第3話 俺を貶さないで

 

 和太鼓部に入部したところからが俺の青春ライフの始まりだ。ちなみに和太鼓部の1年生は、男子4人、女子8人の割合だ。先輩は美男美女ばかりだけど俺は同級生から狙っていこうと思っている。これからどんな毎日が待っているのだろうか。

 和太鼓部に入部してから何ヶ月かの時が流れ、最近やっと和太鼓部の女子と普通に会話ができるようになってきたきがする。これまでどれだけの苦労をしてきたことか。


 まだ入部して日が浅い頃、俺は女子と話したくても話せなくてうずうずしていたら1人の女子と目が合った。彼女の目はとても優しく綺麗でまるで真珠のようだった。おまけに、マンガだったら満開の花が描かれるだろう笑顔に緊張で張り詰めていた俺の心はなんとなく和らいでいった。俺は純粋にこの子となら話せそうと思った。勇気をだしその子にて名前だけでも聞いてみよう、そう思った。


 (でもどうやって近くまで行けばいいのか。いきなり名前なんて聞いて彼女に変に思われないだろうか。気持ち悪がられないだろうか。避けられたりしないだろうか)


 そうこう考えていると優しくのんびりとしているが弾みのある声が誰かに呼びかけている。どうやら俺の近くから。

「ねぇねぇ」

 振り返ってみると、さっき目が合った女子がどうやら俺のことを呼んでいるようだ。

「名前なんて言うの?」

 俺は嬉しい反面少し男としての情けなさを感じた。ここでうずうずしていたらもう相手にされなくなってしまうかもしれない。中学の時の繰り返しにはなりたくない。その一心で

「川上 誠都。まぁ、川上でいいよ」

 俺は緊張のあまり頬が赤色に染まり温度が上昇したことを気にせずに落ち着いた口調を意識しながら答えた。俺はこんなにも頬を赤く染めながら言ったにも関わらず彼女は馴れた笑顔で

「誠都って名前かっこいいね!あ、!うちの名前言ってなかったねー。うちの名前は樋川 結愛ひかわ ゆあ。よろしくねー」

 俺は結女の暖かさに救われた。今思うとこれが恋の始まりだったのかもしれない。結女の隣にもう1人女子がきた。その女子もさっきからずっと笑顔だ。だからだろうか彼女が不意に見せる真顔がとてつもなく怖く感じられる。

「うちはねぇ、菅田 妃那子すだ ひなこ。よろしくー、てかあなた誰ー?」

 彼女は少しきつめの口調でそう言った。俺は彼女の口調と口の利き方に対して怖いと思った。俺は恐怖を覚えながらもすかさず、

「さっき聞いてなかったのかなー。川上 誠都。まぁ、よろしく」

と引きつり気味の笑顔で答えた。するとあれだけ怖かった彼女だが満面の笑みで

「よろしくー」

とだけ言って他の人のところへ笑顔で、いや、独特な高笑いをしながら行った。


 こんな感じでそれからも何人かと会話をすることができた。


 2018年現在、LIVEというコミュニケーションツールは学生だけでなく大人まで親しまれている。LIVEをしていない人の方がマイノリティーだ。

 俺は少しでも会話の機会が作れるように同じ部活の1年生全員のLIVEを追加した。1人だけ不思議な名前で登録してある人がいた。"キャロライン"と。

 "キャロライン"が誰なのか調べるほどのことでもなかった。俺が恐怖を覚えたアイツだ。菅田 妃那子。


 (そういえばみんな妃那子のことを"キャロライン"と呼んでいた気がする。呼んでないのは俺だけか?これでは俺が時代遅れみたいではないか?大体"キャロライン"って何?由来すらわからない。菅田 妃那子の名前の中に"キャロライン"要素なんて1つもない)

 

 俺は何を考えているのかもはや分からなくなった。ちゃっかりみんなに混じって"キャロライン"と呼び始めればいいことすら気づかなかった。


 ある日、キャロラインのテンションがものすごく高かった。その日の彼女はとても傲慢でわがまま、自分勝手な上に騒がしい。

 その時俺は彼女が怖く何にも言い返すことがなかった。突然、彼女は笑顔で俺に尋ねてきた。

「ねー、川上。川上ってなんでそんなに太ってるの?太ってるとかウケるんだけど」

 俺の心は彼女の何気のない一言によって傷ついた。彼女はどうやら悪意があったわけではなくただ純粋に思ったことを発したらしい。高校生にもなって言っていい事と悪いことの区別もついてないキャロラインはお子ちゃまに見えた。俺はお子ちゃまに向かって返答するように

「そんなに俺太ってるかな?まぁ、これでも頑張って痩せたんだんけどなー」

と俺は優しい口調でそして苦笑いで答えた。彼女に奮起したところで勝ち目も無さそうだし余計なトラブルは避けたかったからだ。彼女はお子ちゃまだと思うと少しは可愛く見えることだろう。しかしその考えは甘かった。彼女の悪意のない一言に

「まぁ、確かに川上は脂肪の塊だもんな。お前俺より背が低いくせに俺より体重あるとかやばいわ」

と言って乗っかってきたやつがいたのだ。

 そいつの名前は 西浜 響也にしはま きょうや。俺はこいつと幼稚園が同じだ。残念ながら響也に勝てることはあまりない。強いて言うなら勉強と性格だけだ。響也は綺麗な切れ長な目に鼻筋が通っていて潤いのある唇。いわゆるイケメンだ。その上、背が高く体型は少し細めで足が長い、少し細めな体型の割には筋肉質だ。運動もそれなりに出来るし、和太鼓も1年の中で上位に入るだろう。欠点はないようにみえるが、問題なのは彼の性格だ。謙虚という言葉が1番似合わない男だ。俺はいつも彼の言いなりになってしまう。彼はおはようの挨拶と一緒に腹を殴って来たりするような男だ。俺は彼のことがとても怖いし嫌いだ。

 

 キャロラインと響也に体型のことについて言われ内心傷ついていたが、他の人に心配をかけたくなかったので平気なフリをした。それが周りからの特に女子からの好評価に繋がるようにと願って。


 1年生1学期中間考査がやってきた。もうそんな時期か。意外とあっという間だった。

 いつもヘラヘラしているキャロラインは、よく勉強ができるらしい。これは風の噂だが、俺は第1希望でこの私立高校に入ったが彼女は第3希望らしい。第1希望と第2希望の学校はインフルエンザで実力が出せずに不合格。しかも彼女の受けた第1希望の学校はなんと地元で有名な進学校だ。あの幼稚な見た目や態度からして勉強ができるとは到底思えない。でも彼女には負けたくない。

 言い忘れたがテスト週間中は部活はない。和太鼓が叩けないことは少し悲しかったが、あいつらと会わなくていいのはなんとなく気が楽な気がした。

 俺は一生懸命机と向き合った。俺は勉強が出来るわけではない。特に数学が苦手だ。せめて赤点をとらないように、あわよくばキャロラインより良い点数を取りたかった。


 テストが終わり部活が再開した。また、響也とキャロラインに侮辱される日々が始まる。

 そもそも俺は疑問だ。なぜ響也とキャロラインはとても仲が良いのか。俺からして恐怖のふたりが仲が良いというのは恐ろしくてたまらない。このままキャロラインと響也に3年間も侮辱され続ける日々を想像しただけでもゾッとする。

 部活の休憩中、キャロラインはリュックからプリントと筆箱を取り出し一生懸命何かを書いている。何をしているのか気になってこっそり覗いてみると中間考査の提出物だった。これは彼女の弱みだと思い、いつものやり返しのつもりで

「それ今日までに提出しなければいけないプリントじゃん。まだ終わってないの?」

と少し上から目線で言ってみた。彼女の顔が一瞬にして無表情となった。俺は言わなければよかったと後悔した。どんな酷い言葉を彼女が返してくるのかが怖くて、俺は人との会話で初めて時が止まる感覚を覚えた。すると、

「なにー?川上のくせに生意気なんだよ!笑」

と言われた。たったそれだけ。思ったよりも軽い返事。しかも笑顔だった。俺は安心とともに額から汗が流れ落ちた。彼女はそこまで根の悪い奴ではなかった。俺はどうやら彼女のことを少し勘違いしていたみたい。全然響也と同じではなかった。響也に上からな態度をとると響也は必ず殴ってくる。だが、彼女はそんなことなかった。考えていたことと違うことが起きる。人と関わるのって面白いのかもしれない。


 俺は勇気を出してキャロラインに、

「俺お前のこと怖いと思ってたわ笑」

と笑い話風に変えて告白してみた。二人きりだと流石に怖いので何人か人がいる前で。

 意外な答えが返ってきた。

「えっ!うちのことが怖い?ウケるー。うちのこと怖いなんて人初めて見た!うち全然怖くないよー笑笑」

と言って大笑い。彼女の笑い声は甲高く耳の奥にまで響く。まるで魔女のようで、傲慢でわがままで自己中心的な彼女によく合っている。でも、以前よく感じていた怖さは感じなかった。


 どうでもいい話だが、キャロラインは、イケメンには目がない。いわゆる面食いだ。だからだろうか俺の容姿を侮辱してくる。好みではない男性を見ると彼女はすかさず

「あの人かっこよくなーい。川上みたい。」

 必ず彼女はそう言う。この台詞も耳にタコができるくらい聞いた。

 そして響也は、

「俺、身長171cmで55kg。俺太りたいけど胃下垂だから太れないんだよね」

と。こっちもタコだ

「俺、ダイエットなんてした事人生で1度もないわ」

 口を開けば痩せてる自慢。いいかげん嫌気がさしてきた。


 中間考査のテストが返却され順位がでた。俺はキャロラインより良い点数を取れたと思っていた。しかし、結果は全敗。唯一勝てたのは彼女の苦手教科の国語ぐらい。俺は何も言えなかった。俺もかなり勉強していたはずなのに。かなり屈辱的だった。



 テスト勉強から開放感からみんないつも以上によく喋る。俺もやっとみんなと普通に話せるようになりキャロラインや響也のことはまだ上手くいかないが、まぁまぁ順風満帆な高校生活が送れていた。俺は恋愛的な青春を送りたかったのにいつの間にか波乱万丈な学園ドラマに変わっている。これからはまだ話したことの無い女子とも話していきたいがキャロラインと響也に言われた"脂肪の塊"や"太ってるとかウケる"という言葉が頭を過る。

 ―正直、彼や彼女が言った言葉はみんな思ってることであろう。みんな口に出さないだけで。―

 そう思うと彼や彼女が言ってくれたことはありがたいのかもしれない。そう思うと2人につけられた傷が多少は癒えた気がした。それと同時に真っ向から言い返せない自分に呆れ、心苦しくなった。

 俺は決意した。


 絶対に痩せてやる。


 そして響也を見返し、リア充になる。あいつに痩せてる自慢なんてもうさせない。




 俺はその勢いでダイエットに打ち込んだ。



《ダイエット日記》

 まず最初に川上 誠都式ダイエットをご紹介致します。


 ・腹筋、腕立て、背筋、スクワットこれらを50回ずつ×4セット

 ・ランニング 10分間

 ・間食禁止


 高校入学前の春休みなんかと比べ物にならないくらい厳しいダイエットをすることにした。食事制限をすれば痩せる。それでも俺がわざわざ筋トレをする理由は響也よりも筋肉をつけるためだ。そして見た目も和太鼓の技術も向上して響也を見返す。これが第1目標だ。


 〜1週間後〜

 流石に50×4セットはキツかった。だからまずは25×8にした。どれだけ辛くても合計の数を減らすようなことはしない。ましてやサボるなんてこともしない。この時点でもう俺の体は悲鳴をあげていた。

 2kgの減量に成功した。これだけ頑張ってもたったの2kg。嫌気がさしてきた。

 でもここでやめたらなんのために辛い思いをしてきたのかわからない。絶対諦めない。そう改めて誓った。


 〜半月後〜

 半月やっていてもやはりまだ軽々とできる訳では無い。始めてから2週間くらいは毎日のように腕や腹にギシギシと強烈?な筋肉痛が襲いかかった。俺は立つこともやっとだった。どんなに肉が裂けそうな痛みでも決して筋トレをサボったりすることなんてなかった。俺はどんな時でも響也の痩せてる自慢を思い出し、負けたくない。その一心で痛みで騒いでる自分の身体と戦った。


 〜1ヶ月後〜

 足のあたりを触ってみると少し固くなった気がした。足だけではない腹や二の腕も触ってみるともしかして少し固くなってきたのか…?響也ほどの筋肉はまだないが、天にも昇る心地になった。

 ここからはだいぶ慣れてきたので当初の予定通り50×4セットで頑張ってみることにした。


 〜1ヶ月半後〜

 やはり50×4セットはキツかった。でも諦めたくなかった。その原因は自分で決めたことだから。それと響也。

 響也に聞かれたのだ。

「川上ってどれくらい筋トレやっとるの?」

 俺は答えたら響也に馬鹿にされると思った。

 響也の回数になんて勝てるはずがない。始めた時期からして違う。

 "俺は響也から逃げたくなかった"

 だから胸を張って答えた。

「俺は腹筋、腕立て、背筋、スクワット、25回×8セットやってる」

 案の定、相手は、

「お前少なっ!俺なんて腹筋、腕立て、背筋、スクワット50回×3セットを一日3回やってるけど」

 もはや響也の自慢なんて何とも思わなかった。むしろ自分の今の筋トレ事情を飾ることなく胸を張って言えた自分を誇らしく思ったし、自分にできる最大限の努力はしている自信があるからだ。


 〜2ヶ月後〜

 俺は一応目標体重に達成した。8kgの減量に成功した。それでもまだ肥満気味の記録だ。

 だが痩せただけではない。2ヶ月前では考えられない程の筋肉がついたのだ。部活に行くといろんな女子から褒められたのだ。響也の筋肉の方がすごいのにみんなが響也の筋肉より俺の筋肉を褒める理由は2ヶ月前とのギャップだろう。それでも俺は心が嬉しさで満たされた。努力することの素晴らしさを知った。

 きっとここで響也に自慢しても自慢し返されるだけだ。なので黙っておくことにした。

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