第6話:森に住む者

 6:森に住む者

 強い風が木の葉を揺らし擦らせる葉擦れの音が聞こえる、開け放たれた窓から風が入り、お店の中が心地の良い森の瑞々しい葉の匂いと葉擦れの音で満たされる、窓辺に留まっている小鳥が寝ているほどに心地の良い空間がお店の中に出来上がっていたのだった。


 店の奥からパンを1枚持ってきたミズは耳を手でむしり取る、耳をむしり取られたパンの中身の方を小さくちぎって床に撒く、すると窓辺に留まっていた小鳥達が飛んできて床に撒かれたパンを食べる、ミズはそんな光景を見ながらパンの耳をよく噛んで食べていた。

「やはり小鳥は可愛いですね。パンの耳はこのままでも美味しいですが、今度ラスクにしてみましょう。もっとですか?仕方ないですねぇ」

 そう言ってミズは小鳥に更に餌をあげるべくにこりと笑顔を浮かべながら店の奥へと消えていった。

 偶然にもミズがもう1枚パンを持って戻ってきたのと玄関の戸が空いたのは同じタイミングだった。

「し、失礼する」

「いらっしゃいませ、ゆったりしていってくださいね」

「あ、あぁ、と違う違う!貴殿はこんな森の深部に住んでおられるのか?」

「えぇ、このお店に住んでいます」

「そうだったのか、いや失礼。碧の樹海に動物と魔物、我らエルフ以外の者が住んでるとは思わなかったのだ。許してくれ」

「構いませんよ、お時間があれば我がこの商品を見ていかれませんか?」

「こんな所で店など、貴殿は本当に変わっているな。時間は余る程ある、言葉に甘えて見て行かせてもらおう」

 そう言って店の中へと入ってきた革鎧に弓、それに矢筒と短剣を装備している金髪ロングヘアーのエルフは、小鳥達に餌やりを続けているミズを見て言葉をかけた。

「貴殿は小鳥に好かれているのだな」

「そうでしょうか?」

「あぁ、それに小鳥に好かれているということは優しい者という事だ」

「あら、嬉しい事を言ってくださいますね」

「何、本当の事だ。私はエミィナという、貴殿の名は?」

「私はミズと申します」

「ミズか、いい名だな。それじゃあちょっと見てみることにするよ」

「えぇ、心ゆくまでご覧下さい」

 エルフは左手側にあった最寄りの棚からどんな商品があるか見ていく事にした、中で泡が発生しては消えるを繰り返している水晶や、ほんのりと暖かく、赤い光を割れ目から漏らしている小さな黒い石、長持ちする高性能なライター、雪の結晶が透明な箱の中で溶けて固まってを繰り返している物、手のひらサイズの桜が花を咲かせている玉の入れ物など彼女がこれまで1度も見た事のない物達を見て、一つ一つ丁寧に、壊す事がないように、ゆっくりと見る、そして心は今までになく満たされていた。

 エルフがじっくりと商品を見る、後ろで店内にある椅子から今度はボーロを小鳥達にあげているミズがエルフを見てにこりとして鼻歌を歌った。エルフは少し驚いたが歌を聞いているとより深く商品達を見ることが出来るようになった気がして、よりじっくりと商品を見ていた。

 日も傾き、夕日が差し込みだした頃には小鳥達も巣に帰り、ミズとエルフの2人だけとなっていた。

「そろそろ日が暮れますよ」

「え!?も、もうそんな時間が……あ、教えてくれてありがとう」

「いえいえ、それより何か良いものが見つかりましたか?」

「ははは、どれもこれも凄く私の心を引きつけるものだったよ。だけど私が出せるものは何一つ、束にしてもここの商品のひとつにも届かないよ」

「あら、そうなのですか。それは残念、それでは少しお待ちを」

 悲しそうな顔で棚にある商品を見ていた彼女を見て、ミズはカランと音を立て、商品を乗せてある机の引き出しから直径7cm程の箱を取り出した。

 ミズはエルフの彼女の前でその箱を開ける、中には直径4cmの中が透明な液体で満たされた四角い物を取り出した、中には小さい小石と水草が入っており、何かが中に居るようなきがした。

 ミズは静かにその四角い物を夕日の射し込む窓際へと持っていく、ギリギリ沈み切る前の日を浴びたその四角い箱には1匹の小さな、少し長い金の尾ビレを持つ魚が入っていた。

「これは日魚という魚でして、水の中であれば水溜まりでも生きることが出来る生き物です。そして最初に浴びた日の光に尾を染めるのですよ」

「これは……とても綺麗ですね……」

「でしょう?ですがこの子は1度染ってしまうともう色が変わることはありません、そしてこの子を貴女に差し上げます」

「え?でも私はお代になるようなものは……」

「えぇ、なので矢を1本お代としていただきます」

「そんなものでいいのか?」

「えぇ、構いませんよ」

「本当に?」

「本当にです」

 そう2人は言葉を交わし、ミズは日魚の入った小さな箱を、そしてエミィナは矢を交換した。

 エミィナはじっと日魚を見つめ、日魚もエミィナを見ていた。1分だろうか、そんなに長くはない時間エミィナは見つめ。

「ありがとう、そしてこれはエルフ最大の感謝の印だ」

 そう言って指で空中に紋様を描き、ミズに渡した矢に指を当てた、指が話されると矢にはその紋様が描かれていた。

「これは私の宝物にするよ、今日はありがとう!とても楽しかった!」

「はい、本日は御来店ありがとうございました。また機会があればお越しください」

「あぁ!きっとまた来る!」

 そう言ってエミィナは店から去っていった。

 ミズは彼女を玄関から送り出した後、今日はここまでと戸締りをした。

「この一時を忘れないように、そんな想いを貴女が忘れないように」

 そう一言呟き、今夜の晩御飯は何にしようかとミズは店の奥へと消えた。

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