第92話 【Side:アリス】最強タッグ結成!

 早朝、心地よく肌を冷やす澄んだ空気の中、庭園を散歩するのが日課になっていた。滞在しているこの屋敷の庭園でのお気に入りは、色鮮やかなバラで囲まれたテラス。そこで2時間ほど読書をする。


 先の敵国ゴーファンとの戦闘で両軍ともに被害が大きく、一時的な膠着状態となっていた。わたし達の中隊もまた被害が出たため、一旦王都に帰還したのだった。


 前線にはスピリットガーデン軍の最高戦力である勇者率いる部隊が陣を張っているので、敵も早々攻め込んでくることができないらしい。


 わたしがご厄介になっているこの屋敷の主は、いまその前線で……


「やあ、アリス。ご機嫌はいかがかな?」


「クリスティーナ?お戻りになったんですね。てっきり前線にいるものと。」


 屋敷の主の急なご帰還に驚きつつ、久しぶりに会えて嬉しかった。


「前線は赤の勇者殿に任せてある。アリスも作戦参加で疲れたろう?活躍は耳にしているよ。流石だな。」


「勇者様のご苦労には及びませんよ。敵も簡単には通らせてくれませんでした。ブレイブが人狼の攻撃で命を落としそうになり苦戦しました。確か……キリコという人狼の少女でした。」


 クリスティーナは目を閉じながら聞いていた。その口元は緩んでいるように見えた。


「そうか。無事に帰ってきてくれて何よりだ、アリス。ときに……ステラには会えたかい?」


「いえ、残念ながら。でも、戦いの中で敵の巨人から『カボチャの悪魔ステラ』という言葉を聞きました。」


 わたしは期待していた。かけがえのない仲間である『魔法少女ステラ』にあの戦場で出会えるのではないかと。今考えれば現実はそう甘くはなかったということ。


「そうか。だが、ステラと会う機会はすぐかもしれない。」


 含みのある言い方。


「まるで会ったような口ぶりですね?」


「さぁ?どうかな。一本手合わせでもどうかな?もしかしたら私の口が軽くなるかもしれない。」


 わたしは読みかけのページにしおりを挟むと立ちあがる。庭園の開けた場所で木製の模擬刀を手に対峙する2人。


「ハンデは無いのですか、勇者様?」


「無しでいこう。キミにそんなものを与えたら、私の口は丸裸にされてしまうよ。」


 速い!クリスティーナのその速さは黄金を照らす閃光のようだった!!


 これまでに何度か手合わせをしたが、その速さを目で追うのがやっとだった。今も避けるだけで手いっぱい。


「ほらね。ハンデなんて悪い冗談だ。私のスピードに慣れてきているのだからね。」


「全力のわたしとは大違いに見えますが?そういえば人狼もこれくらい速かったです。」


 いつものクリスティーナの動きというよりは、荒い野生の獣、まるで人狼キリコと対峙しているような気になる。ううん、気のせいじゃない。


「その動き、遊んでますね?何だかんだハンデを頂いてるのでしょうか?」


「どう思うかは君次第さ。でも人狼少女はこんなもんではあるまい?」


 宙を舞うわたしの模擬刀。


「参りました。」


 わたしは目を閉じて頭を下げる。それは降伏の証。


「余興に付き合ってくれてありがとう、アリス。だが、手加減は無用なんだがな。相変わらず困った子だ。」


「勇者様相手ですよ。どこまで買い被りされるのですか?」


 手を抜いたつもりは無いので、さすがにわたしも声のトーンを落とす。


「すまない、すまない。大人げなかったかな。いまの速度で渡り合えるのは大隊長クラスだったもので、ついな。」


「お戯れを。お茶を入れます。」


 テラスの席についたクリスティーナに紅茶を出し、対面の席に座る。


「それはそうと、アリスは知っているかい?先日、精霊樹での奇妙な光と心中の噂を。」


「話には聞きました。あの大きな精霊樹を色の異なる光が登ったり降りたり。そして男女が入水自殺したと。不思議な事件ですね。」


 そんな悲劇を噂で聞いただけで、そのこと自体は意識から離れていた。


「他言は無用だが、同じ頃に精霊樹の中で1人の守護者が殺されていたのだ。」


 精霊樹の守護者。


 正式名称『マーター』。


 それはスピリッツガーデン軍が試作運用している魔法兵装。それはパワーアシストスーツのような物だとわたしは認識していた。


 大きなフルプレートアーマー自体が魔法制御されているため装着者の力や速さが大幅に向上し、物理・魔法防御力も高い兵器。ただ、制御の調整に難航しておりまだ実戦配備には至っていない。


 現在は試験を兼ねて精霊樹内の警備で稼働していた。巨大で複雑かつ高低差が大きい精霊樹は試験場として最適であった。


 そして肝は、戦力にはならない人間が装着することで一般兵士以上の実績が確認されたことから、兵力の大幅な増加が見込めるものであった。


「殺された?精霊樹の中で?」


 この王都ピセでは犯罪は少なく、殺人なんてこの国に来てから聞いたことはなかった。特に精霊樹はこの国では神聖なものとして崇められ、とてもその聖地で命を殺めるなど考えられなかった。


「何者かが精霊樹に忍び込み、守護者が発見し排除しようとして、逆に殺されたのだろう。そんな事をするのは敵としか考えられない。」


「ゴーファンのということでしょうか?しかし、魔獣王の眷属がこの国に入国できるとは思えない……いや、」


 いや、ゴーファンに居て魔獣王の眷属でなく、守護者を倒せるという条件なら……


「クリスティーナ、まさかステラが?」


「察しがいい。この結論はアリス、キミと私だけが辿り着けるものだ。いかんな、いつの間にか口が軽くなったようだ。来るかい?」


 わたしはクリスティーナの前で傅く。


「お供します。」


「キミは私の従者ではない。友として共に参ろう、肩を並べてな。」


 クリスティーナは優しく手を差し伸べる。わたしはその手を掴んだ。

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