第18話 危機 2
藍達が倉庫に閉じ込められてから少しの時間が流れた。何度か外に向かって呼び掛けているが、校庭の隅と言う立地条件から、近くを通る人は誰もいない。ケータイも今は教室に置いているので、連絡をとるのも不可能だ。
とりあえず、今は置いてあったマットの上に腰かけている。
「ごめんね、こんな事になって」
壮介が申し訳なさそうに頭を下げる。
幸いなのは、小さいながらも懐中電灯が見つかった事だろう。決して明るいとは言い難いが、おかげで相手の顔はしっかり確認できる。
「どうして先輩が謝るんですか?」
「だって、俺が誘わなかったら藤崎さんが閉じ込められる事はなかっただろ」
「それこそ先輩が謝る事じゃ無いですよ。それに、私がいなかったら先輩が一人になってたじゃないですか」
もしこんな所に一人で閉じ込められたら、きっとたまらなく不安になるに違いない。暗いところがあまり得意でない藍にとっては、想像しただけで嫌だ。
それに、確かに端から見れば大変な状況かもしれないが、実を言うとそれほど心配はしていなかった。
「きっともうすぐ助けに来てくれますよ」
自信たっぷりに言うのには、ちゃんとした理由があった。
今この倉庫の中にいるのは藍と壮介の二人だけで、優斗の姿はなかった。
閉じ込められた直後の事だ。
『三島を探してくる。事情を話せば、きっとすぐに助けに来るよ』
優斗はそう言うと、鍵のかかった扉をすり抜けて出ていった。幽霊である彼にとっては、鍵どころか壁ですら意味はない。きっともうすぐ、知らせを聞いた啓太がやって来るだろう。
「外もだんだん暗くなってきたけど、藤崎さんは平気?」
「はい。大丈夫です」
壮介が気遣ってくれるが、すぐに助けが来ると思えば落ち着いていられる。
本当は壮介にも話して安心させてやりたいねだが、それはできないのがなんだか申し訳なかった。
だがそんなことを思っていると、急に焦ったような声が届いた。
「藍!」
それは紛れもない優斗の声だった。勢いよく壁をすり抜け、何の苦もなく倉庫の中に入ってくる。だが、てっきり啓太を呼んできたものと思っていたけど、それにしてはなんだか様子がおかしい。
(慌ててるみたいだけど、どうしたの?)
そう聞きたかったが、壮介の前でそれはできない。だが不思議に思う間もなく優斗は壮介を睨み付け、それから藍に対して言った。
「藍、こいつから離れて!」
「えっ?」
いきなりそんな事を言われても、いったいどうしたのかさっぱり分からない。しかも厄介な事に、藍が思わずあげた声は、壮介にもしっかり届いていた。
「どうしたの?」
「ええと、その……」
ごまかそうとする藍だが、どういう状況か分からないのでとっさに言葉が出ない。
だが優斗はそんな二人の間に立ち、藍を守るように手を広げる。
そして言った。
「こいつが、藍をここに閉じ込めたんだ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~時を少し戻して~
啓太を呼びに倉庫から出た優斗だが、その直後、すぐ近くを歩いている二人の男子生徒の姿を見かけた。本当は彼らに事情を話して鍵を開けてもらえたら良かったのだが、生憎それは不可能だ。
しかし、遠ざかりつつある二人を見て疑問が浮かんだ。
藍は鍵がかけられてすぐ、まだ中にいると叫んでいた。倉庫の扉はぶ厚かったが、だからと言って中からの声が聞こえないことはない。それなのに彼等は気づかず行ってしまった。そんな事があるだろうか?
不思議に思い、二人の後を追いかけてみる。そして間近に近づいた時、その会話が聞こえてきた。
「それにしても、壮介も思い切ったことするよな。二人とも倉庫に閉じ込めろって言われた時はビックリしたぞ」
(えっ?)
聞こえてきた言葉に耳を疑う。壮介と言うのは、もちろん今藍と一緒にいる叶壮介のことだろう。
訳が分からず、更に二人の会話に耳を傾ける。幸いな事に、優斗がどれだけ至近距離まで寄っても、二人に気付かれることはない。
「あの藤崎って子、最初はちょっと可愛いからって遊びのつもりで声かけただけなのに、何度やっても気付いてませんってポーズでスルーしてただろ。しかも大勢が見てる前で。プライドが傷つけられたて怒ってたぞ」
「完全に逆恨みだよな。アイツがああまで相手にされないのなんて珍しいから、見てる分には面白かったけどな」
「おまけに、あの藤崎って奴のツレが色々牽制し始めたんで、諦めるって言うしかなかったんだと。万一バレたら厄介な事、色々やってるだろ」
藤崎のツレ。まず啓太で間違いないだろう。本当は牽制なんて気はまったくなかったのだが、思わぬ結果を生んでいたようだ。
「けど、マズいって言ったら今回のも相当だぞ。無理やり手を出すなんて、さすがにヤバいだろ。今までだつて、それだけはやってなかっただろ」
「そこは大丈夫って言ってた。もし何も出来なくても、傍から見たら抜け出した二人が長い間密室で二人きりだぜ。ちょっと脚色して噂流せば、後は周りが勝手に想像くれるってよ」
「そこまでしてプライド守りたいかね。まあ、今までだってバレない所でさんざん女泣かせてきたアイツにとっちゃ、何も無いまま終わりってわけにはいかねーかな」
二人はそこまで言うと、ゲラゲラと下品な笑い声を立てる。それとは対照的に、優斗はいつの間にか、怒りに震えた手をガッチリと握っていた。
だが二人はそんな事など知りもせず、周りに誰もいないと思ったまま話を続ける。
「何も出来なかったらどうするかは分かったけどさ、もし何か出来そうならどうするんだ?」
「決まってるだろ。あいつがそんな時大人しくしてるわけねえって。今までだってそれで何人泣かせてきたと思ってるんだ」
話を聞いていられたのはそこまでだった。気が付いた時には、優斗はもう駆け出していた。
(藍!)
迂闊にあの場を離れた事、心の底から後悔した。必死になって走りながら、奥歯を噛み締めながら、心の中で何度も藍の名前を叫んだ。
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