第58話 【Side:ブレイブ】悪戯な笑顔

 勇者クリスティーナとアリスの二人と別れ、俺はひとり宿に戻る。もう夜空の際が明るんで来ていた。こりゃほとんど寝れないなぁ~と思うとあくびが出てきた。


「何処に行ってたの?……ブレイブ。」


 宿の階段を登ろうとした時、不意にかけられた声に驚く!それは階段の横に座っていたファナだった。


「ファナ?あぁ、ゴメンな、約束破って。ちょっと野暮用ができてね。」


「アリスと会ってたの?」


 心臓を突かれたような衝撃を受ける!な、何て言えばいいんだ!?いやいや、やましいことはしていないし、ファナになら……。


「そうなんだ、いまアリスと……」


 あ、いや待て!そうだ、別れ際にアリスから釘を刺されていたのだった。今晩のことは絶対に他言無用だということ。


 いかなアイスソードの覚醒のためとはいえ、このスピリットガーデンの勇者様だけでなく、神にして王である精霊王に会い助力してもらったなどあってはならないことなので、3人(+精霊王)だけの秘密なのだった。


 このことがかりそめにも表沙汰になれば勇者様に迷惑がかかることになり、何より俺やアリスの身に危険が生じるかもしれない。何処か狂気を感じるリフィーは黙ってはいないだろう。俺はどうなろうと構わないが、アリスを巻き沿いにする訳にはいかない!


 しかし、ここからどう誤魔化そう……。


「やっぱり!あたしとの約束を破ってアリスと会ってたんだね。ねぇ……アリスのこと好き?」


 んがっ!!口籠った俺の沈黙でターンがファナに移ってしまった。そして、何てことを聞いてくるんだよ!?だが、俺の心に急に重しがのしかかる。


「俺はアリスのことが……」


 そこまで言うと、不意にファナが俺を押し倒す。尻餅をついた俺を覆うように抱き着いてくる。


「ファ、ファナ!?酔ってるのか?」


 うつむくファナは頭を横に振る。


「あたし、あの夜の橋でのこと……覚えてるよ。」


「え!?」


 そう、俺が初めてお酒を飲んで、ファナと衝撃的なファーストキスをしたあの夜。ファナは俺に告白をしてくれた。でも、翌朝には記憶が無いってファナは言っていたハズ。だから俺もそのことには触れなかった。


「覚えていないんじゃなかったのか?どうして?」


「あの時は……何か最悪なシチュエーションだったからリセットしたかったんだ。もっとちゃんと告白したかったから、覚えてないってことにして。だけど、まさかその後にアリスに出会うなんて……。アリスが相手じゃ敵わないよね?美人で優しくて強くて……おっぱい大きいし。覚えてないなんて言わなきゃ良かった。」


 ファナの声が震えていた。うつむいて見えないが、泣いているのか?俺はファナの頬に両手を当て、俺の方に向ける。やっぱり涙ぐんでいた。


「話は最後まで聞けって。そうだよな、ファナが言う通りアリスはスゴイよ。俺なんかじゃアリスには釣り合わないって言うか……」


「アリスも、ブレイブのことが好きなんだと思うよ。アリスはいつもブレイブのことを見ているし。」


 なんとも有難いお言葉。俺も何度そう思ったことか。でもそれはただの思い上がりな自意識過剰だったんだ。まったく罪な女だよ、アリスは。それでもまだ、アリスの笑顔がまぶたに焼き付いて離れない。


「アリスはさ、いま勇者クリスティーナ様のお屋敷に住んでいて、その……クリスティーナ様のことが好きなんだよ、きっと。」


 それを聞いたファナは目をパチクリさせる。


「え?勇者クリスティーナって女性だよ?何を言ってるの、ブレイブ?頭大丈夫??」


 ひどい言われようだが、真っ当な反応だろう。少なくとも俺たちの生まれた国オルガナでは同性愛の話は聞いたことがない。田舎な土地柄だからかもだが、ファナにとっては理解の範疇外だろう。言って俺は後悔した。


「ゴメン、今のは忘れてくれ。俺どうかしてるんだ。でも……アリスには好きな人がいると思うんだ。それは俺ではない誰か。」


「分からないけど、分かった。でも、あの夜のことだけど……やっぱり二人で忘れよう。あの時約束したよね?とか言いたくないし。」


 そうだった。この戦争が終わったら俺はファナと一緒になるって約束したんだった。それをファナは無かったことにしようとしている。アリスに、いや、アリスを想う俺に気を使っているんだろう。なんて健気なヤツなんだ。


 それに対して俺はどうだ?この期に及んでファナを選べないでいる。アリスが……月島さんがいる以上、多分俺は他の誰も選べないだろう。例え俺が彼女から選ばれないとしても。


「戦争が終わってさ、いろいろと落ち着いた時、まだブレイブのことを好きだったら告白するね。」


 ファナは目を擦りながらそう言った。


「ファナ……」


「ブレイブよりイイ男に出会えるかもしれないしね。その時は……ゴメンね!」


 悪戯な笑顔を見せるファナ。俺には眩しい笑顔だった。

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