第5話 約束

さては東京出張を来週に控えた六月のある金曜日の夜。この日は色んな話をしようとネタを用意していた。

いつものようにミイを指名してシートで待つ。新しい遊びに心ウキウキしている瞬間でもある。

「こんばんは、いらっしゃい。随分ご無沙汰だったんじゃない?」

「ミイちゃん、ボクにも一応都合って言うのがあるんだよ。時間もお金もね。」

ミイはニッコリ笑って、ボクの隣に座る。

「わかってる。冗談よ。来てくれてありがとう。」

「ボクはとっても会いたかったけど、ミイちゃんはどう?」

などといいながら、すでにボクの腕は彼女を体ごと引き寄せている。

「会いたかったわ。淋しかったのよ。このところお店もちょっと暇だったし。」

確かに、今日も花の金曜日だというのに客の入りはさほどでもない。まあ、ボクの場合、入店する時間が早いタイミングなので、本当に混雑するのはこれから二時間後ぐらいだとは思うが。

「今日はね、ミイちゃんといっぱいお話しようと思って来たんだ。」

「えー、何の話?ちょっと怖いな。ミイ面接とか苦手だし。」

これだけ明るくしゃべれる彼女なのに面接が苦手だなんて笑止もいいところだ。彼女が苦手ならそれ以上に苦手な人が十人中十五人いても不思議じゃないかと思ったりする。

「ミイちゃんの夢ってなにかな。」

もちろんミイの腰を抱いて、もう片方の手はすでに胸の膨らみを堪能しながら尋ねている。

「ミイね、前はエステの仕事をしてたの、話したでしょ。それとねアロマと合せたお店がしたいの。」

「今やってる昼の仕事もそっちの関係なの?」

「一応そうよ。でもミイが思っているのと少し違うの。それでね、自分でちゃんとできる資格も取って、自分のお店にしたいの。」

若いとはいえ二十六歳にもなって、さすがに子供っぽい考えではない。その考え方には感心させられる。

「でもね、今からお金を稼いでお店を開いてって考えると、もうすぐ三十歳になっちゃうよ。それよりもいっそのこと結婚するっていうのはどう?ボクじゃダメかな、その相手。」

「ヒロさん、嘘ついちゃダメよ。そんな気なんか無いくせに。元キャバ嬢の奥さんっていやでしょ?」

「どうして?結婚する前からいろんなことがわかってるってお互いにいいんじゃない。それにボクはすでにキャバ嬢に恋した経験の持ち主だよ。仕事にだって理解あると思うし。どう、考えてみない?それとも年が離れすぎてるのが気になる?」

「そうね、恋人としてはあってもいいかなって思っちゃうけど、結婚はね。」

「普通はそうかもね。ミイちゃんは正しい。でもね、恋人ならいいって、それってセフレのこと?じゃ、まずは一回遊びに行かない?」

「ヒロさん、会話の中身が変。まずは焼肉が先でしょ。」

「焼肉とセットだって、今までずっと言ってたよ。」

「ミイの体だけが目当てなの?」

「ミイちゃんが恋人ならって言うからさ。ボクはそれ以上でもいいと思ってるよ。ミイをセフレにしようなんて思ってないから。」

「でもヒロさんならいいかなって思っちゃう。だって優しそうだし、ホントにそんな場所に行っても、ミイがダメってお願いしたら許してくれそう。」

なんだか今日は会話が弾む。しかもやたら具体的な内容だ。

「あのね、その前提はおかしいよ。ボクがまるで臆病者の安全パイみたいな言い方じゃない?絶対そんなことないよ。狼だよ。」

「ううん、違うの。優しいの。そんなヒロさんが好き。」

うまくはぐらかすようになったなと思う。ボクが想像していた以上に彼女はたくましくこの店で生きている。

「でもね、やっぱりお客さんについて行っちゃダメでしょ。お店にそう言われてるでしょ。ダメだよ、こんな店に遊びに来ているおじさんに体を許しちゃ。」

「ほらね、それがヒロさんの本音でしょ。そんなこと言ってくれるのヒロさんだけだよ。うまいのね。女の子を手玉に取るの。」

「馬鹿だなあ。ボクはちゃんとミイがそういう風にボクの言葉を受け取ることを計算してしゃべってるんだよ。ほら、ボクの目を見てご覧、ミイのことを襲いたくて仕方がない狼の目をしてるでしょ。」

ミイはボクの目をじっと見つめて、その動きの流れでボクの唇に彼女の唇を合わせてきた。

「ヒロさんは不思議な人ね。でも優しい人だってことは判るわよ。」

お世辞も上手くなってきた。

初めて会った当初はミイを自分の好きなように仕上げたいなどとお気楽なことを考えていたが、今はそんなボクの思いとは別に彼女がキャバ嬢としてどう育っていくのかを見ていくのが楽しい。もちろん男狼なのでちょっとばかり楽しい想いをしたいと思う気持ちに変わりはない。それどころか、彼女のコケティッシュな部分とベッドの中の色っぼい部分のギャップを早く感じてみたいと思い始めている。

今日ならばどうだろう、少なからず彼女はボクに心を許す印象を持った会話ができているし、いつもよりもムードのいい雰囲気でボクの膝の上に乗っている。こんな時にもう一度洞窟探検してみようか。という衝動に駆られる。

少し色っぽい言い方で「キミの秘密の部分を感じたい」とミイの耳元に囁く。

彼女はちょっと頬を赤らめて、少し体を起こす。

ボクの首に腕を回し、例によって「優しくね。」と注文を付ける。

ボクは彼女の唇を少し強引気味に求め、彼女の女神を鎮座させたまま唇を一気に吸い付ける。また、ボクの手はすでに彼女の胸の膨らみに到達していた。そして、やわらかな円を描くように動きを加え、さらに頂点に君臨している碑に挨拶をする。二本の指で挟むようにして刺激を与え、彼女の反応を見る。やがて彼女の唇から控えめな吐息と遠慮がちの声が漏れ、どんどん体を預けていく。

「痛くない?大丈夫?嫌なら嫌って言うんだよ。」

ミイは無言でにっこりと微笑む。ボクの首に回している腕に少し力が入り、うつろな目をボクに向ける。

「今日のヒロさんはなんだか色っぽい。」

ボクもその眼を見返して、

「今日のミイだっていつもより素敵だよ。とってもかわいいよ。」と褒める。

もちろん嘘ではない。今日のミイはいつもよりとっても色っぽい。どうしてもボクの中に棲む狼の血が騒ぐほどに。

ボクの右手は彼女のビキニの内側へ侵入を始める。少しばかり進むと小さな浅い繁みに入るが、造作なく奥へと進む。さらに奥へと進むと入り口を示す可愛いお地蔵様が出迎えてくれる。指先で丁寧に挨拶をすることを忘れない。少しずつ円を描くように、そして少しずつ激しく動かしていく。

やがてミイの吐息が漏れ、少し瞑った目をしかめ、ボクの首に回っている手に力が入っているのがわかる。ボクの挨拶で感じてくれているのだろうか。少し嬉しくなって、彼女の色っぽい吐息を確認した後、洞窟の入り口の壁面の調査を開始する。思った通りだ。今日は随分と濡れている。しかもいつもよりも熱く。

いつもなら中指だけで挨拶するのだが、今日は二本の指で攻めてみる。その瞬間にミイの声が漏れるのが聞こえる。ボクの服をつかんでいる彼女の手にさらに力が入る。

しかしボクは彼女の秘部を破壊するために侵入したのではない。あくまでも紳士的にソフトに洞窟を調査する。特に上付きの箇所を念入りに。ボクのあまり多くない経験の中でも、かなりの女性がここにスイートスポットがある場合が多く、やはりミイもまた同じだった。

ここまで来て彼女の可愛い色っぽい声が聞けたのでボクはそれで満足する。もっと攻めてみたいところだが、この店ではそれ以上の行為はご法度だ。


「ねえ、続きをしに行かない?なんなら店が終わるまで待っててもいいよ。」

「どこまで本気なの?ミイもヒロさんならいいかもって思っちゃう。」

いつにも増して色っぽい声でボクにささやく。

「随分とおじさんを落とすセリフがうまくなったな。」

「意地悪ね。ミイは本気よ。」

「だって、最初におじさんの恋人はありえないって言ったのはキミだよ。」

「ヒロさんなら抱かれてもいいかも。」

「だからダメでしょ。お店の人に怒られるよ、お客さんについて行っちゃ。ボクはこれでも結構純情でね。恋人になってくれないとキミの事は抱けないよ。」

その言葉を聞いてミイは確信したようにうなずく。

「ほらね、やっぱりヒロさんは安全パイじゃない。」

「今言ったのは嘘だよ。まだわからないかな。ホントはキミの事セフレにしたいと思ってるのが本音なんだよ。キミの事が好きなのは同じなんだけどね。」

「意地悪。ミイはどうすればいいの。」

「ボクのペテンに落ちてみる?騙されてみる勇気ある?」

「いいわよ、ヒロさん。ミイを騙してみて。ミイはこう見えてちゃんと人を見る目は自信があるのよ。ヒロさんが悪い人じゃないってわかるよ。」

もしかしたらボクはホントに悪い人かもしれない。ボク自身は決して彼女をセフレにしようなって思っていない。最終的には彼女が幸せになってほしいとも思っている。その相手としてボクが釣り合わないのも理解している。ただ、ボクの中の狼の部分が彼女を欲しているだけなのである。あとはボクがホントの意味での大人になれるかどうかである。

「じゃあ、とりあえず焼肉行ってみるか。その代り覚悟してきてね。」

「ミイの休みの日にデートしてくれるの?」

「デートのお願いはボクの方からするんだよ。メールでも電話でも前もって連絡してくれれば、ある程度合わせられるからね。」

別にじらして彼女の気を引こうとしたわけではない。ここまで来てもホントに約束できたなんて思っていない。それでもとりあえず仮想デートの約束ができたのは嬉しい。

今日は思いのほか大きな収穫があった。ホントに叶うかどうかは別として、ここまで具体的な話ができたのはこの店に来て初めてだった。

「あまり期待しないで連絡を待っているよ。」

最後にもう一度ミイの首筋からヴァニラの香りを堪能してこの夜を切り上げることとした。



あの夜から一週間、やはり電話もメールもお誘いの連絡はなかった。別に多くの期待をしていたわけではないので、大した落胆はない。しかし、面白い夜だった。それまでにはなかった遊びができた。こんな遊びを繰り返していると、ホントにキャバ通いにはまってしまいそうだ。メグの時でさえそこまでのめり込むことはなかった。明らかに違うのは面倒臭がりのボクが割と本気で店外デートを誘っていることである。実際にキャバ嬢とデートするとなるとかなり面倒なことになりそうだ。しかし、その面倒なことになりそうなデートがすぐ目の前まで迫っているところまで来たのだ。

確かにまだ連絡はないけれど、もしかしたら来るかもしれないお誘いのメールや電話を待つ楽しさのおかげで、日常の仕事も生活もポジティブだった。連絡を待つのがこんなに楽しい時間だったとは思わなかったし、今までの自分の中では想像できない感情だった。

しかも、本当に焼肉デートをするつもりで、適当な店をすでに探している。A駅で会うならあそこかな、B駅で会うならあそこかな、など店探しでさえ楽しみになっている。同時に食事の後のオプションの店まである程度検索していた。面倒臭がりのボクにおいては、メグとの遊びの時には考えられなかった。それだけいけないエリアに踏み込んでしまったのかもしれない。



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