第5話 恋の予感

 1年3組の暑い教室。担任の茅野先生が夏休みについて話していた。そう、ついに明日から夏休みだ。


 蝉の鳴き声がより一層騒がしくなった夏の始まり、高校生活の中で俺の楽しみの1つである夏休みが始まった。


 夏休み=遊ぶ


と考えていた俺だが、そんなに甘くはなかった。夏休みは毎日のように部活があり、空いた時間に膨大な量の課題を終わらせなければならない。中学とは比べ物にならない。

 こんなに夏休みがダルいなんて知りたくなかった。愚痴を連ねたくなるほどの猛暑が続き、冷房もない室内で音漏れ防止のために閉め切ってやる部活は正直言ってだるい。だが、休むと他の人と差がついてしまう。それに夏休みは新しい曲を覚える。ただでさえ遅れているのに、休んでしまったら他の人に追いつくのが大変だ。



 ある夏の日、部活が終わったあと何人かで自主練習をしていたら、先輩に気分転換がてら公園で水遊びをしようと誘われ近くの公園に向かった。すでに先輩達が楽しそうに遊んでいた。その奥で、先に帰ったはずのキャロラインや響也たちがいた。自主練習の息抜きじゃないのか?なんで自主練習してないやつが遊んでるんだ?苛立ちを覚えたが先輩があいつらも誘った以上、仕方がないので俺はあいつらと距離を置いて遊ぶ事にした。


 真夏の水遊びはもはや天国と言って良いほど気持ちよかった。太陽がギラギラと照りつける真夏のアスファルトの上を裸足でかけまわり、勢いそのままにじゃぶじゃぶと入った噴水の中で投げつけた水風船がぶつかり弾ける

 白熱する水風船のバトルを繰り広げていると、時折高い女子の声が聞こえた。可愛い女子かと思ったら俺の苦手なキャロラインだった。何回見てもキャロラインだった。水遊びをしているキャロラインは笑顔がとても輝いていて可愛かった。水も滴るいい女って感じで。

 この時、俺の中でキャロラインのイメージが変わり始めた。そうはいっても、あんなに嫌いだったキャロラインを意地でも可愛いと思いたくない訳で。

 もう一度キャロラインの方を見つめるとキャロラインの隣にもう1人満面の笑みを浮かべた可愛らしい女の子がいた。それは結愛だ。結夢は落ち着いた女性らしい笑い声がとても可愛らしかった。その心地よい声が胸をトットッと高鳴らせる。


 水遊びの途中、何度も何度もキャロラインと結愛の方を向いてしまう。気がつくと楽しそうに遊んでいる2人を眺めていた。


 この時から気がつくと部活でも登下校の時も視界の片隅に入った途端、俺はキャロラインと結愛の姿を追っていた。それに二人の姿を追うと胸がチクチクと痛み始める。


 この痛みは一体なんなのか?

そんなのネットで調べなくてもわかってる


 俺はキャロラインと結愛のことが好きになったのか。


 結愛はともかくキャロラインまでこんな気持ちになるなんて想定外だ。性格もほぼ真逆と言っていいだろう。そんな2人の女性を追っかけるなんてまるで垂らしみたいだ。どっちか1人に決めなければならないことくらい恋愛経験のない俺でもわかる。でもそれぞれに良さがあって選べない。どっちにしろ高校生活は好きなやつとこんなに近くで過ごせれるのか…なんか理想の高校生活に少し近付いたようなで嬉しく思った。



 夏休みも中盤にさしかかろうとする頃、課題に追われ筋トレや体力づくりも疎かにできず、こんなにハードな夏休みを過ごしたのは初めてだ。それに恋をしたのも。


 そんなある日の部活の最中に、女子達が恋バナをし始めた。それぞれに想う人がいるようでなかなか盛り上がっている。その中でも特にキャロラインの大きく甲高い声が練習場に響き渡る。


「ねぇ、聞いてぇ、うち、好きな人ができたの〜」


 …………は?今、あいつ何て……



「どーせ、芸能人でしょ?それか一目惚れ?」



 そうだ、キャロラインのことだからイケメン俳優の話だろう。


「ねぇ、ちがう〜本当に好きな人だって〜」


「えー本当に?誰誰?」


 俺もメッチャ気になった。俺はあいつらの話に耳を傾けてキャロラインの好きな奴は誰なのかを盗み聞きしようと思った。さすがにキャロラインも自分の恋バナとなると声のボリュームが小さくなった。でも聞き取れないほどではなく耳をすませばなんとか聞こえるくらいだった。


 どうやらキャロラインの好きな人はカッコよくてイケメンで二の腕がしっかりしている人で同じ部活の人そんな人、1人しかいない。


 西浜響也だ。あいつはイケメンだし、カッコいいし、しかも二の腕がしっかりしてる奴だここまで言えば誰だって察しがつく。


 ライバルが響也なのか。少し気が重くなった。諦めるべきなのかもしれない。けど、気持ちに気付いたばかりなのに諦めたくない。今からでもあいつに色々アピールすれば響也に向けられる好意が少しでも俺に向くかもしれない。だが、いやな噂を聞いてしまった。キャロラインと響也は毎晩2人でボイスチャット付きのゲームをしているらしい。たかがゲームで、と思いたかったが2人がゲームについて楽しそうに話しているのを見ると胸が痛い。俺も混じりたいがゲームの腕に自信が無い。下手なところを見せたらキャロラインからの評価が余計に下がるだけだ。キャロラインを手に入れるのは難しいのか。

 今までの俺ならきっとすんなり諦めてただろう。でも俺は今までとは違う。デブからポッチャリに昇進したんだ。少しでも俺の方を見てもらうために、もっとスリムになって筋トレをして筋肉をつけてあいつに近付く。さらにあいつを追い越すために勉強も頑張ろう。


 そんな決意を胸に秘めたある日、新しい曲がスタートした。この曲は腹筋をバリバリに使う曲で三部構成になっていてだんだんスピードが早くなる上に、1部で50回程度の腹筋をしているような状態になる正直体力が持たない。



 俺だけでなく他の人も体力も筋力も底をつき、ヘトヘトだ。キレのある演奏なんてできる奴はほとんど居ない。透也は中学の頃に鍛えた体力を糧になんとかついていけている。唯一体力と筋力の両方を使い、余裕をチラつかせながら太鼓を打つことができる奴。西浜響也だ。疲れ果てたみんなに喋りかけて回っている。キャロラインにも笑顔で話しかけた。キャロラインは疲れながらも笑顔で響也と話す。そんな彼女はなんだか楽しそうで幸せそうで……俺は悔しかった。

 キャロラインは普段から誰にでも笑顔を絶やさない子だが響也にだけは特別な笑顔を浮かべているように見える。あの話を聞いたせいなのか、俺はキャロラインと響也が楽しそうに話すのを見るだけでなんだか悲しくなる。


 部活の休憩時間になるとキャロラインはいつも響也を笑顔で褒めている。俺にももっと体力があって自慢の筋肉があってキレキレで太鼓を打つことができたらキャロラインに褒められたのかな?


 悔しくて悔しくて俺は床に仰向けになって目頭を腕で隠した。周りのみんなは俺が疲れて床に仰向けになったようにしか見えないのだろう。「疲れたな」と俺の恋心を知らない奴らはそんな言葉をかけてきて、汗で目が滲んだ。



 一方、結愛には好きな先輩がいる。翔平先輩だ。本人から聞くまでもない。有名な話だ。和太鼓部なら誰でも知っているだろう。その先輩は2年生で学年1の優等生。その上、顔もかっこよくて優しい。背も高くスタイルもいい。それに翔平先輩は後輩にも気軽に接してくれる憧れの先輩だ。俺に勝ち目なんてない。

 前にガールズトークをしていた時にも結愛は翔平先輩の話ばかりだった。周りもことあるごとに翔平先輩の名前を出す。俺もそういう時はみんなと一緒にノリで結愛をいじるのだが、その度に頬を赤らめる結愛を見ると毎回複雑な気分になる。ちょうど大好きなお菓子を我慢して友達にあげるときの気持ちと同じだ。

 どっちにしろ一筋縄ではいかない恋だ。どっちかにしないといけないことも分かってる。でもどっちも好きでどっちにもライバルがいる。本当に同じくらい好き。どっちかなんて選べない。でも二股はしたくない。ふとした時に胸に強烈に刺さる恋と常に柔らかい空気に包まれる恋。

 恋愛から程遠い人生を送ってきた俺にはその2つの恋から1つを選ぶことも、その先にそびえるライバルに勝つ自信もどこにもない。



 淡々と同じことを繰り返すマンネリ化した日常が繰り返されとうとう夏休みも終盤に。計画的にコツコツと頑張ったおかげで課題は終わりそうだ。高校入ってからの初めての夏休み。部活もなんだかんだ言いながら上達できたし、まぁ楽しかった。思い残したことと言えばひとつ。夏恋。好きになってからなにも進展がないままだ。ただただ気持ちが募っていくばかり。


 そんなある日、外で篠笛の練習をしていたらキャロラインがいきなり話しかけてきた。


「ねぇ、川上ー。野球について教えてくれん?」


「急にどうした?なに?」


「いやー、あのねぇ、今度中学の時のクラス会があってぇ、前に好きだった人が野球が好きでね話合わせたいなって思ってぇー、お願い!」


 俺は好きという気持ちに気付いてから初めての会話。平常心を装うのに精一杯だった。嫌いだったキャロラインの独特な話し方も今では大分慣れた。それにしても前に好きだった人って誰だ。気になる。どんな人だったんだろ?きっとキャロラインのことだから完璧に近い人に違いない。俺は感情が突っ走りキャロラインに聞いてしまった。


「前に好きだった人ってどんな人なの?イケメンなの?」


「いやー、全然イケメンじゃないよー。写真みる?多分びっくりするよー」


と言って普通に写真を見せてくれた。なんとその写真に写っている人は地元では有名な野球チームのユニフォームを着ている。でもルックスは正直俺の方が勝った。写真で見た感じ痩せる前の俺より太っていた。それにボーズ頭でキリッとした一重だが二重あご。鼻筋も綺麗に通っている訳ではなく、お世辞にもイケメンとは言い難い人だった。


 これなら俺にも希望があるかも…


 それにしても驚いた。あの面食いのキャロラインが珍しい。イケメンじゃない人を好きになったことがあるなんて信じられない。

 キャロラインは俺が驚くのを予想していたかのように


「びっくりしたでしょー?顔とかそーゆーのはタイプからかけ離れてるけど性格がねすっごくタイプだったの!」


 俺は初めて知った。キャロラインは好きな人を顔だけで決めてないことを。

 俺も性格良くしたらキャロラインの恋愛対象に入れる可能性があるのか?俺にも特別な笑顔を浮かべてくれるのかもしれないか?


 まずはキャロラインの好きなタイプから探らないと。恥ずかしながらまだ好きなタイプを聞けていない。でもキャロラインなら何も勘ぐらずに素直に笑顔で教えてくれそうな気がした。


 いつの間にかいなくなっていたキャロラインが篠笛を仕舞っているのを見つけ、


「そういえばさ、好きなタイプとかないのー?」


と聞いてみた。


「あるよー!えっとねぇ、うちより背が高いのは絶対!性格はねぇ、意地悪の裏に優しさがある人で頼りになる人で尊敬する人かなー」


 案の定、疑いもせずにすんなりと教えてくれた。でも残念ながら俺と性格とキャロラインのタイプの性格は正反対だ。それに最後の尊敬する人ってキャロラインはどんな人を尊敬するんだろう。


「まぁ、でも好きになった人がタイプかも。今まで好きになった人系統がバラバラなんだよねー笑」


 俺はキャロラインが何気なく発したこの一言に救われた。"好きになった人がタイプ"

 この言葉が胸に刻まれていった。



 いよいよ三日後には新学期がスタート。でも新学期までの三日間は部活がある。課題もおわり気が楽だ。

 やっぱり今日も腹筋をバリバリ使うハードな曲をやった。響也がすごく上手でキャロラインが褒める。俺も確実に上達した。俺も褒められたい。

 このまま夏休みが終わるなんてなんか味気ない。もっと色付いた夏休みを期待してたのに。呆気なく終わりを迎えそうだ。

 今日も部活が終わり自主練習をしていた。喉が乾き水筒を取りに行こうとした時に結愛が不意に


「お腹すいてない?暑いしアイス食べに行かない?」


 この一言でパッと色が着いた。すごく嬉しかった。まさかこんなお誘いがくると思ってなかった。


「行く」


 即答。と言っても学校の目の前にあるスーパーマーケット。俺と結愛2人だけでアイスを買いに行くのかと思ったら綺姫も一緒だった。少し残念だったが安心した。2人だけだと緊張してなにも話せないかもしれないし。3人でスーパーマーケットに向かった。

 思ったよりも会話が弾んでとても楽しかった。結愛とは好きなアーティストの話で盛り上がった。結愛が好きなアーティストを語るとき、幸せそうに語る。見ていて気持ちが良い。

 買ったアイスを手に練習場で縁側のように並んで座り、アイスを食べ始める。好きな人と食べるアイスは特別美味しい。結愛と話していると胸が心地よいリズムで振動する。俺のつまらない話にまで笑顔で聞いてくれてその笑顔を目にする度に胸にキュンときた。俺はこの風景を瞳に焼き付けた。


 結愛はキャロラインと違って無防備ではないし鈍感でもなさそう。好きなタイプなんて軽々しく聞けない。それに結愛は好きな翔平先輩に対してすごく一途。結愛は毎日のように先輩の話をする。その時の結愛の顔はこれ以上ないくらいに輝いている。その火照った頬が本当に可愛らしくて、一緒にいる度に好きになる。だが、それと同時にキューっと胸が苦しくなる。

 結愛の恋を応援するのがいいのかなと思ったりする。やはり好きな人の幸せは祈るもんだ。そう思って自分に言い聞かせても好きという気持ちが抑えられない。結愛の笑顔を見る度好きになる。可愛くて愛おしくてたまらない。

 鼓動が強くなったり締め付けられたりもう胸が壊れそう。



 アイスも食べ終わり結愛と綺姫は帰ってしまった。練習場にも部室にも誰もいない。いるのは俺だけ。結愛が帰る時に誠都は帰らないの?と尋ねてくれたが俺は1人になりたかった。

 窓の外には昼間よりも大人しい太陽が輝いている。横になって眺めているとドアが開く音。ビックリして起き上がると、キャロラインと響也がいた。偶然二人とも忘れ物を取りに来たらしい。俺は2人を見ないようにした。


 荷物をまとめようと部室へ行った時、突然、階段を踏み外し階段から落ちるキャロラインが見えた。危ないと思い駆けつけようと階段へ向かったが遅かった。そこには俺よりも先に響也がいたのだ。俺は慌てて足を止め咄嗟に隠れた。キャロラインが頭をぶつけたらしく気絶している様子だった。なんと次の瞬間、響也がキャロラインを抱き抱えたのだ。その数秒後には彼女をお姫様抱っこして彼女の頬にキスをしたのだ。


 響也はキャロラインの頬から唇を離しお姫様抱っこをしたまま


「階段を踏み外して落っこちるとかありえないだろ」


と呟いてそのままキャロラインをお姫様抱っこしたまま行ってしまった。




 俺の目から涙が溢れ出した。ジャージの裾で涙を拭っても拭っても止まらない。もう俺はダメなのかな。キャロラインは響也のことが好きできっと響也もキャロラインのことが好きで。なんで上手くいかないんだろう。今まで努力してきたじゃないか!なんであんな奴に負けるんだよ。こんなに苦しいなら最初から恋愛なんてしなければ良かった。

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