第16話 調査 3
一応啓太としてはおおっぴらに嗅ぎ回ったのではなく、どれもさりげなく聞いたつもりだったのだが、どうやら思った以上に目立ってしまっていたらしい。
「俺の何が知りたいんだ?」
「いえ……それは、その……」
後ろめたさで、つい言葉につまってしまう。本人の知らないところでこんな事をしてたとあっては、やはりいい気分はしないだろう。
「まあ、だいたい想像はつくけどな。藤崎さんにちょっかい出してる俺への牽制のつもりだろ」
「えっ?いえ、そんなつもりじゃ……」
突然の言葉に驚く。まさかそんな事を言われるとは思わなかった。だが壮介の立場で考えてみると、なぜそんな風に思ったのかも見えてくる。
恐らく彼は、啓太が藍を好きだと言うのをどこかで知ったのだろう。啓太自身は認めたくないが、周囲にはバレバレだと言うから、十分有り得る話だ。言わば、二人は恋敵と言ったところ。
そんな啓太があれこれ自分の事を調べているのだから、牽制かその材料を探していると思っても仕方ないかもしれない。
「……すみません」
そこまで考えて、啓太は頭を下げ平謝りをする。もちろん啓太としては牽制などと言う意図は全くなく、取り憑いている生霊が気になったと言うのが本当の理由なのだが、それを言ったところで到底信じてもらないだろう。
それに理由がどうあれ、やってる事が誉められたものじゃないのは確かで、壮介が気を悪くしれも無理はない。
だが壮介は、しばらく頭を下げる啓太を見ていたが、それからフッと息を吐き緊張をといた。
「まあいいか。もうやめてくれるならこれ以上は何も言わない。それに藤崎さんについても、お前が心配する事は無いぞ。どう考えても、俺に脈はなさそうだからな」
「えっ?」
どうやら思ったよりは責められないようでそれは素直にありがたかった。だがその後の言葉が予想外で呆気にとられる。
「だってそうだろ。藤崎さんだって俺の気持ちは分かってるだろうに、いつまでたっても気づいていないふりをして、これじゃさすがに無理だって分かるよ」
「気づいていない……ふり?」
ここで啓太は、なにやら壮介が重大な勘違いをしているのに気づく。恐らく彼は、藍が暗に断るため、気づかないふりをしていると思っているようだ。だがそれは違う。
「いえ、多分藤崎は本当に気づいてないんだと……」
「そう言うのいいから。あんなに何度も分かりやすく近づいていって、気づかないわけないだろ」
(誤解です。それで気づかないのが藤崎なんです!)
確かに普通に考えれば、そんなはずはないと思うかもしれない。だが長年近くにいた啓太には分かる。藍は本当に気づいてない。
だけど壮介は、完全にそう言う事だと思って話を進める。
「そう言うわけだから、もう俺の事は警戒しなくていいぞ。いきなり離れるのも変だから、これからもたまには話しかけるかもしれないけどな。それくらいなら別にいいだろ」
「いいもなにも、そんなの決める権利俺には無いんで」
本当なら色々嗅ぎ回っていた事をもっと怒られても文句は言えないのに、こんな風に言われたらなんだか恐縮してしまう。
「とにかく、俺が言いたいのはそれだけだ。脈が無いのに、いつまでも無理に追っかけたりはしないよ」
「そう、ですか……」
あまりに急な展開に言葉を失う。まさかこのタイミングで壮介が藍から手を引くとは、完全に予想外だ。一応、藍に対する誤解は解いておこうかとも思ったが、それを説明する前にチャイムが鳴った。
「さて、そろそろ戻るか」
「……はい」
今急いで説明したって、まず分かってはくれないだろう。結局藍への誤解を解く事はできなかったが、これは仕方ないと諦める。
(叶先輩には悪いけど、どのみち脈がないのは一緒なんだから、このまま誤解したままでもいいかもしれないな。だって藤崎が好きなのは有馬先輩だから、叶先輩や俺がいくら想ったって無理だよな)
そんな事を思って、自らも悲しい気持ちになりながら持ち場へと戻る。いっそ自分も彼のようにスッパリ諦められたらと思ったが、そう簡単に出来たら何年も片想いを続けたりしていない。
(そう言えば、肝心の叶先輩に憑いてる生霊についても分からなかったけど、それもどうしようもないな)
ああもしっかり釘を刺されたのだから、今後彼の交友関係を調べるのは難しい。それにもし生霊の正体が、予想通り彼に想いを寄せてる人なら、彼が藍を諦める以上はもう心配いらないだろう。そんな楽天的な思いもあった。
だが啓太は気づいていなかった。別れた後の壮介が、「チッ」と大きく舌打ちをしていた事を。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の放課後、啓太は昼間壮介について聞き込みをした結果を優斗に報告していた。と言っても、わざわざ伝えるほどの成果は何もなかったが。
だがその後、本人と話した内容を伝えると、優斗も驚いていた。
「それで、もう藍は諦めるって言ってたのか?」
「ああ。藤崎が全部気づかないフリしてるようじゃ見込みないだろうって」
「でも、藍は本当に気づいていないよな」
「そうなんだよな。けどそれを言っても信じてもらえそうになくって、結局そのままだ」
「そうか……」
優斗もこの展開は予想してなかったようで、うーんと唸ってはブツブツ言っている。
「藍には恋愛とかまだ早いかもって思ってたけど、本人の知らないところで消滅ってのも、それでいいのかって思うな……」
どうやら藍の兄を自称する身としては、その恋路に関わる事情はどう転ぶんでも複雑なようだ。
これには啓太も色々思う所があるが、今話さなきゃいけないのはそこじゃない。
「とりあえず、もうあの生霊も心配しなくていいのかな?」
「どうだろう?」
もしあの生霊が壮介に対する恋情から産まれたものなら、彼が藍から手を引いた以上厄介事に巻き込まれるとは思えない。それなら、今日みたいに二人が用心する必要も無くなるわけだ。
「もうこれ以上調べるのも難しそうだしな」
幸い今回は少し苦言をもらっただけで終わったが、これからも続けるようならそうはいかないだろう。もちろん啓太としては、先輩相手に余計な波風を立てたくはない。
「本人からやめてくれって言われたんだよな。悪いな、損な役回りを押し付けて」
「聞き込みをやるって言い出したのは俺なんだから、それは仕方ねえって思ってるよ」
とはいえ、これで壮介や生霊の事を探るのはほとんど不可能になってしまった。だが、その必要ももう無いかもしれない。
「叶先輩も藤崎は諦めるって言ってたし、止めるにはちょうどいいのかもな」
「そうだな」
かくして壮介の調査は終了する事になった。呆気ない終わりに少し拍子抜けするが、かと言って無理に続けたいとも思わない。
「先輩はどうする?今は藤崎の近くで様子見てるけど、まだ続けるか?」
「うーん、そうだな。一応、体育祭が終わるくらいまでは、できるだけそばにいておくよ。ずっと部室にいるのが退屈だってのもあるしな」
少し考えてから、そう結論を出す優斗。いらない心配かもしれないが、とりあえず用心はしておいた方がいいと判断だった。
とはいえ、実際はそこまで心配しているわけじゃなく、せっかくだからと言うのが大きい。言っていた通り、ずっと部室に籠りきりで退屈と言うのも大きい。
それからしばらくは、何事もなく時が過ぎた。
藍は、優斗がちょくちょく顔を見せるようになったのが嬉しいようで、ちょっとした合間にも周りに聞こえない程度の声でよく話している。
間近でそれを見る啓太は色々複雑だったが、今までだって似たようなものと思いながら心に溜まるモヤモヤを振り払う。
そうしているうちに、気がつけば体育祭は二日後に迫っていた。
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