第70話 【Side:ブレイブ】激火の剣士ヒュール

 僅かな自由時間が終わり、俺たちはいよいよ前線に向けて王都ピセを出発する。


 俺はどこか気が抜けていた。さっきのアリスの言葉が気になって仕方なかった。


 『わたしも同じことをしているから』……どういうことだ?悶々として集中できない。


「よ、遅刻魔!」


 聞き覚えのあるその声は、俺たち小隊が再編された第23中隊の中隊長。そして俺たちの国オルガナが誇る剣士ジェイスだった。


「ジェイス、久しぶりです。」


「大変だったみたいだな。まさか暗黒龍に襲われるだなんて!第21中隊はほぼ壊滅だと聞いてたが無事で何よりだ。バードマンの狩人は……残念だったな。」


 キューイのことは行方不明と軍に報告していたのをジェイスは聞いたのだろう。同郷のジェイスならと思い、小さな声で説明をする。


「そうか……。その状況であれば卑怯者と罵ることはできんだろう。」


「俺だって逃げ出したかった。正直、逃げることもできず、あの恐ろしい暗黒龍に殺されるだけだと絶望したものさ。」


 思い出すだけで身震いする。


「今の話は聞かなかったことにしよう。敵前逃亡は状況が状況だ、咎められることは無いだろう。しかし、軍に帰還しないことは問題だ。このまま行方不明でいいだろう。」


「ありがとう。」


 思った通り、ジェイスならそう言ってくれると信じていた。


「それと、ブレイブ。お前のアイスソードは大丈夫なのか?報告では破損とあったが。」


 ジェイスは俺の腰から下げている剣を見る。俺は柄からアイスソードを抜き、ジェイスに手渡す。


「刀身に酷い亀裂ができた割には、いや前に見た時と遜色ない見事な刀身だ。修復できたんだな。良かったな!」


 見た目は元通りと言えるが、宿る氷の精霊は未だ目覚めてはいなかった。


「いや……」


 そのことは昨日の今日であり、軍に報告をしていなかった。忘れていた……。


「おい、お前がブレイブか?」


 後ろから掛けられた声に振り向くと短髪なエルフの剣士が居た。身長は俺より拳ひとつ低いが鍛えられ引き締まった肉体が見て取れる。


「ヒュールか。どうした?」


「うす、ジェイス隊長。そのブレイブってヤツに用っす。」


 何か嫌な予感しかしない。


「俺は『激火の剣士ヒュール』だ。覚えときな!」


 名乗るや抜刀して剣を天に掲げる。自信に満ちた眼差しでガンをつけてきた。


 何ィ!?それは……俺の十八番だ!


「俺は『アビスの氷剣使いブレイブ』。俺の前に立つ者は皆凍てつき果てることだろう……。」


 剣を肩に置き、顔を横に向けてほくそ笑む俺。キマった!中二病対決は俺の勝ちだ!!


「自己紹介は済んだか?行くぞ!」


「うす!」


「は、はい!」


 俺とヒュールは先に歩くジェイスのところに走る。全速力なヒュールが先に着くと俺にしたり顔を見せる。そうか、俺をライバル視してるのだな。悪いな、クールな俺は暑苦しい勝負には興味が無い。


「いいさ、アンタの勝ちで。じゃあな。」


「何だと!?逃げるのか?」


 うわ、来たよ。熱血バカだとすぐに分かる反応。陰キャだった俺には熱血陽キャ野郎は絶対に関わりたくない!


「悪いな、お子様に構ってる暇は無い。もう関わらないでくれ。」


 俺は言い捨てると金髪をなびかせてその場を去る。振り返らなくても分かるよ、ヤツの悔しそうな表情がな。


「ふざけるな!」


 ヒュールは後ろを向く俺に躊躇なく斬りかかる!


 ギャンッ!


 俺は振り向き様にアイスソードで剣戟を受け止める!そう、これくらいのことは容易くできるのだ。


 かつて、このアイスソードを手に入れた深き地の底で20日間も薄暗い洞窟や迷宮を彷徨ったお陰で、敵の気配や殺気を目ではなく身体全体で感じることができるようになったのだ!これはチートスキルじゃない、生きるために身につけた努力の結晶なんだっ!!


 響き渡る甲高い金属音!


 伝説級の武器は音が違う。濁りの無いその音が奏でるのは、ヒュールの剣も同じ伝説級である証。


「燃えろ、ファイヤーソード!」


 と、刀身が発火した!いや、漫画やアニメではよく見る演出だが、いざ目の前で見ると迫力がある!


 燃える熱さもあるが、豪語するヒュールの腕力は伊達じゃなかった。明らかに力負けしてきた。


「そんなもんか?アイスソードの力を見せてみろっ!」


 一気に振り抜いた威力に抗えず、俺は吹き飛ばされる!


「そこまでだ!」


 ジェイスが叫ぶ声!流石のヒュールも動きを止める。


「まだアイツの本気を見てないっす。止めないでください!」


 なお隊長に噛み付くなんて、これだから熱血は嫌なんだ。いつの間にかできていた野次馬たちからもっとやれ!という野次が飛ぶ。


 野次馬の中にパチャムたちも居た。ファナは今にも乱入してきそうだった。アリスも見ていた。そうだ、アリスの言葉のことはすっかり忘れていた。でも今は忘れよう。


「ジェイス隊長、すいません。報告してなかったんですが……アイスソードに宿る氷の精霊が目覚めないんです。もしかしたら、もう目覚めないかも……しれません。」


「なんだって!?」


 こんな場面で言い訳じみた報告をするのは情けない限りだ。


「おい、負けたことの言い訳じゃねーだろうな?」


 そうだそうだと外野も騒ぎ出す。そう思われても仕方ないタイミングだ。


「ブレイブの言うことは本当だよ!」


 ファナが遂に痺れを切らせて割って入る!!


「何だお前は?ブレイブの仲間か?」


「そうだ。これ以上はわたしが相手だよ!!」


 やる気満々なファナ!指でかかって来いという挑発をする。


「ガキが調子乗るなよ!どいてろ!!」


 ヒュールは相手にしない。


「わたしも黙ってられません。アイスソードはスピリットガーデンの老魔導士マギクス様でも氷の精霊を目覚めさせることはできませんでした。」


 アリスもまた前に出てくれた。


「ホントかぁ?って、人間が何で一緒にいるんだよ?わきまえろや!」


 出た、人間差別。もう、とさかに来たぜ!


「いい加減にしろ!2人を馬鹿にすることは俺が許さん!!」


 野次馬たちが歓喜の声を上げ、ヒュールは不敵な笑みを浮かべていた。

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