第9話 釣りの話

お題:遊び、600文字以内


友人が海の傍に家を買ったので、久しぶりに釣りでもしようかと二人で出かけた。詳しくないのだが湾内というのは良い釣り場でないと聞いたことがある。まぁ、ハゼでもかかればいい。ハゼは天ぷらにするとなかなか乙な味わいがある。


先客に老人がいて潮風に薄い髪がたなびき、肌はよく陽に焼けている。友人が釣れますか? と声をかけると


「兄ちゃん、何ごとも辛抱や。いい天気に釣りが出来るだけで贅沢なもんやで」


にかっ、と笑う。なるほど釣りとは焦らず余暇を楽しむ優雅な遊びらしい。一時間ほど糸を垂らす、潮風が気持ちいいなぁ、と思っていると短気な友人はブツブツと不満を言い出した。ヒトデが一匹では解らなくもない。宥めつつさらに一時間、そろそろ夕方になる。ハゼも釣れやしない。これは坊主だな、仕方ない帰るか、と思っていたら船が沖から滑りこんできた。釣り船らしい。クーラボックスは大漁だ。羨ましいもんだなぁ、と友人とそれをみていると、あの老人が釣り客に近づき愛想よく話しだした。そのうちに立派な魚を数匹、わけてもらって機嫌よく手を振りながら帰っていった。


爺さん、最初からそれが狙いだったのか。周の文王を待つ太公望といったところだ。あの爺さん、きっと針に餌もつけてなかったんだろうな、と呟くと友人がきょとん、としていた。まぁ、いずれにせよたいした釣りの名人である。そうしてぼくらは手ぶらで帰るのだった。

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