第11話 小熊座β流星群②


 枯草さんの状況説明はきっと、正しいのだろう。

 正しいんだろうけどさ、つっこみたくて仕方ない。

「殺人鬼!?プロってそっち系のプロ!?」

 まあ確かにプロだよな、殺人の。

 てか普通、殺人なんて穏やかじゃないことをプロ級まで鍛えようとしないから。

 こがらしさん、くずをどうしたいんだよ!?

 そんなんだから学校で殺人事件を起こすような子になっちゃったんだよ!!

 言いたいことは山々だけど。

「ん?あれ、やっぱり聞くのやめとく?……ここまで来てなんだけど」

「聞くよ!ここまで来たら……そうじゃなくとも、屑のことを知りたいもん!

 何があったか、本当は何を思ったかも知りたいけど、それは高望みだから。

 だけど、彼について知ることが出来るなら知りたいの!どんなことでも」

「どんなことでも?」

 反復する枯草さん。

「じゃあ、続けるよ。月草つきくさくんも、いい?」

「はい」

「私も殺人鬼になんてあったことが無いし、会ってみたかったから、凩さんたちと同行させてもらったんだ……」

 枯草さん、何気にアクティブだった。

 さて、ここから再び回想シーン。



『本当に付いて来るの?』

『駄目なんですか?私、凩さんがどうして殺人鬼と接点を持っているのか不思議なんです。

 まあ、そんなことは置いといて、殺人鬼になんて会ったこと無いから、会いたいし。

 出来たばかりの歳の近い後輩がどうなるのかも、知りたいですし』

『後輩、ねえ……』

 疑わしそうに私を見る凩さん。

 私からしたら、凩さんの方が色々危ないし、疑わしい。

 普通、大人が子ども《日陰ちゃん》にあそこまで心酔しないし。

 変な人は、怪しい人。

『そういう考え方でいけば、歳こそ離れているけれど、私たちも先輩後輩の関係が成り立ってるんじゃないの?』

『歳が離れすぎて親近感沸きません。私、生意気な後輩キャラですから』

『そんなキャラ確立しなくてもいいのにー』

 確かにその通りかもしれないけれど、気にしない。

 怪しい人に愛想なんて売ってられるか。

 私たちは、終無クリカエシ最大にして唯一、という謳(うた)い文句のある森・視触ししょくの森へ向かっていた。

 そこで殺人鬼さんと待ち合わせをしたらしい。

『でも、ちゃんと来てくれるかどうか、正直分からないの』

 もう戻るのには面倒な距離まで来た時に、凩さんはそう白状した。

『え!?知り合いじゃないの!?』

『昔、ここで会ってね……銀河に勧誘したんだけど、断った子で。

 まあ、恒星でもないし、仕方ないかな、って話だったんだけどね』

 ごにょごにょと言い訳をする。

『その子ね……“人を傷つけることなんて、したくない”って言ったんだ』

『殺人鬼なのに?』

『……ううん、違うの。正しくは、“体に刻み込まれた殺人技術を持つ者”だから』

『“体に刻み込まれた殺人技術を持つ者”?』

 話している最中も歩調を緩めない凩さん。

 私と屑くんも、後に続く。

『大分前だよ……私はここの近くの病院で、働いていた。

 日陰様にもそこで出会って……“銀河”は始まった』

『それはもういいよ。凩さんの過去バナはどうでもいい。

 その、“体に刻まれた……ああ、もう長いっ!その人は何でそんな技術を?』

『そういう素質を持った子達が集められて、戦うゲームがあったのよ。

 それに偶然、立ち会っただけ。あの子は……そのゲームに参加するまで知らなかったの』

 聞かなくても分かる。

 殺人技術が体に刻み込まれてる、なんて。

 日常生活でそう簡単に判明するはずがないから。

『まあ、あのゲームはもう終わったからいいわ』

 自分で言い出したくせにうやむやにする凩さん。

 言いたくないなら話題に出さないで欲しい。

『ああ、技術を持つ、その子ね……あの殺人鬼の、生まれ変わりなんだって』

『殺人鬼の、生まれ変わり?』

『知識だけ、なんだって言ってたよ。人格や一部の記憶は受け継いでないけど。

 時々ふっ、と記憶がよみがえるかのように、思い出すらしいけど』

『それって面倒ですね』

 自分のものじゃない記憶がよみがえる。

 生まれ変わり、転生、前世。

『その、殺人鬼の名前とか、分かったりするんですか?』

 うん、と凩さんはなんでもない風に応えた。

『知ってるかな?……天坂留あまざかる灯奈ひなちゃん、っていうんだけど』

 天坂留灯奈といえば、あの『13日の金曜日』でおなじみ、ジェイソンさんに次ぐ

くらい、日本では有名な殺人者だ。

 なんで日本限定かというと、彼女は国外に出なかったから。

 そう、彼女は報道などでは“殺人鬼”ではなく、“殺人者”として扱われていた。

 捕まりそうで捕まらない、数十年前の罪人。

『死んでたんですか……あの人』

『うん、死んでたらしいねー。確かに死んだことは報道されてないけど、

 ここ数十年何の音沙汰も無いんだもん、警察も死んだと思ってると思うし、

 世間一般には過去の人、って認識だと思うけど』

『そうですけど……あの、『四方よも刺傷ししょう』『天から降るあかり』と恐れられ、画鋲がびょうで人を刺殺させる大犯罪者ですよ?』

『そういえば彼女、《私が殺した人の数は、永遠に100人だ》とか言ってたらしいよ。

 今となっては、数少ない遭遇者からの話だけど』

『……それってあんまり、信憑性なくない?』

 痛いところをつっこんでしまったのか、凩さんは私の問いに答えずに目をそらす。

『ほ、ほらっ、ここだよ、“視触の森”』

 どこにでもありそうな普通に普通で普通の森が、そこには広がっていた。

『どうして“視触の森”っていうか、知ってる?』

 気まずい空気を察したのか、話を振る凩さん。

『知りません』

『…………』

 さっきから私と凩さんが話してばかりで、屑くんは黙って後から付いてくるだけだ。

 話に参加すればいいのに。

『この森の中で悪いことをすると、この土地に住む神様が怒って、悪さをした人の、

 大切な人に天罰を下すから、なんだって。“視”られて、大切な人に“触”られる

 から、って』

『大切な人ですか……エグいですね』

 自分自身に罪が来ない所がえげつない。

 他人に被害が出るなんて、嫌過ぎるよ。

『まあ、今となっては森に人が寄らないようにするための噂、って言われてるけど。

 大丈夫大丈夫、悪いことをしなきゃいいんだから』

 この人にとって年下の子供に殺人技術を施そうとさせることは、悪いことじゃないらしい。

 普通は普通に悪いこと、の分類に入ると思うけど。

 まあ、私も口出しできる立場じゃないからね。

『あれ、誰かいる……もしかして速めに来てくれたのかな?』

 プラス思考の凩さんの後に続く、私たち。

 森に入って少し奥に行った所……神社のような、建物の前にその人がいた。

『遅いよ、先生』

『ごめんね。でも、来てくれるとは思わなかったから、足取りが重くって』

『そりゃ……私だって教えたくないけど……』

 先生には借りがあるから。

 格好よくそう言い切る彼女は、高校生成りたての初々しい感じ。

 屑くんと同じ、高校1年生くらいの女の子だった。

 私からしてみれば、この子も年下なんだけどな。

 世の中、幼い子ほどスゴイ才能を持って、発揮してるなあ……。

 早くも未来に不安を覚えてしまった、ってなぜ老いてる感じに!?

 私だって、まだ、高校3年生だもん!未来は明るいよ、多分!!

『やっぱ借りは作っとくものだな♪有難う。

 えっとね……この子が、私の話した殺人技術を教えてあげて欲しい子』

『……ども』

 頭をぺこん、と下げる屑くん。

『ふーん、そうですか。私のことは……本名は一応プライバシーなんで、

 そうだねえ“先生”とでも呼んで』

『せんせい?』

『だって、君にこれからモノを教える人だよ?教師おしえるひと……先生じゃん?』

 なるほど、本名は確かにプライバシーだ。

『あれ、そこの可愛らしいおねーさんは?』

『ああ、枯草かれくさちゃんのこと?この子はただの見学だよ。

 見学なんて、いない方がいい?』

『いない方が嬉しいな。先生がどうしても、って言うなら仕方ないけれど』

『……見学したい?』

『いいです、案外いい人そうで安心しました』

『そう、じゃあそういうことだから。よろしく頼むわね』

『はい』

 あっさりと2人きりにしてしまったが、大丈夫だろうか?

 気になるけど、あそこで引き下がるほどには子供じゃないつもりだ。

 空気読めてる、つもりだから。

 だから私は屑くんと“先生”ちゃんを残して、凩さんと山を降りた。



「以上で、私の知ってることは終わり。修行パートはつまらないだろうと

 思ったから見学も止めたんだけど……だってそうじゃない?大抵の漫画などにおいて、

 修行シーンほどイラつく、ムカつく必要ないシーンって無いよね」

 枯草さん、漫画に対しての意見が辛口だった。

 漫画が嫌いなのかもしれない。

「……それ以降は、知らないと」

「うん、知らない。知ってたとしたら逆にスゴイよ。私の見たり聞いたり会話した記憶は、屑くんに関してはこれだけ、だからね。夢遊病とかそういう危険性が露見しちゃうよ……露見したほうがいいのかもしれないなあ、夢遊病は」

 勝手に楽しそうに話す枯草さん。

 平等主義者とかなんとか言ってたけど。

 この人も何にも知らないんじゃ意味無いじゃん!

 ここの枯草さんとの長いシーンこそ必要なかったじゃん!

 言ったって仕方ないから言わないけどね。

「そんなことを伝えてくださるために。わざわざこんな所まで出向いてもらっちゃって本当に申し訳ないですすみませんねえわざわざ私たちなんかのために」

 完全に怒ってる三日月。

 久々の発言なのに、怖過ぎる。まあ、分からんでもないけど。

「あ、ちゃんとこれ以外にも用あるんだ!忘れてた!」

「何を忘れてたんですか?」

 低すぎて絶対零度レベルまで落ちていると思われる、三日月の声。

 枯草さんもそうだけど、三日月もどこまでキャラを壊す気だ。

「ちょこっと以上前に会ったときに、『恒星チェッカー』渡したじゃん?」

 あれ、返してよ。右手を出された。

 そうだった、俺の方こそ忘れていた。

「あ……ちょっと待ってください、確かカバンの中にあったはずなんで……」

 なんでカバンの中に入れてるんだ、とか。

 そういうのは言わないで。

「すみません」

「あー、まあいいよー?私が悪いんだし。でもなー……はあ、壊れてる」

「壊れてる?」

 反復しちゃった。

「壊したんじゃないのー、月草ww」

「“w”とか付けんな!」

 でも、俺が壊したのか!?まさか、いやその、すみません!!

「うん、じゃあ返してもらったからっ!じゃーねーっ!」

 跳ねるように駆けて去って行く枯草さん。

 彼女は、登場も撤収も唐突だった。


 色々どーでもよくダラダラとやってしまった生で予想以上のタイムロスだった。

 いや、暇だったしいいんだけど。

「今何時?」

「16時」

 もうそんなに!?枯草さんの話がどれだけ長かったのか、分かってもらえただろう。

 あれでも、あの長さでも、結構バッサリとカットしたんです。

 でも一応“視触ししょくの森”の話だったし、要るかなと思って。

 さてさて、屑との約束の時間は11時である。

 まだ残念なことに6時間ほど余っている。

 大体あいつは、夜の11時になんか怪しい森で何する気なんだか。

 いや、決着ケリつけるって言ってたし、バトるんだ、と容易に考えられるけど戦いとか嫌だな。

「おなか減ったし、帰ろうよ」

「そうだな、じゃあまた、食べてから会おうぜ。10時くらいに家に行くからさ」

「おー、さんくー月草」

 くくく、と心底うれしそうに笑って三日月は俺の頭をぽふぽふたたく。

 俺を犬のように扱うんじゃない。

「じゃーな」

「うん、ばいばいー。ちゃんと来てよー」

 ひとまず解散である。

 ……なんだか遠い昔のような気がするが、大量の死体を、今朝、見ちゃったわけである。

「三日月、家に送っていった方がよかったかな?」

<当然だよ!なんで女の子を送ってかないかなあ、男としてどーよ?>

 突如なのに辛口意見のプロキオン。

「びっくりしたー……なんだプロキオン、聞いてたのか」

<ちっさい声で呟いてたじゃん!ちゃんと「」《かぎかっこ》の中で言ってたじゃん!>

「プロキオン、当初の下手な敬語使うキャラはどこ行った」

<キャラなんて知らないね!>

 どいつもこいつも、みんなひねくれ者だった。

 まあ、成長だと思えば突然のキャラ変更も、無くは無い……て、いやそれこそ無い!

 どうしてみんなキャラを変えるんだ。

<ところで月草、枯草さんに渡した『恒星チェッカー』だけどさ>

「うん、それがどうかした?」

<あれって、ちゃんと恒星に反応するのかな?>

 い、言われてみれば……。

 日陰ちゃんと会ったり、っていうかそもそも三日月とは毎日のように会ってるのに。

 反応してるような所……見たこと、ないかも。

 いや、あの機械の存在を忘れていたことを差し置いても、反応が無さすぎだ。

<最初から完成なんてしてなかったんじゃないか、ってボクは思うんだ>

「何でだ?」

<試されたんじゃ、ないかって。月草が、目の前のことに、突然出てきた

 文明の利器スペシャルアイテムを使うか、否かを>

「なんでそんなことするんだよ?相手は銀河だぜ?」

<知らないよ、単なる推測だから。そう考えたほうが、理屈っぽくない?>

「理屈かよ!?」

 プロキオンは、やっぱり世間ズレしていた。

 そもそも光源だし、世間とか一般常識とか言ったって仕方ないのかもしれないけど。

「お前、人の呼び方変わったな……」

<月草が呼んでる呼び方のほうが、聞きなれてるし言いやすい気がしたからね>

 まあそんなで時間は過ぎて。

 駄弁れば得駄弁った分以上(感覚的な話)に時間が過ぎる。

 何があっても人間、へこたれないような気がした。……どんな気だ?

「さーて、屑からのお誘いの天体観測に行くかー」

<そんな小洒落たイベントだっけ、これ?>

「お前もイベントとか言うなよ……」

 そういえば“文明の利器スペシャルアイテム”といい、ゲーム用語っぽい。

 ゲーム用語をよく知らないから、ちゃんとつっこめないけど。

「さ、行くか」

<やっぱりそのパーカー着ていくんだね>

 プロキオンは俺に聞こえるぎりぎりの小さな声で言った。

 俺に対する嫌味だろうか?

<やっぱり、屑がいるから?それとも、天体観測だから?>

「決まってんだろ」

 そんなこと今更聞かれるなんて、予想だにしていなかったから驚いた。

 誰かがいるからとか、どこかに行くからとか、そんな事は正直どうせもいいんだ。

「俺が犬キャラだからだよ」

 自分自身でも思いつつあるのは、病み始めだと考えるべきだろうか?

 まあそんなこんなでin“視触ししょくの森”。

 つい最近聞いた話だけど、悪いことをしたら大切な人に天罰が下るらしい。

 そんなえげつない所に本当は行きたくなんて無いけれど。

 それでも、約束したんだし。

「そういえばさ、月草」

 三日月は無言だったのに、待つ間が暇すぎたからなのか、話し出す。

「隕石が落下した……前一緒に行った、旧天文台も、この森の端にあるよね。

 やっぱりこの森、不吉ないわれがあるからなのかなあ?」

 意味不明に呟いて彼女は続けた。

「気味が……悪いよね」

 それはそんな言葉じゃ足りないくらいの。

 寒々しい……寒すぎるほどの、凍るような悪寒。

「屑はきっと、ちゃんと来る。だけど、なんでだろうね」

 俺に言っているわけでも無いように、答えなど求めていないように三日月は続けた。

「友達、だと、思ってるのにな」

 ベガとの契約があって、忘れちゃうとしても。

 私が思ったことは、私の心が覚えてる。

「今だって、過去むかしだって、未来これからだって……私はずっと友達だよ?」

 なのにどうして、こうなるの?

 なのにどうして、こうするの?

 こんなまでして、あんなまでして、一体、屑はどうなりたいの?

「そんな事、俺には分かんないよ」

 屑の代弁じゃないけど、一応俺が屑の肩を持って、話す。

「だけどあいつも、きっと。よく分からないまま過ごしていると思う」

「分からないままに?」

「分からなくても、問いを考えて、答えを考えて、誰にも言えずに困ってる。

 答えが出ずに、問いすらあやふやで、困ってる」

 そして何よりもあいつは。

 助けが無くて、一人ぼっちで、困ってる。

 たとえそれが自ら望んで作り上げたモノであっても。

 友達だもん、なんとかしたいよ。

「困ってるなら、一緒に悩みたいよ」

 これが“俺を頼って”の事なのかと聞かれたら、違うと思うけれど。


「あれ?俺ってあんまりルーズな奴だと思ってないし、5分前行動を常に意識するような超が付くほどマジメな奴なんだけど、早いな、月草、三日月」

 来てくれないかと思った、と。

 屑は小さく微笑んだ。

「屑……どうして屑は、今日、あんな場所で」

 あんな風に、立っていたんだ?

 屑が以前の屑と同じ物腰で話したから。

 そうじゃなくともそうなんだけど、やっぱりこいつは屑なんだ。

「どうして、って。そりゃあ、俺が」

 言わなくても聞かなくても分かりきっていたことを、屑は応えた。

 俺が言わせたんだけど、本人の口から言われるのはつらい。

「クラスメイトなのに」

 三日月が誰に言うわけでもなく(いや、確実に屑に対しての言葉だけど)、呟く。

「クラスメイトねえ。だって俺、話したことも数回しかなかったし。

 あんまり親近感とか、親しみ?あ、一緒かあ?…まあそういうの、沸かなくて」

「でも」

「でも、じゃないって三日月。俺は話し合いをしに来たんじゃないんだって」

 ひるむ三日月。なかなか、好戦的な人になってしまったようだ。

 分かってたけど。

「勝負は簡単。月草と三日月、俺。2対1の勝負だな。2人が勝ったら、俺を」

 どうにでもしていいよ。

「え?」

 まさかの強気な発言、というか、一種投げやり過ぎやしないのか?と疑うほどの交換条件だった。

 どうにでもしていい、とは。

 どうすればいいのだろう?

「あはは、もしかして困ってる?そんな遠慮すんなって。

 俺は犯罪者だぜ?裁くとか、警察に突き出すとか、学校に通わせるとか、色々あるだろ?」

 困り顔が分かりやすく察せられたのか、言ってくれる。

 屑を、友達を、俺たちが裁く?

「そんなこと………」

「もちろん俺の勝利は、2人の死をもって確定とする」

 俺は何も得ないんだ、と屑はシニカルに笑った。

「じゃあ、始めな」

 軽く、ゲーム感覚で言う屑。

「言っとくけど、2人とも恒星だし、光源使ってもノープロブレムだぜ?」

 随分と屑は自信があるようで、笑顔で言う。

「俺だって、使うから」

「「―――――!?」」

 俺も使う?

「使うって―――何、を」

「決まってるだろ、光源だよ」

 当たり前すぎて迷惑そうな顔をして、しれっと言う屑。

「屑、恒星……だったのか」

「あー、言ってなかったっけ?悪ぃ悪ぃ」

 ひらひらと片手を振って、何でも無い事のように。

 どうして、言ってくれなかったんだろう。

 もしかしたらこの、屑の“ちょっとした変化”は。

 光源との―――契約から来るものなんじゃないだろうか?

 プロキオンとの契約・停止時間のおかげで無駄に働く思考。

 いつもはイラつく原因だったんだけど。

 希望的観測だけれど、この考えが、もし正しければ―――。

 そんな風に思ってしまうのは仕方ない、と思ってもいいだろう?

 俺だってまだ、屑と友達でいたいのだから。

「じゃあ私も遠慮無く一気にフルパワー全速力で精一杯!!」

<言っている事の意味が分からないが……まあいいだろう>

 三日月がベガと勝負に出た。

<ベガさん!防御は任せてください!>

<…………>

 プロキオンがベガを気遣って叫ぶ。

 ベガのファン(もどき)のプロキオンは、ヤル気満々である。

<……ああ、頼んだぞ>

 数秒の間の後。

 ベガは、可愛らしい笑顔でうなずいて、そして言った。

<あ…は、……はい!!>

 背筋をぴん、と伸ばして、頑張っているのが見ていて分かるほどに大きな声を無理にでも出す。

 憧れの人に頼られる、っていいな。

 場違いなまでにほほえましいプロキオンに対して、そう思った。

 お遊びはここまでだ、さあ―――。

 本気を、見せ合おうじゃないか?

 そんな宣言をしたわけでもないのに。

 過激に、急速に間合いを詰め、攻防が繰り広げられ始めた。

「ははっ♪相変わらず、万年帰宅部で理系で女子なのに。流石、動きが俊敏だねえ、三日月」

「そっちこそ!ていうか、私は男女の対格差なんて無意味なものだと認識しているから。

 屑は、そうじゃなさそうだけどね」

 軽愚痴をたたきあう2人。

 もうなんか、全然普通じゃないし。

「むしろ超次元的なレベルの戦いじゃねえ……?」

 手元とか、速すぎて動きが捉えきれずに、残像すらも見えないもん。

 これは本当に俺の友達なんだろうか。

 俺自身の人脈(そもそもあんまりいない)が不安になる。

 いや、友達2人が戦ってるのに、何の不安だろう。

<月草はいいの?参加しなくて>

「倒置法でこれ以上わびしい感じを出すなよ。

 俺が参加?むしろ双方の邪魔にしかなることが出来ないと思うんだけど」

<そうかな?もしかしたら、もしかすると、もしかしちゃう、もしかする奇跡が起こって、役に立てるかもしれないよ?>

 仮定がポジティブだった。

 諦めが悪い。そして、めっちゃif使わないで。

「見てる限りだと……互角か?」

<どこをどう見たら互角に見えるの?どう見ても三日月が押されてるじゃん>

「そうかー?」

 全然分からない。

 でも、言われてみればその通り、“プロから教わった”屑と、素人しろうとの三日月。

 差が無い方が、恐ろしいな。

<ひょっとしてだけどさ、月草>

「ん?何だよ」

<今、何も考えて無くなかった……?>

 疑う余地あり、と、きっ、と睨んで言うプロキオン。

「はあ!?俺、プロキオンと契約中だぜ!?『停止時間』があるじゃないかよ!

 俺が何も考えてないって……失礼な奴め!」

<いや、そういう意味じゃなくて……>

 失笑した後に、プロキオンは言った。

<三日月が勝てるような、作戦、とか。考えてなかったでしょ?>

「うっ!?」

 まさかの盲点を突かれた。

 そうじゃん俺、今なら『策士』になれるんだ。

「な、何を言ってるんだよプロキオン。考えてるよ。

 ただな、アレだよ。屑の光源が確定しないから……」

<ああ、そっか。光源と契約したんだったね、屑は。

 屑は何をすることが出来る、どんな光源と契約したんだろうね>

 よし、ごまかせた気がする。

<月草にしてはよく考えてたんだね>

「プロキオン!?…まあ本当のことだから仕方ないけどさ」

 言うようになったなあ。

 要らない進歩だ。

「三日月ぃー、ベガは使わないのかぁー?」

「はぁ?屑に私の光源なんて使う必要はないよ」

 これ、屑が二重の意味になってる、と捉えると三日月が最低な奴だ。

 きっと、掛詞的になってることなんて、気付いてないだろうけど。

「そっかそっかぁー、屑は光源、使わないのかぁー?」

 大きな声を意識的に出しているせいか、緊張感がそがれる。

「俺?俺が光源使うと、最強クラスに突入しそうな予感がしないでもないんだけど」

「しないんだね」

「するんだって」

 言い返したらキレたように言われた。

 むう、冗談の通じない頭の硬い奴め。

「へっ、そっちが使わないなら、俺が使って引き出してやるし!

 俺の光源と2人の光源と、どっちが強いのか、気になるしな」

 変なスイッチを入れてしまったようだった。

 ああ、何て人はもろく、間抜けなんでしょう、みたいな。

 嘘だけどね。

「俺の光源は2人は見たことが無いんだよな。どんなことができるのか、も。

 俺が知ってて2人が知らないのは不平等だし、教えてやるよ」

 枯草さんのようなことを言って…ああ、あの人は結局有益な情報をくれなかったけれど。

「俺の光源の名は、ポラリス。小熊座をつかさどる星のひとつ―――今日極大の流星群と、ぴったりだろ?」

 屑の光源は、茶黒かった。

<ポラリスが、何で、屑に……>

 驚いているのはプロキオン。

 ポラリスもプロキオンも同じくらいの身長で、同じような色で全身を統一している。

 プロキオンは黒。

 そしてポラリスは、小熊座を自らあらわすかのごとく、熊のかぶりものをしていた。

 ファンシーな顔までご丁寧に描いてある。

 口の部分から顔を覗かせているのは、悪趣味だと思わざるを得ないけど。

 最も異色を放つ、最も見たくない、最も持ってちゃ駄目な武器を、彼は装備していた。

 そう、剣―――である。

「随分、洒落たことをするんだね」

 プロキオンを止めて話し出したのは、三日月だった。

「今日は“小熊座Β流星群”の極大の日。小熊座のポラリスに合わせて?

 結構、屑ってロマンチストなんだね――――」

 その間も、両者の戦いは続く。

「ロマンチスト?いやいや、偶然ではないし、狙ったのも事実だけどね。

 けどどーせなら、目立つ感じにしたくってさ」

<俺には時間稼ぎにしか見えなかったけどな―>

 割り込んだのは、ポラリスだった。

<屑、俺との契約は“他者忘却”だぜ?何で効いてねーんだよ?>

「知らないよ、そんな事。ひょっとしたら、ポラリスの力不足なんじゃないの?」

 険悪な雰囲気で話を続ける2人。

 あの、そろそろ三日月と戦うのを、中断したらどうだろう。

 完全に言うタイミングを失いつつあるんだけど……。

<ポラリス!!何でお前が屑の光源なんかに!>

 プロキオンがまた言い出した。

 ひょっとして、とかそんなことなく、プロキオンはポラリスを、知っているのだろう。

<ポラリスは、誰の光源にも――――ならないって、言ったじゃないか!>

<そんな昔のこと、忘れたよ>

 かぶりものと髪で顔がよく見えない、ポラリスは答えた。

<俺は他者を忘却する。いや、誰だって忘却する。俺はちょっと、速いだけ。

 プロキオン、お前は――“それは自己中だ”とか何とか言ったか?>

 自己中、他者忘却。

<誰だって自己中に決まってるだろ?みんな嫌われたくないから

 せいぜい気張って、奇麗ごとをご丁寧に並べてるだけ、なんだろう?>

 ポラリスは皮肉を込めるようにあざ笑った。

 誰だって自己中、なんて。

 奇麗ごとをならべてるだけ、なんて。

「そんなこと、もう、知ってたよ」

 言われなくたって、生まれたときから知ってたよ。

 あざ笑われる前から知ってたよ。

「だから、そんなこと、言うなよ――――」

 言ったってどうにもならないようなことを。

 どうしてわざわざ口に出して再確認、したがるんだろう?

「プロキオン、俺の言いたいこと、分かるか?」

<大体はね>

 永い、といえるほど一緒にいたわけじゃないけど、ある程度はできる以心伝心。

 それは、信頼による証。

「光源による光源への攻撃は通用するのか?」

<もちろん。それによって光源がある基準以上の負荷を負ったとき

 強制的に、契約が破棄され、光源はこの場を去るんだ>

「そっか。有難な、プロキオン」

<こっちこそ>

 さあ、計画は万全だ。

 これできっと、終わるはず。

 総てが、戦いが、過去が……色んなことが、終わったっていいじゃないか。

 ここは終わりの無いところ。

 終わりがきたって、終わらない。

 たとえそれが、必ず終わるものであったとしても。

 どんな形であれ――――なにか、として必ず残る。

「だからもう、終わりにしよう」

 作戦、開始だ。

「三日月!!俺と交代だ!詳しくはプロキオンに聞いてくれ!」

「ええ!?月草、大丈夫なの!?勝算の無い真似はよそうよ!」

 ひどいことを言う友人だ。

 それは心配からくるもので、とても、有難いものなのだけれど。

 今更でごめんな。

 気付くのが遅すぎた、だろうか?

「来いよ月草!」

 悠然と構える屑に、俺は戦いを挑もう。

 屑の前に躍り出て、やっと思い出したことがある。

『居待さんに、待宵さんですか。失礼ですが、名字もそうですけれど、

 似ていらっしゃいますね。永いお付き合いなのですか?』

 日陰ちゃんに言われた言葉。

 そうだ俺たちは、似ていたんだった。

 卑屈なところも、人見知り名ところも、ほぼ全部。

 双子のような驚きのそっくり感。

 類似であって合同じゃないから、似ているだけであって同じじゃない。

 そんな関係で、そんな想いだったのに。

「月草、さっきポラリスも言っただろ?奴はベガが弓になるのと同じように、

 剣になることができる。人の急所を確実にえぐる、えげつない剣に、な」

 それを承知なら、なぜ月草は俺の前に立つ?

「決まってるだろ」

 何回目かになるこの台詞を吐きながら。

 俺は構えず、力まず、微動だにせずに答える。

「俺とお前は似てるんだ。似ているお前の、思考回路くらい」

 読み取れるよ。

 そんな確証の無い思いつきに、屑は、動揺した。

 目に見えて、動揺した。

「――――え?」

 まずはそう言って。

「こんなになっても、俺を、月草は…似ている、というのか?」

「どんな状況でも似るものは似るだろ。そうじゃないのか?」

「似ていて、嫌じゃなかったのか?」

「似ているだけで、瓜二つであっても、まるっきり同じじゃないだろ?

 同じでも、それはそれで面白そうだけどな。嫌なわけ無いだろ?」


 友達、なんだから。


「………なんだぁ」

 安心しように、屑は言った。

「じゃあ俺は、こんなにも無理する必要、なかったな……」

 無理するのさえも、ばれてたなら。

<はあ?ふざけんなよ!1個として確実に在る1つの考えが分かるわけ無いだろ!?>

 切れたのは、そう、ポラリス。

<簡単に言いやがって!簡単に説得されやがって!屑、くず、クズが!!>

 名前の通りだな、と笑う。

<いいよ、俺がお前を消してやるよ>

「……は?」

 屑を消す、なんて。契約しているのに?

<今すぐにでもな!!>

 剣を振りかざすポラリス。

 まさに、これこそが。俺の作戦通り。

「プロキオン、屑を!!」

<分かってるって、いちいち大声で言わないでよ!!>

 プロキオンが使えるのは『停止時間』による時間停止の絶対防御。

 屑にいくらポラリスが剣を向けようがが、屑の“時”が止まっていれば、そんなことは無効化される。

 絶対に届かない、攻撃となるのだから。

<なっ!?何してくれるんだよプロキオン!?>

「いっけええ、三日月ぃ!!」

<私に言葉をかけるべきだろう――――!?>

 ベガさんの弓矢、である。

 光源による光源への攻撃。

 ベガはトップクラスの光源だ。

 そんな光源が、威力を貯めて溜めて、最大級の大技を繰り出したら。

 いくらポラリスでも、一定の基準以上の、負荷を負うはず――!!

<発射っ!>

 届け、俺たちの思い。屑への想い。

 ポラリスにだって色々あるんだろう。

 でもそれでも、そうであったとしても。

「―――――ごめんな」

 結果的に言うと、ポラリスは予想通りに帰っていったようだった。

 屑は恒星ではなくなったんだ。

 俺は去ったポラリスに向けて言葉を発する。

「俺たちにとっては、いや、巻き込んじゃ悪いよな、俺にとっては」

 ポラリス、お前よりも。

「屑のほうが大切だ」

 だからあの時、お前を去らせることにした。


 事情があっただろうけど、ごめんな。



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