第80話 【Side:ブレイブ】死の淵からの生還

 夢を見ているようなまどろむ感覚。


 俺は……何をしていたんだ?ぼやける記憶を探すと突如世界が赤く染まり、喉が熱く駆け巡る痛みがあの記憶と繋がる!


 思い出した!!


 俺は一瞬にして、何もできないまま人狼の少女に喉を深く噛みちぎられた。致命傷だと分かる。


 そうか、俺はまた死んだのか。


「(主よ、久しく見れば……死の淵ではないか。)」


 走馬灯の類いでは無さそうな鮮明な声。本当に久しぶりに聞く声。


「(アイスソードの……氷の精霊か?目覚めるの……遅いよ。俺、もう死んでるよ。)」


 言って後悔した。死んだことをコイツのせいにしたズルい自分に。自分の力の無さを棚に上げて他者に責任を押し付ける。生まれ変わっても同じ。意味の無い人生だった。みんな……ごめん。


「(主の命を留め置く……死ではなく眠りに。)」


 急速に熱さも痛みも消え去り、俺の意識はそこで途絶えた。


◇◇◇


「ブ……ブレイブ!?」


 ファナの喉に人狼の牙が触れるまさにその瞬間、キリコは急激に迫る凍気に身をひるがえす。


「待たせたな、ファナ。後は任せろ!」


 キリコはあと1秒もあれば殺せるファナを投げ捨て、後ろに飛び退き距離を取る。


 俺はファナを抱えると、ファナは安心したのか笑顔を見せるが、全身に付けられた傷からの出血で意識が朦朧としていた。


「パチャムを守れなかった。ごめん……。キリコは強い、逃げて……」


 ファナは意識を失った。倒れるパチャムを見るとお腹からかなりの出血が見て取れた。


「お前、さっき殺したよな?何で生きてるんだ?」


 人狼は確実に喉を食い破った相手が目の前に居ることに動揺しているようだ。


 この人狼……よく見るとケモ耳ロリ少女じゃないか!その口が俺の喉に触れたなんて、かなり興奮するぅ〜!!ゆっくり妄想したかったがそんな余裕は無さそうだ。


「キリコっていうのか。覚えておけ、俺は『アビスの氷剣使いブレイブ』、死の淵から這い戻ってきた男。本気、見るかい?」


 氷の剣を横に薙ぐと、横一線に大地が凍てつく!それを見たキリコはかなり警戒しているようだ。


 決まったぜっ!!


◇◇◇


 少し時間を遡る……


 俺は……何か胸がざわつき目を開ける。だが開かない。


「(目覚めたか、主。意外と早かったな。)」


 氷の精霊の声?俺は……死んだんじゃなかったのか?生きてるのか?


 身体全体がひんやりしているが指一本動かせない。まぶたも口も固まったように開かない。そうか、俺は凍っているのか!


 アイスソードのマスターになってからというもの、氷の精霊との契約により冷温耐性が備わっていた。極寒の吹雪の中にマッパでいても余裕だろうと氷の精霊は前に言っていた。


「(氷の精霊、本当に目覚めたんだな?全然起きないから死んだのかと心配したんだ。良かったな!」


「(な!そんな心配は自らを守れるようになってから口にせよ。馬鹿者。)」


 精霊のクセにそんなツンデレみたいな反応をするなんて。なかなか可愛いヤツだ。


「(それより、いまはどんな状況なんだ?教えてくれ!)」


「(いま、主の喉などを修復している。精霊王の力が無ければこんな部位丸ごと欠損した傷を治すことはできなかった。精霊王に感謝するのだな。しばし待て。)」


 そうか、アイスソードが凍らせて身体を仮死状態にし、与えられた精霊王の力で俺を治癒してくれたのか。ナイスアシストだよ、相棒!


「(ありがとう。)」


「(礼は後で貰うので良い。)」


 礼?何だろう……気になる言い方だな。


 いや、それより……


「(戦闘はどうなったんだ?みんなは?)」


「(説明が面倒なことを聞くな。自分で見よ。)」


 目の辺りが緩み、まぶたを開けることが出来た。氷越しに見えたのは……あの巨体は巨人か!その手前に居るのはヒュール?手にした火の剣で認識できた。


「何なんだコイツは!化け物めっ!!」


 ヒュールは倒れない巨人に罵声を浴びせる。何度か燃える斬撃を喰らわせるが平然とする巨人。


「雑魚に用はねぇ。さっきの女といい、その氷を守ってるってことは大事なモンか?」


「違ぇよ、アレはゴミだ。だがな、アレを壊すのは俺だ。テメェにくれてやるのがイヤなだけさ、この俺を雑魚と言ったテメェにはなぁ!!」


 ヒュールのヤツ、俺をゴミって言った!?やっぱりムカツク奴だ!!


 そういえば巨人が言った女って……首や顔を動かせないから視野が限られているが、下の方に微かに見えたのは黒髪の人影!アリスが倒れているのか!?


 そうか、そうなのか!?ヒュールが巨人の攻撃を剣で受け続けていた理由が分かった……気がする。


 あんな巨人の攻撃なんてヒュールなら避けるのは簡単なハズ。ということは……勘違いかもだけど、ヒュールは倒れるアリスを守るためにそうしていたのかもしれない。でなければ、巨人の攻撃がアリスに当たろうが構わず自分は回避していたことだろう。


 あんなに蔑んでいた人間のアリスを守るだなんて正直信じられなかった。何があったんだ?


 巨人の攻撃を受け流し直撃はしないものの、その激しい威力が蓄積されているのか、少しずつヒュールの動きが鈍くなる。これでは長くは持たない。


「(氷の精霊、ここから出してくれ!助けに行くから!!)」


「(出た途端、喉が開き絶命するぞ。急くでない。)」


 クッソ、ただ見てるだけだなんて!今すぐこの氷を砕いて助けに行きたい衝動に駆られる!!


「(主、それよりも……先の礼を頂こうか。)」


 氷の精霊へのお礼?こんな時に!?

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