第6話 キャロラインと響也
新学期も始まりもうすぐ文化祭だ。
あの日以来、俺は必要最低限しかキャロラインと関わらないように意識した。キャロラインへの想いを忘れるためだ。きっと俺なんかより響也と結ばれた方がキャロラインにとっても幸せだろう。
今にも溢れだしそうな涙をこらえながら今日も部活の練習に励む。部活では、文化祭に向けての練習が始まった。和太鼓部はメインステージ、野外ステージなどいろんなステージで和太鼓を披露する。それに文化祭のステージを最後に、今までお世話になった3年生の先輩が引退を向かえる。何としても成功させなければならないステージだ。キャロラインのことなんて気にする暇なんてないのだ。
文化祭では夏休みに練習した腹筋をバリバリに使うあの曲。それを演奏することになった。
もちろん1年生の俺らも出る。まだ覚えたてで1年生はあまり上手く演奏できない。そのせいか先輩達の空気がピリピリし始める。部活の空気が夏休み前とは全然違う。今は全て忘れて部活だけに集中しよう。そう思っても、あの甲高く大きな声が聞こえる度に気になってしまう。
多くの人が上手く演奏できない中、やはり響也は先輩に負けないぐらい上手に演奏してみせる。そしていつもいつもキャロラインが響也を褒める。キャロラインだけでない。結愛もだ。最近は積極的に翔平先輩の所に話しかけに行くようになった。翔平先輩も結愛がお気に入りのようで、部活終わりには
「樋川ー。ちょっと来いよ。」
といつも結愛を呼んでいる。なんだかんだ最近は毎日のように2人で楽しそうに話している。それを遠目で眺めることしか出来ない俺。いつか俺にも楽しそうに話してくれる時がくるといいな。こんな風に思うのはおこがましいだろうか。
少しだけ恋をする前の自分が羨ましく思えた。
文化祭が1週間後に迫った日曜日、1年生全員で買い出しに行くことになった。文化祭が終われば3年の先輩は引退する。その時にお別れ会を開くのが和太鼓部の習慣だ。そのお別れ会では毎年後輩から3年生へ贈り物がされるらしい。その買い出しだ。
日曜日ということは私服で行くことになる。俺は一生懸命タンスの中からカッコイイ私服を探した。どんな服を着ていっても結愛はきっとカッコイイと言ってくれるがキャロラインは思ったことをズバズバというタイプだ。俺はファッションにあまり興味がないからどの服を着れば2人に好評なのか全くわからない。かなりピンチだ。
いよいよ買い出しに行く前日になり、やっと服を選ぶことができた。タンスの中から引っ張り出してきた物で、俺なりに自信がある。それを椅子の上に置き、寝ようとした時、机の上に置いてあった携帯が鳴り出す。電話の着信だ。すぐ出ると
「川上、明日さ早めに行ってゲームセンターで遊ばない?」
西浜響也からだった。本当は行きたくないがあんな威圧的な人の誘いを断れない。断ったら何されるか分からない。
「おっけー、いいよ。何時頃?」
「明日買い出しのやつは14時に集合だから俺らは9時頃向こう着くようにするか」
「わかった、じゃーねー」
響也のためになんか時間を使いたくない。響也ほど憎くて嫌いな奴なんていない。俺が弱くて断れない以上、行くという選択肢しかなかった。
当日になり昨日椅子の上に置いておいた服を着て鏡の前に立つ。昨日は少し自信があったこの服も、今はなんだか似合っていないように思える。でも、もう1度選んでいる余裕はないし、諦めて家を出た。電車の中で響也と合流し、ゲームセンターへ向かった。ゲームセンターには大人気の太鼓のリズムゲームがあった。
「川上、これ一緒にやろーぜ」
響也が目につけたのはそれだった。響也は得意かもしれないが俺はすごく苦手だ。簡単、普通、難しい、鬼、鬼裏とレベルがあり俺は簡単もまともにできない。しぶしぶやることになったが響也は鬼をやり出した。俺は隣で簡単をやった。もしかしたら部活で鍛えられて上手になっているかもしれない。と淡い期待を抱いていたが、そんなのはあっさりと破れた。やっぱり簡単のレベルなのにクリア出来なかった。ゲージは半分ほどまでしか点滅しておらず、太鼓のキャラクターが落ち込んで泣いている。一方響也は鬼のレベルでクリアだ。ゲージもほぼ満タンまで点滅している。あのキャラクターは、もちろんテンションアゲアゲだ。響也は自分と俺のスコアの写真を撮りはじめた。それだけならまだいいが
「点数の差www」
と書いてSNSにアップロードし始めた。これはモラルに反すると思い注意すべきだと思ったが、そんなこと俺に出来るはずがなく、ただ黙って響也を待っていた。
そんなこんなしているうちにそろそろ買い出しの約束の時間だ。俺は響也と集合場所に向かった。
私服となるとみんな雰囲気が違った。キャロラインの私服は特に意外だった。俺はキャロラインはもっと子供っぽい服を着てくると予想していたが、かわいらしいキャラクターのプリントがされた白のTシャツ以外は大人っぽく、ガウチョパンツにハイヒールを履いて身長を盛っていた。
俺らが着くとさりげなくキャロラインは響也の隣にいき笑顔で話し始めた。彼女が胸下まである長い髪の毛を耳にかけた時、白いイヤリングが見えた。風邪になびく彼女の髪の毛はより一層彼女を可愛くみせる。
一方結愛は、花柄の黒いブラウスにジーンズ生地のワイドパンツで、白いカーディガンを羽織っている。胸元にキラリと光るネックレスが彼女の笑顔をさらに輝かせる。
みんなが向かった先は学校の近くにある大きなショッピングモール。ずっとキャロラインは響也の近くにいた。まるでひっつき虫みたいに。一方、結愛も女子トークの真っ最中。女子トークの中に男が入っていくのは不味いので俺はしょうがなく近くにいた真宙と他愛もない話をしていた。
気がつくと響也とキャロラインだけいない。迷子にでもなったのだろうか?俺はみんなに聞いてみた。
「ねぇ、響也とキャロラインがいない」
すると女子が次々に
「えっ、ほんとだ。どこいったんだろ?」
「ちょっと電話かけてみる?」
「えっ!迷子?」
と反応をした。しっかり者の静來がキャロラインにみんなに聞こえるようにスピーカーにして電話をかけてくれた。
――電話の会話――
静來 「ねぇ、妃那子。今どこにいるの?」
キャロライン 「2階のね、本屋さんだよー」
静來 「え、なんでそんなとこにいるの?」
キャロライン 「響也が今日発売の雑誌を買いたいって言ったからついて来ただけー」
静來 「今3階の雑貨屋さんの前にいるから今すぐにきて。もう勝手な行動はしないこと。響也にも言っといて」
キャロライン 「はーい」
俺は2人の電話での会話を聴きながら2つ思ったことがあった。1つ目はそういえば、キャロラインの本名は妃那子だったんだなぁと。
2つ目は響也が羨ましい。キャロラインとプチデートできるなんて。やっぱり負けた。響也には負けた。
落ち込んでいると横から結愛が笑顔で
「大丈夫?なんかあった?」
と優しく声をかけてくれた。
「まぁ、なんでもない」
俺はすごく嬉しかったが照れてしまい、せっかく心配して声をかけてくれた結愛に少し冷たい対応をとってしまった。でも嬉しかった。この言葉、この風景、この気持ちは一生忘れない。心にできた傷が修復されていくのがわかった。結愛はいつも俺の心を笑顔で癒してくれる。そんな天使みたいな結愛が大好きだ。でも結愛にも好きな先輩がいると思うと悲しくなってしまう。
静來が電話をしてくれた10分後、ようやく響也とキャロラインは俺たちのところに合流した。その瞬間みんなの視線がある一点に集中した。なんと、2人は手を繋いでいたのだ。それにキャロラインは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向いている。
俺が言うまでもなく女子達が
「なんで手を繋いでるの?付き合ってるの?」
「だから二人っきりで抜けがけしてたわけか!」
響也は慌てて握っていたキャロラインの手を離し、落ち着いた声で
「人混みでキャロラインが迷子になりそうだったから仕方なくだけど。別に付き合ってもない。こいつとなんて別に付き合いたくねーよ」
とはにかむように言った。2人は付き合ってないと分かって俺は少し安心をした。でもよくよく考えてみると2人が付き合ってなかったとしてもキャロラインは響也のこと大好きだし響也だってきっとキャロラインのことが好きにきまってる。やはり、俺が入り込む隙なんてどこにもない。
初めての恋で2人の人を好きになり2人とも失恋で終わるなんてそんなの嫌だ。
買い出しも終わり日も暮れて次々にみんな帰っていく。俺、響也、静來も含めて5人はいつも電車通学。だがなぜかいつも自転車通学のキャロラインが俺らに着いてくる。今日たまたま自転車を修理に出していたので電車で来たらしい。なので最寄り駅までの行き方がわからず、行く時は静來と一緒に来ていたがキャロラインが響也と話しているうちに先に帰ってしまっていた。他に駅まで行く女子はすでにおらず、キャロラインは響也にお願いした。
「駅までの行き方分からないから、一緒に行ってもいい?」
と。
「駅までの道分からないとかウケる」
と響也は大笑い。
そして時計を見て響也は俺に、
「電車の時間やべぇ、おい、走るぞ川上」
俺は咄嗟に響也について走り出したが流石にキャロラインは俺たちに追いつけない。ましてやキャロラインはハイヒールを履いている。キャロラインと俺らはどんどん距離が離れていく。
キャロラインを置いていく響也に我慢できなくなった俺は響也に言った
「キャロライン、めっちゃ後ろにいるけど」
すると、響也はカッコつけながら
「ほんとにあいつは……」
と呟いて
「川上、先に駅に向かってろ」
と言い残してキャロラインのところまで走っていった。
俺はこれ以上響也の好きにさせないと思い
俺も響也のあとをついて走った。
すると響也が
「お前も来たのかよ」
と俺に向かって言いキャロラインに
「今日はしょうがねぇからおぶって行ってやるけど次からはヒールとか履いてくるなよ。お前は変に身長盛らねぇ方がいいぞ」
と言い、キャロラインをおんぶしながら走って駅まで向かった。
俺は悔しかった。あんなこと俺には出来ないし、言えない。響也は顔だけでなくキャロラインに言うセリフもイケメンだった。こういう所がキャロラインの心を惹きつけるのだろう。
改めて思った。勝てねぇなと。
必死に走り、電車にはなんとか間に合った。俺と響也は同じ電車だがキャロラインだけ別の電車だ。どの電車に乗ればいいか分からないらしく俺に電話をしてきた。
――電話での会話――
キャロライン 「ねぇ、川上、どの電車に乗ればいいか分からないんだけどどうしよー」
俺 「響也に教えてもらえば?」
キャロライン 「響也に聞いてもそれくらい自分で考えろって言うだけなのー川上なら優しいから教えてくれるかなって思ってぇー」
"優しい"と褒められた。嬉しいような恥ずかしいような。響也ではなく俺に頼ってきてくれて嬉しかった。
その後電話で俺は丁寧にキャロラインに乗るべき電車を教えた。
その後、
「ありがとう」
あいつからの聞き慣れていない言葉に俺は少し愕然としてしまった。その言葉が耳から離れなかった。
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