第5話:傲慢な者
5:傲慢な者
シャリシャリ、シャリリ
お店の中にほんのりと、林檎の香りが広がっている。リリリという虫の音が外から聞こえる中、机の上に置かれたススキが月の光を浴び、儚げにひとつ揺れた。
「やはり林檎はいいですね」
しゃくりと音を立てミズが八切れに切った林檎の一切れを食べきる、その林檎は蜜がたっぷりと入っており、見ただけでも充分に甘いであろう事が分かる。そんなゆっくりと時間が過ぎていく静かな夜だったが。
「儂は尾長長兵衛と言うものである!今直ぐに戸を開けい!さも無くばたたっ斬るぞ!」
「あら、これまた久しい時代に」
突然大きい男の声が夜分遅くに店内へと響く、ミズは一言声を上げカランコロンと下駄を鳴らしながら戸へ向かい、カラリと開けた。
「夜分遅くにいらっしゃいませ、ゆったりとして言ってくださいませ」
「う、うむ、邪魔させてもらうぞ」
髪型は髷で、小さいがガタイのいい体つき、そして何より腰に帯刀している刀がその者を「侍」だということを示していた。
侍は鷹揚な態度を取ろうとしたが、ミズの背丈に驚いて若干声が震えてしまっていた。
「よろしければお侍様、こちらの林檎を頂かれませんか?」
「林檎じゃと?また珍しい物を……持ってくるがよい」
ミズは先程まで剥いていた林檎を侍に差し出すべく机の方へと向かう、爪楊枝を取る際にサッと包丁を布の下へと隠し、林檎の乗せられた皿を手に取る。そのまま林檎の一つに爪楊枝を刺し、侍へと差し出す。
「お待たせ致しました。こちらをどうぞ」
「うむ、頂こう」
男はシャクリと一切れ目を食べた、そして頬張るようにして残りの六切れも食べ切ってしまった。
「これは美味いな!もっと無いのか!?」
「すいません、林檎はそれしか無いもので」
「そうか……」
「えぇ、申し訳ございません」
「構わん、それでここは店屋か?棚には見たこともないような珍妙なものばかりだが、なんという店なのだ?」
「細々とした物を多彩に扱っている店でございます。よろしければ見ていかれますか?」
「ふむ、見ていくとしよう。気に入った物があれば買ってやろう」
「御心遣い感謝します」
「では案内するがよい」
「いえ、我が店ではお客様がご自分の目でご自分の思うように見ることを第一にしております。何卒御容赦を」
「そうか、なら好きに見て回るとしよう」
侍はそう言うと明るい月明かりの下色々な物を見て回っていた。
赤い雪の結晶が水晶の中で消えたり生まれたりしているものを見ては。
「これはなんと言うものだ!?」
「赤雪というものです」
淡い緑に薄く光りながら瓶の中を羽ばたく羽根を見ては。
「これはなんだ!?」
「翠の羽というものです」
黒のインクで文字を書く物をみては
「これは!?」
「ボールペンです」
そんなやり取りを1時間だろうか、それ程の時間繰り返し、侍がミズに向かいこういった。
「おい女、名はなんという」
「私はミズと申す者です」
「ミズか、覚えたぞ。こんな辺境では人も来んだろう、儂はお前の顔が気に入った、儂の嫁にしてやろう」
「御言葉は嬉しいですが、お断りさせてもらいます」
「ならばこの店のもの全て買ってやろうじゃないか!それならどうだ!?」
「お客様、僭越ながら世の中には言ってはいけない言葉もありますよ。それに……どうやら貴方はここに来るには少々傲慢が過ぎたかと」
「貴様何をぬか……す……」
ミズが侍に話し終えた途端、店内の雰囲気は氷を刺すような雰囲気へと変わり、侍は何かを見て怯えた後に床に倒れた。
「本日はご来店ありがとうございました」
そう言って頭を下げ店の奥へとミズは消えていった、侍はいつの間にか店の中から跡形もなく消えていた。
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