第95話 【Side:アリス】魔剣士ゴールドの真髄

 わたしと魔剣士ゴールド(中身は勇者クリスティーナ)はその後も聞き込みを続けたものの、ステラについてめぼしい情報は得られなかった。


 この辺は人通りも少ないことから、場所を変えて聞き込みをしようかと相談していた、その時。


「待てよ、テメェ等!」


 振り返るとさっきのエルフ3人組と……正直会いたくない人物のひとり、同じ中隊の火剣使いヒュールが居た。


「お?アリスじゃねーか。隣のマスク野郎は何だ?」


「そのマスクが俺等に剣を向けたんです、兄貴!」


 この4人はそういう関係なのかと察した。類は友を呼ぶを絵に描いたような。


 このままでは悪い展開になるのは必然。血気盛んで身の程を知らないヒュールのこと、相手が勇者クリスティーナだと知らずに喧嘩を売るに違いない。いや、知っていてもそうするかもしれない。


「ヒュール、誤解です。その方達に危害は加えてないから。この場は見逃してもらえないかしら。」


 わたしは一歩前に出てお願いする。


「そういうことじゃねーんだよ。丸腰のダチがよぉ、剣を向けられて黙ってられねぇっつー話よ。アリスはどいてな!おい、そこの馬鹿みてぇなマスクした剣士さんよ、落とし前つけてもらおうか?ああん!」


 ヒュール、あなたが今睨みをきかせてるのは勇者様だと……言いたくても言えないジレンマ。もう、やめて。大人しく去って。でないと貴方達が大変なことになるから。


 今のところゴールドは様子を見ている。


「いや……それとも、アリスが俺の女になるってんなら、それで手打ちしてやらんでもない。可愛がってやるぜ!」


 ヒュールは何度かわたしに付き合えと迫って来ていた。そのつもりは全く無いけれど、いまこの状況でこれ以上彼をエスカレートさせるのは困る。


「ヒュール、その話は後で聞きます。今は時間がないの。ごめんなさい。」


 わたしはゴールドの手を引いてこの場を去ろうとする。だが、ゴールドは動かなかった。


「ゴールド、行きましょ……ん!」


 その場の全員が息を飲んだ!


 重なり合う唇。


 わたしはゴールドにキスをされていた。


「ゴールド、何を!?」


「アリス、キミの悪い癖だな……一人で背負う癖。私が治してあげよう。」


 見上げるわたしを抱きしめると、ゴールドはその視線をヒュールに向ける。


「そして、キミの性根も修正してやろう。痴れ者め!」


 怒ってる。いつも冷静で感情をあまり出さない彼女が、今は感情をさらけ出しているのが分かる。


 まさか……いつもは勇者として模範となる振る舞いだが、マスクを着けて別人を演じる事で日頃の鬱憤を晴らしているのかもしれない。だとしたら、そんなクリスティーナが少し意外で……可愛く思えた。


 違う、それどころじゃなかった。


 ヒュールは既に怒り心頭に発していた!


「お、俺のアリスにキスしやがっただと!?テメェは女だよな?女同士でキスしてんじゃねーよ!!」


 自分が馬鹿にされたことはスルーして、女性同士のキスに何故か過剰に反応するヒュール。彼は大袈裟に剣を抜き放つ!


「ファイヤーソードか。大きな口を叩くだけのことはあるらしい。」


 古代技術で精製された魔力を秘める武器を総じて『伝説級の武器』や『レジェンダリーウェポン』と呼ばれていた。ヒュールのそれは火の精霊を宿す剣。


 それに対して、ゴールドの武器はごく普通のサーベル。


 変装しているから当然だけど、勇者クリスティーナが携える黄金の聖剣『サクラメント』ではない。


「震えるだろ?伝説級のファイヤーソードによ。俺は『火剣使いのヒュール』だ!すぐ忘れるだろうがよ、名乗りな。」


「『魔剣士ゴールド』だ。やるのは良いが、この精霊樹の御前はもとより、王都内での決闘も法に触れよう。場所をあらためようか。」


「決闘だなんて、やめてください!」


 叫ぶわたしの声は2人には届かなかった。


 そしてあろうことか、ファイヤーソードを力一杯叩き下ろすヒュール!それを抜刀したサーベルで受け止めるゴールドだが、余りの威力に押されて下がる。


「俺の剣を受け止めるとは驚きだっぜ!」


「その血気、美徳とは言えないな。」


 ゴールドならヒュールの不意をついた剣すら受ける必要はなかったはず。敢えて受けてヒュールの力量を見たのだろう。予想外ではあったようだけど。


 その後は何度かヒュールの攻撃を受け流すゴールド。


「テメー、ちょこまかしやがって!一気にカタつけてやる!!燃え盛れファイヤーソード!!!」


 ファイヤーソードがその名を知らしめるよう、その刀身は真っ赤に燃え上がる!ヒュールが一振りすると石畳が簡単に焼き切られた。


「これだから伝説の剣というのは節操がない。もっともピンからキリまであるが。キミのはどうかな?」


「ゴールド、大丈夫なんですか?」


 ゴールドはウインクをしてみせた。


「魔剣士の真髄を見せよう。氷の精霊よ、遥かなる凍土よりその力を我に。魔法剣『エンチャント・アイス』!」


 呪文詠唱しながらサーベルを手でなぞると、刀身が鮮やかな青色に光り輝く!


「黒髪の姫を守る騎士なら氷の剣が必要だろう?」


 ブレイブのことを言っているのだろう。別に彼はわたしの騎士ではないのだけれど……。


「そんな理由で?遊んでると足元を掬われますよ。」


「馬鹿にしてやがるぜ。ブレイブのフニャチン野郎と同じ氷の剣なんて……ぶっ壊してやるぜ!!喰らえ、『サラマンダー・バイト』!!」


 ブレイブはフニャチン……いや、何考えてるのよ、わたし!


 燃える刀身の炎から3匹のサラマンダーが生まれ、ゴールドに襲い掛かる!だが動じることなく氷の魔法剣でサラマンダーを切り捨てる。


「凍てつけ。『アイス・ワールド』!」


 天高く掲げた氷の魔法剣を振り下ろすと、ヒュール達4人は瞬く間に凍りついていく!


「動けねぇっ!燃えろファイヤーソード!!」


 炎で氷を溶かすつもりだけど、それは叶わなかった。


 『アイス・ワールド』


 それは範囲内を持続的に凍結させる魔法。


 ヒュールは必死にファイヤーソードを燃やすが、その刀身は溶けた大量の水に浸水し、外殻の氷は凄い速さで凍結していた。つまり、火と水と氷が同じ運動量でぶつかり合っているのだ。抜け出せすことはできなかった。


「何故だぁー!こんなふざけたマスク野郎に負けるハズがぁ!!」


「私の忠告を無視したのだ、命の覚悟はあろうな?」


 ゴールドは氷の剣をヒュールの眼前に向ける。


「やめて、ゴールド!もう決着はついたわ。」


「アリスを愚弄したのだ。その命をもって償わせる。」


「その気持ちは嬉しいわ、ゴールド。でも、貴女もヒュールと同罪です。神聖な精霊樹の前で決闘をしたんですから。もうやめましょう。」


 ゴールドの剣を握る手に手を重ねる。


「これは手厳しい。だが正しい。久々に熱くなったようだな。行こうか。」


 わたし達はその場を去った。

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