第9話 双子座流星群
俺たちの光源が消失してしまってから、1ヵ月半が経過した。詰まり、12月である。
年末、師走。いつの間にかこんな時期になってしまった、時の流れは速いもんだ。依然、屑は……見つかっていない。
嫌なことばかりがあったような気もするが、ようやく冬休みに近づいてきた!夏休みと違って、補習等というふざけた先生との対話は無いのだ!
心が踊ってしまうのも、無理はない、と思ってもらいたい。
何てったって俺ら、何だかんだで夏休み、1週間しかなかったんだから。受験生の夏休みじゃあないんだから、楽しみたかったのに。そんなこんなで、市立・
「やっぱりさあ、最近はシリアスな感じが多かったし、明るい話題があるといいよね!」
何やらノリノリで、やらかしそうな
雪が降った日の、小学生(低学年)のような笑み、といえばご理解いただけるだろう。この悪ガキ、絶対に雪合戦でどさくさに紛れて顔面狙ってくるタイプだ。高校生のはずだけどな……?
高校生でも、きっと雪合戦するだろうけど。
「明るい話題、ってなんだよ」
「とたえばさあ、
「とたえばって何!?たとえば、だろ!」
三日月、『た』と『と』が逆だった。
入力ミスじゃないよ、三日月が噛んだんだよ。
「屑なあ……帰ってくるといいんだけど」
「ハッ、そんなに物事が簡単に解決すると思ってるの?」
「やめろよそのキャラ!!」
久々のキャラだった。自由自在に操ってんじゃない、速く忘れ去れよ。……あ、もうコイツ、1回聞いただけで物事が覚えられるんだ!?
それもそれで脅威だと思うのは、俺だけではないだろう。三日月の天才度が上がってしまう!(天才度、って何だ?)
ふざけるのも、このあたりまでにして。
「で、何をやらかしたいんだー、三日月?先生に言いつけてやるから、言ってみろよ」
「小学生の脅迫かよ」
鼻で笑われちゃった!三日月がどんどん、変な方向にキャラを定着させていく!やめて!この子、こんな子じゃないんだよ!
「あー、私はねー、天体観測にでも行こうかとーっ」
またかよ。
嫌だよ、だって天体観測に行くと、必ず、と言っても過言ではないほどのレベルで
危ない目にあってるじゃん!もう嫌だよ、俺!
天体観測に行って、よかったことの方が少ないよ。普通は、そんなことないはずなんだけどな。
「大丈夫だって!ほらほら、そんな見るからに嫌そうな顔しないで!
だって私たちもう、恒星じゃないんだよ!
もう、これは行くしかない!むしろ行かなきゃ!これは義務だよ」
義務にされてしまった。
「ま、まあ?そうかもしれないけどさっ。
でも、屑も見つかってないし?世の中不景気だし?危ないぜ?」
「やだなあ、世の中危ないのは、私たちが生まれた時からじゃん」
やめて!そういう自虐ネタに走るのはやめて!確かにそうなんだけどさ!もっと、『世の中が不景気なのは関係ないだろ!』みたいな。
そんなつっこみを期待した、俺が馬鹿だった……。どうでもいいけど。
「うん、じゃあ決まりだねっ!あー、よかった、
ベガもいないし、不安だったんだよねー!あ、月草ママにメールしとこう♪」
「おい、ちょっと待ていっ!?」
なぜ俺の母とメール!?
メル友なのか!?俺の母さんと!?
「最近はねー、くくくー、月草の今後のファッションについての話題が絶えなくてさあ。
月草、犬キャラは大分、定着したけれど、これからはどうしたいの?」
「俺が聞きたいけど!?」
みんな、俺をどうしたいんだ。
俺の方が切実な悩みだと、思うんだけどね。
「で、流星群なんだけどね」
勝手に話し出す三日月。どうやら、強制的に天体観測に行くことが決定してしまったようだった。
やだなあ。だって、銀河に会う気がしてならないもん。
「今の時期だと、わお、もう12月だよ!じゅ・う・に・が・つ!!
時の流れは速いね!多少、実は、はしょってるからなんだけど!」
はしょってるとか、そういう裏事情を流さないでほしい。
「双子座流星群!オススメだよっ!前にも言ったけど、有名な三大流星群のひとつ!
この間のペルセウス座流星群までは行かずとも、有名だよ!まあ、あれはTVが取り上げたりしてるし、夏休み中なのが、一番の要因なんだけどね」
たくさん言った割りに、肝心の双子座流星群については、全然触れてない。ペルセウス座流星群が好きなのか。
それとも、双子座流星群が好きで、嫉妬のあらわれなのか。三日月のことだから『両方好きだよー』とも、言いかねないけど。てか、そう言うだろうな。
「うんとね、双子座流星群!ジェミニだよ!」
速く説明してよ。巻いてくれないと、困っちゃう文章量なんだから。
「知ってるでしょ、双子座流星群くらいは。だって、三大流星群だしっ」
「その、三日月の常識を知らないのが、俺だろ?分かってるだろ、そんなこと。
だから、速く双子座流星群について教えてくれよ頼むからさ三日月(棒読み)」
会話文が長くてごめんなさい。いろんな事情が、こっちにだってあるんです。
ちなみに、三大流星群のおさらい。しぶんぎ座流星群・ペルセウス座流星群・双子座流星群。
「双子座流星群はね、毎年ほぼ一定して多くの流星が見られるから、
年間最大の流星群と言えたり、しちゃったりするんだよ!1持間に100個見えることも珍しくないんだから!ね、ね、すごいでしょ、双子座流星群!」
しちゃったりする、か。
「双子座流星群とペルセウス座流星群、どっちが好き?」
「そんなん、比べる必要ないでしょ?それはそうと双子座流星群、いつものごとく極大は夜中!なんと2時ごろ!だけどね、夕方からでも見れるんだよ」
三日月はあっさりと、流して説明に入る。
さすが三日月、自由で、予測がつかない。
そのあとの三日月。
「さー、決まりっ!やっぱり、身の安全を確保するために速攻で帰ろうね。
うん、なんでもやっぱり、おうちが一番!ハッピーだよね!」
そんなハッピーな空間から俺を引きずり出してるのはお前なんだけどさ。言わないけどね。
「12月15日だと、新月だし、月明かりの影響を受けないからより好条件!よし、決まりっ……だよね?」
突然弱気だった。なぜそこで質問しだす。
「いーぜ。何時くらいに見に行くんだ?」
「15日って平日でしょ?学校帰りにチラッと見ようよ」
寄り道はしてはいけない、校則なんだけどな。もうこの間も破ったから、気にしてないけど。
「ああ、じゃあ15日に」
「うん、じゃ!ちゃんと予定開けといてよ!」
俺の予定が、三日月関係以外で埋まるはずないのに、釘を刺された。俺って暇人だし、暴露したくないけど友達少ないし。
数少ない友達の、約束くらい。
「守るに決まってるだろ」
それこそ、絶対。
授業後。今日は、例の天体観測である。
思えば、下校時に天体観測するのって、2回目だよな。前回は銀河の人に会ってない、もしかしたら大丈夫かも。
次会ったら俺たち、それこそ容赦なく、問答無用で一刀両断されてしまう。
あー、今から戦慄してしまいそうだぁ……。
最近知ったけど、『戦慄』って、戦うんじゃなくて、震えることなんだよな。辞書を多用しましょう、と無駄に宣伝しておくとしよう、教訓として。
さて、なんだっけか、そう、下校時。
「つっきくっさあああああっ!一緒に帰ろううっ♪」
言わなくたっていつも一緒に帰ってやってるのに、わざわざ言ってきた。
しかも、恐ろしいほどのテンションの上がりようである。いやあテンションって、あそこまでソッコーで上がります?
「速く行こう!暗くなる前にっ!」
「暗くなる前に?」
流星群を見に行くのに、暗くなる前に帰る気なんだろうか。ちょっと以上に理解不能、さすが一周回って基本馬鹿な三日月。
「さあ月草!どこで見るべきだと思う?」
「そりゃ、前回も例の……その、アレに会わなかったし、あそこだろ?」
「ああ、あの人たちに会わなかった、あの場所ね」
一応警戒しているらしい、三日月。ハリポタのヴォルデモートみたく、銀河を“アレ”などと代名詞で呼んでいる。
まあ、怖いもんね。
「じゃあ、でっぱぁーつっ!」
道中はいつもどおりのどうでもいい話だったので、カット。けどまあ、一応、市の天文台を目前としたところで。
「ふんふ、ふんふ、ふーんっ♪」
鼻歌を歌っちゃうほど(鼻息じゃないからっ)ご機嫌な三日月。
そんなに今日の……なんだっけ、流星群?
「はあっ!?ふざけてるの?双子座流星群!」
「……あ、はい、ごめん三日月サン…………」
駄々漏れだったみたいでした。相変わらず流星群に対しては厳しいな。
「それにしても三日月、いつにも増してご機嫌だな。双子座流星群がそんなにも特別なのか?」
「違くて!!もうっ、だって私、忘れないんだよ!そりゃあさあ、寂しいけど……でも、今はさ、素直に喜んでも……いいよね?」
「……そうだな」
ベガが、光源が、いなくなってしまって。だから『契約』なんて関係ない。必要ない。
三日月の『忘れてしまう』という病気じみた契約も、同じように。
関係なく、必要なく、意味なく、理由なく。今までの天体観測はすべて、起きた状況ではなく彼女は、伝聞で記憶していたから。
ちょっとシリアスな雰囲気の中、俺たちは市の天文台に踏み入れた。
「あれ?人がいないね」
「本当だ」
異常なほどの、静けさだった。
天文台で騒いでいる人なんてそうそういないだろうけれど、それ以上の静けさ。
無人の、状況下。いくら流星群は何日も見られるからといっても……。
今日は、特によく見られるとされる、新月の日。極大の日なのに。
オリオン是流星群の極大の日も―――無人ではなかった。今日は、三大流星群がひとつ、双子座流星群なのに。
なのに―――なぜ?
「三日月……」
無意味に警戒し、名前を呼んだときだった。
「お久しぶりですね……まさか、また天文台でお会いするとは、思いもよりませんでしたよ」
丁寧な口調。
現れたのは、いつもと同じセーラー服の少女。
「
「あなたたちはわたしの“大切な場所”に“あの日”にやってきた。
だからわたしは、あなたたちが―――たとえ恒星でなくとも、許せない」
静かに言い切る。その静けさは、逆に恐ろしい。
嵐の前の、静けさのような。
「だからわたしは、有言実行をモットーに、あなたたちと戦います。宣戦布告は、前回にもう済ませました、よ、」
言うが速いが、日陰ちゃんが動き出す。
「ね?」
確認と同時に、俺たちに日陰ちゃんへの恐怖が沸き起こる。
「くっ!?」
怖い、恐い、強い、コワイ、こわい。恐怖が支配する中で動けない。
「どうして……俺は……」
どうして俺は、年下のこんな女の子に対して、恐怖を抱いている?どうしてこんなにも、恐れ、こわがっている?疑問すら恐怖と化すようだった。
「あはははは!!分からないですよね?……人は、自身の理解できないことが起こると、必ずと言っていいほど恐怖します。
だからその恐怖は、決して恥じる必要のないものです」
そんなことを言って日陰ちゃんは、笑った。
前見たように、泣いてはいないけれど……悲しそうに、笑う。
「ただでさえ恐れを抱かされているのに、増していてはこちらとしても心苦しいですし、そうですね―――お教えしましょうか」
「け、っこう、だ!!」
途切れ途切れになりながらも、恐怖で動かない体であっても必死で俺は言った。
「あら、そうなんですか?……でもまあ、それでも言っておいたっていいでしょう?単にわたしの気まぐれ、なんですし。
スピカのおかげでわたしは他人が理解できます。それは噛み砕いていってしまえば-----心が覗けるんです。
ただの、漠然としたイメージだけなら、想いだけなら。そこに介入して、その人の想いを変えることが出来るんですよ、わたしは」
「お、もいを、か、える?」
あはははは!日陰ちゃんは笑った。
「わたしは想いが覗けるんですよ、言いたいことくらい分かりますから。それにしたって、いちいち言わなくてもそれくらい答えますし、ね。せっかちですよね、もう」
とても楽しそうに笑うのに、悲しそうに、はかなく笑う。
「想いを変える……あなただって、恒星のころは物体の時間を止められたじゃないですかこちらの方が、使えるだけです。力の位は、同じ」
力の位とは、大きさ……いや、権力だろうか?
「権力、そうですね、そう例えると分かりやすいかもしれません。矢だろうが、時間だろうが、想いだろうが、結局は同じくらいだと思いません?
飛びぬけていすぎて、むしろ“普通”」
同じくらいとは、思えない。みんながみんな同じなことが、ないように。
「まあそこは、それぞれの勝手な推測ですけどね」
好き勝手に話す間も、日陰ちゃんへの“恐怖”は揺るがない。
むしろ、より確実なものへと……変化していくようだった。
「どうせですから、どうでもいい、得ることなんて何一つない、
退屈な昔話をお聞かせしましょう。どうせ想いは、そう簡単には変わりませんし。
そのことは、あなた方も知っているだろうと、思っていますしね」
勝手に言って。勝手に話し出す。
人権なんて、ここでは無意味だった。
「今からおよそ4年前――あなた方が11歳のとき、わたしが10歳のときのことでした」
淡々と語られる物語は彼女自身の半生。
父母と兄を失ったわたしには、兄の言葉だけがすべてだった。
兄の言葉どおりに、いい子になろうと、それだけだったけれど。
わたしがいい子にすればするほど、なればなるほど、親戚の人たちはやさしく接してくれた。
それは、間違った解釈が原因で。
『家族を失い、誰にも頼れずに自立しようとする少女』
そんな悲劇のヒロインじみたこと、考えていなかったのに。
実際わたしは……いい子とは、自立した子だと思っていたから、間違ってはいないのかも知れないのだけれど。
誰にも心を開かない少女、としてわたしは厄介者扱いされるようになった。
どうして心を開いてくれないの?なんて言われても、分からなかった。
いい子は、誰にも彼にも文句は言わないだろう、と思っただけなのに。
第一、文句や愚痴を言うことが、心を開いたことになるか、なんて誰もが思っていたけれど、そうだとは思えないし。
心なんて、簡単に開くことは出来ないよ。
わたしだって、覗くだけ。
スピカは、家族が死んだ直後からわたしのそばにいた。
だけど、わたしがどんなに彼女に語りかけても、彼女は彼女のことを言わなかった。
やがてわたしは、彼女のことをほとんど意識しなくなった。
恒星だって、このころはあまり居なかったし、自分が何を強く想っているか、分からなかったから。
それから数年、小学校6年生くらいのときに、大きな変化があった。
なぜか親戚が、死にだした。
行く先々で死なれてしまうから、行くところ行くところで死神扱いされたのを、多分わたしは忘れないだろう。
お願いだからこないでよ、と泣き叫ばれたこともある。
どうして、と殴られたこともある。
生き残らなければよかったのに、とののしられた事もある。
とにかくそんな風にして、わたしの親族はいなくなってしまった。
みんなみんな死んでしまった。わたしのせいじゃないよ?
だってわたしは非力で、何も出来ない普通の人だから。
保護者となってくれる人が居なくなり、いよいよ政府に頼るしかなくなったときにスピカが初めて、自分からわたしに語りかけてくれた。
<これから、今までの契約の見返りとして、ちからを与える。
その力で、これからは自分自身で生きていけ>
その言葉は、あの事故で死んでしまった家族からの言葉のようで。
わたしはとても、嬉しかったの。
でも、中学に入りたてのわたしには、自分自身で生きていくなんて、無茶に近かった。
お先真っ暗、絶望に限りなく近いときに
わたしが恒星であることを理解し、自分も恒星になってまで、わたしに付いて来てくれた。
そのころあたりかな、戦争について考えるようになったのは。
自分のような思いをする人は、きっと居るはず。
それはきっと、事故なんてケースはまれで、大半は戦争によるものだ。
戦争なんて、必要ないのに。戦争はどうして起きる?
戦争はなぜ続く?戦争は何を生む?
わたしは結論として、『強いものが強いものを制す』と考えた。
いかにもそれが正論であるように勝ち誇るのは、いつも勝者だ。
敗者が正論を言っているのに、そうなることなんて大半だ。
だからわたしは、その火種をつぶすことにした。
わたしの結論に、基づいた形で。
わたし自身が強ければ、わたしが自ら『強いもの』になれば。
必ず悪は、弱いものは、強さの前に屈するはず。
「だからわたしは恒星を殺す。人外の力を手にした人たちは、たとえそれが想いのたけから得たものであっても得るべきものではなかったもの!
それを無くすことは、悪いことですか?」
日陰ちゃんの、彼女の話は、あっちにいったり、こっちにいったり。迷子になりそうな、主題が行方不明な話だったけれど。
それでも、だから、と殺すことに持っていくなんて。話を聞いてもなお、分からない。
「あはははは!何か言いたそうですね、残念ですけど、恐怖で動けないままのようですね年下の女の子に恐怖を抱き続ける……それは、屈辱ですか?」
屈辱に決まってる。
屑ならきっと……恐怖していたとしても、動じないようにふるまうだろうけれど。俺は、屑のようには動けない。
俺は屑ではないのだから。
「屑……?ああ、
そんなこと、今、どうでもいいだろう。
屑のことは……俺らだって知らないのだから。
「あ、知らないんですか、それは失礼しました。えーっと……そうですね、この恐怖で動けないうちにあなたたちを殺しましょうか」
あっさりと。日陰ちゃんはごくごく自然に普通にそう言って、スピカを見る。
「どうやって殺されるのが好みの方々だと想います?
よくある感じなんですけれど、自分の手は汚したくないんで殺しあってもらったり。何がいいと想いますか?」
<何でもいいと思うよ、
細かいことを考えていると、情が移ったり逃げられたりするから>
「そうかもしれないですね。でも、今殺さなくとも、これだけ変に縁が
ありますし、何もしなくとも再会できると思うのですが、どう思います?」
<知らないよ、そんなこと>
スピカはそっけなく言って。相変わらずつれないですねえ、などと呟きながら日陰ちゃんは俺らを見る。
とてもとても、楽しそうに。ゲームでもしているかのように。
「このまま逃げてもらうと、わたしが銀河の創設者だということが露見してしまうので避けたいんですねー……記憶を消してもいいんですけど、それは面倒ですし。
いっそのこと、すがすがしく、仲良く2人で殺しあってもらってもいいですか?」
そんなこと。
そんなことを、聞かれても、俺らは。
「はいー、返答無しですか。タイムアップということで、殺しあってもらうことにします。それでは、せーの、さあどうぞ」
自分の意思とは関係なく、体が勝手に動く。
「っちょっ……くそっ……」
押しつぶされそうなほどの恐怖が残るままに体の制御が利かないままに、三日月と殺しあっている現実。
「くそっ……何とか、自分の意思で動けないのか……」
思考すら、自分の意思とは関係なくかき消されていく。
何が、心を覗く、だ。思いっきり主権を強奪できてるじゃないか。
これじゃあまるで、操り人形だ。
「三日月っ……」
「うっさいっ……何とか、手……止めなさいよ……!!」
なぜか突然の命令口調だった。
そういえば俺、体を動かされる前は、恐怖で言葉も上手く話せなかった。けど今は、前よりは話せるようになった、気がする。
想いを変える―――だったっけ。
それをするには、支配が弱まるのかもしれない。
想いへの、支配が。
だとしたら日陰ちゃんも今、相当キツいはず。これだけ長時間、人に干渉し、支配しているんだから。だからきっと彼女は、『疲れ始める』。
「悪い、みか、づき……我慢、してくれ!」
「できるかあああっ!!」
絶叫する三日月。こええ。いやですね、その、三日月サンを最初は考慮していたんだけれど。
だって一応、男女だし、体格差とか、体力とか。なのに……痛覚まで支配されてるから分からないけど、三日月のほうが断然、元気そうに見えるんだ。
攻撃を食らい続けている今のほうが、ずっと。言葉までもが元気になりすぎちゃって、そこはまあ、ご愛嬌。
「私は、この子に……同情しない!同調しない!同意しない!」
三日月は日陰ちゃんに向かって話し出す。
よし、上手くいけば予想以上に速く支配から意識が薄れるかも。
「だってあなたは、すべてを自分の意思で行っている。
こんな非情なことをする子を、あなたを、人は“いい子”とは言わないよ」
日陰ちゃんは不意をつかれたようで。
だけど、俺たちは互いに互いを傷つけ続けていた。
「そんな、こと……」
日陰ちゃんは両手をぎゅっとにぎりしめて。
「そんなこと、とっくの昔に知ってたよ。分かってるよ、そんなこと」
悲しそうに、笑った。
「当たり前じゃん、“いい子”なわけないよね。こんなが“いい子”なら、
世界はきっと破滅してたよ。だけど、わたしにはもう、これしかないの」
これしかないの。繰り返して日陰ちゃんは。
はは、と力なく少し笑う。
「わたしは……ひとつのことに狂気的に集中しなければいけない。それが、スピカとの……契約、だからね」
もうその口調は年相応……それ以下くらいで。
無理に大人びた敬語は、欠片もなかった。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね。わたしは自分が幸せになれると思わない。
幸せになろうとも思わない。でも、謝りたい。たくさんの人に、みんなに」
まだ俺たちは傷つけあっているのに。
日陰ちゃんは気にすることなく話し続ける。
「わたしは生きていくことを理由に、たくさんの人を不幸にした。
悪いのは、元凶はすべてわたしなのに。わたしが悪いのに、罪を押し付けて」
「人はみんな、自分の罪を他人に押し付けているよ」
割り込んだのは。
当然というか、やっぱりというか、三日月だった。
「あなただけなわけじゃないに、決まってるよ。
人を傷つけずに生きていける人なんて、きっと誰一人いないんだから」
「それなら、あなたは、人を傷つけたことが、あるの?」
「当然だよ」
三日月は。
恐怖を抱かされたままなのに。
殴りあい続けているままなのに。
笑って、言った。
「私もあなたも、この世界に住む人たちは、みんなみんな……傷つけてる。
傷ついて傷つけられて、それでもがむしゃらに、みすぼらしく、生きてくんだ」
「生きるのは、どうして?」
「幸せになりたいから。過去、幸せなことがあったから」
三日月と日陰ちゃんの応答は続く。
「ってのは、私の勝手な考えなんだけどね。でも、そうじゃない?
人はどんなに悲しくても、つらくても、逃げられないじゃん」
「あなたにとって逃げることは……死ぬこと?」
「何でもいいよ。死ぬ、か。確かにそれも、逃避だよね」
案外冷たい三日月。
日陰ちゃんを説得する気、あるんだか、ないんだか。
「逃げたくても逃げられないのは、過去にすがっているから。覚えているから。忘れたくないから。また、体感したいと、思うから」
楽しかった一時を。
永遠に続く時間なんてない、だけど、想い出は永遠だ。人の想いは、永遠だ。
「あなたは違うの?幸せな想い出は、ないの?」
「あるよ……家族との、銀河との、楽しい幸せな想い出……」
銀河との大切な想い出。
「その幸せを、まだ感じていたいから、あなたは生き続けてるんでしょう?」
「そうなの、かな」
そんなこと分からない。自分がどうして生きてるか、なんて。
「そんなこと考えると……泣けてきちゃうよ。
ああ、やっぱりわたしは必要ないんだなあって、思い出しちゃうから」
「思い出す?」
「教えてもらったんだ……なのにわたしは、今もそのことを、忘れようと必死だ。
いけないのに、せっかく教えてもらったのに、ね」
あははははは。日陰ちゃんがまた笑い出す。
「思い出した……そっか、そうだ、そうだった……」
何を思い出したのか、気になるところではあるけれど。
それが、チャンスだった。その瞬間しかありえないくらいのタイミング。
「三日月!!」
「分かってるって!!」
俺に殴りかかろうとする三日月の手が、不意に方向を変える。
「なっ!?」
一瞬にして平静を取り戻した日陰ちゃんが、凝視する。
俺たちは、逃げ出した。
走って走って走って、走った。
日陰ちゃんはもう追いかけては来ないだろうという所に達しても、なお。
走った、とにかくひたすら走った。
「月草っ、もういいっ!!」
三日月が息を途切れ途切れにすいながら言ったのが、最後で。
俺たちは走ることをやめた。俺たちは、逃げたんだ敵から。
恐怖を放つ、相手から。
「三日月……三日月、大丈夫か?」
「大丈夫っ!って、言いたいところなんだけどね……ちょっと以上に、つらいよ」
本当につらそうだった。そういえば、下校中にこんなことになってしまったのだから、三日月はローファーだし。
いい加減慣れろよ、と思われる方もいるかもしれないけど、そうじゃない。ローファーは走る靴にむいていない。
三日月は思いもよらないところで、身をもって実感してしまった。しかも、まだ俺ら制服姿だ。
目立つことこの上ない。
「はあー……疲れた。私、後半は殴られっぱなしだったし」
「あ……ごめん」
日陰ちゃんの意識が反れた隙に、一足速く支配から脱していたらしい、三日月。
じゃなかったら、後半のまるで日陰ちゃんに恐怖していないような物言いは、不可能だし。つか、助かってたなら俺の何かの努力って一体。
あれー、えと、俺って努力……したっけ?忘れたけどさ。
「私、月草があの子に恐怖しているのを見て……また思ったの。」
三日月が草の上に寝転んで言う。
「おい、公園の雑草の上なんて、汚いぞ!?」
「気にしないの!疲れてるんだし、そのくらいの配慮してよ」
どんな配慮だ。
「月草がどこかに行ってほしくない。私は、ずっとそばにいたい」
一歩聞き間違えれば告白まがいなんだけれど。恥ずかしげもなく、きっぱりと言い切った。
公園の雑草の上に寝転んだ体制なんだけど。せめて、座っていたらもっとかっこよく聞こえたかも。
「三日月って、色々と勿体ないよな……」
今に始まったことじゃないけど。
「俺も、今日改めて……思ったことがあるよ。」
「何?改めて、って。私が予想以上に可愛いこと?」
なぜ自分で自分をイタいキャラにしようとしているんだ。先に告白まがいのことをしたのは三日月だし。
俺も、告白まがいのことを、言ってやろう、宣言してやろう。
「俺はやっぱり、三日月を護ってやるべきだと思ったぜ?」
え、と驚く三日月。
「それ、前にも言ったじゃん、必要ないって」
「は?三日月が頼りないのがいけないんだよ」
「月草よりは頼りがいあるって!月草、あの子とちゃんと話す度胸ないくせに!後半、私とあの子のやり取りだったじゃん!」
ごもっともですけど。
「でも、そんなこと言ったら三日月だって……」
だって、だって、だって。公園内でリフレインする俺の声。
ああ、思わず大きな声で言っちゃったから!恥ずかしいな、俺!
しかも、あとに続く言葉がない。恥ずかしさ倍増。
「そっか。だからってわけじゃないけどね、私は想うんだよ」
だって、この決心は堅いんだよ?前とは比べ物にならないくらい。
記憶を失っても、覚えてられるくらい。
「「だから、帰ってきて」」
あまたの星々に願う。
星降る夜に、月のない夜に起こる奇跡を信じて。
奇跡なんて、ないのかもしれないけれど。それでも……決心の、やり直しだ。
-----お願いだから戻ってきて。
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