子供を産んで母親になるんだから、もうちょっとお勉強しておいた方がいいよ。」

「ん?誰と?誰の?」

「まさかと思うけど、ボクでいいの?」

「この間、中でイッタよね。」

そのセリフは胸元にピストルをあてられた状態に等しい。あの時、大丈夫と言ったのはミイだ。しかし、その大丈夫の意味までは理解していなかったが、まさか・・・・。

「ウソよ。ドッキリした?」

「いいや、ぬかよろこびさせられた感じだな。」

「またウソばっかり。ホントのヒロさんの顔はどれなの?どこにあるの?」

「ミイが感じているままがホントのボクだよ。信じるか信じないかはキミ次第さ。」

「意地悪ねヒロさんは。ヒロさんは優しいくせに意地悪。女が一番弱いタイプだわ。今まで何人の女の人を泣かせてきたの?」

「何を言ってるの、誰も泣いてやしない。それどころか泣かされているのは、いつもボクの方だよ。メグの時もそうだった。妻と別れるときだって、ボクから別れてくれと言ったわけじゃない。泣かされてばかりいるのはいつもボクの方なんだよ。」

「女はそんなあなたを放っておけないのね。だから入れ込んじゃうのよ。もしかしたらメグさんもそれに気づいたんじゃない?」

「じゃあ、ミイもそうする?もうボクを見限る?いつもボクは独りぼっちだ。」

「いじけないで。そういう姿も女は弱いのかな。どんどんヒロさんのことを好きになっちゃうじゃ・・・・」

言い終わる前にミイの唇をボクの唇でふさぐ。

「それ以上は言っちゃいけないよ。」

ミイの目は潤みかけていた。ああ、ボクは大人げないことを言ってしまった。ミイを本気にさせてはいけない。火遊びでもいけないけれど、大人同士の恋人ごっこ。それで終わらせる必要がある。そう思っている。ボクと一緒になっても彼女が幸せになれないことぐらいは解っているつもりだから。

「今日はゴメンネ。やっぱりボクはまだ子供だったよ。旅行の話は忘れてね。」

「どうして?ミイを北陸に連れて行ってくれないの?」

ボクはにっこり微笑んで、ミイに説くように話しかける。

「ミイを傷つけたくない。」

「ミイは傷ついたりしないわ。今、ヒロさんに振られる方が傷つくのよ。」

その時、ミイの瞳の奥にある真意を探ろうとしたが、今のボクにはわからなかった。

「ボクはミイが愛おしい。一緒にいたい。ただそれだけだよ。それでいいなら北陸、一緒に行こう。お店休める?」

「そうね、十一月末か一月末なら休みやすいかも。」

「じゃあ善は急げだ。十一月末にしよう。約束だよ。」

そう言ってボクは再びミイの唇を求める。二人の間にはにわかにヴァニラの香りがひしめき合っていた。


今日の目的は北陸旅行のプレゼンだった。その目的も果たせたし、いつも通りの大人の遊びも一通り嗜めた。2セット目の終わり頃、いつもの通り飲み会あがりのフリー客がなだれ込んで来て、まったりとした二人の時間に邪魔が入る頃合となる。そろそろボクには引き上げるタイミングが来たようだ。

「今日はぼちぼち帰るタイミングらしい。また来るよ。」

「うん、また来てね。今から楽しみだわ、北陸旅行。秋田だっけ?」

「違うよ、石川だよ。少しお勉強もしておいてね。」

そんな冗談を交わしながら、今日も九月の夜が更けていく。



旅行の約束が取れた日から数日後、店が展開しているブログのページでミイが面白い記事を載せていた。

『ミイの性格診断アルゴリズム』だって。

調べてみると、とあるサイトで無料性格診断を行っているみたいだ。その結果によるとミイの性格は、協調性が低い、誘惑に強い、頭の回転が早い、合理主義、そそっかしい、新しいもの好き、図太いというものだった。

合理主義でそそっかしいというのは少し気になるが、本人いわくおおよそは当たっているらしい。

因みにと思ってボクも同じサイトを検索して試してみた。

すると、引っ込み思案で腰が重く、ムードメーカーではあるが、繊細で心配性、保守的で合理主義者らしい。さらには別のコメントで、「他人の考えや心境を感じ取り適切な行動ができる人である、物事を冷静に受け止め行動できる人である、控えめで謙虚な人であるといった印象を与える性格」だそうだ。

なんだか妙に誉めちぎられているみたいでくすぐったいが、『物事を冷静に受け止めて行動できる』とは思っていない。そんな堅実な人間なら今時こんな状況になんか置かれていない。そう思った。

しかし、このようなサイトでバッチリ診断してその結果をブログで公表してしまうあたりが、ミイの図太いところかもしれない。

気になるのは「誘惑に強い」という項目。願わくばそうであって欲しいと思っている。ボクも自分でいうのもなんだが、結構な誘惑をしてきたかもしれない。回転の速い頭を使って合理的に図太く考えて欲しいものである。決してそそっかしくないように。



九月も終わりに近づくころ、ある仕事が割と早い時間に終わり、その帰りに店に訪問する機会があった。ミイの出勤日は基本的に曜日で決まっており、イレギュラーな週だけはブログやメールで教えてくれる。その日は出勤曜日にあたっているし、変更を知らせるメールも特にもらってないので、問題なく出勤しているはずだ。

店に到着していつもの階段を上る。早いとはいえ、オープニングの時間は過ぎていた。黒服のお兄さんにミイの指名を伝えると。程なくいつもの見慣れたシートへと案内される。

「いらっしゃい。今日はどうしたの。平日の中途半端な時間って珍しいじゃない。でも来てくれてありがとう。」

あいさつだけは、定番通りだ。

「今日は仕事が早く片付いて、帰る途中だったし、ミイの顔も見たくなったし、心変わりしてないか確認しに来たのさ。」

ミイは怪訝な顔をしてボクに聞く。

「ん?何の?何の確認をしに来たの?」

「まさか忘れてないよね、北陸旅行。もう休みはとれた?そろそろちゃんと予約しておかないといけないと思ってね。キッチリとした日程調整をしに来たのさ。ちゃんと顔を見ながら。」

ミイはニッコリ笑ってスマートフォンを取り出した。

「大丈夫よ、忘れてないわ。十一月最終日曜日から木曜日までなら大丈夫よ。」

「オーケー。じゃあ善は急げだから、日曜日から火曜日までの二泊三日でどうだい?ミイが良ければそれで予約しておくよ。」

「いいわよ、じゃあ予定に入れておくわね。」

「当然のことだけど、泊まりだからミイの身の安全は保障しかねるよ。言うまでも無いけどね。」

「いやあねえ。それが目的なの?それじゃ行かない。覚悟はできてるけど、それだけが目的じゃ嫌よ。なんぼなんでも。」

「良かった。そういう心づもりでいてくれて。ボクも安心したよ。図太いミイちゃん。」

「そうそう、ヒロさんも診断したのよね。送ってくれた結果は見たわ。やっぱりミイが想像していた通りの人だった。安心したわ。」

「あんなのただの占いと一緒だよ。だけど引っ込み思案で心配性っていうのは当たってるかもね。こう見えて実は保守的で繊細な心の持ち主なんだ。」

「うふふ、何を勝手に自分の都合のいいように解釈してるの。ちゃんと他人のことを思って適切な行動ができる人って書いてあったわ。そんな人と一緒にいられるなんて素敵なことじゃないって思ってるのよ。」

女の子らしく、こういう占いじみた結果は素直に受け取るようだ。ボクはあんまり信用してないけどね。

「それはともかくとして、今日のミイのサービスをよろしく。」

そう言ってボクはミイの体を引き寄せた。胸元のヴァニラの香りを満喫するために。今日の香りもいつもと同じだった。そして、いつものようにミイの唇とその奥にいる女神にあいさつをして、やがては彼女の張りのある肌を堪能する。この肌がいつしかボクと一緒に旅に出るのかと思うと、またそれは想いも一入である。

かと言って未だに複雑な思いであることにも変わりはなかった。年の離れた二人がどんな結末を迎えることになるのか。まだ今のボクにはその自信がないことだけが解っていた。

しかし、なるようになるさ。そう思う自分がいることも確かである。今はただ愛おしく思っている彼女とできるだけいい思い出を作ろう。それだけを考えている。


今夜のミイはボクの他に指名客を抱えていた。やがて場内コールで呼ばれると、ボクのヘルプには馴染みの深いヒロミ嬢がやってきた。

「最近はすっかりミイちゃんにぞっこんね。メグちゃんの亡霊とはお別れできた様ね。」

「おかげさまで。結局のところは亡霊を追い払うには、新しい祈祷師と契約を結ぶことが一番の近道だということがわかりましたよ。ちょうど頃合いのいい祈祷師と出会うことができましたので。」

「でもねヒロさん。契約を結ぶのは結構ですが、契りまでは結んではいけませんよ。あなたのためにご忠告申し上げておきましょう。私も含めて、この店の中の出来事は現実とは別世界のもの。そう思わないと、またメグちゃんの時の二の舞ですよ。もう二度とあなたの淋しそうな顔を見るのは嫌ですからね。」

「ありがとうございます。肝に銘じておきます。ヒロミさんがいてくれて助かります。」

この人はやはり頼りになる人だ。時折りこの人の説教を聞きに来るだけでも、この店に来る価値はあるのかもしれない。しかし、これまでにあったことや、これから起こることを見透かされているようで少し怖い気もした。


次の場内コールでミイが戻ってきたとき、ボクは先ほどとは違った感覚でミイの体を抱きしめた。

「ボクはミイのことを大事に思ってるよ。決して・・・」

そう言いかけたボクの口をミイの唇が塞いでくる。

「余計なことは言わなくていいのよ。」

そうかもね。

言えば言うほど墓穴を掘りそうだと思い、そう言いかけた言葉を飲み込んだ。

「ボクを救ってくれる女神様にご奉仕のお祈りをさせてください。」

ボクは再び首筋から胸元にかけてミイのヴァニラの香りをいつものように堪能する。その香りは微妙に揺れているボクの恋心をも虜にする。

「石川県の勉強したわよ。県庁所在地は金沢市でしょ。兼六園とかがあるのよね。それと最近、新幹線が開通したのよね。」

一瞬ボクがきょとんとした顔をしていると。

「なあにぃ、ヒロさんがお勉強しなさいって言ったのよ。」

「いやあ、よくお勉強したなと思って感心してたのさ。やっぱりキミは合理主義で頭の回転が早い。性格診断アルゴリズムの言う通りだなあと思ったところさ。」

出会った頃はボクのブログさえ見なかったミイが、今では積極的にお勉強までしてきたなんて、ちょっとずつ変わってきているミイが垣間見られる。

この日もいつも通りミイの匂いと肌の弾力だけを味わった後、いつものタイミングで店を出る。あとにはヴァニラの香りがボクの後ろ髪を引いていた。



気が付けば朝夕の風が秋の到来を教えてくれていた。

まだ日が射す昼間は長袖の上着を邪魔にする時があるけれど、確実に暦は次の季節を呼び込んでいる。

メグが店を去ってから半年が経過していた。ミイと出会って色々とあって、ボクも新しい疑似恋愛を楽しめていた。時が全てを解決するというが、こういうことかと思うぐらい以前の疑似恋愛がすでに過去の遺物になっていることに気付く。

少なくとも今のボクはミイの笑顔で癒されている。肌のぬくもりを覚えている。危険な恋と知りながら。


五十の坂を超えた男にとって、危険な恋は危険そのものでしかない。すでに離婚して独り身になっているとはいえ、ミイとの間柄は決して本物の恋愛に発展してはいけないものであることを理解しておかねばならない。世間では年の差恋愛はよくあるとは聞くのだが、少なくともボクの身の回りでは聞いたことがない。やはり不自然な組み合わせであると思うのも事実ではあるし、望んではいけないことと自覚している・・・つもりである。


とはいいながら、今日も店に向かう。ただ、店で遊ぶ分にはただの遊びである。ヒロミさんがいうようにただの契約している部分である。しかし、旅行に行くのは契りを結ぶこととなる部分である。これは正直、自分の中でも危険な葛藤が渦巻いている。店で遊ぶときには難しいことは考えずに、ただ温もりだけを楽しむようにしたい。



世間ではキャバ嬢にはまるおじさんを馬鹿にする傾向があるようだ。過去の自分もそうだったかもしれない。若いころはそう思っていた。いや、普通のキャバクラにはまる人たちのことについての見解は今も昔も変わらない。

しかし、セクキャバは絶対に違う。

第一に唇を合わせることで互いの息を確認することができる。第二に直接体に触れることで互いに体を求めあう行為ができる。これはいわゆるプラトニックの世界を通過している。だからこそ疑似恋愛に陥りやすい。

人はみなリスクを抱えて生きている。人生なんてリスク選択の道筋を延々と歩いているようなものだと思う。だからこそ人はみな安全で堅実な道を選択したがる。そして破天荒な選択をしたものを嘲笑う。

しかし、果たしてそうだろうか。安全で堅実な選択をした者が正解で勝者なのだろうか。ボクはリスクを背負い続ける人生が必ずしも正解だとは思っていない。しかし同時にリスクのない人生だってつまらないと思っている。

人は迷い、人は憂い、人は葛藤と戦い、そして何かにたどり着く。そんな人生劇場の裏側をこのピンクのフロアで学習することができた。だから、ボクはこの店に通うのかもしれない。嬢の色気と妖気に魅入られて。



今宵も『ブルーノート』は盛況だ。新しい女の子も入って来たらしい。ミイもまだ新しい女の子の部類に入っているため、まだ多くの固定客はついておらず、早めの時間帯で指名するとほぼまったりの時間が過ごせるため、ボクのところへ来るヘルプは少ない。

それでもあるとき、その新しい女の子がボクのところへヘルプにやって来た。

「初めましてマオです。」

片膝をついてあいさつに来たこの子は、隣や前のシートから離れて他のシートに移る際、チラリとその姿を垣間見た程度の子だった。

「かわいいね。年はいくつ?」

何気なく、いつものようにありきたり質問を切り出す。

「二十三歳です。」

ちょっとドキッとした。ボクが出会った時のメグの年齢と同じだ。

すらりとしたスタイルにビキニの上からでもわかる綺麗な胸の膨らみ。この可愛さでこのスタイルなら、きっとこの店でも人気の嬢になるだろう。などと勝手な評価をしながら、少し彼女とも遊んでみる。

やはり男とは現金なものだ。目の前に若いスタイルのいい女の子がつくとそれなりにスケベ心が現れてくるものである。ボクはミイとはまた違った形のいいおっぱいに目を奪われていた。

この店はナンバーワンと称されているジュンさんをはじめとしてちっぱいのカワイイ系の女の子が多い。春からの新人三人もミイを除けば二人はちっぱいだ。そんな中で美乳系の新人さんは目立つこと間違いない。

ま、ボクには関係ないだろうけどね。


この日もボクは通常通りに店の雰囲気を楽しみ、ヘルプの嬢との会話を楽しんでいた。その中でアキさんというかなりの別嬪さんがいる。年齢的にはアラサーだけど普通に綺麗な人だ。この人にもお得意さんがついているのを見たことがあるけれど、基本的にはヘルプで回っている方が多い。なぜだろう。

この店の客層はおおよそが四十代から五十代、若くても三十代がメインだ。さすれば三十そこそこのアキさんでも、あの美貌なら相当な人気があってもいいと思うのに。

後でわかったのだが、彼女はまずこの店の出戻りだということ。一旦ついていたお客さんが戻ってくることはなかったということか。もう一つ気になったのが、少し口臭がすることである。どこか体が悪いのか。しかしこういう店では嬢の口臭は命取りともいえる。店側でちゃんとチェックと指導を行う必要があると思う。それが客も店も嬢も全てにメリットがある結果につながるからである。以前のヘルプでもう一人だけ口臭が気になる人がいたが、幸いにもその人とはそれ以降会ってないので助かっている。


やがてこの日の2セット目も終盤を迎え、いつもの通りミイのやわらかい唇とミイの若い体を貪り、ミイの不思議なヴァニラの香りを堪能していた。

「ヒロさん、最近は仕事の方は順調ですか。それはそうと、最近はランチに誘ってくれないのね。旅行の約束が取れたらお終い?やっぱりミイの体が目的なの?」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うもんじゃない。確かにランチの誘いは旅行の約束が取れるまでの呼び水のようなものだったことは認める。だけど、ミイの体だけが目的だなんてあんまりだよ。」

「じゃあミイは今度、中華が食べたい。美味しいマーボードーフのお店に連れてって。」

「そのあとでボクは杏仁豆腐なみのデザートをいただけるのかい?」

「またそっちの話ぃ?やっぱりミイの体が目的なのね。」

「だから体だけじゃないって言ったはずだよ。つまり体もっていうことさ。所詮はスケベなおじさんだからね。でも食事に誘ってるのはミイだけだよ。わかってるでしょ。」

「うふふ。冗談よ。でもマーボードーフは食べたい。」

ミイはいつものようにキラッとした瞳をボクに投げかけて微笑みかける。

「店外デートはいけないんでしょ。それにボク以外の人について行ったりしてないだろうな。ダメだよ。男はみんな狼なんだから。」

「それはヒロさんの場合でよくわかったわ。だから他の人の餌食にならないようにヒロさんに守ってほしいのよ。もうヒロさんの手はついちゃってるから諦めてるわ。」

ちょっと皮肉めいて聞こえるセリフだ。

「さて、ボクは知らないな。忘れろって言ったのはキミだよ。」

「意地悪ね。」

「まあいいや。ランチは連れて行ってあげる。適当な店が見つかったら連絡するよ。楽しいランチになればいいね。デザートも含めてね。」

「うふふ。ヒロさんからの連絡、楽しみに待ってるわ。」

次のランチデートの確約をもらい、この日の店内デートは終了する。

あとはネットリとした神無月の深い夜の中、いつものようにヴァニラの香りがボクの衣服にまとわりついていた。その香りを夜風にさらしながら。



さてもミイから新たな宿題をもらったボクはまたぞろ一生懸命に中華の店を検索した。麻婆豆腐とは面白そうな題材だ。焼肉、魚と来て次は中華か。ミイもなかなかボクの性格をよくわかってきたかも。

中華の店なら割と探し放題だ。あっという間にボクのお得意先の近くで適当な店を見つけたけれど、それとは別にボクはちょっと面白い趣向を思いついた。さほど近くではないけれどそんなに遠くないところに中華街がある。

「デートついでに食事をするって言うのも面白いかも。」

ボクはいたずらっ子が面白い玩具を見つけたかのように楽しそうな思いに耽っていた。

若い頃からいろんな店を食べ歩いたボクは、こういった宿題は比較的得意分野である。ミイのリクエストに応えるぐらいは朝飯前と言ったところか。

これで次のデートも楽しくなった。あとはいつにするかを決めるだけ。ほくそえんでいる顔はきっと相当ニヤけている顔をしていることだろう。


ボクの都合は十月二十日近辺の平日なら選択肢が広がるのだが。そのあたりを踏まえてミイにメールを送る。

返事が返ってきたのはボクがメール送信した翌々日の昼の事。

「ミイもその週の木曜日なら昼も夜も仕事は休みだよ。」

ボクの心は躍った。夜の仕事も休みだということに。以前に夜の仕事があるために、デザートの試食を断られたことがあったのだから。

約束の日まであと一週間。ワクワクしながら床に就く夜が増えそうだ。どんどん寒くなる夜にどんどん熱くなるボクのハート。今年の秋は随分と暖かくなりそうだ。暖秋なんていう言葉は聞いたことがないけれど。



約束の日はなかなか来なかった。待ちわびるというのはこういうことかと思うぐらい。五十の恋煩いと言うのはこういうことかと思わせる。なかなか楽しいものだ。今年の春にメグに会えなくなったときもある種の恋煩いかとも思っていたが、さほど深い関係にもなっていなかったので、淋しい思いはしたがそれ以上の感傷はなかった。

しかし、今はミイとの関わりは相当深く入り込んでしまっている。それだけに楽しい時の恋煩いは幸せな思いに浸れるが、もしも別れた時の感傷はどうなることかと今更ながら心配している。以前に行った「性格診断アルゴリズム」の結果を思い出す。ボクの性格は繊細で心配性だったことを。



やがて約束の日はやってくる。前の日はなかなか眠れなかった。遠足前の小学生と同じだ。だから朝起きるのに苦労した。朝一番に打ち合わせの会議があったからだ。眠い目をこすりながら参加する会議ほど煩わしいものはない。その煩わしい会議を早々に引き上げて待ち合わせ場所へと急ぐ。

待ち合わせはH電鉄本線M駅十一時四十五分だ。会議のあった場所の駅からM駅まではざっと二十分あまり。そんなに急がなくても大丈夫だ。今日は下見も下調べもいらない。中華街を歩きながら散策し、食べ歩くだけなのだから。


待ち合わせ時間の五分前。無事に到着した。ところがこの日は以外なことにミイが先に到着していた。

「やあ、ゴメン。今日はボクの方が遅かったね。ちょっと片付けなきゃいけない仕事があってね。だからいつもより少し遅れたんだ。」

「今日はね。ミイが少し早めに来たの。ちょっと見たいお店があったから。女の子の洋服なんてヒロさんは興味ないでしょ。だから先に一人でね。」

「なんていい子なんだ。確かにボクは女の子の洋服には興味はないね。脱がせることには興味津々だけどね。」

「エッチね。さっ、ミイはとってもお腹が空いたわ。ヒロさん、ミイをどこに連れて行ってくれるの?」

ミイもボクとのやり取りが随分と上手くなってきた。ボクの話の趣向がそっちの方向に走るのは毎度のことだ。

「今日はね、ご希望に沿うために中華街を丸ごとプレゼントしようと思ってね。いや、もちろん食事の話だよ。さあ、麻婆豆腐を食べに行こう。」

中華街では四川料理、上海料理、広東料理、北京料理などさまざまな趣向がある。それを順繰りに食べ歩こうというのが今日のデートコースなのである。

まずは手始めに上海料理の店に入り、ご要望の麻婆豆腐と蟹タマとビールを注文する。

「ところでさ、お客さんとデートすることはお店には内緒になってる?まさかボクと一緒に遊びに行ってるなんて言ってないよね。」

「誰にも言ってないよ。ミイだって知られたくないもの。お店の人に叱られたくないし。」

「やっぱり客とデートしちゃいけないことになってるんだ。もし破ったらボクも出禁になりそうだな。」

「それよりもここのマーボー美味しいね。でもランチはこれだけ?これじゃお腹いっぱいにならないわよ、ヒロさん。」

口をとがらせ気味で不満を口にする顔も可愛い。

「今日はこのパターンで食べ歩くんだよ。お腹がいっぱいになるまでね。終了時間は夕方五時ごろの予定だけど、大丈夫だよね、今夜のスケジュール。まさか予定があるなんて野暮なこと言わないでね。」

「大丈夫よ。今日は夜のお仕事もお休みだから。でも無事に帰してね。」

にっこりと微笑んで答える。

「もちろん無事に返すよ。十分に堪能させてもらった後にね。まずは麻婆豆腐をがっつり食べてからにしよう。このあたりは古い建物もあるから、腹ごなしもできる。お腹を空かせたカップルにはもってこいの場所なんだ。」

このあたりはそういったカップルが目白押し。ボクたちの年代なら、若い頃のお決まりのコースの一つだった。

「ヒロさんと一緒だと色々と体験できて本当に楽しい。今度の旅行もきっと楽しいに決まってるわ。」

「あんまりハードルを上げないでくれる。ボクだって初めての場所だったら迷子になるかもよ。」

今までのデートは食事だけだった。今日は一緒に歩き回るというオプションをつけてみたのだが、これは正解だった。歩きながら色々な会話を楽しめたし、色々なしぐさも見られた。季節的にも時折り吹く涼しげな風が日差しと唐辛子のおかげで汗ばむ皮膚を冷やしてくれる。

散策も含め、都合四軒の店をハシゴした。お腹の中も着ている服も中華の匂いが充満している。食べ歩きデートはそろそろお終いのタイミングが近づいてきた。時計を見ると十七時の少し手前。

「ちょっと休憩にコーヒーでも飲みに行くか。」と誘うと、

「そうね。ちょっと歩き疲れたわ。」と返ってくる。

ボクたちは駅に向かう途中にあった洋館風の喫茶店を見つけた。店内はそこそこ混んでいたが、二人が座れるテーブルはすぐに見つかった。

「ボクはアイスコーヒー。キミは?」

「ミイはアイスカフェオレにしようかな。」

向かい合って飲む冷たいドリンクが、熱く火照った二人の喉を潤し、体を冷やす。

「休憩だからもっと大きな建物の一部屋でもよかったんだけどね。」

「強引にそこへ連れ込まれるのかと思ってたわ。無事でよかった。」

「正直言うとね、ボクは迷ってる。キミはまだ若い。その若さを欲しいと思っているボクと、その若さを無駄にして欲しくないと思っているボクがいる。ボクはキミのことが好きだ。恋していると言ってもいい。でもそのことでキミが傷つかないかと恐れている。」

「ミイもヒロさんが好きよ。恋人じゃないかもしれない。だけど、今はそんな風に考えなくてもいいと思ってる。一緒にいるのが楽しいだけ。それでいい。実はね、お店もそろそろ潮時かなって思ってる。もしかしたら年内には辞めるかもしれない。お金の方はある程度の目処がついたし。」

「その時はボクともお別れになるのかい?」

「わかんない。でも、お店を辞めるのとヒロさんと一緒にいるのとは、今のところは別問題よ。だって、ヒロさんとのデートの事なんてお店も知らないことだし。」

「お願いだから自分を大事にしてね。言ってることは矛盾するかもしれないけど、それがボクなんだ。」

「うん、わかってる。ミイも大人のヒロさんに少し憧れてるだけかもしれない。でも、いつかは傷つくのよ、きっと。ミイもヒロさんも。だから今は二人で想い出が作れればそれでいいのよ。」

冷たい飲み物で体も気持ちもクールダウンした二人は、店を出て駅に向かう。


まだ時間は十八時。このまま帰りたくないし、帰したくない。

「まだ時間はいい?少し飲みに行かない?」

「いいわよ。カラオケでも行く?」

中華街のある街から電車で都心へ向かい、駅の近くにある繁華街の中のカラオケボックスへと入ることになった。予定の時間は一時間。ボクはハイボール、ミイはカクテルを注文した。

「ミイ、歌いたい歌があったんだ。練習しておこっと。下手だけど聞いてね。」

ミイが選曲する歌は若い女の子の間で流行っている歌だろうか、ボクにはさっぱりわからない曲だった。それでも若い女の子らしいリズミックな歌がボクには心地よかった。

ボクもできるだけ新しい曲を選択した。そこそこ歌えるボクにミイも驚いた様子だった。

少しアルコールが回ったところで、ボクが少しムードのある曲を歌っていた。そしてミイを見つめていた。

間奏の間にミイがボクに尋ねる。

「うまいのね、その歌で何人の女の人を酔わせたの?」

「そんなの数えきれないよ。遠くでボクの唄を聞いてる人が酔ってるかどうかなんてわからないからね。」

「違うわよ、何人の女性の前でその歌を歌ったのって聞いてるの。」

「まだキミで二人目だよ。」

と言いながらウインクを送る。自分でも少しキザだなと思った。しかも二人目だというのも大ウソだ。気のある女の子の前ではほとんどこの歌を相手の目を見つめながら歌った。それで落ちた女の子はそんなに多くないけれど、別れたヨメもその一人だった。

やがてサビのところに入るとミイの肩を抱いて引き寄せる。この歌の歌詞の最後は、

「ボクにくちづけを・・・・・・」で終わる歌詞なのだ。

そしてボクはミイの唇を求めた。目を閉じてボクの要求に応えるミイ。

歌の後奏がBGMとなって余韻をフォローしてくれる。

「ミイが好きだ。」

「ミイもヒロさんが好き。」

「そろそろ出ようか。」

「うん。」

いけないことはわかっているが、もうボクがボクを止める理由がなくなっている。

ボクたちはカラオケボックスを出て、腕を組んで歩く。もうこの雰囲気では誰の目にも恋人同士にしか見えないだろう。

やがてボクたちは、目を交わし、怪しげなホテルの扉をくぐる。


「一緒にシャワーする?汗かいたでしょ。」

「一緒って恥ずかしくない?でもそうしたい?いいよ。脱がせてくれる?」

ミイはそう言って体ごとボクに預けて、腕をボクの首に巻く。まずは唇同士のあいさつを丁寧に行う。スカート、ブラウス、ストッキング、下着へと一枚ずつ丁寧に剥いでいく。ボクもそれに合わせて一枚一枚脱いでいく。お互いが残り一枚になった時、もう一度唇を重ねる。

見慣れているはずのミイの胸の膨らみがいつもより輝いて見えた。

「好きだよ。ホントに。」

そして最後の一枚を解き放ち、二人は生まれたままの姿になった。心地よいシャワーの流勢が二人の体をさらに刺激する。ボクたちの唇はその間、殆ど離れることはなかった。

程よく汗を流したボクたちは、キスをしながらベッドへと移動する。

「今日も一段と可愛いよ。」

嘘じゃない、ホントにそう見えるのだから。

「あの時は、突然だったから、ボクも衝動が止められなかった。すまないと思ってた。でも今日は確信犯だから、後で謝らないよ。」

「来て。」

一言だけそっと呟いて目を閉じる。その眼にくちづけ、耳元へ、そしてもう一度唇へ。次は首筋へ、そして胸元へ。いつものようなヴァニラの香りは微かにだけ漂う。さっきのシャワーでかなり流れたか。

ボクの手は胸の膨らみを十分すぎるほど堪能し、ミイもボクの分身を弄る。ボクはミイの秘密の洞窟を探りあて、濡れていることを確認した。

やがて二人は互いの秘密の部分にくちづけであいさつをする。とろけるような甘い甘美の世界が広がり、甘い咆哮のオペラを奏でる。

ボクはミイのくっきりとした瞳を見つめ、洞窟への侵入許可を待つ。その間中ボクは洞窟の入り口に鎮座する石碑への祈祷を忘れない。

ミイはボクの背中に腕を回し、熱い吐息をボクに送る。その瞬間、ボクはミイの中へ入っていった。今日のミイの中は煮えたぎる温泉のように熱く煮沸していた。ボクの分身はかまわずにゆっくりと探検を始める。

若い弾力のある肌はボクの欲望を十分に満足させてくれる。それでも優しく指を、唇を這わせると、そのたびにミイの声が吐息とともに漏れる。二人の官能の世界は深く、まるで桃源郷にいるかのように淡い感覚が広がっていった。

久しぶりの女性の体にボクの脳裏は異常なほどに反応していた。本能が理性に打ち勝っている。しかし、なるべく長くミイの体を味わいたいボクは若い頃のように激しすぎることは控えていた。時間の経過とともに体がどんどん火照ってゆき、どんどん汗ばむ二人。それでも演奏の終わりは来るのである。

やがてボクの大団円の気配を察すると、ミイは小声でボクに囁いた。

「お願い、今日は中はダメよ。」

ボクは黙ってうなずき、それでも慌てふためきながら大団円を迎えた。


ボクは久しぶりの感覚に体中が麻痺しそうだった。

そして再びそっとミイの耳元でささやいた。

「好きだよ。」

にっこりほほ笑むミイ。

「無事に帰してねってお願いしたのに、ダメだったね。でもミイもこうなることを心のどこかで望んでいたのかも。ヒロさんのこと好きだから。」

「かわいいヤツめ。」と言って顔中にキスの嵐を叩き込む。

キャッキャッと言いながらボクの攻撃を避けるミイ。

そして余韻を味わうかのように、もう一度静かに肌のぬくもりを確かめ合う。

「ねえ、ミイ。さっき、店を辞める話が出たけど、どうせなら早く辞められない?ボクとしてはもう他の知らない男に抱かれていることを想像したくないし。」

そう言って、ミイを抱き寄せる。

「うん、なるべく早く辞める。でもミイはヒロさんの恋人になれるの?」

「ボクが恋人でいいのかい?こんな年の離れたおじさんで。おじさんは恋愛対象にならないって言ったのはキミだよ。」

「もう何か月も昔の話。ミイはヒロさんに出会って変わったの。大人の恋愛ってこんなに素敵なものとは思っていなかったから。今までミイの知らない世界を見せてくれたのよ、ヒロさんが。ちゃんと責任取ってね。」

「難しい事を言うねえ。初めに言っておくけどボクには無理だよ。ボクはただの狼なんだから。」

「ちゃんとミイを楽しませてくれればそれでいいの。あとのことまで求めたりなんかしてないわ。それはミイの問題。」

「ミイは大人なんだね。もしかしたらボクなんかよりもずっと。」

正直な感想だった、本当にボクなんかよりもミイの方がよっぽど大人なのかもしれない。いつまでたっても大人になることを拒んできたボクよりも。


久しぶりに若い肉体を味わえた楽しいひと時だった。ミイの若い肉体はボクに新鮮な気持ちを与えてくれた。同時に、ミイへの思いも一層深く感じるメモリアルな日になった。頑張ればもう一ラウンド行けたかもしれないが、醜態をさらすリスクを背負うよりも、いい想い出のまま終われる保守的な手段を選択した。このあたりもアルゴリズムの結果が伴っているのかもしれない。


「ミイ、今日はありがとう。ボクのデートに付き合ってくれて。無事に帰すことはできなかったけど、今度の旅行の予行演習だと思ってね。」

「ヒロさん、ミイも楽しかったわ。こうなったことは後悔してない。前は衝動的だったかもしれないけど、今日のミイはヒロさんと同じぐらい確信犯よ。こうなることを期待してたのかもしれない。」

あの後だったからかもしれないが、今夜のミイはいつもよりかなり色っぽい。

「できるだけ早くお店は辞めてね。ラストナイトの日は必ず行くから。」

「うん。」

小さくうなずいただけで、あとはにっこりと微笑むだけ。

あとはネットリとした夜が二人の帰り路を包んでいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る