第7話 ペルセウス座流星群②
でも、俺にできるのは時間を止めることでの防御。どうしようもない。
「攻撃されないと発揮できないし、数秒なんだったら生かせそうな場面も思いつかないし、どうすりゃいいんだよ……」
<超役立つことないですかぁ、例えばぁ、た、例えば……>
詰まるプロキオン。目を四方に動かして、しどろもどろ感、満載である。自分のセールスポイントのはずなのにそんなに困っているなんて、可哀想だなあとさえ思えてきた。
<例えば、えと、そうだ!>
「何か役立つことでもあるのか?」
どうせショボイだろうから、期待しない聞く。聞いて驚けとでも言いたげなプロキオンは、胸を張っている。中途半端に見栄っ張りだなあ。
<食べ物の腐敗や、新鮮さを、保つことが出来ます! 時間経過をゆっくりにさせて、一日くらい!>
「しょぼい……」
悲しい。どうしようもない感じになっているのが余計に虚しい。
プロキオンは我ながら最高の考えだとでも思っていたのか俺の反応にがっかりしているし、いたたまれなくて、少し早めに家を出た。
三日月の家のインターホンを押すと、はあい、と遠くで声がした。ちゃんと応答すればいいのに、面倒がって声を張り上げるのは前からのことなので、そのまま待つ。
「お待たせ、
寝ていたのか、あくびをしながら三日月が出てきた。例のごとくワンピースを着ていて、屑と一緒に天体観測へ出かけたあの日のことを思い出した。もしかしたら、星を見に行く日はこの服を着る、と三日月は決めているのかもしれない。
「月草、また、犬の耳付けてるんだね……」
「三日月もまたワンピースなんだから一緒だろ」
冷ややかな目で言う三日月に、負けじと言い返す。俺と同じで、屑との観測のことを思い出して、同じ服装に、意図的にしているのかもしれない。まあ、こんな風に服装についていじられるのは全然うれしくないけれど。
「とにかくっ、今日は楽しい流星群観測! 行こう!」
れっつごー! 拳を突き上げる三日月。寝起きなのに元気だな。
並んで歩きだすと、跳ねるようにはしゃぎながら三日月は楽しそうに話し出す。
「せっかくだから今日は、ちょっと遠出して、前に隕石が落下して壊れた、天文台に行こう! 丁度十年前の今日だったかな、八月十二日に、隕石が落ちたんだって。そこならきっと、空いてるよ」
ああ、それは俺も知っている。割と近所に、隕石なんて墜落したんだ。当時は山火事が起こったりして大変だったらしい。このあたりでは有名だ。
「大破してるらしいけど、天文台があった場所なんて、きっと見やすいし!」
空いてるも何も、いつもは公園で見ていたし、誰も天体観測の人なんていなかったと思うけど。きちんとした観測は声が初めて見たいなものだし、三日月の好きにさせてやるのが一番だろう。三日月のことだから、言い出したら聞きそうにないし。
三日月の意見に賛成した俺は、天文台へ向かうことにした。
その天文台というのは、当時の様子を後世に伝えるためだとか何とかという理由で、大破したままだった。さすがに安全のために策が作られていたけれど、予算が足りなかったのかまるで機能していない。
ガラスなどは撤去してあるものの、衝撃によって壊されたであろう建物は生々しくて、ここだけ時代に取り残されているように見えた。
「うわあ、壁に落書きされてるよ。暴走族とか、不良とかが来たりしてるのかな、こんな田舎にもいるんだねえ」
三日月は足元に気を付けているせいで星が見えない、と愚痴をこぼしながら歩く。たまに辺りを見渡しては、そんな感想をこぼしてふらつくから、見ている俺もひやひやする。
運動靴で来たからよかったものの、これじゃあ登山みたいだ。
「見てよ、月草! ほら、綺麗……!」
隕石が直撃した場所なのだろうか。三日月が拓けた場所に出て、空を見てくるくる回る。
町から少し離れた場所にいるからだろうか、あたりは暗く、星が見やすかった。外灯がある、公園なんかより、よっぽど。
一点を中心にたくさんの星々が、回るように弧を描きながら降り注ぐ。その光景は、写真ではきっと伝わらない、この瞬間しか分からないような、不思議な素敵さを持っていた。
思わずその迫力に息をのんで、感嘆ばかり口からもれる。
「三日月」
悩みとか、願いとか、想いとか、感情なんて全部忘れ去ってただただ、瞬く星々を眺めていた。
「ん?何?」
「連れてきてくれて、ありがとな」
星から目を離せずに礼を言うと、三日月も嬉しそうだった。三日月が星を好きな理由が、何となくわかった気がする。
「うん」
星は、こんなにも綺麗で、素敵なものだったんだなあ、と始めて知った気がした。
屑も見ているといいけど。
どこに行ったのか未だに分からないあいつ。三日月のことを、俺のことを思い出して、流れ星を見ていたりなんて、しないだろうけど。ぼんやり考えてしまうくらいには綺麗。
しばらくそうして見入っていると、首が疲れてきた。いい加減痛くて、こきこきいわせながら首を回していると、がさがさと枯れ葉を踏む音が聞こえた。
誰か来る?
暗闇の中、大破した天文台に近づく人影。迫りくる人物。
「居待さんと、曙、さん?」
また銀河か、と身構えるよりも早くに届く、聞いたことのある幼い声。聞き覚えのある声。
ゆっくりと現れたのは、セーラー服を着た女の子。
「日陰ちゃん?」
一瞬、あの日、三日月を探し出してくれたように、屑を探してもらえないかと思った。でも、屑は恒星じゃないし、日陰ちゃんだけが恒星を探せるわけじゃない。
それに、星はそこまで明るくなくて、よく見えなかったけれど、日陰ちゃんは泣いているようだった。色々びっくりしている俺を横目に、慌てたように三日月がハンカチを取り出す。
「どうして、あなた方が、ここに」
ただただ驚いたように、信じられないように話す日陰ちゃん。そのまま日陰ちゃんに聞きたい内容だったけど、押し殺した嗚咽の合間に日陰ちゃんは話す。
伝えたい言葉が上手く出てこないようで、辛そうで、俺たちは日陰ちゃんが落ち着くのを待った。
「私はただ、いい子でいたいだけなのに。どうして恒星は、恒星だからって、自分勝手になってしまうの? 私は、いい子でいなくちゃ、だめなのに」
「いい子でいなきゃいけないわけ、ないよ」
ぽろぽろ涙を流す日陰ちゃんに、そっと三日月がハンカチを差し出す。受け取らないのを見て、三日月は優しく涙をぬぐった。
「泣かないで」
珍しい、三日月は困っているようだった。
「……わたしは、いい子じゃなきゃいけないんです。そうじゃなきゃ、生きてる意味なんてないんです」
「そんなことないよ、生きてる意味なんて、そんなの」
日陰ちゃんの背中をなでながら、三日月は不器用に言葉を選んでいる。一生懸命に俺をすがるように見てくるけど、俺だってこんな場面で何を言ったらいいのかなんてわからない。
「そんな風に考える、日陰ちゃんはいい子だよ」
しどろもどろに、とりあえず口に出す。薄っぺらい言葉ばかりを並べてしまう。
「確かに日陰ちゃんの言う通り、恒星は自分勝手になっちゃうかもしれないけど、恒星じゃなくても、自分勝手になっちゃうことも、あるし」
スピカに契約で、日陰ちゃんも何かを差し出しているのだろう。それで自分勝手に、なってしまうのだろうか。
俺は、自分の契約も三日月の契約も、自分勝手になるようなものじゃあないと思う。何かを考え続けるのも、すぐに忘れてしまうのも、そんなの普通の人と変わらない。
「そうだよ、恒星だからとか、関係ない。日陰ちゃんはいい子だよ」
「いいえ………………いいえ!」
少し落ち着いてきたかなと思ったのに、何かが逆鱗に触れたのか、三日月の手も払いのけて、日陰ちゃんは大きな声をあげた。
「悪いのは恒星です。恒星が全部、いけないんです! だって、恒星がいい子なら、どうしてスピカはもっと早く、わたしに来てくれなかったの……?」
ぶんぶん、首を振って。涙を流しているのに表情は崩れない。
「わたしは、いい子にならなきゃいけないんです……だから、悪い子の恒星なんて、みんな、死んじゃえばいい!」
ふわり、宙からスピカが現れる。冷たく日陰ちゃんを見下ろすスピカに、腹の底が冷えるような心地がする。
死んじゃえばいいなんて、そんなこと、本気じゃないだろうと思うのに、言葉に熱が宿っているようで、冷えた目のスピカが、本当にやってやると、代弁するかのように思えた。
「日陰ちゃん……」
「日陰様!」
おずおずと、日陰ちゃんの頭にのばされた三日月の手を、空で何かが裂くように払われた。
「どうした!?」
何をされたのか、のばしていた手を抱えるようにその場にうずくまる三日月。すぐそばまで行きたいけれど、やってきた人は、俺との間に、日陰ちゃんを守るように立つ。
突然あらわれたその人は、スーツをぴっちりと着ていた。その人の手に、長く鋭そうな刃物が、しっぽのような物の先についているのが分かる。
「日陰様、遅くなってしまい申し訳ありません」
見覚えのある人だった。星明りに照らされて、白髪の三つ編みが、上がる口角が不気味に映し出される。
「殺しますか?」
銀河のお姉さん。さそり座、アンタレスを光源に持つ、あの。
ぶわ、と冷や汗が噴き出すのを感じた。お姉さんは日陰ちゃんの前で舌なめずりをしながらこちらを伺っている。蠍のしっぽのようなものが、髪から伸びる三本目の三つ編みのように見えた。
「ここでは、やめてください。ここは、みんながいい子じゃなきゃ、だめですから」
淡々と、日陰ちゃんがお姉さんを制した。その場に足を縫い付けられたのかのように動けない俺を嘲笑って、お姉さんは日陰ちゃんの手を取る。
「いいのですか? 恒星はすべて殺す。そのための私、そのための銀河、ですが」
「…………いいんです。この人たちには手を出さないと、約束、してしまいましたから」
涙は止まっているようだった。感情が読めない声色で、日陰ちゃんは続ける。
「その代わり、次に会った時は、殺しましょう」
「仰せのままに」
片足をついて日陰ちゃんに接する女の人は、俺のことを何とも思っていないようだった。敵だともまるで思えないほど、実際弱いけれど、見積もられているのだろう。
「行きましょう、凩さん」
俺たちに目もくれず、お姉さんと立ち去っていく日陰ちゃん。
さようなら、とすれ違いざま、小さな声で言われた気がしたけれど、振り返った時にはもう二人の姿はなかった。
「三日月!」
「ごめ、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」
三日月に駆け寄ると、何が起こったのか理解しきれないのか、三日月は手を胸の前で抱え込んで、小刻みに震えていた。顔色も悪いし、血が流れているのも分かるのに体が動かない。
「大丈夫だから! しっかりしろ!」
向かい合わせに座って、ゆっくり無事な片手をどける。やっと俺の存在に気が付いたのか、少しほっとしたように、三日月が俺の名前を呼んだ。
手には、得体の知れない黄緑色の液体が傷口にべったりとついていて、切れた皮膚からとくとくと、血が流れだしている。さそり座だから、毒がありそう。そんなやり取りをかつてしたことを、思い出した。
「プロキオン!」
〈分かってるよ〉
あらわれたプロキオンが、光る包帯に姿を変える。三日月の顔色が少し良くなって、震えが収まった。光源って変幻自在だなと、安堵した中で思った。
「よし、これでなんとか帰れそうだな……」
役に立つところなんてないと思ったけど、プロキオンも役に立った。時間を止めているんだから、急激に悪化したりすることも防げるだろう。毒の回りなんてわからないし、早く帰ろう。
「ごめんね、月草」
「いいよ。俺こそ、すぐ手当てできなくてごめんな」
天文台を後にして、三日月を背負いながら帰路につく。三日月の家についたら、家の人たちにびっくりされそうだ。
「それもだけど、そうじゃなくて」
三日月がしおらしい。元気がないのはあんまりないからこっちも調子が狂う。いつもは俺の方が元気ないのに。
「私が天体観測に誘うと、いっつも、よくないことになっちゃう」
「三日月……」
声が震えていて、背中に顔をおしつけられる。こらえるように息を吸うのが分かって、俺も何も言えない。
春には三日月がさらわれかけて、屑がいなくなって、今日は三日月がけがを負わされた。毎回、銀河に出くわして、俺たちは痛手を負っている。ゴールデンウイークの、天体観測の後に屑がいなくなったのは、関連があるかどうかも分からないけれど。
「日陰ちゃん。…………日陰ちゃんが、銀河のボス、なのかな」
「そう、だろうな」
三日月は初対面だっただろう、日陰ちゃん。前に、銀河のことも分かりたいと言っていた三日月だけど、今回、思うことがあるのだろう。
「元気出してくれよ、三日月。頼むから」
ぐりぐりと頭をおしつけてくるのは、三日月が弱った時にだけする仕草で、昔、三日月が鬼ごっこで鬼にされてばかりになると泣いていたことを思い出した。
「天体観測だって、悪いことじゃない。今日は屑はいなかったけど、俺も屑も、楽しかった。だからまた、一緒に行こう。だから元気出せよ」
「…………月草、ほんと慰めるのどへたくそ」
力なく三日月が背中で笑う。でも笑ってんじゃん、結果オーライ。
よいしょ、と担ぎなおすと、変なとこ触んないでよね、と頭をはたかれた。変なとこってどこだよ。
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