第2話 琴座κ流星群①
「つっきー、くーちゃん、知ってる? 今日ってば流星群が見られるかも、なんだよ!」
思わず二度見してしまう程長い黒髪のメガネ少女が、二人の少年に話しかける。ぴょんぴょんと跳ねながら話しているせいで、髪があっちこっちにぶつかっている。周りの人はちょっと迷惑そうだ。
「はぁ? 意味分かんないんだけど……
「ううん……分かんない」
犬顔の少年が面倒くさそうに尋ねると、『屑』と呼ばれた少年はあっさりと答えた。
「えー、なんだ。知らないの? 確かに三大流星群でもないし、知名度は低いけど……」
ぼそぼそと文句に近いつっこみを入れると、少女は説明しだした。
「
さすが。天体大好き少女・
「そりゃあ、流星なんだから、『流れるもの』って意味だろ?」
「……
いつもあだ名で呼ぶ三日月が真面目に俺の名前呼んじゃった。それ程ヤバイ回答だっただろうか?
「くーちゃんは? 知ってる?」
「え、と」
三日月の目が怖い。『さっきみたいな回答だったら許さない』と目が告げている。悪かったな、許されないような回答して。
「た、太陽の周りを回っている、小さな砂粒が、地球に飛び込んで発光する現象、じゃあなかったっけ?」
「くーちゃんって記憶力いいんだね! 教科書と一言一句間違い無し!!」
「そうかな……ありがとう」
これまた無表情で礼を言う屑、何気な超真面目キャラだ。三日月も素晴らしい記憶力である。教科書の文なんて、俺、覚えてないし。天体以外興味なし、天体以外の知識は頭に入れてない彼女だからこそ、だ。
「説明に戻るけど」
三日月がズレにズレた話を一言で戻す。
「国内では一九四五年に一時間あたり約九十個の記録が残ってるんだ。今年こそは! もっと見えるかもしれないし! 観測しようよ観測!!」
「なんでそんなマイナーな流星群の観察に、人を誘うんだよ」
一人で行きゃいいじゃん。ていうか、俺は三日月と幼稚園以来、腐れ縁で友達をやっていて、一回も、一緒に行こう、なんて言わなかったのに。どういう心境の変化だ?
「つっきーがひどいよー!」
「俺の名前は
「いいじゃん、かわいいし。ね、くーちゃん」
三日月が唐突に屑に話を振るから、屑もびっくりしたように、曖昧に、そうだね……? と肯定する。認めないで。そんなこと言ったら『くーちゃん』の方が可愛いと思うけどな。
「じゃあ、今日の二十三時に、校門でね!」
三日月は今までの会話をいきなり無視して、そう締めくくった。丁度そろそろ、予鈴が鳴る。
現在時刻、二十三時。言われたとおりに校門に来たのに。
「三日月の奴……遅いな」
「そ……っ、そだ……っ、そうだねっ……」
屑が笑いをこらえている。無表情のままだから、怖い。やめてほしい。
「屑、無表情だと怖いから。顔も笑えよ」
「いや、……その、あのさ」
言いにくそうな屑。一体何がどうしたというのか。
「月草、本当に犬の耳の付いたパーカーを着てるんだなあ、と思ってさ」
「うがぁっ!?」
ちくしょう、忘れていた! つい先日、学校で『いくら顔が犬っぽいからって犬耳パーカー来てるなんて、つっきーは本当に犬が好きなんだね!』なんて三日月にバラされて恥ずかしい思いをしたばっかりなのに。いつものノリで着てきてしまった。
なんかもう、すでに帰りたい。しんどくなってきた。
「まあまあ、落ち着いてよ月草。可愛いよ?」
言ってることは慰めなのに、無表情な屑。余計にみじめだ。
「お待たせしましたっ、三日月だよ!」
そんなことをしているうちに、うちのトラブルメーカーがやってきた。相変わらずテンションが高い。しかもこんな夜更けなのに、丈の短いワンピースなんて着ている。寒くないのか。
「さあさあ、見に行こうよ、諸君。ほら、今も空にライジング!」
「あのさ、三日月」
テンションが高すぎる三日月に、屑が発言した。珍しい。
「くーちゃん、何? どうしたの?」
「その手に持ってる牛乳パックは何?」
オレンジと白のワンピースに気をとられて気付かなかった。なんでそんなもの持ってるんだ。三日月のオレンジ色のメガネが、きらりと光る。
「くっくっく、これはね、『お手製天体望遠鏡』!」
じゃーん! と発明品のように見せられる。完成度は小学生が図画工作の授業で三十分くらいかけて作ったようなレベル。
「お手製って……そこは見たまんまだな。そんなん必要なの?」
「うーん、いらないかも。てへへ、見せびらかしたいだけ!」
見栄っ張りだった。ちょっと望遠鏡とか探して持ってきた方が良かったかな、って思ってしまった。慣れてないから持ってくるべきものもわかんなかったんだよ。
「んじゃあ、しゅっぱーつ!」
何も締まらない状況下で、三日月は元気よく言った。
「ところで三日月、どこで見んの?」
「公園!」
ずんずん歩き出す三日月の後ろに屑と二人で並ぶ。こうして見ると三日月は小さいし、小学生みたいだなあと思う。高校生だけど。
「……あのさ、三日月が俺らを連れてきた理由。考えてみたんだけど、もしかして、最近『銀河』が活発に動いてるから?」
こそっと耳打ちしてくる屑。一人ぼっちでもではしゃぐ三日月を見ながら、そういえばそんなものもあったなあ、と感心。
「そっか、『銀河』。そういえばそうだった。三日月、どうなんだ?」
三日月がそこまで考えているのかも謎だけど。『お手製天体望遠鏡』で琴座を探していた三日月に話を振る。
「あー、うん。さっすがぁ。くーちゃんは本当に何でも分かるね。私ってば一応『恒星』だし!!」
少しこちらを振り返って、えへへ、と笑って見せる三日月。きらりと頭上に、星が流れたような気がした。
今から約十年前の八月、隕石が落下した。
その影響か何かは知らないけれど、強い志を持った人が、人の姿・形をした妖精的な自称・『星座を司る星』を持つことになった。お偉いさんたちが自称・『星座を司る星』を『光源』と呼ぶことに決めると、皮肉なのか何なのか、きっと深い意味は無いだろうけれど、『光源』を持つ人は『恒星』と呼ばれるようになったのだった。
三日月は『光源』を持つ人、つまり『恒星』なのだった。
「えへへー、この間『光源』とケンカしちゃってさあ、今、出てきてくれないの」
「何でケンカしてんだよ?」
「うーん、なんか『契約と内容が不一致だ! いつもいつも、ふざけているのか、君は!? 君はきちんと私に対価を支払うつもりはあるのか!?』とか、何とか」
光源の言う事の方がもっともだと思う。こんな三日月だから、振り回されているんだろう。同情する。
「契約……恒星ってそんなもの結ぶの?」
屑が不思議そうに尋ねる。
「あー、あんまり知られてないんだけどねー。私って当事者だしっ? 恒星が強く志す事をかなえる為に、光源は力を貸すの。その、代償みたいなもの、かな。人それぞれらしいけどねー、感情とか、体力とか」
いい加減な説明だった。恒星じゃない俺にはよく分からないけれど、『契約』というのは複雑らしかった。確かに、クーリングオフが適用されそうな相手じゃないもんな。
「三日月は、その代償に、何をあげてるの?話から推測して、ちょっとずつあげるみたいだけど」
応えてくれないかな、と小さく言って顔を伏せる屑。意外と食いついて話してくるから、屑は興味があるのかもしれない。
「雑把に言うと、『知識欲』だよ。だから私は、新しいことが覚えられない」
何のためらいも無く、あっさり言った。三日月の口調はとても軽く、嘘の様にも聞こえた。俺も初めて知ったから、ちょっと意外だった。こんなにあっさり、言うなんて。
「ん~、逆に三回聞いたら絶対忘れないんだけどね」
ここでもへらり、と笑って見せる。どういう契約なのか、きっと、もっと細かく決まっていたりするんだろう。深くは聞けない雰囲気で、俺たちはそれぞれに星空に視線を移した。
『銀河』とは、『光源』を奪う組織である。『光源』を奪って何をするかは知らないけれど。
奪うためならば『恒星』――強い志を持つ人を、殺すことすらも厭わない。ここ最近は『殺人鬼集団』と揶揄されている組織である。
「最近『銀河』が活発になってるとはいっても、三日月の『光源』って攻撃的っつうか、普通に強いじゃん」
「だから、ケンカしちゃったんだってば!!」
そうだった。その代わりに俺たちをボディーガードのごとく深夜の公園に連れ出したのか。俺たちだって、何か特別強いわけじゃないから役不足だと思うけどなあ。
光源は恒星にチカラを与える。光源を持つ人の中には『人外能力じゃねえの!?』と思わず目を見張る能力を持つ人もいるらしい。
「うんっ、到着! 私ってばトイレ行きたくなったから、行ってくるね!」
あくまでも軽い三日月だった。遊具が数個しかない公園から見る夜空。寂しい公園からは、街灯も少ないからか、ちょっとよく見える気がする。
「きれいだな……」
「そうだね」
当たり前すぎて、あまり意識してみていなかった星空。思いの外、きれいだった。
「はぁー、俺たち三日月のボディーガード、って立位置かぁ」
「立位置って……大丈夫だって、『銀河』なんてこんなド田舎に来ないよ」
「田舎ってほど田舎か? 一応、地下鉄の駅、最寄り十五分だぜ?」
「そういうこと言うのがもう田舎……」
下らない事を話しているうちに星を見ろと、三日月がいたら怒ったかもしれない。でもそんなに星に興味があるわけでもないからなあ。
「……あれ?」
「どうしたの、月草?」
屑のために、軽く前方を顎で示す。そこにいたのはセーラー服を着た少女で、こちらに向かって歩いていた。こんな時間に何をしているんだろう。あの子も天体観測だろうか。
「あの子、恒星だ」
屑が真面目な口調に戻って、そう言った。
「何となくだけど……そんな気がする」
「じゃあ、あの子は三日月と同じ、恒星?」
屑の言ったことを、話半分で捉えるべきなのか迷う。もしそうなら、三日月以外の恒星を見るのは初めてだった。
「ひえっ」
小さく少女が悲鳴を上げる。ガン見しちゃってたからかもしれない。そりゃ、夜中に男二人がこっち見てきたら怖いだろう。
「……こんな夜遅くにどうしたの?」
さすがは基本真面目キャラ。屑が冷静に対応する。
「わ、わたし、
はぐれてしまったようで、と日陰ちゃんは照れたように苦笑いをした。日陰ちゃん、緊張のせいなのか、ドモリまくりだった。
セーラー服を着た少女、朧月日陰は迷子、だった。
「今の時代、『銀河』とか誘拐事件とか不良とか、危険な事がいっぱいあるんだから、気をつけてね。いくら恒星だからって、危ないよ?」
「そうですよね……迂闊でした。つい気を緩めてしまって……」
日常生活において中学生が『迂闊』とか言うの!? びっくりして二度見してしまう。年下のように見えるから、年長者としての威厳を見せるためにも大人っぽいふるまいをしたいところだ。できなさそうな気しかしないけど。
「ご忠告どうもありがとうございます。今後、肝に銘じておくように致しますね。あの、すみませんが、よろしければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、はい!」
花咲く様な笑顔で言う日陰ちゃん。名乗ってもらって名乗ってなかった。丁寧すぎる。今時の中学生はこんなにも律義なのか。
「俺が居待月草。こっちは、待宵屑。今はトイレに行っていていないのだけれど、曙三日月って奴も一緒に来ているんだ」
「居待さんに、待宵さんですか。失礼ですが、名字もそうですけれど、似ていらっしゃいますね。永いお付き合いなのですか?」
「うーん、そうかな。三日月との方が付き合い永いけど」
俺と三日月とは腐れ縁で昔から一緒だけど。屑が、三人でつるむ様になったのは今年からだよね、と言う。
「そうだった。屑とは、いくつもの窮地を共に乗り越えてきた気になっていたんだけど。まだそれほど経っていなかったんだな」
「まず窮地に達したことなんてないじゃん!!」
屑のつっこみ。それもそうなんだけど、なんとなく一緒にいると居心地が良くて、昔からいるみたいに思っちゃうんだよなあ。この間まで名前も知りもしなかったなんて、本当、嘘みたい。
「窮地に達するのは」
不意に、急に、唐突に。日陰ちゃんが言った。
「人の心の持ちようによって、在り方によって、考え方によって変わります。結局、似たもの同士でも……お互いの心中を察することなど、気休め程度しかできないのです。私は、人の心は、難解で、理解なんてできるものではないと、そう思っています」
言葉を区切る。ドライな考え方に空気が詰まる。するとそれを察したようで、日陰ちゃんがあわあわしだした。
「す、すみません! 変なことを言い出してしまって!」
「いいよ、気にしてないし」
言葉通りに、にへらっと笑って言う屑。中学生に気を遣わせているのは、もう、この際おいておくとして。
屑が笑うなんて。すげぇ動揺してるんだな。無表情を極めた屑が、感情をあらわにするような表情を見せるなんて。日陰ちゃんのさっきの言葉が、屑の琴線に触れたのだろうか。
「ところで、曙さんも含め三人で、こちらに何をしていたのでしょうか? よろしければ教えて頂けませんか?」
「天体観測だよ。今日は
屑が言う。普段より屑が饒舌なのは、先ほどの日陰ちゃんの言葉のせい、なのだろうか。なんだか心配だ。
俺はぼろが出そうだから極力、会話に参加したくない。威厳のありそうなポーズをしてごまかすことにする。とりあえず腕組んでおこう。
「そう、でしたか。天体観測……。知りませんでした。その、流星群は誰が見に行こう、と?」
「三日月だよ。光源に関係あるから、見たかったんじゃないかな」
屑が言うので、ああ、と俺も気付く。三日月の光源は琴座のベガだ。だからこそ、この流星群に特に興味を示したのかもしれない。確か、マイナーって言ってたし。
「曙さんも、恒星だったんですか」
驚いたように反応する日陰ちゃん。しまったかもしれない、あんまり恒星や光源については、本人もいないのにおおっぴらに話してしまってはいけなかったかもしれない。犯罪者集団がどこにいるかも分からないし。
まあ、光源に関係あるとだけなら……大丈夫だと思いたい。
「
「日陰ちゃん?」
「いえ。教えていただいて、ありがとうございます」
日陰ちゃんが何か言ったような気がしたけど、気のせいだったのか、独り言だったのか。それはさておき、日陰ちゃん、いい子だなあ。
「そうだ、日陰ちゃんもよかったら一緒にどうかな? 天体観測」
「あ……いえ。わたしは、一応。保護者のような人とはぐれていますし」
そうだった、日陰ちゃん迷子だった。屑は断られても軽く流して、次の話題に移る。
「日陰ちゃん、さっき、三日月”も”恒星、って言ったよね。日陰ちゃんも、恒星なの?」
日陰ちゃんは、少し迷ったようにしてから、はい、と言う。
すると、パッとどこからともなく、妖精のような光源が現れた。手のひら大ほどの小さなそれは、薄い桃色の髪色で、本物の妖精みたいだ。三日月の光源も同じくらいの大きさなので、光源は全部このくらいの大きさなのかもしれない。
「わ、え? スピカ!?」
まさか現れると思っていなかったのか、光源ってそんなに自分勝手なのか。日陰ちゃんは突然現れたそれに、驚いているようだった。
「えっと、この子が私の光源、おとめ座のスピカです」
つまんなさそうに俺たちを見たかと思うと、毛先をいじりだすスピカ。クラスにいる近寄りがたい女子を彷彿とさせる。
「光源にもいろんな性格がそれぞれ会ったりするんだな……」
<当然>
俺が感想を漏らすと、現れたのと同じくらい唐突に、スピカがしゃべった。まさか返答すると思わなかったから、うへ、なんて声が出る。すごい、しゃべった。こんな気が強そうな女子なのに!
スピカに顔を近づける屑。そりゃあ、物珍しいよなあ。
「スピカは一体、何ができるの?」
しん、と。屑の一言で、元から静かだったはずのこの場が、さらに静かになるような。重みのある雰囲気が、のたりと広がる。
<それは日陰が知り得るものであり、あなたは知る必要が無い。むしろ>
見た目に合わない、冷酷な表情でスピカは顔を上げて言う。
<なぜ私があなたにそんな事を教えなければいけないの?>
え、そんなこと言うの。スクールカースト上位の女子が下層の男子に言いそうで、ものすごくしっくりくるけど。まさかこんな、妖精さんみたいな存在に言われるとは思わなかっただけに面食らう。
「そうだね、ごめん」
へらり、笑って屑が謝罪する。スピカはまた、興味なさげにツンとしていた。ただ人間なんかとは慣れ合うわけないでしょ、とでも言いだしそうで、上位の存在だと知らしめるようだなと、ぼんやり思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます