第14話 二十歳の頃
お題:特になし、字数制限:八百文字以内七百五十文字以上
知人から二十歳の頃何してた?と聞かれた。僕はたいしたことはしてなかったわ、と答えた。
もう二十年近く前になる。当時は携帯は持っていなかった。確かなのは北海道に行っていた記憶だ。僕は写真はあまり残さないので、当時のメモ帳を探してみた。日付けを見ると五月初旬から北海道に行っている。そう、五月の北海道は肌寒かった。もう少しメモ帳の記録を追っていくと走り書きで、
北へ!牧場で働いてダービー馬を!
馬鹿丸出しだ。大目に見ても恥ずかしい若気の至り。当時の僕は華やかな競馬の世界や馬という動物の走る姿に憧れていた。だが、実際には小さな牧場で雇ってもらい二週間働いただけだ。ある朝、仕事に向かうと雇い主が夜逃げしていたのだ。社員の人たちも青天の霹靂。バイト代はもちろん貰えなかった。
今では笑い話だが当時は愕然として荷物を手に馬の消えた牧場を抜けて近所のユースホステルに向かったのだった。数日後、ホステルの主人から社長が投資に手を出して失敗した、などと聞かされた。
結局、素人を雇ってくれる牧場は無く(手帳を観るに二六件の牧場と厩舎関係を回っている。そのうち面接をしてくれたのは四件だけ)旅行をして三カ月で地元に帰った。
今、思えば本気だったならあちらでバイトでもしながら就職活動を続ければ良かったのだ。しかし、手帳に記された失職直後のイクラ丼が美味い、と書かれた文字に焦りや真剣さ、は伺えなかった。
今でも競馬は好きだし、乗馬も観るしやってみたい、とも思う。ただ馬たちと眼が合うとあの時、二週間だけ世話した馬たちはどうなったのだろう、という思いが胸を過ぎる。それは好きな事に真剣になれなかった自分への後悔で、きっと馬たちへの想いではない。
そんな二十歳の頃をまたいつか手帳を開いて思いだすだろう。そして誰かに聞かれたらたいしたことはしてなかったわ、と同じように答えるはずだ。
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