第10話 小熊座β流星群①

 師走はまだ続く。12月22日。

 あの『双子座流星群』もとい、俺らが日陰ちゃんにボッコボコにされた日から、8日後。約1週間経過、なんだけど。

「あ、月草つきくさ!おはよーっ」

三日月みかづきかあ、おはよーっ」

 ニヤニヤ、ニヤニヤ。

 もうとにかく、ニヤニヤが止まらない。

 あっと、別に『年下少女にフルボッコされて喜ぶ』とかの特殊な性癖があるわけじゃない。

 大体予想ついちゃうと想うんだけど俺らの消失していた光源が、帰ってきたのである。

 契約とか、色々面倒でやっぱり複雑な部分も多々あるけれどでもやっぱ、戻ってきてくれて単純に嬉しい。

 ニヤニヤが止まらないのも、許してもらえる(はず)。

<ベガさん、最近はどうですか?>

<ああ、久しぶりだからな。契約内容について彼女と話したよ。君は?>

<ぼ、ボクですか!?えっと、ちょっとその、普通に日常会話を楽しんでしまったりしていました……ごめんなさい>

 プロキオンがしょんぼりしている。

<いや、謝る必要などないさ、そうすべきだと、私も想っていたからな。

 ところでプロキオン、君の特徴なのに、会話文中でタメ口を使わなくていいのか?>

<そんなそんな!ベガさんに対してタメ口?恐れ多いですよ!!>

<いや、私は構わないんだがな……>

 久々の光源同士の会話である。

 ちなみに再開から昨晩まで、お泊り会の女子のごとく、毎夜毎夜おしゃべりし続けている俺とプロキオン。

 クマが出来ても、気にしない。楽しいんだから、いいじゃないか!

 ……三日月に話したら、音速で引かれた。

 あれ、これってひどくないかな?旧友にあったときの通常の反応として、どうして処理してもらえないかな!

 そんな悩みさえも、嬉しさでどうでもいいように感じる(ちょっと嘘だけどね)。

「今日は1年の締めくくりの小熊座こぐまざΒ《ベータ》流星群が極大を迎えるんだー、せっかくベガたちが帰ってきてくれたんだし、記念に見に行かない?」

「三日月、死ぬ気!?」

 つい1週間ほど前にあんなことがあったのに、よく行こうと想ったな!

「……あ」

 そうか、ベガがいるから、契約は採用されてるんだった。

 三日月に記憶の定着は難しい。

「で、でもさ三日月!危険だって危険!俺ら日陰ちゃんに殺されるって!

 覚えてないとか、調子いい設定を採用するなよ!あの時はまだベガはいなかっただろ!」

「そうだった……チッ……」

 何この子!今、舌打ちした!

 心が早くも折れそう、っていうかもうすでに何千本と折れてる。俺の高校生になってからの約1年、心が折れっぱなしだ。

 くずはまだ見つからないし。

「いーじゃんいーじゃんー!流れ星にお願いすれば、きっと屑も帰ってくるよ!」

「そうだな!プロキオンたちも帰ってきたしな!……て、そんなわけないだろ!」

 都合よく行くか、なんて言えるわけない。

 そもそもプロキオンたちは、決意の入れなおしだし。そうそう、彼らによれば、『決心が薄れ掛けていた』らしい。

<月草ってば、三日月さんに言われたこと一つ一つを取り入れすぎ!

 ちゃんと、護るって決めたからには護ろうよ!優柔不断だなあ、もう!>

 お前に言われたくないけどな。とか、そんなことを想ったことは鮮明に覚えている。

「プロキオンは……まあいいや。どうせ流されるし」

<何それどういう意味!?>

 そのまんま、場に飲まれる奴、って意味だよ。

 可哀想だから言わないけど。

「ベガ、三日月は行きたいって言ってるけど……どう想う?」

<べつに、いいんじゃないか?何を臆する必要がある>

 この人、行動力ありすぎ!かっこいいよ、ベガさん!

「やった!ベガ、有難うっ。じゃあ、小熊座Β流星群について、説明しちゃうよんっ!耳の穴かっぽじって、よく聞いててね!一回しか言わないから!」

 きゃっほう!と、飛び跳ねながら満面の笑みの三日月。

 幸せでおなかいっぱい、って感じだ。幸せ……そんなひと時は、意識した瞬間から、壊れ始める。

「一年の締めくくりとなる流星群こそが、小熊座Β流星群なのだ。

 例年流星数がすくないけど、ときおり活発化するよ。22時ごろから

 明け方にかけてが、見やすい時間帯なんだー」

 なんかいつもより、少ない説明。

「は?そんなこと言われたって……だって月草、専門的なことを言ったって、わかんないでしょ?」

「その通りです」

「いや、話して欲しいいんなら、早く言ってよう!私、嬉々として話しちゃうよ!

 あのねあのね、母天体は、太陽の回りを約14年周期で公転するタットル彗星(8p/tuttle)で、この母天体からの塵についてダスト・トレイル理論……」

「もういいから!!」

 専門的だなあ、説明が説明に聞こえない。ダスト・トレイル理論、てナンデスカ?

「ふん、まあいーよ。さあさあ、見に行こうね!約束だからね!」

「学校で揉め事が起きなかったらなー」

 そして大抵、その『揉め事』を起こすのは三日月だけど。

 この子はどうやら、“一般的な高校生活”“普通の高校生活”ができないらしい。いや、薄々分かってはいたけれども。

 気にすることはない、気に病むことはない。なんたってまだ、朝なんだよ? Good morningなんだよ?

 結局は流されて三日月と天体観測をすることになるだろうけど。面倒だから、考えることは後回し。今生きてるんだから、今を楽しまなきゃねっ!

 三日月的テンションのあげ方である。

 よい子はまねしないでね。

「で、学校とうちゃーく!」

 いつもは、騒がしい教室の声が廊下まで、階段まで、土間まで響き渡っているというのに。

 なぜか今日は―――静まり返っていた。

「速く来すぎた?……別にそんなこと、ないよねえ」

 時計を確認して首をかしげる三日月。

「またみんなでそろって、馬鹿なことでもやってるんじゃないか?」

 本気でそう言って、教室の扉を開く。

 そこで見たものは――――。


 あたり一面が、真っ赤だった。

 視界に映るすべてが、赤い紅いあかいアカイ……。

 何が起こったか、なんて。何が起きている、なんて。

 考えなくても分かるようだったけれど。

 何も考えられなくて、だから―――。

「あれ?」

 不意に。

 赤い紅い中に立ち尽くす男が、俺たちを見た。

「お前は……」

 気付かなかった。

 完全な赤に飲まれて。

 完全な紅に紛れて。

「お前は、誰だ?」

「あっれえ、覚えてないの?ひっどいなあ、月草。」

 覚えのある声で覚えのある顔で覚えのある姿で。

 分かっているのに、嬉しいのに、会いたかったのに。

 この現場で、誰よりも誰よりも楽しそうに嬉しそうに笑っている、彼を。

 あいつだなんて。

 思えない、想えない、思い出せない。

「俺の名前は、待宵まつよい屑だぜ?あ、三日月もいるじゃん。やっほー」

 無愛想が愛嬌と狂気を振りまいて不謹慎に話し出す。

「久しぶりだねえ、しっかしまあ、やらかしちまったなー。先生の言ったとおりだ。

 うん、“先生”と名のつく人には、やっぱりちゃんと耳を傾けなきゃなあ」

「屑、お前……今まで」

 どうして?どこで何してた?どう思ってた?

 一気に聞きたいことが、ありすぎて思わず口をつぐんでしまう。

「会いたくなってさあ、そろそろ結構、会ってなかったし?

 やっぱり、そういう気まぐれなのが、失敗の根源なのかなー…剣呑、剣呑」

 俺の話をまったく聞かずに、勝手に話している彼。

 言葉の使い方なんて、間違っていようが構わないと言わんばかりの投げやりさで。

 こいつは屑なんかじゃない。こいつはあいつなんかじゃない。

「お前らのせい、なんだぜ?」

 屑は突然、思い出したかのように。俺たちをにらみつけながら、言い放つ。

「俺がここに来たから。お前らに会いたくなったから。

 だから、ここにいた奴らが、死んじゃったんだぜ?あーあ」

 あーあ。

 そんなことを言われても、矛盾しているようで意味不明でこんがらがって。

 一体どうして?屑は誰に、こんなにされた?

「勘違いしてるかも、だから言っとくけどさあ」

 屑は俺の心を読んだかのように話す。

 先ほどまでは、俺のことなど見ていないようだったのに。否、見なければ……話しかけてくるような、あんな話し方はしないか。

「俺は元から、こんな人間だったぜ?勘違いもはなはだしい。俺の聖人説を、力強く提唱してんじゃねーよ」

 からから、と笑って自分勝手な彼は。

 あいつじゃない、彼は。

「俺は変わったんだ、変われたんだ、恐れていたけれど、前に進めたんだ。

 それっていいことだろ?なあ、そんな歌詞の歌があっただろ?」

 歌と同じようになんか、人生いかないに決まってる。

 その歌がどんなだったにせよ、道を外れてしまったからには何の、意味もないのだから。

「はあ、とにかくさあ」

 イラついたように彼は言って真っ赤な中で、足を無造作に動かす。

 ぶらぶらと、暇を持て余すかのように、無意味に。

 ワイパーのように右に左に、小さく動かした後に。

「俺たちの中の、一区切りを一段落を、決着ケリをつけよーぜ?

 もう、潮時だろ?そろそろやっとかないと、なんつーか、アレだし」

 適当に言って。

 地面をふと見て。

「俺は人を殺した。俺は人を殺した。お前らは人を殺した。お前らは人を殺した。……そうだろう?」

「私は、人を殺してなんかいないよ?」

「おかしなことを言うんだな、三日月」

 屑は、いや、彼はすぐさま返した。

「他人のことを傷つけずに生きてこられたのか?

 他人の個性やら感性やらなんやらを殺さずに生きてこられたのか?」

「それは……」

 それはあまりにも、日陰ちゃんと三日月とのやり取りと似ていて。

 自分の言ったことに責任とれよ、と。

 都合よくいけしゃあしゃあと言ってんじゃねーよ、と言われているような、そんな気がした。

 気がしただけなのに。

「お前らは否定するだろうけど、今の俺とお前らは、一緒だぜ?」

 彼の言う一言一言が、重く感じる。

 そうなのかもしれない、と思ってしまう。

 まともになんか考えられない。ていうか、こんな状況で出来るか。

「何の話してたっけ……ああそう、決着ケリつける話」

 にやり、と笑って。

 彼は楽しそうに話し出す。

「今日の夜、来て欲しいところがあるんだ。えーっと、11時くらいにでも。

 知ってるだろ?ここ、終無クリカエシ、最大で唯一の森と呼ばれる場所“視触ししょくの森”だ」

 視触の森はその名の通り、『視られて』『触られる』森だ。

 旧天文台(隕石が落下した天文台)も、あの森にある。

 だから人はあまり近づかない。

 何かがいる、と確信されている森だから。不幸なことが起こる森だから。

「だいじょーぶ、ちゃんと森の所有者の人には話しつけてきたから。

 何やったって文句は言われない」

 にこやかに彼は言って。

「まあ、来なかったら、俺が直接探し出すけどな」

 付け加えて。

 あたりをきょろきょろと物欲しげに散策して。

 ぴょん、と軽く窓のフレームに着地した。

「じゃーな」

 またもや軽い調子で言って彼は、軽く跳んだ。

 窓の外へ。学校の外へ。


 彼が過ぎ去ってからも、当たり前だけれどこんな悲惨な状況が変わるはずが無い。

 血まみれの教室内になんて俺らはこれ以上、いたくなかった。

 クラスメイトだとか言っていたけれど、こうなってしまってはどうしようもない。

 ごめんな、みんな。心の中で呟いて。

 俺らは行き場を失った。

「どうする?……視触の森に、行く?」

「行くよ。……三日月は、どうする?」

「私も行きたい。危険かもしれないとか、そう思ったりしてしまうけれど。それでも、行きたい」

 彼が、屑と名乗ったその人が、危険の対象になるなんて。

 思いたくないけど、思ってしまう。きっと彼は。

 まゆ一つ動かさずに俺たちを殺すことが出来るだろう――――。

 友達だったのに、仲間だったのに。

 時の流れのせいではないだろうという思いが余計につらい。時のせいでもつらいけど。

 どうしてアイツは……ああなった?

「あ、あのさ月草。今思ったんだけど、あの状況……」

 三日月が指さした先にあったのは、教室。

 悲惨な状況の教室。俺らがこの、約1年過ごしてきた教室。

 特に何の思いでもないけど、悲しいような気もする教室だった。

「先生とか警察とかに、知らせた方が、いいのかな?」

「そうだな」

 でも、どうやって?

 屑が殺した証拠は、無い。一応彼は、あそこに立っていただけなのだから。

「教室に入ったらみんな死んでました―――?」

 そんなこと、言えないよ。連続殺人事件、どころじゃない。

 大量虐殺事件だ。

「とりあえ、ず……」

 悩んでいると、チャイムが鳴った。

 先生が教室に来てしまう。

「どうしよう、ねえ月草!」

「とり、あえず……」

 どうしたらいいか、なんて。そんなこと、俺にも分からない!!

「え、ちょっと待っ……月草あ!?」

 三日月の手をとって。

 土間まで、校門まで、家まで、とにかく遠くまで。

 駆け続けた。

 俺はまた、逃げている。

(俺は、つらいことがあったら……逃げるのか?)

 走り続ける中で自問自答していく。

(自分の手に負えなくなったら、逃げ出すのか?)

(結局俺は一生弱虫で、総て投げ出してしまうんじゃないのか?)

(何もやり遂げられないんじゃないか?)

 答えなんて、だせない。自分に対する問いだけがわだかまる。

 みんな俺に――――何をさせたいんだ?

 何を望んでいるんだ?何をして欲しいんだ?

「………っ、クソッ!!」

 堪えきれなくなって叫んで腕を振り解いた。

 三日月が驚いたように、疲れているだろうに気丈に振舞って聞く。

「月草、ここ……一周回って、学校の近くの、あの公園だよ。覚えてる?ここ」

「………あ」

 一番最初に三日月と、屑とで天体観測をしたあの、公園だった。

 まだ午前中で、あの時とは違った顔を見せている。

「あの時は、楽しかったなあ」

 呟く三日月は、どこか遠くを見つめていた。ああ、本当にその通りだよ。

 あの頃に戻れたらいいのに――――。


 不毛で悲しいときを過ごすのは、ちょっと酷だった俺たちは、せっかく過去に思いを巡らせて感傷に浸れそうな、ハードボイルド的な雰囲気をぶっちって。

 結局俺らは公園でぶらぶらしていた。

 学校になんて戻れるわけないし、戻ろうと思えないし。でも、時間をつぶそうかな、という気にはなれたから。

 そこらへん、“普通”の感性とはズレているような気がするけど。

 スルーしよう、ノータッチだよ。

 屑が指定したのは“視触の森”11時、である。暇ありすぎだ。

 こんな真昼間から公園をうろつく高校生とか、不良っぽくない?とか、無意味に思ったりした。

 おいおい自分、今はそんなユルイこと考えていいシチュエーションじゃないんだってば。

「月草あ、ブランコにでも乗る?」

「んー……?」

 色々と衝撃的なことがあったのに、三日月の一言ほどの衝撃は無かったような気がしてきた。

 こんな中でブランコに乗れるほど、俺の神経は太くないよ。

「えー、じゃあさあ、一体ここで何する気?暇だよう!暇、暇、暇!」

「暇、だけを連呼すると呪いみたいだからやめろや」

「別のならいいの?虹、虹、虹!」

 ……なぜに“虹”?レインボー?“暇”と何のつながりもないけれど、三日月はどうしたんだか。

「シーソーってね、see sawで、『見えたり、見えなかったり』って意味なんだってさ!知ってた?」

 それはシーソーに乗ろう、という誘いなのか。知識を披露したかっただけなのか。

「ちなみに日本語だと、『ぎっこんばったん』だよ」

「だっさださ、だな。つーかシーソーって、外来語?」

「は……?バッカじゃねーの……?」

 三日月が不良だと思われても仕方ない感じだった。

 せめて、言い訳できそうなキャラを保ってくれ。

「さあさあ、手始めに砂場でお城創ろうよ!」

「なぜに!?」

 意味不明な行動だけで一日の大半をつぶせるわけもなく、午前11時を過ぎたあたりで、三日月がゴネだした。

「暇だおー月草あ、なんかしようよおー」

「そうだなあ、予習でもやったらどうだ?」

「そっか、じゃあ、月草のすでにやった教科の予習を見せて」

「……は?」

 一瞬、不覚にも俺はフリーズしてしまった。

 今何て言ったコノヤロー?

「私、写すからさ。早く速く。青春の日々は、立ち止まってはくれないんだよ?」

「格好よく良い感じにまとめた風にしてごまかすな!」

 何が青春の日々だ、こんなんが青春でいいのか。

「青春なんて、そんなものじゃないの?」

 不意に背後から、声が掛かった。

枯草かれくささん……」

「そう、枯草さんこと、枯草冬季ふゆきです。何気に出番の少ない、銀河のメンバーです」

 寂しい告白をされた。そんなこと言われても。

「ここに、何しに来たの?私たちを……こ、ころ……」

「やっだなあ、三日月ちゃんに月草くん、私がそんな物騒(ぶっそう)なこと、するわけないじゃん

 勘違いしすぎだよー、あはは、甚だしいねー」

 うっかり本当に殺しに来たのか、と身構えていただけに。

 その純粋無垢で無知な笑顔に、戸惑う。

「ん?じゃあ何しに来たんだよ、って言いたそうだね!うん、教えてあげるよ?

 その為に来たんだし。義務じゃないし、銀河わたしたちにとって不利になる事かもしれないけど、私って平等主義者だからさ、無知な君たちに教えて差し上げよう、ってね」

 軽く馬鹿にされた気がする(っていうかしてる)けど。

 なぜ分かっていてもなお、俺たちに教える、なんて不利どころか、形勢逆転されるかもしれないのに。

 彼女は一体、何を考えているのだろう?

 無知そうな純粋そうな笑顔が、急に恐ろしくなった。

「さあ、何でも聞いてみてよ、少年少女」

 私の答えられる事は、何でも答えるよ?

 彼女はそう言って、また笑った。

「じゃあ……日陰ひかげちゃんは今、どこにいるんですか?」

「いきなり核心日陰ちゃん狙ってくるの!?」

 枯草さん、意表を付かれたらしかった。

「私てっきり、君たちは友達想いだから、屑くんのことを聞いてくるものだとばっかり思ってたよ。……なんか幻滅」

 幻滅された。俺だって今、枯草さんのキャラ変わりはてていて、幻滅してるけど。

 ……じゃなくて、今。

「今、何て言ったんですか……!?」

「へ?屑くんの話を聞きたがるかと思ったから幻滅、って」

「屑……!?」

 あいつ、知らない間にあんなになったと思ってたら、銀河になっていたのか。

 殺人者になってまで、あいつは何をしたいんだ?

 殺人者になるまでに……何があった?

「あれ、その様子だと屑くん、言ってなかった?

 サプライズで登場して言う、って言ってたのになあ……まあ、彼は気分屋だしね」

「枯草さんは、知ってるんですか?」

「屑くんが何をしてきたか?知ってるよ。知っている。

 だけど、それをしている中で屑くんが何を思ったのか、何を感じたかは分からない。

 私はただ見て、聞いていただけだから。私が思ったことなんて、聞きたくないでしょ?」

 だからそれだけは省くね、と。

 やけにことを進めるのがスムーズな彼女は続けた。

「もし、今日こうやって打ち解けることが出来たとしても、それは気のせいだよ。

 一日で改心できるなら、とっくに他の誰かがやってたよ。だから、私の事も」

 躊躇しないで。敵対したら、同情なんてしないで。

 枯草さんは屑の話を始める。

「屑くんが銀河にやってきたのは、5月の連休の時だったよ。

 丁度みんなで、天体観測をしたその足で、来たんだってさ――――」

 屑くんを一目見た瞬間、銀河のメンバーにも分かったらしい。

 目に見えて『こいつはヤバイ』と。

 屑くんを見たことがある人は言っていた。

 この前と、何もかもが違う―――と。

 実際彼は、自分自身で言っていた。

『俺はこれまでの“俺”を捨てた』

 変われなかったものを、変えるんだ。

 変わってしまいそうなものを、変えないんだ。

 矛盾過ぎるようなことを言っていた。


『屑には、凩の方から戦闘要員にできるように、訓練をほどこしてやってください。

 割と凶暴ですけど、まあ、言うことは聞いてくれるでしょうし、頼みます』

『日陰様、しかし……』

『どうしたの、何か問題でもある?』

『……いえ』

日陰ちゃんの前にこがらしさんは何も言わずにうつむいた。

『屑、この人が凩だから』

『………ふーん』

 相手を一瞥してつまんなさそうに言う屑くん。

『じゃあ、以上。凩、頼みましたからね。みなさんも、気をつけて。

 何かあったら、逃げてください。安否が確定したら、報告してください』

 きびきびと言って。

 凩に預けた屑くんを、私たちを残して立ち去る日陰ちゃん。

『屑くん……待宵まつよい屑くん、だよね?どうして銀河に入ったの?』

『別に……何だっていいだろう?』

『……そうだね』

 私の質問は拒否された。

『凩さん、屑くんをどうするつもりですか?』

『うーん……昔のツテに頼って、プロに教えてもらったほうがいいと思うし。

 プロに頼もうと思う。……けど、どう思う?』

 凩さんは日陰ちゃんに心酔している。

 なんでかは知らないけれど、あの子の言うことは絶対だと決めている。

 だから、言われた仕事なのに、自分自身がやらずいいのか。

 そうやって、迷って悩んでいるんだろう。

『いいんじゃない?知らないよ。まあ日陰ちゃんならいい、って言うだろうし。

 大人なんだから自分で少しは考えてみればいいじゃないですか、凩さん』

『……そうだけど。ひどいわね、私が優柔不断なのを知ってて言うんだから……』

『優柔不断だからって、決断を年下にさせないでください。

 最近特に何をやってるわけじゃないんだし、自分で何かやってもいいと思いますよ?』

 うー、とうなって悩む凩さん。

『そうだね、言ってることは分かったよ。言いたいことも、大体は。

 けどやっぱり、日陰様は戦力になることを望んでいるし……』

 凩さんはそこで区切って、一息ついた。

 すべては日陰様の、お心のままに。 

『やっぱり、プロの、殺人鬼に頼むことにするよ』



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