第11話 颱風の記憶

課題「颱風」 七五〇文字以上八〇〇文字以内


台風と言えば平成十六年に来た台風二十三号が思い出されます。バスが橋の途中で立ち往生して三十名の乗客が救助までバスの屋根の上で一昼夜を過ごした、というのはテレビ、で報道されたので記憶にある方もおられると思います。またあの体験は当事者にとって忘れられないものになったことでしょう。


バスが立ち往生する数時間前にぼくはあの橋を渡って知人の住む集落に行きました。河川の氾濫が頻回な地域なので住宅は高い所に建てられています。それでも可能なら避難した方が良いし、近所の人もこの際、乗り合わせてとなったのですが、一人暮らしの九十歳になろうというお爺さんが、大丈夫だ、と頑なに言われ近所の人と口論を始めてしまいました。


どうしたものか、と相談していると、これまたご高齢のお婆さんが「そういうたら十三号台風も大変でね。あの時は町の方も浸かったんや」と言われ、その話が聞こえたのかお爺さんが「あの時は息子が腹におるうちの嫁は、押入れに登って震えてたわ。わしが必死で助けに行ったんや」と昭和二十年代に町を襲った台風の話を始めてました。アレは大変な台風だったそうで、と話しに加わると興奮も収まり、台風の大変さが蘇ってきたのか、すんなり、と車に乗ったのですが移動の間中、十三号台風について延々と聞かされました。ぼくたちはその後、冠水して立ち往生した友人を助けに行ったり、翌日、は断水や後片付けなどで、てんやわんやでしたし、亡くなった知人もいました。


人は歳がいくと些細なことを忘れたりしますが、ショッキングな体験や嬉しかった体験はなかなか忘れないようです。あのお爺さんにとっての十三号台風の体験が、ぼくにとっては平成十六年の二十三号台風の体験であり忘れられないものです。九十歳まで生きるとは思いませんが、同じようにあの体験を語る日が来るのかもしれません。ラジオの台風一〇号の情報を聴きながら、ここいらで筆を置きます。

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