第13話 四分儀座流星群②


 何とかなった。

 なんとかなって、よかった。

 きっとこがらしさんも、俺たちのことを探しになんて、来ないだろう。

 あの人はもう……色んな意味で“終わってる”と思うから。

 精神的にも、肉体的にも“終わってる”。

 他人に依存しすぎていてなおかつ、自分を痛めつけすぎていると思う。

 専門家じゃないから詳しいことは分からないけれど。

 なにはともあれ、終わりが見えてきた。

 ラストバトルは『銀河』のボス。

 会場は全壊している森の奥深くの天文台。

 これまでの追いかけっこを締めるのにお似合いな、シチュエーション。

 正月にすることじゃない、なんてことは置いておく。

 これで、最後なのだから。

 これが、終わりになるのだから。

「……来ましたね」

 彼女はお出迎えをしてくれた。

「少し遅かったんじゃないですか?」

「あー、君の部下にちょっかい出されてね……」

 こてり、と首をかしげる日陰ひかげちゃんは、いつもと同じセーラー服姿だ。

 俺たちの前に立つ彼女はとても落ち着いているように見えた。

「凩さん……ですか?」

「ご名答」

「やっぱり……」

 屑の答えにため息をつく日陰ちゃん。

「不思議な人です。あの人いつも、作戦を無視するんですよね……。誰よりも作戦に食いついてくるのに……」

 不思議な人です、とくり返す。

「まあいいでしょう。大体予測はできていましたし」

 あんたは策士か。

「あなたたちには……もう、死んでもらいたいんです」

 驚くほどの無表情で、日陰ちゃんは告げた。

 屑といい勝負だ、タメ張れそう。

「安心してください、欠員もちゃんと、連れて来ましたから」

 日陰ちゃんが空を見上げる……俺たちもつられて空を見上げると。

「「三日月!?」」

 木にぶら下げられた着物姿の三日月がいた。

 気を失っているのか、だらん、としていて動かない。

 俺たちと別れてすぐ、捕まったのだろうか。

 枯草かれくささんの気遣いがパア。

「あそこにはスピカがいます。だからわたしが指示を出したら、今すぐにでも」

 どしゃり。

 頭の中で、三日月が落ちるイメージ。

 最悪の末路だ。

「だからわたしは、心置きなく、戦えるんです」

「―――そんな」

 それじゃあ単なる虐殺だ。

「あ、ああ、そうでしたね」

 たった今思い出したかのように、日陰ちゃんはプロキオンを見る。

「光源は使わないでくださいね」

 今までの『停止時間』は使えない、か……。

 さて、どうしようか。

 どれだけ体力があったって、攻撃できないんじゃあ意味が無い。

 太刀打ちできない。

 ラストバトルは波乱の予感。

「プロキオン」

<何?月草>

 すぐさま応じるプロキオン。

「ベガは……どこにいるんだ?」

<分からない。近くにいるような気配はあるんだけど……もしかしたら、隠れてる、とか>

「……だといいけど」

 そう願うより他無い。

 実質的に“最強”の座に君臨しているベガ。

 彼女の戦闘能力をもってすれば、あのくらいの高さからでも怪我することなく降りることができそうだ。

 でも、見当たらないものは仕方が無い。

「屑、どうする?」

「どうもできない」

 だよな。

 が、屑が突然、何かを思いついたかのように顔を上げた。

「ポケットのナイフを投げてあの子を殺す」

「ダメに決まってんだろ!?」

 恐ろしい、作戦ともいえない作戦だった。

 期待して損した、聞くんじゃなかった。

「はあ……やっぱり?」

「分かってたなら言うなよ」

 屑は答えなかった。

 くそ、しらばっくれやがって。

「あの子……これから何をする気だと思う?」

「そんな事分からないけど、殺そうとしにくるんじゃないの?最初にそう、宣言してたし」

 確かに。

「……わたしは」

 話し出す日陰ちゃん。

「やりたいことがあります。やらなければならないことがあります。

 ならなければならないことがあります。一杯、いっぱいあります」

 全部何もかもいっぱいです。

 でも別に、不満とかじゃないんですよ?

「でもそろそろ、“正しい”ことを“正しい”ままに、できなくなってきたんですよ。

 いや、最初からできていなかったかな……?」

 正しくないことを正しくさせるための方法。

 それすらみんな正しかったら、そりゃあいいけれど。

 そうは思えない。

「変でも、おかしくても、見ていられないほどでも、無茶でも、馬鹿でも、

 矛盾していても、無謀でも、それでもわたしは」

 それでもわたしは目指すものがある。

 だから、手段が何であれ、どんなものであれ、構わない。

 屑の理論と、どこと無く似ている。

「この世界を正しくさせたいんです。この世界は、正しくないから。

 お兄ちゃんは、正しさを……願っているはずだから」

「お兄ちゃん?」

 日陰ちゃんの兄。

 彼女の口から、初めて出てきたと……思う。

 その人こそが本当の、この一連の“真犯人”、“黒幕”なのだろうか。

 姿を見せたことの無い、その“兄”が。

「ねえ……お二人は、知っていますか?」

 俺の考えなんて知ったこっちゃないのだろう、日陰ちゃんは話を続ける。

 まあ人の考えなんて、そう簡単に読み取れるものでもないし。

「光源には“必殺技”があるんですよ。本当に“殺す”わけじゃないですが。

 総ての光源が“二度とここに来られなくなる”条件がある、最終手段なんです」

 最終手段の必殺技。

 総ての光源が二度とここに来られなくなる。

 そんな話は……聞いたことが無い。

<誰に聞いたの?>

 誰よりも速く。

 質問したのは、自身が光源である、プロキオンだった。

<僕たちは自分からは、口が裂けても、そんなことは言わないよ。その話、一体誰に聞いたの?>

「ベガから」

 しん、と。

 刹那の間だけ静止した。

 考え続けなければならないはずの、俺でさえ。

<ベガさんが!?ベガさんが……話すわけ、無い!!>

 ベガを尊敬し続けるプロキオンの怒り。

「自分から話してくれましたよ?まあ最も、こちらも当初は力の行使に出ましたけれど」

 お互い様、と言うかのように。

 なぜ怒るのかわからないかのように。

 日陰ちゃんは言う。

<ベガさんに……何、を……>

「わたしは何もしていませんよ」

 即答だった。

「ただ――、ニハルに武器を持たせただけです」

 兎座ニハル、枯草さんの光源。

 武器を持つと見境無く、敵味方関係なく攻撃してしまうという……。

「驚きましたよ、あの子落ち着いているし、可愛い子だなあと思っていたら、急変するんですから―――」

 そんな苦労話はどうでもいい。

 じゃあ枯草さんの多少なりの今日の配慮は……“罪滅ぼし”?

「ベガは今、どこに!?」

「どこ、って……さあ、足元にでも転がっていないですか?」

「!?」

 あわてて足元を見る。

 今は何時だろう……時間の感覚は無いが、まだ陽が照りつけていても不思議ではないはずだ。

 なのに光は全然無く、なかなか見つけられない。

<ベガさん!!ベガさん!!>

 見ていて可哀想になるくらいのプロキオン。

 涙を流しながら必死に名を呼び、探している。

「あ!」

 屑の声。

 彼女は、見つかった。

<ベガさん!!>

 飛びつくように駆けて行くプロキオン。

<すま、ない>

 ベガは何よりも先に、謝った。

<すまな、い……わたしが、軟弱だったがために……本当に、すまない>

 全身あざだらけ、出血も多量で苦しそうなのに、ベガは謝意を口にした。

<私が……少しの脅しに、耐えられなかったのがいけないのだ……すまない>

<そんなこと、もう、どうでも!!>

 プロキオンは最後までは言わない。

 彼らの話から推測して、“どうでもいい”ことでは、ないんだろう。

 詳細を知らないし、知ろうとも思わないけれど。

 お世辞でも、絶対に言えないほど、大切だったんだろう。

 “秘密”であり続けることが。

「ああ、見つかりましたか?」

 どうでもよさそうに言う日陰ちゃん。

「どうせ、もうなんですし、言っちゃいましょうか“光源の最後の手段の必殺技”が一体、何なのかを」

 何の感情も無いように、日陰ちゃん言う。

 その姿はまるで。

 対になるように違うはずなのに、スピカにそっくりで。

 どうしてだろう。

「彼らが使えるのは『回想』。過去の世界に、人間を少しだけ戻すんですって」

 泣きもせず、笑いもせず。

 ただ淡々と無表情で続ける。

「つまらない……本当につまらない、世の中ですよね」

 そう思いません?無表情に冷たい笑みを薄く浮かべて、日陰ちゃんは続ける。

「親切心が仇と成り、正直者が馬鹿を見て、真面目が恥を得るんですよ?」

 世の中はつらいことばっかりだ。

「だからって過去に戻ったって、所詮過去は過去じゃないですか。

 ベガは“『回想』は君たちを救う最終手段”みたいなことも言ってましたが」

 過去は所詮、過去。

 そんな過去にすがるのは、所詮堕落した“敗者”なんでしょ?

「わたしは自分のことを“敗者”だと分かっていますし、認めています。でもそれでも」

 助けてもらおうなんて思ってないよ。

 助かろうなんて、思ってないよ?

「それは……偽善です」

 全部みんな総て何もかも!!

 世の中で起きること成ること生まれることは、偽善だ。

 偽善以外の何物でもないよ。

「わたしに構わないでほしい!放っておいてほしい!可哀想な境遇とか、言わないでほしい!」

 だって境遇なんて、望んで手に入れたものじゃないんだよ?

 どうして分からないのかな。

「同情なんて要らない!優しさなんて要らない!わたしは……わたしは、もう」

 どうしたらいいのか、分からなくなってきたよ。

 いっぱいいっぱいだよ。

 何ともならないのに、頑張り続けるのは。

 何も分かりそうも無いのに、頑張り続けるのは。

 辛いよ苦しいよ泣きたいよ。

「でも、始めたことはやりとげなければいけません」

 それがどんな結果になろうとも。

「聞いてくれて有難うございました。殺される準備は、できましたか?」

「殺される準備?」

 反復する屑はにやり、と笑って。

「誰がするか」

 ポケットからナイフを取り出す。

「こっちが何も言わないからって、何やら言っていたけどさあ」

 ユラり、サクサク、と草の上をゆっくり歩き出す屑。

 何を、する気だ?

「自分勝手な奴だな、いや、実際ずいぶんと達者に自分勝手な理論を言っていたけれど、そこら辺、何か思うことがあるわけ?」

「―――え?」

 はじかれたように、日陰ちゃんは屑を見る。

「理解しきれていないわけじゃないだろう?自分の自分勝手な理論に」

「……そうですよ。だからわたしは困っていますし、悩んでいます」

 ハッ、と笑って、屑は立ち止まる。

 日陰ちゃんの位置まで、あと数歩。

 俺もあわてて付いて行く。

「ふうん。で、どうして君は俺たちを、そんなにも殺したがるわけ?」

「殺したいわけじゃ、ないですよ」

 ボソボソと日陰ちゃんは、小さく反論する。

「あなたたちが邪魔してくるから、いけないんですよ」

「あー、またお得意の“自分は悪くない”論?」

 やれやれ。

 あきれたようにあざけるように笑う。

「、死ね」

 ひゅん、と。

 屑の手からナイフが離れる。

「っ、え!?」

 あわてて避ける日陰ちゃん。

「屑!?何してるんだよ!?」

 どうしてナイフを、投げたんだよ?

 三日月が人質に捕らえられて、いるのに。

 屑はつまらなさそうに足をブラブラさせて。

「月草、頼みがあるんだけどさ」

「は?何だよ、このタイミングで……」

 つーかつまらなさそうにすんな。

 俺に近づいてきて、耳元で小さく要件を告げる。

「……、な」

 そんなこと、俺にしろと?

「頼んだからな」

 屑は言うだけ言うと背を向けて、日陰ちゃんと対峙する。

「あなたは、あの人が……大切な人が死んでも、いいんですか?」

 彼女の声は震えていた。

 まるで自分のことのように。

「やっぱりね……よくないよ。いいわけないじゃん、大切な人、だよ?

 どうしてそう思うの?」

「だ、って、わたしに……」

 即答した屑に日陰ちゃんはしどろもどろ答える。

「ねえ、君はさ」

 唐突に彼女の話の終わりを待たずに、割り込む。

「朧月日陰だよね」

「……生まれてきたときから、ずっとわたしは、それ以外の者じゃないですよ」

 よかった、と。

 ここに来てから初めて、屑は優しい笑顔を見せた。

「気付くのが遅くて、ごめんな」

 それは最初から今までの謝罪。

 それでも気付くことができてよかったと思うよ。

 これがゴール。

「え?あなたたちは……何が遅いと言うの?何が間にあうと言うの?」

 もうここまで来たら“終わり”しかないよ。

 寸劇は終演を迎えなければならない。例えどんなに惜しまれても。

 俺の方を見て、うなずく屑。

 俺が……勝手にやってしまっていいのだろうか……でも、やるしかないんだ。

 だってこれ以外に、どうしていいのか分からなかったから。

 こうしてほしい、と頼まれたのだから。

 ここで使わず、どこで使う―――?

「ごめん、みんな―――」

 自分以外のすべての人に。

 2人には聞こえていないであろう小さな声で呟いてから、プロキオンとベガを見る。

「光源たち、お願いだ!!」

 これは恒星の立場を利用しての、この世の光源に対するお願いだ。

 空に向かって叫ぶ。

 木々の合間から垣間見える空は、もう暗く、星が瞬いていた。

 「回想!!」




 10年前。

 彼女はここに、家族で来ていた。

「――――、ここは……」

「君の望んだ過去の世界だよ」

 ぱ、と日陰ちゃんは振り返る。

 俺が『回想』を発動させると、あたりはまばゆい光に包まれて……気が付くと、何も代わらない森の中に立っていた。

 配置だけは変わらない。

 まだ天文台が使用されていることから、壊れていないことから、ここは過去なのだろう、と分かる。

 光源の力は確かに作動した、というわけだ。

 光源の『回想』は、過去の世界に人間たちを誘(いざな)う。

 だから俺たちは彼女の、日陰ちゃんの望んだ過去に来た。

 誰よりも光源を信頼する彼女が、彼らがいなくなってしまうような、つらすぎることを、してしまえるはずがなかった。

 だから彼女は考えて、“誰か”にやらせることにしたのだろう。

 だからこその――気付くのが遅くて、ごめん。

 彼女はそれこそ誰よりも、過去を求めていたのだから。

 過去に囚われていたのだから。

 今まで、ずっと。

「ずっと戻りたかったんだろう?気付くのが遅くて、ごめんな」

 屑が改めて、何も言わない日陰ちゃんに対して言う。

「人が人に話す事柄は、聞いてもらいたいこと……だろう?

 君は“してほしいこと”まあ、願いだな……を、ずっと言っていた」

 違うかな、と独り言のように呟く。

 気付くのが遅すぎた。何度でもくり返してしまうけれど、それに限る。

 もっと速くに気が付くべきだったのだろう。

 気が付けば彼女は、ここまでボロボロにならなかっただろう。

「……いえ、いいんです」

 ぽつり、とこちらも呟くように言う。

「わたしが他人に頼りすぎていただけなんです……嫌っていながら頼って、裏切られたかのように勝手に失望していて」

 頼りすぎ。

「いいよ、頼りすぎでも」

 日陰ちゃんは顔を伏せたまま、悲しそうに笑う。

「……何故ですか?」

「それは日陰ちゃんが、俺たちを頼ってくれたからこそなったことだ」

 信頼してくれて、有難う。

「日陰ちゃんとは、出会ったその日から……だいぶん前から“友達”なんだから」

「月草」

 屑が真面目な顔で俺を見る。

「ちょっと前に俺には『頼りすぎはよくない』とか言ってなかったか?」

「は?そりゃ、日陰ちゃんと屑は違うよ。ベツモノっていうか、別格?」

 何でだよ!?と、屑の激しいツッコミ。

「日陰ちゃんは“後輩”でもあるんだから、な」

 もう自分の過去に浸っている日陰ちゃんの背を見ながら屑に言う。

「先輩は、後輩に厳しくも優しくするべきだろ?」

「そういうものなのかな―――?」

 過去の中で、時間は流れる。

「で、どうしてこんな展開を予想したかのように俺に“『回想』を使ってくれ”なんて屑は言ったんだ?エスパー?」

 やっぱり気になる?と、屑は笑った。

「月草は何もしなかったみたいだけど、俺は彼女について調べてみたんだよ」

「いつ?」

「『銀河』を抜けてから」

 サラリと言う屑。

「そしたらね、月草や三日月が言ってた“旧天文台で大激怒された”意味が分かったんだ」

 ほら、と屑は“過去”を指さす。

「これは彼女の、家族との最後の“過去”だよ」

 言い終えるとほぼ同時に、天文台からたくさんの人が出てきて、逃げ惑う。

 だがその中に日陰ちゃんの姿は無かった。

「隕石だってさ。ちょうどこの日に、ここに落ちたらしいよ」

 すぐに俺の肉眼でも、隕石は確認できた。

 と……幼い黒髪の兄妹きょうだいが天文台から出てきた。

 兄らしき小学生くらいの少年が、妹らしき少女をおんぶしている。

「彼女だ。あのおんぶしている方が“お兄ちゃん”かな」

 二人は一瞬天文台を振り返り戻ろうと試みて。

 そして彼らは目の前の、迫りくる隕石を目撃した。

 もう数秒も残っているのか、と思うほど間近に迫った隕石を見て。

 少年が決意したかのように行動を起こす。

「何もできないよな……」

 だってこれは、過去だから。

 俺たちは見ていることしかできずにいる。

 助けられるなら助けたい、変えてあげられるのなら変えてあげたいけれど。

 それができたら、世の中何も困ることなんて無いよ。

 少年が少女をかばうようにして、なんとか隕石から逃れようと足掻くものの……。

 彼女が光源を信頼していたのは、他に信頼できる人がいなかったからかもしれない。

 ほとんど彼女は、人間不信だったのだから。

 何が原因、ともいえないような理由から。

 彼女はそんな風に陥ってしまったのだから。

「……これが、光源の始まり」

「は?」

 まだ分からないの?とでも言うかのように、屑はあきれたように言う。

「光源はね、彼女が、日陰ちゃんが創りだしたんだよ」

「え?」

「推測だけどね。そうだとしたら、説明しやすくなるんだよ。つじつまも合わせやすくなるし、な」

 光源がなぜ『回想』なんて必殺技ができるのか。

「この“過去”は8月21日……彼女の誕生日らしいよ。乙女座は8月生まれの人が多かったと、勝手に思っているんだけど、本当にそうかな?」

「まあ、大体そうなんじゃないのか?」

 ちなみに俺は双子座だし、そういう系にはあまり興味は無い。

 てか、女子がそういうの好きなこと多いよな、誕生日石、とか?

「彼女は乙女座なんだよ。そして彼女の両親は、天体が好きだったらしい。

 お父さんが天文の先生で、お母さんが天文台で働いていたらしい、からね」

 だからスピカ。

 乙女座で一番目立つ星。ポピュラーな星。

「でも……光源はこの辺りにだけ出現しているわけじゃないんだぜ?世界規模だ。

 それを全部、日陰ちゃんが、スピカがやったって、言うのか?」

「いや、それは隕石の力だと考えるのが、妥当じゃないかな」

 日陰ちゃんはあくまでも普通の子。

 アブノーマルな元凶は……隕石の方じゃないか?

「考えてもみろよ、隕石って普通は落ちないだろ?」

「何言ってるんだよ屑、ここ数年は年に5,6個は落ちてきてるだろ?」

 だからさあ、と屑は疲れたように言う。

 “普通”、これが価値観の違い、というものだろうか?

「異常なんだよ」

 簡潔に言ってまとめに入る屑。

「今も隕石が落ち続けている、だから光源も増え続ける」

「じゃあこいつら、みんな……」

 その結論というか、推測はきっと正しいのだろう。

 でも俺は思ってしまう。しまわざるをえない。

「こいつらみんな、“隕石だ”って言いたいのか!?」

 はあ、とため息をつく屑の顔には、“ぶん殴っていいか?”とでかでかと書いてあった。

 明瞭過ぎるくらいに分かりやすい。

 ブンブンと激しく、さながらロック(俺はよく知らない)のように首を振って、否定。

「まあ、もう……それでいいよ、大体はあっているんだし」

 諦められたように言われた。

 むう、めげないぞ、俺は。

「彼女は、両親と兄に、会いたいと願った。

 けれど彼女は、それは叶うはずのないことだと、すでに分かっていた……」

 だからこその、この“必殺技”なのだろう。

 隕石の力と、彼女の心がリンクした。

「今でこそ光源も増えたけれど、始まりは彼女の願い、だと俺は思うよ。

 だから彼女の願いが叶うのならば、光源だって」

 願いが叶えば、彼らは必要なくなるから。

 今は光源自体に“自我”が生まれてしまっているせいで面倒だけれど。

 それでも、もう願いは叶ったから。

「それでも、あの子の願いが始まりなんだからさ」

 だから、光源の存在が消えたって、仕方ないだろう?

「そう……、だな……」

 別れたくなんて無いけれど。

 心の底では、これ以外の方法があるのではないか、と望んでしまうけれど。

 なるほど、その話を聞くと……仕方がない気がしてくる。

 というか実際、仕方が無いのだろうな。

「なあんだ、じゃあ光源は“星の精霊”じゃないんだなー」

「彼女のイメージが“星の精霊”で、こうなった可能性は高いけどなー」

 だからこうなった、と。

 この“過去”の日、ギリギリでも生き残った彼女は。

 この後、新聞記者に取材をされることになる。

 そしてそこで初めて、“光源”という未知のモノが世に知れる。

 彼女の“創造”が世界中に広まるのも、情報社会の現代ではむしろ当然のこと。

 だから疑似体験のように、光源が増えた。

「もうひとつ、聞いていいか?」

「何だ?」

 俺の質問タイムは続く。

 日陰ちゃんはまだ、過去に浸っている。

 もう天文台は全壊し、ほとんど何もないくらいに――真っ黒なのに。

「どうして日陰ちゃんと話していた時に、ナイフをなげたんだ?」

 露骨にいやそうな顔をする屑。

 どうしてだよ!?

「彼女はさあ、極論をふっかけまくっていただろう?」

 そこまで言わない気が強いようでもなく、面倒くさそうにでも話し出す。

「矛盾しまくりの勝手な論理を言っていた。さっきも言ったけど、あれは彼女が

 “聞いてほしいこと”だっただろ?殺す殺す、と言っておいて」

 結局あの子は殺したくなんてないし、死にたくも無いんだよ、とぶっきらぼうに続ける。

 分かりきっているように。

 もう人の醜態を説明するのはゴメンだと、言うかのように。

「だから口先だけの、机上の空論。

 だって最初から、彼女の願いは一つだけであとはどうでも良かったのだから」

 彼女はただ震えていただけで。

 その他の事なんて、適当でよかったんだ。

 だからこその“中途半端な正しさ”が生まれた。

「だからってわけではないけれど、一度さ、死の直前を思い出させてやりたくて」

 言葉の重み、言霊。

 彼女の前では、それはあまりに強すぎた。

 強すぎて、有能すぎたから……中途半端に強かった。

「そっか、最後に聞いていい?」

「……さっき自分で“最後に一つだけ”とか何とか言わなかったか?」

 知らない、知らない、僕は何も知らない。

「ナイフ投げた後、どうしてあんなにも、つまらなさそうにしたんだ?」

「つまらなさそうにした?俺がいつそんなことをした、って言うんだよ」

 しらばっくれんな!だって暇そうに足をブラブラさせていた。

 どう見たって、手持ち無沙汰で暇な奴、つまりはつまらなさそうにしてる奴。

「別に……つまらなかったわけじゃないんだぜ?

 ていうか、そんなことしていいような雰囲気じゃないだろ、アレは」

 一応シリアスシーンだからね。

 ほら、と。

 屑は足元から、小さな“石”を拾い上げた。

 それはきっと、今の、“過去”に飛び散った隕石のカケラ。

「始まりの隕石。スピカの生まれた、光源の生まれた隕石」

 どのように光源が生まれて、始まったのかは分からない。

 でも、すべてはここから始まったんだ。

 こんな、小さな、穴ばかり開いている石から。

「あるかな、と思ってさ、ずっと探してたんだ」

 だから歩き回ったり、俯いたりしていた。

 話しながらやることじゃねえ。

「何で?」

「スピカをさ、光源を、還そう……と思ってさ」

 彼らの居場所はここじゃないから。

 だからせめて、元いた場所の近くに、還したくて。

 だから集めていたんだ、と屑は笑った。

「有難うな、屑。俺はお前に助けられてばっかりだ」

「そうかな?俺の方が助けられてばっかだよ」

 俺たちは顔を見合わせて、笑った。

「さ、て……そろそろ、帰るか?」

 どこか遠くを見るように、大きく背筋を伸ばしながら答える屑。

「ああ、そうだな。帰ろう」

 日陰ちゃんも、屑も三日月も、みんな一緒に。

 帰ろう。俺たちの日常に。


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