初恋と幽霊2 ラストソングをあなたと

無月兄

特別な日

第1話 夏休みの軽音部 1

 夏休みの間部活は自由参加。これがこの学校の軽音部の伝統だという。つまり本人にやる気が無ければいくら休んでも問題無いのだが、部室には今日も全部員が揃って練習に励んでいた。

 とは言っても、現在部員はベース及びボーカル担当の藤崎藍ふじさきあいと、ギター担当の三島啓太みしまけいた、そのたった二人だけ。ドラムなど他の楽器の音も聞こえてくるが、それらは全て事前に打ち込んでいたものを再生している。


 元々今年の春に全ての部員が卒業していき、廃部寸前だった軽音部。そこに先に挙げた二人が入ってきて何とか存続はしているものの、それ以降は残念ながら部員の数は増えなかった。

 それでも二人はめげる事なく活動を続け、夏休みの今でもほぼ毎日欠かすことなく顔を出しているのだった。


「ねえ、少し休まない?」


 何曲か弾き終えたところで藍が提案する。何しろさっきからずっと演奏しっぱなしなのだから疲れも出てくる。


「そうだな」


 啓太も実は少し前から休憩を考えてはいたのだが、疲れたから休もうとは自分からは言い出せずにいたので、藍の言葉に内心ホッとしていた。


「二人とも、だいぶ上手くなったな」


 楽器を置き椅子に座った二人に声をかける人物、彼の名は有馬優斗ありまゆうと。二人の先輩にあたる彼は、厳密に言うと現在の軽音部員では無いのだが、色々訳があって二人とともに毎日ここに来ている。


「そりゃこれだけ練習してるんだから少しは上達しないとな」


 優斗の言葉に啓太が答える。特別上手いとは思わないが、毎日の練習を続けた分以前よりは力がついて来ていると自負していた。


「って言っても、藤崎ほどじゃないけどな」

「私?」


 その言葉が意外だったのか、藍は声を上げる。


「俺より確実に上手くなってるだろ。少し前までは同じくらい下手だったってのによ」


 ふてくされるように言う啓太だが、何も藍のことを妬んでいるわけでは無い。素直に褒めることのできないため、ついこんな言い方になっているだけだ。


「私だってそんなに上手くはなって無いよ。でももしそう思うなら、きっとユウくんとの練習のおかげかな」

「練習?」


 啓太が怪訝な顔で聞き返す。ちなみにユウくんとは、藍が優斗を呼ぶときの愛称だ。


「そう言えば三島にはまだ言って無かったっけ。やってみようか?」

「ああ、どんなのか興味はある」


 すると返事を聞いた藍は、優斗の方へと向き直る。


「お願いユウくん」

「ああ、いいぞ」


 優斗もかつてはベースをやっていて、藍が音楽を始めたのもその影響だというのは啓太も知っている。だからてっきり、普通に教えてもらっているのだろうと啓太は思っていた。

 だが二人は楽器も手に取らないまま向かい合い、それから優斗は少しずつ藍の方へと近づいて行った。いったい何をするつもりなのかと啓太が怪訝な顔をする中、二人の距離はあと少しで触れ合うくらいにまで縮まっていた。だが優斗の足は止まる事無く、そこからさらに一歩踏み出した。


 普通ならこのまま二人はぶつかってしまう。ところがそうはならなかった。

 優斗の体は目の前にいた藍をすり抜け、まるで溶け込むようにその中へと入り込んで行った。

 常識では考えられない事態を目にして、しかし藍は別段騒ぐことなく、啓太は多少顔をしかめたものの、黙ってそれを見ている。二人とも、優斗ならそれが可能だと知っていたからだ。


 有馬優斗。彼はかつて藍の家の近所に住んでいて、藍にとってはお兄さんのような存在だった。そして6年前、不慮の事故で亡くなった。そう、亡くなったのだ。

 藍の身体にとけ込むまでの彼の体は薄く透き通っていて、向こう側にある景色が見えていた。また、物に触れることもできない。

 今の彼は、所謂、幽霊と呼ばれる存在だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る