Shadow wark

Shdow Walk



だから、お前は危険なゲームをする。


 翌日、『シャドウ』の入り口の一つ。そこは、地下鉄の入り口の階段だ。かつては電気に照らされ、内部も見渡すことができただろうが、今は暗黒の闇に包まれ、前人未到の洞窟へと入って行くのと大差ない。


「よし、準備はできたな。デヴァイスの起動も問題ないな?」


 ショウが、ヘッドセットのマイクをオンに入れながら、セトミに聞く。


「うん、問題ない。メディシンの接続は?」


 セトミが、左腕の手首のメディカルデヴァイスに声をかける。


「完了だ。こちらの判断一つで、薬剤を注入できる。今回は正直、終わりの見えないミッションだからな。なるべく量は確保しておいた。代謝促進剤、精神集中剤、鎮痛剤などだ。こちらの判断で、これらを投与する」


「はいはい、りょーかい」


 ショウの準備した薬剤は、シャドウを探索した際の基本的なものだ。代謝促進剤は、ケガの治癒力を一時的に増幅させる。精神集中剤はその名の通り、集中力を高め、反射速度などを高める。鎮痛剤は無論、痛みの緩和だ。


「で、それよりも……だ。ミナのほうは、本当に大丈夫なのか?」


 デヴァイス越しに、ショウの心配そうな声が届く。なにやら昨夜、今回の依頼の話し合いをしてからというもの、妙にミナツキのことを心配していた。いつの間にか、ミナという呼び名までつけている。


「ま、仕方ないでしょ。なんでだかわからないけど、いくらミナに取り付けてもデヴァイスが作動しないんだから。私がなんとかするよ」


 答えるセトミの傍らには、そのミナツキがいる。彼女は相も変わらず無表情で、ショウと離すセトミを見上げていた。


 彼女を連れてシャドウへ潜ることに、ショウは反対だった。それは無論、危険だからだ。ヴィクティム化した動植物が徘徊する、閉鎖された空間なのだから、10歳前後の少女が歩き回るべき場所でないことは確かだ。


 もちろん、セトミもミナをシャドウへ連れて行くなど、したくはなかった。ハーフであるがゆえ、それなりに危険には対処できる部分もあるだろうが、危ないことには違いない。だが、当のミナが行くといって聞かなかった。


「今回の武装は?」


「いつも通り+α。近接戦用のカタナに、標準バージョンの『アンセム』、それと……」

 

 言いながら、セトミがその背に背負った銃に目をやった。無骨なフォルムの、大型のライフルタイプの銃。暗闇で目立たず使えるよう、標準よりもわずかに黒くペイントされている。これもアンセムと同じく、レーザー出力タイプの銃だ。


「AOW―666。通称『エンジェル・オブ・ラス』――――激怒の天使。まあ、使うかどうかわからないけど、お守り代わりってとこね」


「やれやれ、ずいぶん馬鹿でかいお守りだな。ヴィクティムの一匹二匹くらいからなら、余裕で守ってくれそうだ」


 とりあえず今回の状況を確認したセトミは、ミナを連れ、地下鉄の駅へと下りて行く。


 荒廃した都市は、たとえ地下へ下りてもその姿を変えない。生々しい傷跡と、破壊された壁。床はそれらが山積し、在りし日の姿を今では想像することすら難しい。かつては人々が行き交い、生活の場としていたそこは、今は魔のものが往来する、魔窟そのもの。


「さて、それじゃあミナのお姉さんとやらを探しに行きましょっか。どこにいるか、わかる?」


 セトミの質問に、ミナがかすかに表情を変える。


「もっともっと……深いところ。奥の奥の、水の中」


「水の中……こないだも言ってたけど……うーん、下水道エリア……ってことはないよね」


 シャドウはかつてあった地下空間が度重なる戦闘によりつながれたり、破壊されたことによって、複雑な迷路と化している。地下鉄エリアと下水道がつながっているのはそのためだ。


 しかし、元が下水道であるだけあって、そのエリアは暮らすには不衛生すぎるし、淀んだ水に潜むヴィクティム化生物も多く、危険極まりない。そんなところで暮らしていたとは、とても考えられない。


「汚い水、違う。緑色の、透き通った水」


 考え込むセトミに、ミナがぼそり、と言う。


「もしかして……生体兵器の研究施設エリアじゃないか? あそこなら、まだ当時の培養液なんかが残ってても不思議じゃない。おい、ミナ。その水の中に、なにか生き物はいなかったか?」


「…………」


 しかしミナは、なにか考えているのかそれともただ単に思い出せないのか、空に視線をさまよわせたまま、答えない。


「違うんじゃない? 生体兵器の研究エリアっていったら、相当の深部よ。今でも手付かずの兵器が残っているほどのね。そうそう、そんな奥には行かないでしょ」


 セトミの反論に、ショウも通信機の向こうでうなり声をあげる。


「ま……、でも、手がかりがそれしかないんじゃ、行ってみるしかないか。そこまで深くなくても、研究施設エリアなら、それに近いものがあるかもしれないしね。ドッグ、ここからそっち方面に行くにはどのルートが近道?」


「ちょっと待て……付近に、多数のヴィクティム反応がある」


 不意に、ショウの声が剣呑な色を帯びる。


 それに呼応するように、セトミの瞳が獲物を狙う猫のそれに変わった。腰のアンセムを抜き、忍び足で進んで行く。


 やがて、地下鉄のホームへと下り立ったところで、その音がセトミの耳に届いた。


 はああぁぁぁ……。はああぁぁぁ……。


 それは、人間が腹の底から出すような、押し殺した吐息。その音は、もう電車が走ることはない、線路の奥から聞こえてくる。幾重にも重なり合うその呼吸音は、地下の闇とあいまって、さながら、死者の呼び声のようだった。


「ミナ……ちょっと、待ってて」


 小声でミナに言うと、片手でそこで待つようにジェスチャーをして見せる。彼女がうなずくのを確認して、セトミはホームから線路へと下り立った。


 静かに、その闇の先を探る。灯りはついていないが、瞳にヴィクティム因子の影響が強いセトミならば、ある程度の闇は見通すことができる。


 その先に蠢くそれを見て、セトミはアンセムをホルスターへ戻す。そして間髪いれずに、背中のライフル――――AOW666を抜く。


「まさか、さっそくお守りを使うことになるとはね。今日は、どうにも大盤振る舞いになりそうな予感だわ」


 一人ごとをつぶやきながら、すばやい手つきでライフルの銃口に筒状の機械を取り付ける。AOWは、薬莢を使わない光学兵器の特徴を活かし、アタッチメントを取り付けることで、様々な場面に対応した銃に切り替えることができる。


 例えば、スナイプ用スコープと長距離射撃用の出力強化デヴァイスを取り付ければ、中距離用のライフルから、スナイパーライフルへと早変わりだ。


 一丁で様々な局面に対応できる汎用性を持ち、その場その場での判断で違った戦略を立てられるという長所がある反面、その都度、アタッチメントの取り外しが必要になるという短所もある。


 今、セトミが取り付けたのは、銃口に取り付けることでレーザーの発射を細かく裁断、連射力と衝撃力を高める、アサルトアタッチメントだった。要するに、実弾銃で言うところのアサルトライフルだ。


 それを油断なく構え、セトミは闇の中へとその目を向ける。ゆっくりとトリガーに指をかけるその様は、まるで飛び掛るタイミングを見計る猫。


 くっ、と。その指がトリガーを引いた。刹那、光のはぜる音とそれが紡ぐ衝撃音が、周囲を包んだ。


 それと同時に、セトミはゆっくりと後ろへ下がって行く。あれが相手ならば、これだけ弾幕を張っても、いくらかは突破してくるはず。


 次の瞬間、その予測は現実となった。闇と光の交錯する中、飛び出してきたそれ――――その怪物は、人々に『インセイントゥース』、狂った歯、と呼ばれるものだった。


 それは人型のヴィクティムで、人間よりも一回り小さな体格をしている。全身に体毛はなく、まるで筋繊維をむき出しにしたような赤い肌が不気味な生物だ。


 だが、もっとも特徴的なのは、顔。彼らには、目も鼻もない。あるのは、ただ巨大な、口と、歯。すばやい動きで獲物に取り付き、その身体に喰らいつく、化け物だ。耐久力はそれほどないため、単体では大したことはないが、群れで襲われると少々厄介である。


「……ち、思ったより数が多い」


 セトミは目の前まで迫ったインセイントゥースの頭をAOWで打ちぬく。上あごから上を失った怪物は、吹き飛んで動かなくなるが、すぐにまた新手が現れ、セトミに迫る。


 折り悪く、弾切れになったAOWを左手に持ったまま、セトミは右手ですばやくアンセムを抜いた。目の前に迫った怪物を撃ちぬくと、瞬時にアンセムを納め、リロードする。



 ガンマレイ全般に言えることだが、光学兵器の中では高出力とその安定性の代償として、リロードからエネルギーが銃全体に充填されるまでに、若干のタイムラグがある。


 その隙を、セトミは後ろに大きく跳躍、再び間合いを空けることで軽減する。


 キィィィン、という張り詰めた音がその耳に届いたとき、彼女は再びトリガーを引いた。今度は、先ほどのように狙っての射撃はしない。視界に敵を捉えた瞬間、その場所をフルオートで掃射する。


 先ほどよりも強力に張られた弾幕を利用し、再びセトミは大きく跳んだ。ミナのいるホームへと舞い戻った彼女は、柱の影に隠れていたミナを、有無を言わせず抱えあげる。


「ドッグ、埒があかないわ、退く。退路の指示をよろしく!」


「へいへい、りょーかい!」


 これ以上、ここで戦っても、弾薬の浪費と踏み、セトミはショウに指示を出す。弾薬が尽きれば、いかにセトミが腕利きのチェイサーであるといっても、待っているのは犬死にだ。無意味な戦いに命をかけるのは、やはり無意味なのだ。


「よし、やつらの現れた線路と逆の線路を北に進め。100mほど先にロック付のドアの反応がある。そこまで突っ切れ!」


「わかった」


 短く返事をすると、セトミはミナを抱えたまま、すばやく反対側の線路へと退避した。が、その先にも先ほどと同じ、怪物の群れが姿を現す。


「ちょいと、ドッグ! 話が違うんじゃないの!? こっちにもお客さんがいるわよ!」


「なんだと!?」


 デヴァイス越しに、ドッグのあわてた反応が返ってくる。


「……しゃあない、やるか!」


 その声から、彼の反応を待っている猶予はないと判断したセトミは、AOWを背中に戻し、腰のアンセムを抜く。同時に、背後からも怪物たちのうめき声が聞こえ出す。


「……こっちも時間がないの。運がいいね、あんたたち。一瞬で逝かせてあげる」


 刹那、セトミの目が赤く収縮する。同時に、目にも留まらぬ速さで前方へ駆ける。片手でミナを抱えたまま、セトミはアンセムを連射する。


 決して当てやすいとはいえない状況と体勢ながら、その瞳の力と驚異的な集中力で、殺傷よりも相手の隙をつくることを目的とした銃の一発一発を、必殺の一撃へと変えていく。


 アンセムの速射によって退路を切り開いたセトミは、ショウの情報を信じて駆ける。その後ろを振り返ることもせず、彼女は指示された扉へとたどり着いた。


 と同時に、セトミは舌打ちする。扉のロックは施錠されていることを意味する赤色のランプが点灯していた。


「ドッグ、ロックされてる。デヴァイスをつなぐから、コードを解析して開錠よろしく!」


「なに? こっちのレーダーじゃ、さっきまでドアのランプはグリーン……って、マジか! ほんとにロックされてやがる!」


 扉に駆け寄り、セトミはデヴァイスの端末と扉のロック端末を連結する。通信端末をロックに通すことで、ショウの使用する端末で、ロック端末へのハッキングを行い、開錠するという、チェイサーの使う常套手段だ。


「グダグダ言ってる暇ないわよ! 下手を踏んだら、あいつらの今日のディナーは私たちなんだから!」


「わかってる。が……ちょっ、待てよ、こいつは……」


 アンセムをリロードし、構えなおすセトミに、ショウが言いよどむ。


「おいおい、どうなってんだ。この扉、デヴァイスでのハッキング対策が施されてやがる!」


 メディカルデヴァイスによるシャドウへの潜入が一般的になったのは、大戦以降――――大戦時には、デヴァイス自体が開発されていないはずだ。ということは――――。


「何者かが、私たちの動きを追っている……?」


「で、俺たちゃそうとも知らず、うまい具合にネズミ捕りにひっかかったってわけだ……くそッ!」


 ショウの悪態を聞きながら、セトミは妙に冷静な心持ちで状況を考えていた。自分ひとりならば、この状況を脱出する方法はあるだろう。だが、ミナを死なせないためには――――犠牲がいる。


「……仕方ない、か」


 ふう、とため息を一つつくと、セトミはアンセムをホルスターへ納め、ミナを下へと下ろす。同時に背中へと手を伸ばすと、AOWを構えた。


 そして、うめき声の響く闇の向こうへと神経を集中しようとした、そのとき。


「このドア……開けば、いいの?」


 不思議そうな表情でロックされたドアを見上げ、ミナがつぶやく。


「……え?」


 振り返ったセトミに、ミナはやはり表情のないまま、再び言葉を紡いだ。


「ミナ……これ、開けられる」


 その言葉が何を言わんとしているのか、真意を測りかねるセトミをよそに、ミナは静かにドアに向かって手をかざした。

 その刹那――――。


 光が、爆ぜた。


セトミが思わず目をつぶるほどの閃光。それは普段、漆黒の闇に潜む怪物たちにとっては閃光弾にも匹敵するほどのものだったらしく、その衝撃に目を貫かれた怪物たちは、もんどりうって転げまわる。


ゆっくりとセトミがその瞳を開くと、扉のランプは開錠されたことを示す緑へと変わっていた。


「……どういうこと?」


「ミナ、この扉、開けられる。全部」


 セトミの言葉に対する答えだったのか、ミナは振り返らずにつぶやく。そしてそのまま、ゆっくりとした歩調で中へと入っていく。


「ちょっ、待って待って!」


 あわててセトミがその扉をくぐると、背後で扉の閉まる音が響いた。同時に、ロックのかかる、無機質な機械音。


「……もしかして、閉めることもできる……ってわけ?」


 めずらしく緊張した眼差しのセトミに、ミナがこくり、とうなずく。


「こわいものが来るから、閉めた」


「……ミナ、あんた一体……」


 セトミがそこまで言ったそのとき。


「……その答え、知りてェか?」

 不意に、男の声が響いた。


 その声に、反射的に身構え、顔を上げる。


 ミナに気を取られていて気がつかなかったが、そこはシャドウの中で、『神殿エリア』と呼ばれる場所だった。街の一区画くらいなら、すっぽり入りそうなほどだだっ広い空間に、ただ何本もの柱が立っている。さらにそこは未だに大戦時の電力が生きているらしく、ほのかに黄色く染まった光が、その柱を照らし出している。

 何ために造られたのかわからないことと、その神秘的な光景から、そこは『神殿エリア』と呼ばれていた。


 その柱の一つから、ゆっくりとした足音を響かせ、その男は現れた。背中まで伸びた、濡れたカラスの羽根のような、黒い髪。同じく黒い鋲付きのコートを羽織った、男。

その黒髪の合間からのぞき見るような、病的に白い顔と、狂気じみた――――あるいは、狂喜じみた、その瞳が、セトミを品定めするように見つめていた。


「あんた――――誰? こっちは今、取り込み中なんだけど?」


「おーお、つれないねェ? そのお嬢ちゃんの代わりに俺が答えてやろうと思ったのになァ? ――――チェイサーキャットの子猫ちゃん?」


 長い髪を持ち上げるようにしてかき上げ、男がにたにたと笑う。


「……へえ。その名前を知ってて私の邪魔をするなんて、よっぽど度胸があるのか――――それとも、見たくれ通り、よっぽど頭がおかしいのね」


 鋭く、剣呑な表情になったセトミが、ミナを後ろに庇いながら、男を睨む。もしや――――この男が、先ほどの扉のロックに細工をしたのだろうか。


「ひゃーははははッ! 聞いてた通りのよく鳴く子猫ちゃんだぜェ!? いいねェ、背筋がゾクゾクしちまうよォ!」


 ひとしきり身体をくねらせて笑った男は、不意に、セトミに視線を戻す。


「俺の名前は、ブルース。ショットガン・ブルースだ」


「……ふーん。だから、なに?」


 油断なく相手を睨みながら、セトミが言う。何がおかしいのか、その様子を見、ブルースと名乗った男がまたのどを鳴らして笑う。


「クックッ……本当に何も知らないんだな、子猫ちゃん。こう見えても俺は、ちょっとばかり出世した立場でね。お前らが来たら、子猫ちゃんを殺し、そのお嬢ちゃんを連れ帰るように言われてる。ここの『鍵』である、お嬢ちゃんをな」


「……鍵?」


「そうさ。今、見たろう? その力の片鱗を」


 その力……扉のロックを開き、クリーチャーを悶絶させた、あの力のことか。


「……力? 片鱗? どういうこと? ……知ってること、全部はいてもらう」


 身構えるセトミに、ブルースが笑う。が、次の瞬間、彼は己の耳元に手を伸ばすと、二言三言、小声で何か囁いた。


 ……デヴァイスで会話している? まさか、他にも仲間がいるのか?


 そこまでセトミが思い至った時、舌打ちとともにブルースがセトミに向き直った。


「悪いなァ、子猫ちゃん。偉い人が、お前にお土産やりすぎだってさ。……冥土の土産を、な」


 ゆっくりと、ブルースの手が背中に伸びる。


「だがな、俺は嬉しいんだぜェ、お前が来てくれて……。怪物どもにやられちまったんじゃ、生で直接、見れねェもんなァ……」


 その手には、セトミの持つものとほぼ同型のライフル。だが、それはまるで異形の武器だった。


「泣き叫んで! のた打ち回って! 死んでいく、お前の姿を! 血を流して! 肉片を散らして! 絶命する、お前の身体を!! ああ、ゾクゾクくるッ! ゾクゾク来るぜェェェッ!」


 そのライフルは、まるで砲塔。レーザーを拡散するショットガンアタッチメントに、独自の改造を施したらしい、アサルトアタッチメントを強引に取り付け、巨大なエネルギーパックを背負っている。


 重量的に、人間が撃てる代物ではない。あの病的な肌の色からして、ブルースという男はヴィクティムらしい。


「ミナ、できる限り遠くへ離れて。あの男――――ミナは連れて行くことが目的らしいけど、あのイカレっぷりじゃわからないからね」


 その言葉にミナが離れたのを確認し、AOWを構える。


 先に動いたのは、ブルースだった。


「ひゃっはあああぁぁぁ! 子猫ちゃんッ、ダンスの時間だぜェ!」


 下卑た笑いとともに、ブルースがライフルのトリガーを引く。


 セトミは柱の影へと逃げ込みながら、その弾の軌道を目で追う。やはり、ライフルの見た目通り、発射されるそれもでたらめだ。


 ショットガンアタッチメントとアサルトアタッチメントを装着することにより、多方向へのフルオート掃射を可能にしている。さらに元々のライフルのチューンナップもかなりの高出力に調整されているらしく、威力も高そうだ。銃にかかる負担は相当のもののはずだが、そんなものはお構いなし、ということらしい。


「……ほんとに、イカレたやつ……」


 嘆息気味に、セトミは柱の影から相手をうかがう。

「どうしたァ!? 子猫ちゃん、そんなところで震えてないで、俺様と遊ぼうぜェ!?」


 ブルースはフルオートでの掃射で、ただひたすらにこちらを撃ち続けている。ちらりとセトミが柱に視線を送る。どうやら、もう柱がもちそうにない。


 セトミは隙をついて、柱の影を飛び出した。ブルースとは反対方向に、距離を取る形だ。


「そこかァ!」


 それを目に止めたブルースがその背に向かってライフルを撃つ。が、セトミが柱の影に駆け込むほうが早かった。


「そんな下手な鉄砲、数撃ちゃ当たると本気で思ってる!?」


「ハッ! 一発あたりゃあ、その場で蜂の巣だ。十分だろォ!?」


 柱の影から怒鳴るセトミに、ブルースが撃ち続けながら返す。


「それに、もうその柱ももたねェぜ! くひゃひゃひゃ、蜂の巣にするか、ぺったんこにするか、悩むところだなァ!」


 ブルースの言葉通り、先ほどよりも細いその柱は、すでに限界を迎えている。それが限界を迎える前に、再びセトミは柱の影を飛び出す。


 やはりそれをブルースが追撃するが、これも当たらず、セトミは柱の影に身を潜める。


 今度もブルースから離れるように走ったはずだが、その射撃の弾道がどうもおかしい。ショットガンにしては、離れても弾がばらつかない。普通のショットガンであれば、離れればh慣れるほど、弾丸が拡散するはずだが。

 拡散性を抑えるアタッチメントでも装着しているのか。


 その証拠に、ブルースは撃ちまくるだけで、こちらを追ってこようとはしない。逆に言えば、あの位置からでもこちらを狙うことができる、というわけだ。


「ふふ……分かりやすいやつ」


 その掃射から身を隠しながら、セトミはにやりといたずらを思いついた猫のように笑う。


 ガンマレイ式工学兵器は、様々なアタッチメントの装着により多彩な攻撃ができる反面、弱点も存在する。それはアタッチメントの取替え時に隙があることと、もうひとつ。


 セトミはごそごそと懐を探り、あるものを取り出す。そして手早く、AOWにそうちゃくしていたアサルトアタッチメントを外すと、とりだしたそれを装着する。


 それは、長距離射撃を可能とする、ロングバレルアタッチメントと、狙撃用スコープだった。ロングアタッチメントはレーザーの弾道を安定させ、長距離でもぶれずに精密な射撃を可能とする。狙撃用スコープはその名の通りの代物だ。


 つまり、セトミがここで切り替えたのは、いわばスナイパーライフルだった。だが、それを使うには、少々距離が近すぎる。


 だが、セトミはかまわずに地面に伏せ、スコープをのぞく。やがて照準がブルースを捉えると、その狙いをぴたりと止めた。


 しかし、セトミはブルースを直接狙いはしない。いくら高出力のAOWといっても、生命力の強いヴィクティムを一撃で倒すことは難しい。そして、一撃で決められなければ、さすがに向こうも警戒して、同じ手は通用しないだろう。


 セトミの照準が、音もなく、ブルースからそれて行く。狙いは、一瞬。ブルースが、そのライフルをリロードするため、巨大なエネルギーパックを取り替える、その一瞬だ。


 静かに、スコープをのぞくセトミの瞳が、赤く、収縮する。それが映し出すのは、一瞬先の、ブルースの姿。

 リロードする彼の姿が現実になったとき、セトミは迷うことなく、AOWのトリガーを引いた。


 キィィィン……とエネルギーがチャージされていくブルースのライフル。そのエネルギーパックの側に、エネルギーをレーザーへと変換するジェネレイターがある。

 が、セトミのスコープがそれを照準に捉えた刹那、ブルースの銃口がぎらりとこちらに牙を向いた。充填が終了したのだ。


「そこかァ!?」


 声と同時に、無数の光弾が爆ぜる。


 セトミは舌打ちとともに伏せた姿勢から反転、受身の要領で起き上がると、さらに距離を開けて柱の陰に隠れる。


「どうしたァ!? 巷で噂のチェイサーキャット様も、この弾幕の前じゃ、尻尾巻いて逃げるだけかァ!?」


 ライフルを乱射しながら、ブルースが叫ぶ。だが、セトミは鋭くそれを見返すだけで、答えはしない。


 自分の狙いを成し遂げるには、自分の位置を知られてはならない。挑発に乗ることはハイリスク・ノーリターンでしかない。


 しかし、今のブルースの射撃からして、恐らく現在の位置は知られている。それでいて奴が挑発してくるのは、恐らく、こちらを動かすため。焦れて飛び出したところを蜂の巣にするつもりなのだ。


「さて……どうしたものか……」


 柱の影からブルースを一瞥し、セトミは軽く嘆息する。が、その視線がふと、先ほどまで身を潜めていた、比較的細い柱に留まった。

 柱は、今のブルースの射撃でか端々にひびが入り、今にも崩壊しそうだ。


「……ビンゴ!」


 それを見たセトミが、にやりと、まさしくチェシャ猫のような笑みを浮かべた。


 次の瞬間――――。


 セトミは、再び瞳を収縮させ、駆ける。帽子の下には、あの猫の耳のような突起も現れていた。


「ひゃははッ! いただきだァ!」


 ブルースがその姿を視界に捉えた瞬間、セトミの紅い瞳が、ブルースを――――正確には、ブルースのライフルの銃口を見た。


 前頭部の突起がうなるような音を上げ、紅い瞳が発射された弾丸を捉えた。極限まで集中した神経が、襲い掛かる弾幕を、まるでスロー映像のように遅く見せる。


 セトミの元へ到達した弾丸の一発目を、かすかに身を潜めてかわす。次の瞬間には跳躍して数発の弾丸を回避する。最後は前方へ大きくダイビングし、ブルースの弾幕自体から抜け出した。


「な――――ッ!?」


 あたった手ごたえのないことに、ブルースが驚愕する。すぐさま視線を左右させ、セトミを見つけると、再びライフルを構えなおした。


 だが、その時にはもう遅かった。


 前方へ、飛び込み前転の要領で飛び込んだセトミは、そのままスナイパーライフルをヒビの入った柱へと向けていた。


 躊躇なく、トリガーを引く。刹那、青色の高出力のレーザーが柱のヒビを粉砕した。そして、支えを失った柱の倒れ行く先には――――ブルースの姿。


「くっ、クソがァ!」


 だが、それに気づいたブルースは自身に倒れかかる柱に向けて発砲する。その嵐のような弾幕は、すでにぼろぼろになっていた柱を粉砕する。


「チ――――! び、びびらせやがってェ……。しっかし、残念だったなァ? 俺様の方が、一枚上手――――」


 そこまで言って、ブルースはようやく気づいた。


 先ほどセトミが伏せていた場所に――――彼女は、いなかった。



「……その言葉――――そっくりそのまま、返すわ」


 声がしたのは、さらに遠く。柱の砕けた、土埃の向こう側。


 セトミはすでに、ブルースのライフルのジェネレイターに、照準を合わせていた。そして一瞬の躊躇もなく、酷薄に、トリガーを引く。


 青い閃光が、その化け物じみたライフルのジェネレイターを捉えた。光学兵器は例外なく、エネルギーパックのエネルギーを、ジェネレイターで弾丸のように変換して撃ちだす。


 ――――つまり、ジェネレイターを破壊され、漏れ出したエネルギーは行き場を失い――――。


「ひゃ……ハァァァァァッ! 俺様の……ライフルをぉぉッ……!」


 ――――その場で、暴発する。


 異常な量の弾幕を作り出すために大容量のエネルギーパックを使っていたことと、アタッチメントの過剰付与でライフルに過負荷がかかっていたことが災いして、その爆発はエリア一体を揺るがすほどのものだった。


 揺れが収まった後、セトミはゆっくりと倒れ付すブルースの元へ歩み寄った。倒れた彼の表情は、爆発のすさまじさを物語るように凄惨なものだった。


「……無事、地獄へ逝けたみたいね。あんたみたいなやつには、きっと楽しいところでしょ。……ま、私もそのうち行くから、その時はよろしく」

 皮肉げに言い放つセトミの前に、ミナが柱の影からおずおずと姿を現した。


「ああ、ミナ。大丈夫だった?」


 セトミの笑顔と明るい声に安心したのか、ミナが彼女の元に駆け寄り、しがみつく。表情には出ていないが本当は怖かったのだろう。その手は、かすかに震えていた。


「……大丈夫。もう、大丈夫だよ」


 そう言って、セトミはミナの頭を撫でる。無表情ながら、心の底ではどこかぬくもりを求めているかのようなその姿が、かつての自分と重なって見えた。

 今のミナと同じように、感情を押し殺したような顔でショウにしがみつき震えていた、幼い頃の自分と。


 優しく微笑んで、セトミはしゃがみこみ、ミナと視線の高さを合わせる。


「わかることがあったら、教えて、ミナ。革命軍のロウガも、こいつも、あなたを狙っていた。ここのロックを開けられたのも、なぜなのかわからない。ミナ――――あなたは、何者なの?」


 だがその言葉に、ミナは首を横に振る。


「……わからない。ミナ、ここの、ずっと深いところに、いた」


 しかし、その表情はいつもの無感情な表情ではなかった。そこにあるのは――――不安と、悲しみ。自分が何者かわからない不安と、なにか大切なものを忘れてしまったかのような、悲しみ。


「……そう」


 セトミは、その言葉にうなづいてみせる。

 ――――この子は、嘘をついていない。そんな、妙に確信めいた思いが、そこにはあった。それは、ミナが、かつての自分と同じ表情をしていたから。


「――――おい、セトミ、聞こえるか!?」

 不意に、デヴァイスからショウの声が響く。そういえば戦いに集中していたせいで忘れていたが、通信がしばらくの間、まったくなかった。


「ちょっと、ドッグ! 何してたわけ? 薬が必要になってたらどうするつもりだったのよ」


 つんと、セトミが口を尖らせる。その様子は、先ほど戦闘していた時とは別人のように、歳相応の少女のそれだ。


「すまねえ。通信が阻害されてた。そいつはなんとかなったんだが――――。それより、大変なことになったぞ」


「大変なことなら、もうなってるけどね。で、さらに事態がややこしくなったわけね。もうここまで来たら、なにがあっても驚かないわ」


 呆れたような表情で舌を出すセトミに、通信の向こうでどこか嘆息するような気配がした。


「そうか? 俺は驚くと思うけどな。10イェン賭けてもいい。今、ラジオの緊急放送をやってんだが――――ハウリング・ウルフが動いた。シャドウの主な入り口を占拠して封鎖。今、ヴィクティムの軍とにらめっこの真っ最中だ」





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