第15話 調査 2

 体育祭本番が近づくにつれ、普段の授業時間も段々と削られていき、その分練習や準備に割り当てられる事が多くなる。

 暦の上では秋とはいえ、降り注ぐ日射しはまだまだきつく、休憩に入るなり、藍は逃げ込むように木陰の下へと入る。


「お疲れ」


 声をかけられ隣を見ると、いつの間にいたのか、そこには優斗の姿があった。


「あれ?ユウくん、どうしたの?」


 藍が驚いたのは、優斗がこんな所にいるのが珍しかったからだ。普段藍達が授業を受けている間は大抵部室にいて、こうして外に出てくるのは希だ。


「だんだん外が騒がしくなってきたからな。たまには暇潰しもいいかなって思って、見学に来たんだ」


 本当は壮介にとりついていた生霊の主が藍に何かするんじゃないかと気になって来たのだが、我ながらさすがに心配しすぎかもしれないとは思うので、何か起こらない限りは黙っておく事にした。幸い、藍は優斗の言うことをすぐに信じてくれたようだ。


「普段からもっと出てきてもいいんじゃないの。一人でずっと部室にいるのって、寂しくない?」


 藍が当校してから放課後部室に行くまで、優斗は一日中ずっと部室にいて、それをもう何ヵ月も続けている。藍が昼休みに顔を出す事も多いが、それもほんの少しの時間だ。


「でも外に出ても何も触れないし、藍と三島以外誰も俺のことは見えないからな。それなら別に、部室にいるのとそんなに変わらないかな」


 優斗はそう何の気なしに言ったつもりだったが、それを聞いた藍の表情が曇る。


「ごめん。無神経な事言って」

「もうなれたし、別に平気だよ」


 実際、自分は気にしていない。そう思った優斗だったが、それにしては藍の様子の変わり用が気になった。


「俺、何か変な顔でもしてた?」


 すると藍は、小さく頷く。


「少しだけ。うまく言えないけど、辛そうと言うか、寂しそうと言うか、そう言う顔してた」

「……そうか」


 本当に、そんな自覚はなかった。だけど藍が言うなら、きっとそうなのだろう。


「もうすっかり慣れたと思ってたんだけどな」

「じゃあ……」

「本当に少しなんだけどな。誰からも気づかれないってのは、やっぱり戸惑う」


 それは、幽霊になってからすぐに感じていた。誰も自分を見てくれず、声をかけても気づかれる事はない。さらに言うなら、優斗にとって当たり前に友人達と過ごしてきたこの学校も、今や知り合いはほとんどいない。それで寂しさを全く感じないかと言うと、もちろんそんな事はなかった。


 だけどそんな思いを抱きながら、それでもなお優斗は藍に笑いかける。


「だから、こうして藍と話す事ができて、改めてよかったと思うよ。もし藍まで俺が見えなかったら、それこそどうしていいか分からなくて、きっと耐えられなかったと思う」


 かつて寂しい思いを感じたのは事実で、多分それは今も続いているのだろう。もっと多くの人が自分に気づいてくれたのなら、その方がいいに決まっている。

 だけど叶わぬものばかり追い求めて、今ある幸せを見落としたくはなかった。


「私も、ユウくんと話せて良かったって思ってるよ。また会えて、すっごく嬉しいって――」


 藍は照れたように顔を赤らめながらそう答えた。


 少ししてチャイムが鳴り、休憩時間の終わりを告げる。


「それじゃ、行ってくるね」

「ああ。まだ日差しが強いから、熱中症にならないように注意するんだぞ。気分が悪くなったら、すぐに言って休んだ方がいいからな」

「分かってるよ」


 過保護なまでに注意する優斗に笑いながら、藍は集合場所へと戻っていった。


 それを見送りながら、幽霊にならなければ、こんな風に言ってもらえることもなかった、なんて事を考える。

 命を落としたと言うのに、大事な人と再び会えて、話もできる。本来あり得ない事だけに、それはとんでもない幸運のように思えた。

 だから、自分は今のままでも十分に満足している。ほんの少し感じる寂しさも、喜びが埋めてくれる。

 そう言い聞かせながら、優斗は再び藍を見守っていた。



          ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 優斗が藍のそばにいる間、啓太は啓太で色々動いていた。


「叶と仲の良かった女子?まあモテる奴だから、それなりにはいたと思うけど……」

「そうですか。ありがとうございます」


 彼が話しているのは三年の先輩。目的は叶壮介に取り憑いている生霊の主の捜索だ。その人となりが分かれば、危険かどうかも判断がつくと思って始めたものだ。情報収集と言えばまずは聞き込みだが、幽霊の優斗はそれが出来ないので、自然と啓太一人で聞いて回ることになる。

 しかし、今のところその成果は上がっていなかった。


 特別仲が良かった子はいないかと聞いてみたのだが、返ってきた答はどれもバラバラで、要領を得なかった。

 結局分かったのは、壮介が見た目通りのモテ男子で同級生下級生に関わらず、女生徒からの人気が高いと言う事くらいだ。


 慣れない聞き込みにも疲れて、ついため息が出る。


「って言うか、それだけ人気があるなら、藤崎じゃなくて他の子の所に行けよ」


 おまけにそんな愚痴まで出てしまう。

 モテる男があれだけ分かりやすく藍にアプローチをかけていると言うのは、やはり面白くない。本人はその事に全く気づいてなくて、なおかつ優斗一筋なのが救いか。いや、優斗一筋なのは、啓太にとっても悩みの種ではあるのだが。


 そんな事を考えていると、ふと誰かが自分の前にたった。

 顔を上げて相手を確認するなり、啓太の顔が引き吊った。


「叶先輩……」

「よう。なんだか俺の事、色々聞いて回ってるみたいだな」


 そこにいたのは、今まで色々と探っていた叶壮介本人だった。しかもどうやら、探っていた事はしっかりバレているようだ。

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