第12話 自転車と馬鹿

※課題「自転車」文字数制限無し。


幼い頃のことだが何度、父や母に叱られても靴の踵を踏む癖が治らなかった。まだ小学校一年生の時だったかと思う。


そのころは毎年、夏休みになると母方の田舎に泊まりに行くことが楽しみでたまらなかった。その数日は共働きでほとんど家にいない両親も構ってくれたし、同じく親の帰省に合わせて田舎にやってくる子どもたちや近所の子どもと遊べて、普段と違う時間にわくわくしていたのだろう。


母の漕ぐ自転車の後ろに乗っていた時のことだった。飛び去っていく緑や牛舎に、浮かれて足をぶらぶら、させていた。でこぼこ道で自転車が軽く跳ねたのだと思う。右足が自転車の後輪のスポークに巻き込まれた。そこからはあまり記憶が定かではない。とにかく痛く、流れる血がそのうち冷たく感じたこと、母の慌てた声、父の怒声、色々な人の声にぼくの泣きじゃくる声が入り混じっていた。


幸い、というべきか骨折はなく踵を数針縫うだけで済んだ。全治二週間くらいだったろうか。その間、何度も父から「靴をちゃんと履かんでや、この馬鹿たれ」と頭を叩かれたわけだが、この靴の踵を踏むという悪癖は中学校ぐらいまで続いた。


その後、この体験で自転車が嫌いになったという事はなく二十歳になる頃にはロードバイクに乗りレースに出たり、旅行するぐらいには自転車好きになるのであった。初めてロードバイクを買った際には、学費の支払い月である事を忘れていて、頭を下げてまわり次月まで支払いを待ってもらったぐらいである。そしてそのロードバイクで坂道を転がり、車に跳ねられたりもした。


どちらも痛々しい記憶であり、喉元過ぎれば熱さを忘れ、ないようにしたいものである。などと書きながら、なくて七癖、あって四十八癖という言葉もあるように、知らないうちに悪癖が顔を覗かせるかもしれない。まぁ、父に言わせれば、馬鹿は死んでも治らない、そうであるから仕方ないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る