第8話 オリオン座流星群
そんな三日月の怪我も完治する頃には、色々あった夏休みも終わってしまっていた。
「
朝のHRで担任の先生からそう、報告があった。見かけたら、と言っても、もう誰も、自分からどこかにいなくなったとは思っていないだろう。
「見つかってもいないのに、休学になるケースはあっていいんですか?」
「仕方ないだろう。それにご両親も考えて、納得されて決められたんだ」
先生にそう言われてしまっては仕方ない。俺も引き下がる。
本当にもう、どこ行っちゃったんだよ、屑。恒星になっても屑を探し出せることなんてなくて、三日月をおんぶできたり、ちょっと体が強くなった程度。
見つかるまで何もできないのが、歯がゆい。
「
下校時、いつもは一人でスタスタ勝手に帰っていってしまう三日月が、俺を呼び止めた。長すぎる髪が隠しきれてなくてもろばれだったけれど、電信柱に隠れて、待ち伏せしていた。
以前のように三日月が明るくふるまっているのを見て、ばかだなあと思う反面、ホッとする。
「今から、くーちゃん、探しに行かない?」
「探すって、どこを?」
「捜索隊も出てるのに見つかってないってことは、人目に付かない場所にいるのかもしれない。だから、夏休みに行った天文台は、どうかな」
自分から三日月が、天文台にまた行こうと言い出すとは思っていなかった。怪我をした手を盗み見てしまう。傷痕はまだ痛々しく見える。
「今朝もニュースで銀河の特集があった。今月だけですでに恒星が二人、行方不明になってる」
「…………
三日月はムッとしたようだった。屑を探すことをこんな風に提案してくるなんて、きっと三日月はためらっただろうから、せっかく言ったのにすぐに却下されそうで怒っているのだろう。
「それもあるけど、そう何度も逃がしてもらえるとは思えない」
これまでの遭遇率が異常なだけかもしれないけど、できるだけ俺たちが出歩くことは、避けた方がいい気がする。いつも三日月が痛い目見てるんだから、学んでほしい。
銀河にも……
「じゃあ、どうしたら月草は元気になる?」
だからこの返答には面食らった。
「なんで?」
「私が楽しいことをしても、月草は元気なかった。くーちゃんがいないから。くーちゃんを探そうって私が言ったとき、すっごく、嬉しそうだったのに、私はいい案を思いつかなくて、見つけられなかったから」
照れたように笑って、何でもないように手をぐーぱーして見せる三日月。
「月草ばっかり、ずるくない? 私だって、月草、元気になってほしいよ」
頼むから、と付け足されて、夏休みの晩のことが思い出された。俺が言ったんだ、三日月に。頼むから元気になってくれって。それなのに俺が元気ないんだから、そりゃあ、三日月だって、悩むよな。
「…………ごめん」
「いいよ!」
三日月の返事は軽い。
すぐいい返事をしてくれるけど、きっとたくさん、悩んだだろうに。
「三日月の言う通り、俺だって屑は探したい。でも前行ったときも、天文台に人なんていなかっただろ。逆に、また銀河の人がいるかもしれないし」
「じゃあ、街の方を探す?」
街なら安全かもしれない、人が大勢いるところじゃないから、これまで襲われただけかもしれないし。
うっかり、いいよ、と言いそうになって三日月が良き酔い用としていることに気付く。話し込んでしまったせいですでにたくさんのカラスがうるさく鳴いている。
「…………今から?」
「嫌ならいいよ、明日からでも」
三日月は本気らしい、そんなに三日月も俺に元気になってほしいのか。ちょっと照れ臭いけど、友達だもんな。
「今日は準備をして、明日から。よろしくな、三日月」
もちろん! 三日月は嬉しそうに夕焼け空の中、走っていく。
こんなに平和なのはいつぶりだろう、これまでずっとこうだったはずなのに。
大きく手を振って別れを告げる三日月の、白く浮いた傷痕が、どうしても気になってしまった。
時刻は午後八時過ぎ。電車に乗って三十分ほど、このあたりで一番栄えているショッピングモールにて。授業後、街に繰り出して屑を探して早数日、正かはまるでないけど、気分はいくらか晴れた。
俺を含め、警察も、これだけたくさんの人が探してるんだ、きっと見つかるだろう、って。
「でも、どこ行っちゃったんだろうね、くーちゃん」
ファーストフード店で休憩中。三日月は俺の頼んだセットメニューのポテトを勝手につまみながら思案顔。
「月草みたいに何も考えてないわけじゃないだろうけど、自分探しの旅とか、するタイプじゃないと思うし」
「俺だってプロキオンがいるんだから四六時中考え事はしてるっての」
「誘拐されたとしても、身代金とかの要求もないし、音沙汰がなさすぎるんだよ! 普通は目撃証言、もうちょっとはあるんじゃない?」
比較対象がないから分からないけど、三日月はぶつぶつそんなことを言って、もしゃもしゃポテトを食べ進める。やめろ、俺の分がなくなる。
「月草は、どっか行かないでね」
不意に手を止めて、ぽつり、目を見て言われる。急にそんなことを言われるとは思ってなかっただけに、口に入れようとしていたバーガーをこぼしかけた。
「行かないって。家出なんてしたら、母さんに殺される」
「月草のお母さん、ちょっと厳しいもんね。あはは」
何か言いたいことでもあるのかと思ったけれど、笑われてしまう。まじめな話かと思ったのに、肩透かし。
「そうだ。食べ終わったら、屋上に行かない? 駐車場スペースだけど、上から見下ろせば、何か見つかるかもしれないし」
「え、まあ、いいけど……」
このあたり、悲しいことに田んぼばかりだ。ガチ田舎なのだ。だから上から見たところで、こんな遅くだと車のハザードランプくらいしか見えない気がする。
三日月のせっかくの提案だし、まあいいか。
バーガーを呑み込んでポテトに手を伸ばすと、すでにポテトはなくなっていた。
「そうだ、今日って十月二十一日だった」
ぽつり。屋外駐車場に向けて動き出したエレベーターで、三日月が思い出したようにつぶやく。
「何で忘れてたんだろ……今日、オリオン座流星群が極大なんだった……」
「オリオン座流星群?」
三日月はすごくショックを受けているけれど、こっちからしてみると何それ、って感じだ。俺としてはそろそろ、終電に間に合うか不安だ。
「うん、オリオン座流星群はね、ちょっと前まで全然観測出来ない暗い流星群だったんだけど、確か、二〇〇六年、だったかな。突然百個くらい観測できて、有名になったんだ」
「本当に忘れてたのか? その流星群が見たくて、こんな時間までここにいたんじゃなくて?」
人のいないところで天体観測するのは危ない、というのが三日月にも浸透してきたのかもしれない。それでそんなこと考えられたら本末転倒成んじゃって気もするけど。
いぶかしんでそう言うと、そんなこと考えてない! と怒られてしまった。
「それに、極大になるのは十二時になってからだから、まだまだ、全然だよ。終電もあるしね」
終電のことまで覚えていたとは。俺は素直に謝った。
「私たちの力って、今、必要なのかな?」
「は?」
駐車場は寒いだけだった。もう秋の夜、風の吹きさらす屋上、ましてや否かの、なんにもないところでなんて何も見つけられない。
帰りの電車で、何を思ったのか三日月はそんなことを言いだした。
「必要なんじゃないのか? 決意、だっけ。願いのために役立てはするかな、と思うよ」
俺がプロキオンと出会ったのは、三日月が脅威にさらされて、三日月を守りたいと思ったから。
全然守れていないし、むしろ三日月、ベガの方が強いだろうけど、夏休み、ペルセウス座流星群を見に行った時には、怪我した三日月の手を、衛役には立ったと思う。
守り切れていないのが、だめだめポイントではあるけど。
「私はね、ちょっと最近は、いらないかも、って思う」
「そうなのか?」
「うん」
窓の外の風景を見ながら、応える三日月。外には田んぼが広がっていて、もう少ししたらぽつぽつ家が増えてきて、俺たちの住む住宅街に入るはずだ。
「三日月は、ベガのことが嫌いなのか?」
「うーん、嫌いではないよ。でも、好きでもない。私が必要な知識欲も取ってっちゃうし」
「それは……契約だし」
しょうがない、と言おうとすると顔を見て、にへら、と笑われた。
「月草はプロキオン、好きだよね。分かってるよ、優しいもん。……プロキオンは、どんな子?」
「……弱気で、ネガティブでへタレだけど、いい奴だ」
「月草は、よく人と話すもんね」
三日月が笑って言った。
俺はこんな状況では、笑えない。
「私は、どうしても悪いほうに、悪いほうに考えてしまう。
しかも、自分の私利私欲にかまけて、鈍感なふりをして。自分の想いにも。
気付かないふりして、やり過ごしてきて。私は……」
一気に言って、はあ、ため息をついた。
「ごめんね、月草」
謝る三日月は、さっきよりも増して、無表情だった。
「私が
「え―――?」
そんなこと、覚えていない。分からない。
いつの間にかいて、いつの間にか当たり前で。
「あはは、覚えてないか―――月草は物忘れが激しいね。
実を言うと……今年の、春から」
三日月の口から語られるのは。
三日月が恒星になるまでの
「私は忘れたことが無いよ。あれは、4月―――6日のこと」
入学してから初登校。
当時の三日月も、胸を躍らせていたらしい。
「おはよー、つっきーっ!」
いつものように俺に挨拶をして。
通り過ぎようとしたのに。
目に飛び込んできたのは、男子生徒の姿だった。
「あ、三日月。紹介するよ、コイツ、
根暗そうな感じだけど、意外といい奴でさ!面白いこと言うんだぜ!」
三日月は、ショックだったらしい。
仕方のないことだ、とも思ったけれど。
俺が、他の友達を作ることによって、自分を忘れてしまうんじゃないか。
今までのように、話せなくなってしまうんじゃないか。
そう思った。
「嫉妬から、なんだ。月草とずっと友達でいたい。
その想いに応えてくれたのが―――ベガだった」
けど、話してみると屑は、本当に―――本当に、いい子で。
そんなことをいつまでも考えている自分が。
馬鹿みたいで。
恥ずかしくて。
変わりたくて。
嫌で、嫌で。
屑とも、自分自身と友達になれたのに。
それなのに、どうして。
屑が帰ってこない事実を、どこかで喜んでいる自分が居る。
ずっと願っていた自分が居る。
「だから――ごめんね」
三日月は、ごめん、を繰り返す。
繰り返して。
「でも――三日月、それでどうして、光源がいらない話になるんだ?」
ごめんを繰り返した三日月は。
俺の顔を見て言った。
「屑はきっと、銀河に連れて行かれたんじゃないか、と思うの」
「え?」
「だって、だってさ、これだけ探しても見つからないんだよ?
私たちだけじゃない、警察だって見つけられてない!」
だからって、どうして。
屑が、銀河に連れて行かれる?
「屑は恒星じゃないだろ?連れて行かれる理由なんて、ないじゃないか」
「私たちは、恒星だよ?」
知っていることを言い出す三日月。
どうしてそんなことを言うんだ。
今は、屑の話をしているのに。
「この間、日陰と話したじゃん。あの様子だと――どんな手を使うか、分からない。
人質として連れて行かれた可能性なら……十二分にある」
「でも、日陰ちゃんと話したのは、ついこの間じゃないか!」
あれは確か、8月。
8月――屑が居なくなったのは5月。
3ヶ月もの間、屑は一体どこで、何をしていたことになる?
銀河に人質になっていると考えるには。
無理があった。
「ついこの間って……もう、10月中旬だよ?
そうだね、その間―――でもやっぱり、銀河に連れて行かれたと考えるのが無難だよ」
「どうしてそこまで、銀河にこだわるんだ?」
「枯草さん。彼女がいれば、大抵の無茶は、できそうじゃない?」
それは、そうかもしれないけれど。
枯草さんなら、1人くらいの人間、かくまえそうだ。
「仮に銀河だったとしても、どうして、屑なんだ?」
屑は恒星じゃないのに。
屑はいい奴なのに。
本当に優しくて、面白い奴なのに。
なのに、どうして。
「……分からないよ、そんなこと」
三日月はうめく様につぶやいた。
「三日月は、どこにも行かないよな」
「もちろん。月草も、どこにも行かないでね」
「行くわけないだろ」
もうすでに、何千回としたやり取りを繰り返して。
「月草、私は、君が思ってるよりも強いんだよ?きっと、君よりは強い。
君がどこかに一人で行ってしまったとしても、私はどこにも行かないよ。
昔から、そうじゃない。月草に護られてるようじゃ、ね」
いたずらっぽく笑って続ける。
「まだまだ、なんだよ。私は、もう、必要ないの!
私よりも、自分自身を護ったら?すぐに、悪の手先になりそう」
「悪の手先って、なんだよそれ」
「うーん、ヤの付く自由業さんの手先、てか子分?」
笑い話に持っていかれた。
なんだよ、それ。
「久しぶりに、ちょっとプロキオンとベガ、会わせてやろうぜ?
きっとプロキオン、喜ぶと思うんだ」
「いーよ?別に」
その瞬間。
俺らはきっと、この喪失感を忘れない。
「プロキオン……?」
いつもは、呼ばなくても出てくるのに。
無意識のうちに現れて、都合が悪くなったら帰っていくのに。
どうして今は―――現れない?
「ベガが……いない?」
三日月も同じように、あわてていた。
口では何とでも言えるけれど、やっぱり三日月だって。
ベガを大切に思ってない、はずが無いんだ。
「俺たちは……光源を、失ったのか?」
「あ…………」
あたりを見渡して。
座り込んでしまう三日月。
「あ、はははははははははははは!!あはははははははははははは!!」
そして突然、笑った。
どこまでも空しく。
虚しく、その声は響いて。
悲痛な叫びのようだった。
ため息と涙を同時に出して。
「あーあ……」
ただ、それだけ言った。
「三日月?」
「あーあ、月草、やっちゃったよ、私」
また、あーあ、と繰り返して涙だけを流す三日月。
「言ったからかなあ。ひどいよね、私」
「そんなことない」
「私……ベガにひどいこと、言っちゃったよぅ……っっ!」
声を荒げて泣く。
「そんなことない」
俺は、説得力の無いその言葉を繰り返し三日月に言って。
俺は、泣けなかった。
泣かなかったんだ。
アイツが、いなくなってしまったのに。
「三日月、大丈夫か?」
「………」
しばらく泣くと、三日月は力尽きたようで、眠ってしまった。
返答が帰ってくるはずが無い。
「三日月の強い思いは――俺との友情だったんだな」
まったく、何でそんなことで恒星になってるんだよ。
有名なベガさんも、なんでその願いに協力したんだよ。
そんな必要、なかったのに。
無いに決まってるだろ?
「俺とお前は、きっといつまでも、友達だろうさ。決まってんだろ」
友達のままに決まってる。
どうして、そんなこと思ったんだよ。
「知ってると思うけどな、三日月」
三日月も、恒星になったときに願った強い志を言ってくれたから。
俺も言うしか、無いじゃんかよ。
「俺は、お前を、護ろうと決意したんだぜ?」
凩さんによって、木の幹に縛り付けられた三日月を見て。
俺は、コイツを護らなきゃ、と思ったんだ。
「なのに、護ってもらう必要ない、なんて……三日月らしいけど」
それでも、護るくらいはいいじゃんか。
「護られるばっかじゃ、嫌なのかな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます