第94話 【Side:ブレイブ】凹む

「どうなってるんだ!?」


 俺はその惨状に絶句した!


 そこは精霊樹の麓。所々凍りついた景色は、まだ冬には遠いはずなのにそこだけ真冬の様相だった。


 そして毛布に包まれた遺体が4つ。


「ブレイブ、ついにヒュールをやっちゃったんだね……。」


「犯人は現場に戻ってくるって本当なんだね。早く自首したほうがいいよ、ブレイブ。」


 ファナとパチャムが俺の両肩を叩く。


「え、俺……やっちゃったの?」


◇◇◇


 昨日出会ったステラと朝食を取った後、俺たちは所属する第23中隊のブリーフィングに参加すべく軍本部に向かった。


 ブリーフィングは小隊長だけ参加すれば良いのだが、我がブレイブ小隊では参謀パチャムと使い魔ファナを同伴していた。


 ひとりでは心細く内容を忘れそうだからというのは俺の秘事。ま、小隊長が許可すれば部下の同伴は2名までOKだった。


 ブリーフィングの最中、耳を疑う報が飛び込んで来た。ジェイス小隊の火剣使いヒュールが何者かに襲われたとのこと。あのヒュールが襲われた!?あのヒュールを襲うだなんて信じられなかった。しかも伝説級の火剣を持つヒュールの方がやられたというのだから耳よりも報の方を疑ってしまう。


 本来なら上官であるジェイスが向かうところだが、彼は小隊長でありながら第23中隊隊長を兼務しており作戦会議の場を外せなかった。そこでジェイスからブレイブ小隊に現場での対処及びヒュールの回収を命令された。


 俺たちが指名された理由は、この場に3人いたからだ。


 俺たち以外は小隊長だけが参加しており席を外せないし、今から隊に戻って説明して現地に向かうよりは、この場に居て状況が分かる俺たちなら即対応ができるからだ。


 更には、現地で治療ができる司祭パチャムの存在が大きかった。俺とファナは力要員としてヒュールを回収するにも打って付けだ。


 ジェイスからは任務完了後、俺たちにブリーフィングの内容を情報共有してくれる予定だ。


 理にかなっているご指名。それに、上官の命令ではなく、同郷の先輩であるジェイスの頼みでは断れない。


 本音は断りたかった。あの最低最悪なヒュールの回収なのだから……。


◇◇◇


 一体、いつやったのか!?


「俺がやったのなら昨晩か?酒で前後不覚になって……」


 ヒュールが憎いと言う感情はあった。それは殺意と紙一重な程に。アイツはアリスを人間というだけで見下し、更に性的な暴言を吐いたのだから。


 それだけで俺は命をかけた決闘すらいとわない!そんな感情が酒の勢いで爆発したのなら不思議と納得ができた。


 そしてこの一面凍てついた状況。覚醒したアイスソード『スノーホワイト』ならではの光景が俺の犯行を裏付けしていた。


「(主よ、これは我の所業ではないぞ。我とは違う氷の精霊だろう。)」


 おぉ、スノーホワイトが解説してくれた。その声は今やマスターである俺にしか聞こえない。


「(違う氷の精霊?心当たりはあるか、スノーホワイト?)」


「(知らぬ。それで充分だろうに。)」


 それ以降、スノーホワイトは語ってはくれなかった。


「ブレイブ大丈夫?ショックで放心状態に!?」


 パチャムが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「あぁ、大丈夫。いまスノーホワイトからこの場所を凍らせたのは俺等ではないと教えてもらったよ。」


「そーだろうね。ブレイブは昨晩はずっと縄で縛られてたからね……わたしとステラの裸を見た罰でね。」


 唐突にファナが昨晩の失態をほじくり返す!朝食でその話が出た時、パチャムはまだ来ていなかったので知られずにいたのにっ!!


「ブ、ブレイブ、キミって奴は。殺人容疑の次は痴漢!?」


「待ってくれ、酒のせいで覚えてないんだ!」


「未成年の飲酒も追加だよ。まったくキミって奴は……」


 どんどん罪が増えていく〜!


「まったくまったく。ブレイブは悪い奴だよ。あはは〜!」


「ファナ、キミも未成年だろう?まったく。」


 ともあれ、俺がヒュールをやったのではないことに安心しつつ、内心は憎いヒュールを俺の手で懲らしめることができなかったことが悔やまれた。だが、アリスに酷いことをしたヒュールの末路だ。哀れみはない。


「誰に殺されたか知らないけど自業自得だ。ざまぁ。」


「あー、分かる〜!」


「死者の前だけど、まぁ天罰かもね。うん。」


 俺たち全員、ヒュールのことが好きではなかった。逆に好きな奴を見てみたい位だ。など、もう言いたい放題だった!


 そこにこの事件現場を取り仕切っていた衛兵が俺たちに言う。


「キミ達はその軍属の剣士を連れて行け。他の3人はこっちで面倒みる。その前に……そこの司祭よ。コイツ等に癒しの魔法を頼む。」


「え?」


 俺たちは耳を疑う。ということは……


「テメェ等、話は仕舞か?なら早く治せよ!ブチ殺すぞ!!」


 毛布に包まった死体が動いた!いや、死んでなかったのかっ!?


「ヒュール、元気そうだな。それだけ悪態をつければ大丈夫だな?」


「自業自得つったか?ま、そうかもしれねぇな……。最近よぉ、負けてばかりなんだよな、俺。」


 罵声が来ると身構えていたが、信じられない程に凹んでいた。


 そして……ヒュールが溢した言葉に俺も凹んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る