第26話 【Side:ブレイブ】黒髪の少女
突如、俺たち第21中隊の前に飛来した巨大な龍。それは昔話で聞かされた伝説の暗黒龍『ダルクシュレイヴァ』に違いない。
中隊の過半数は暗黒龍の一撃で命を落とし、残った俺たちの命もまた風前の灯であった。
暗黒龍の絶望的な脅威の前に司祭のパチャムは神に救いを乞うが、拳闘士のファナは信じられないことだが暗黒龍に立ち向かって行く!
激しい乱打を見舞う勇敢なファナだったが、その圧倒的な巨体と硬質な漆黒の鱗には通じなかった。逆に暗黒龍の尾の一撃をかろうじて交わしたファナだったが強烈な風圧に吹き飛ばされ岩場に全身を強打し倒れる。
暗黒龍はあろうことか狙いを俺に向ける!大きく開いた口から漆黒の炎を吐き出した!!
「(主よ、我を掲げよ!)」
俺は言われた通りにアイスソードを構えると、アイスソードは氷の盾を展開し暗黒の炎を防ぐ。しかし、それも長くは持たなかった。全力を尽くしたアイスソードは力を失い、俺は……成す術なく頭に死がよぎる。情けない絶望の台詞が無意識に零れ落ちる。
「い、いやだ……そんな!また14で死ぬなんて。誰か、た、助けてっっ!!」
俺ブレイブの勇気は消え失せ、恐怖に目を閉じ、ただじっとしていた。それしかできなかった。
そんな俺に優しく語る声。柔らかくてとてもいい香りがした。恐る恐る目を開けると、そこには……何度も夢で見た黒髪の少女が居た。
「大丈夫ですか?危ないところでした。」
俺はいま黒髪の少女に抱きしめられながら、かつて放課後の図書室で静かな時間を共に過ごした彼女が何故俺の目の前に居るのかを言葉少なげに問いかける……その柔らかな双丘越しに。
「どうして……ここに?」
14年の歳月を経て再会した黒髪の彼女は、真剣な視線を巨大な龍に向けていた。いつの間にか漆黒の龍から離れた場所にいることに気付く。これは夢に違いないのだが……その温もりは幻ではなかった。
「とにかく、いまはこの場を離れましょう。アレはとても手に負えないので。」
彼女のその横顔にはいままでに見たことの無い緊張した面持ちが伺えた。暗黒龍は離れたところにいた俺たちを見つけると、再び口から黒炎を放ってきた!俺は……旋律を覚える!!
「大地よ、我を守る壁となれ!『アースウォール』」
彼女は高速詠唱による高位の魔法を発動させると、大地の土石が隆起し黒炎を遮る壁ができる。炎が届くまでの短時間でこんな魔法を発動させるなんてかなり上級の魔法使いでないとできない芸当だ。何よりあの黒い巨龍を前にして冷静に対処できるなんて信じられない!
「走ります。壁はそんなには持ちません。」
そう言いながら彼女は俺の手を引き、左右に長く広がる土石の壁伝いに身を低くして木々の茂み飛び込む。華奢な彼女の手もまた柔らかいが、思いのほか力強かった。
「あの方たちは……あなたの仲間ですか?」
茂みを駆けながら前方に倒れるファナをパチャムが回復魔法で介抱している姿が見えた。
「そ、そう。2人を守らなきゃ!」
俺はすっかり意識から外してしまっていた仲間の姿を目にして急に焦りを感じた。そうだった、ファナは怪我をして意識を失ったんだった。それを酷く怯えていたパチャムは勇気を出して助けに向かったのだろう。それに比べて俺はどうだ?今も女の子に手を引かれ、大切な仲間を忘れていたのだから。情けない……。
「仲間が怪我をしているんだ。合流して、ここから離脱しよう。」
「わかりました。わたしが魔法で時間稼ぎをします。貴方はお二人の元へ。」
戸惑った。あの恐ろしい暗黒龍を、ただの中学二年生の彼女、そう『月島さん』に任せるだなんて!
でも、さっき彼女は魔法を使った。それもかなり上位の魔法な気がする。彼女は月島さんじゃない?そっくりさん?俺がグルグルと考えていると、ふいに黒髪の少女が俺の肩に触れる。
「時間がありません。御武運を!」
言うや彼女は一直線に走り出す、迷いなく暗黒龍に向かって。
「まっ……」
俺は彼女に引き返すよう言葉を出そうとするが、その言葉を飲み込んだ。彼女の想いを無駄にしないためにも。
「くそっ、二人を助けてすぐに行くから……待ってて、月島さん!」
俺もまたパチャムとファナのところに駆け出す。
非力なパチャムは気を失ったファナを全力で木陰まで引きずり、ファナを庇うように身を潜めていた。
「パチャム、大丈夫か!?」
声に顔を上げたパチャム。酷く怯えた目からは涙が溢れていた。俺を見るや抱きついてくる。
「ブレイブ、あぁ、ブレイブ!」
「よく頑張ったな。ファナは?」
「傷は治癒したけど目を覚さないんだ。ブレイブ、どうしよう?」
潤んだ瞳で藁にもすがる様子で訴えかけるパチャムに、俺は撤退すると告げる。パチャムは嬉しそうに頷く。俺はファナを背負うと、パチャムに付いてくるよう促す。
木陰を走る俺は……月島さんのことを考えていた。早く、早く、月島さんのところへ戻らなきゃと。
10分程走った先にあった小さな洞穴にファナを下ろし、パチャムにここで待ってるように言う。
「暗黒龍を足止めするためにただ一人で残ってくれた命の恩人がいるんだ。俺は彼女を助けに行く!」
暗黒龍のところに戻るだなんてと驚いたパチャムだったが、逃げる時間をくれた恩人を見捨てることはできないことに納得してくれた。
「ブレイブ、死なないで。」
神の祝福を祈るパチャムに背を向けると、俺は走り出した刹那、視線の先に……その姿が見えた。
俺は全力で走り、彼女を抱きしめた。
「無事だったんだね、月島さん!良かった……良かった。」
「え?」
俺を見上げる彼女は……どこか困惑しているようだった。
◇◇◇あとがき◇◇◇
ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。(´∀`)
ここで序盤の「14年越しの再会」の後につながります。黒髪の少女を月島さんと呼ぶブレイブ。どゆこと?( ゚Д゚)
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毎週金曜日の午前中に定期更新してますので、また宜しくお願い致します。(๑>◡<๑)
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