第59話 【Side:アリス】アリスの憂鬱
月下の花園を歩きながら、隣に並ぶ勇者を見上げる。
「ありがとう、クリスティーナ。」
リフィーに反対されてはいたけれど、ブレイブのためにはやはりクリスティーナに頼むしかなかった。
長い任務からようやく戻った勇者クリスティーナに頼み事をするのは正直気が引けた。だが多忙な彼女と接する時間は極めて限られている以上、この機会を逃すと次にいつ会えるかも分からないので、無理を承知で話だけでも聞いて欲しいとクリスティーナに打ち明けた。そして、それは果たされた。
「いいさ。なかなかアリスをかまってあげられなかったからね。ところで、彼のことが好きなのかい?アリス。」
突然、思いも寄らない問いに唖然としてしまう。
「いや、そんなんじゃ……」
「彼、ブレイブと言ったか?とても……美しい顔立ちだった。身体も引き締まっていて理想的な肉体と容姿だと思う。それに、性格も良さそうだ。そして、仲も良さそうだが……恋仲ではないのかい?お似合いだと思うが?」
ブレイブを思い返す。整った容姿は男性とは思えない程に綺麗だと……確かに思う。
「わたし……カッコイイ男性が苦手なんです。その、あまり良い思い出が無くて、カッコイイ男性が近くに来ると……気分が悪くなるんです。」
思い出すとこみ上げてくるものがあり、両手で口を押える。
「彼に嫌なことをされたのか!?」
「いえ、ブレイブに嫌なことをされたのではありません。その……許嫁が……」
そこで言葉に詰まる。そのことは話さなくてもいいはずなのに無意識に言ってしまった。ブレイブにも話したんだっけ。
「許嫁がいるのか。だが……辛そうだな。それ以上は話さなくても良い。すまない、嫌な思いをさせてしまった。」
「いえ。でも、ブレイブは優しいですよ。容姿は……昔の方が好きですけど。」
クリスティーナは静かに微笑み、わたしの髪を撫でてくれた。
「アリス。お詫びと言っては何だが、土産話をしようか。」
「それは楽しみです。」
クリスティーナは敢えて話題を変えてくれたのだろう。彼女の優しさに笑顔で応える。
「『ステラ』という名に覚えはあるかい?」
「え!?」
不意打ちとはこのことだろう。クリスティーナの口からその名が出るなんて全く予想だにしていなかったから正直混乱した。
「あの、どうして……」
「その反応。知っているのだな『魔法少女ステラ』のことを。」
全身に衝撃が走る。
「ステラは……仰る通り『魔法少女』でわたしの仲間です。何故、貴女がステラを知っているの?」
「そうだな。これは噂なんだが、魔獣王率いる敵国『ゴーファン』にそう名乗る人間の少女がいる……らしい。何でもゴーファンで開催されたバトルロイヤル『王宮武闘大会』に参加し勝ち進んだそうだ。人間が勝ち残るだなんてあり得ない。前代未聞だろう。もっとも、いま私の目の前にいる人間ならそれも可能だろうがね。」
自分のことを言われたのはどうでも良かった。まさかこの異世界で仲間の名を耳にするとは思わなかった。ステラもこの異世界『ラニューシア』に来ている!
この異世界で自分は異邦人であると心の中で寂しさを感じていたが、転生した吾妻くんことブレイブに出会えたことで心安らいだ。そしていま、それに匹敵する程の安心感に満たされていた!魔法少女ステラがこの異世界に居ると知っただけで新たな希望となった!!
魔獣王の国『ゴーファン』は恐ろしく邪悪な魔物たちの国。そこでも武闘大会に勝ち残った人間、そして自ら『魔法少女ステラ』を名乗るなんて……間違いない。そんな奇行をするなんてステラに違いないと確信した。何であれ、わたしは居ても立っても居られなかった!
「『ゴーファン』ですね!?わたし、行ってきま……」
その瞬間、わたしは胸を貫かれたような痛みに襲われた!
「アリス!?大丈夫か!!」
地面に倒れ込んだわたしは痛みに耐えながらもがく。
「だ、大丈夫。ぐっ!ハァハァハァ……あぐっっ!!」
激しい痛みで意識が揺らぐ。胸を刺す痛みは激しい頭痛も誘発させた。普段痛みには慣れているわたしだけど、この痛みは意識が飛ぶ程に荒ぶるものだった!
しばらくして痛みは引いて行った。クリスティーナは癒しの魔法も施してくれていたらしいが効果は無かったらしい。その間も彼女はわたしをずっと抱きしめてくれていたようだ。
「アリス、落ち着いたか?」
朦朧とするわたしはクリスティーナに言われた通り、痛みが引いたことに気付き返事する。
「クリスティーナ、もう……大丈夫です。ありがとう。」
覗き込むクリスティーナは安心した表情を見せる。
「あまりの驚きに気持ちが追いつかず身体が悲鳴を上げたのだろう。だがな、彼の地は敵本国だ。単独で乗り込むなど自殺行為。焦る気持ちは分かるが、きっと機会はある。機を伺うのだ、アリス。」
わたしの両肩を掴むクリスティーナは真剣な眼差しを向ける。クリスティーナが真剣にわたしのことを心配しているのが分かる。
命の恩人であるクリスティーナの想いを裏切り、心配させることはできない。いまはステラの情報が得られたことを喜び、再会するチャンスを待とうと強く自分自身に言い聞かせるのだった。
「はい。」
「良い子だ。館に戻ろう。」
クリスティーナはわたしをごく自然に抱き抱えてくれた。わたしはこの身を勇者様に委ねた。
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