第93話 【Side:アリス】捜査開始

 ステラかもしれない容疑者を探すべく、出かける支度を終え、館のエントランスで当主である勇者クリスティーナを待つ。


「アリス、出かけるのか?」


 アーチ状の階段の上からクリスティーナの従者であるリフィーに問いかけられる。


「おはようございます、リフィー。これから、その……」


「何だ?ハッキリと答えなさい。」


 明らかにリフィーの機嫌が悪くなる。曖昧な態度や嘘を彼女は嫌うことを知ってはいたが、その答えもまた彼女を憤怒させるものだった。わたしは背に袋小路を感じていた。このわたしを締め付ける威圧的な空気……身体が震える。言うしかなかった。


「クリスティーナと街まで。」


 辛うじて短く答える。その答えは火がついたリフィーの機嫌に油を注ぐ。なるべくしてなった炎上。


「クリスティーナ様と!?アリス、キミは身分を弁えたらどうなんだ!!辞退して然るべきだろう。私から報告しておく。」


 憤然としたリフィーが引き返そうとした先にクリスティーナが居た。


「クリスティーナ様!!戦地よりお戻りになられたばかりなのです。身体をお休めください。アリスには厳しく言いましたので。」


 リフィーは頭を下げながらそう進言すると、クリスティーナが言葉を発す。


「リフィー、我が身を案じたこと嬉しく思う。だが、アリスを誘ったのは私だ。それに……よくご覧、リフィー。」


 リフィーは言われるまま視線を上げると、目の前でクリスティーナは金色に輝くマスクを着ける。


「お前の前に立つのはクリスティーナではなく、『魔剣士ゴールド』。」


 確かに今まで見たことない姿。服装はタイトなパンツスタイルで、何より黄金のマスクが際立つ。


「お戯れを。なら、せめて私も同伴致します。」


 クリスティーナは階段を下りてくる。


「今日はアリスとふたりだけでデートなんだ。野暮なことは言うなよ。さ、行こう、アリス。」


 不意にわたしを軽々と抱き上げると馬に乗り、街に向かう。


 最後に見えたリフィーの眼差しはわたしの胸を酷く締め付ける。


◇◇◇


 捜査は現場を見ることから始まるというので、精霊樹の滝の下に来た。間近でこの荘厳な滝を見上げるのは初めてだった。


「アリス、キミはあの水が吹き出ているところまでどれ位の時間で登れるかい?」


「そもそも登りたいとは思わないですし、木登り自体やったことないですよ。なので分かりません。」


「では、ステラならどうかな?」


 そうか、クリスティーナはこう聞いてるのだろう。『魔法少女』ならどれ位の時間で登れる?と。


「ステラが魔法少女に変身したなら、さほど時間はかからないかと。」


「大したものだな『魔法少女』の力とは。しかし、アリスは1度の変身しかできないのだろう?ステラも同じだろうか?」


「同じです。」


 リングに込められた元の世界の魔力は変身1回分。ステラがこの精霊樹を登るために変身したんだろうか?そこまでして唯一の変身する機会を使う理由とは!?


「だとしたら……ステラではないのかもしれない。ステラはゴーファンでの王宮武闘大会の後、魔獣王の前で変身した……らしい。黒き堕天使の如き『魔法少女』に。ならば、ここで再び変身はできないことになる。」


 クリスティーナから聞かされた話は色々とわたしを混乱させた。


「クリスティ……んっ」


 不意に唇を奪われる!いや、正確にはクリスティーナの指越しに。しかし、周りから見ればキスをしているととられただろう。


「ゴールド、だよ。名前を間違えるのは感心しないな。」


 わたしは俯いたままお詫びをした。


「認識の相違があることを合わせたいのですか、ステラが変身した姿は純白の天使のような姿なんです。黒い姿……だったんですか?」


「いや、待てよ。あの時、ステラも色の事を気にしていたような。黒ではなく白だと。」


 やっぱり!


「ゴールド、貴女はステラのその姿を見たのですね、その場で。その目で。」


 クリスティーナはマスク越しでも分かるほど、わたしの言葉に、いや、自分の言葉に動揺した。


「語るに落ちたか。その話はまたにしよう。事実としてステラは変身したということ。色の違いが何か影響しているのだろうか?」


「変身したけれど、黒い魔法少女だった。白い魔法少女は確認されてはいないのですか?」


 クリスティーナ、もとい、ゴールドは頷くだけだった。


 黒い魔法少女なんてこれまで見たことはない。この異世界で発現した力?ゴーファンは魔獣や悪魔族など闇の種族が住まう魔獣王が治める国。きっとゴーファンに秘密があるに違いない。


 とにかく、ステラがいまこの国に居るのなら会って話を聞く。それで解決するはず。


「ステラ、近くにいるの?」


◇◇◇


 続いて、現場周辺で人間の少女の目撃情報を聞いて回る。


 当初はクリスティーナから王都の衛兵にステラ捜索をさせると提案があったのだが、それは止めるよう進言した。


 理由は二つ。一つ目は、大掛かりな捜索をすることでステラに勘づかれて逃亡される恐れがあること。二つ目は、ステラと戦闘になったら衛兵が何人いても相手にはならないこと。


 経緯は分からないけど、現在ステラは敵国ゴーファン軍の小隊長だという。そして、まだ確証はないけれど精霊樹の守護者を倒している。これ以上の被害は出したくない。


「人間の女?人間の男なら何日か前に見たぜ。人間が精霊樹に近づくなと言ったらよ、うるせえエルフの女が邪魔してきやがって。本当に腹立たしい!って、お前も人間か?」


 話を聞いたエルフの青年3人はゴールドの横にいる人間のわたしに視線を向ける。


「ありがとう。もう行っていい。」


 ゴールドは3人に金貨を手渡すと抜刀した!


「高貴なるエルフたる者、そのような立居振る舞いは恥と知れ!消えろ。」


 エルフの3人はその圧力に耐えられず、脱兎の如く去っていった。


「ありがとうございます、ゴールド。人間でも男子ではステラとは関係ないですよね。」


「そうでもあるまい。変装をしていてもおかしくはないからな。」


 変装か……確かにその通りだ。

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