星々の欠片
なみと
第1話 ペルセウス座流星群
今から十年前の八月十二日。間違いなくこの日が、全ての『はじまり』の日だったといえるだろう。
当時、ペルセウス座流星群が極大を迎えた日。観測のために、市内の天文台に来ていた家族。父母兄妹の4人家族。彼らがここに来なければ。
「お兄ちゃん! 見て、きれい!」
「そうだな、
「うん!」
心の底から出すような笑顔を見せて、笑う少女。
「
不意に、背後にいた父親らしき男が少年に尋ねた。
「ん……何だろう? もしかして、新しい星とか? 見たことない星だね」
「そうだよな、やっぱり……木陰、日陰、父さんと母さんはちょっと調べてくるから、二人で仲良く待っていてくれるか?」
「いいよ」
少女は流星を見たまま、即答した。
「わたし、このままずっと星を見ていたい! 帰るって言っても、帰らないからね!」
その様子を見た少年は小さくため息をついて。
「俺も、待ってるよ。日陰はちゃんと見とくからさ、安心して」
「ああ……すぐ戻るからな」
「うん」
父親と母親が去っていく姿すら、少女の目には映らなかった。
「お兄ちゃん! この流星はなんていう名前なの?」
夢中になって見ていたのもつかの間、少女はすぐに少年に質問した。
「日陰……知らずに夢中になって見てたのかよ」
「いいじゃん、別に!」
そりゃあ、まあいいけどさ、とつぶやいて少年は説明し始める。
「これは、『ペルセウス座流星群』。毎年お盆の頃になると活発になるんだ。他の流星群は望遠鏡や双眼鏡を使わないと見えなかったりするんだけどな」
「普通に見えるよ?」
「それが、この星座の特徴だからな」
途中で割り込む少女にも冷静に答える。少年はさらに続けた。
「一時間に三十個から六十個くらい流星が出現するんだ。今日が皆既月食なのが関係しているのかな……特に多いな」
「だってだって、日陰の誕生日だもん!」
「嬉しいか?」
「うん! 当たり前じゃん!」
満面の笑みを浮かべる少女に、少年は優しく笑う。
「この流星、実はペルセウス座の見える方角以外からでも見えるんだ」
「そうなの?」
「うん。東西南北どこからでも構わないんだ。月があると、見えにくいけどな」
「なんで?」
「それは……」
少年は言葉を切る。
いくら明るい流星といっても、月ほどは明るくないから。それだけなのだけれど、きっと少女には分からないだろう。
「まあ、いいけどさ」
不貞腐れたように、少女が言い返す。その数秒後。
『ご来場の皆様にご連絡いたします―――』
アナウンスがかかった。その声から緊迫した状況を察知したのか、少女は少年の服の袖をつまむ。
『天文台に、い、
「隕石っ!?」
突然の事態になすすべもなく呆然とする二人。
「父さんが見つけたあの星は、隕石だったのか……」
少年はそうつぶやいて。
「とにかく、外に出よう!!」
駆け出した。
「お兄ちゃん、ちょっと、待ってよう……」
つんのめる様になりながらも後を追う少女。が、やはりすぐに転んでしまった。
「い、痛っ……」
「大丈夫か? 今おんぶしてやるから……」
「大丈夫! 大丈夫、だから!!」
少年に迷惑をかけないように、と強がる少女。それが裏目に出ていることなど気付かず、少女は無理に笑った。
「早く、こっちだ!!」
少年が叫び、少女は片足をかばいながら駆ける。
「あと少しで、出口につくから。あと、少しだからな」
自分自身に言うように、希望を与えるように。少年は先を急ぐ。
「出口だ!!」
少年は少女を抱え、走り出した。一刻も早く、ここを離れるために。
「……もう、大丈夫だ……………」
「お兄ちゃん……お父さんとお母さんは?」
少女の素朴な疑問に、少年は詰まる。まだ中にいるのかもしれない。でも、それを伝えたところで少女が不安になるだけだろう。
「もうすぐ、きっと、出てくるさ」
少女に笑いかけて、少年は続けた。
「父さんは、『すぐに戻る』って言ったんだから」
その刹那、空が輝いた。昼間かと思ってしまうほど明るい空。その空は、燃えているかのごとく赤く、そして白かった。
天文台に、隕石が近づく。どんどん……近づいて、もう、逃げることなどできるはずがなかった。
「くっ……」
少年は少女を見た。そして、すぐに、覚悟を、決めた。
「お兄ちゃん!?」
少年は少女を抱きしめて、天文台からできるだけ離れようと、精一杯に駆けた。
「日陰、これからは一人でもちゃんと、いい子で頑張るんだぞ」
隕石の、落下。あたり一面が真っ赤に、真っ白に、真っ暗に染まる。その場には夢も希望も、幸せなことなんて何もかも無いかのような有様だった。
赤い月がその場を照らし出し、何かを届けるように流星群が降り注ぐ。幻想的で不気味な闇の中。全壊した天文台の近く、一人たたずむ少女。
「お父さん……お母さん……お兄ちゃん……」
声を押し殺して、涙をこらえようとするが、溢れ出してしまう。そんな少女の姿は、あまりにも哀れだった。
「お兄ちゃん……」
少女のそばに横たわる、あの少年。衝撃波から体を張って自分を守って、死んでしまった兄。
「わたしが……わたしが、いけないんだ」
自身の両手で自身を抱きしめるようにして、声を絞り出す少女。
「わたしが、お兄ちゃんを殺してしまったような……ものなんだ!!」
悲痛に満ちた声が響く。辺りは火の手が広がっていて、この場所も危険なことを、幼い彼女は感じ取ることもできない。
「ちゃんとこれまで、やれなかったから。わたしは、駄目で駄目で駄目で、仕方ないから。わたしが、駄目だったから」
ぶつぶつと。呪詛のように、言い聞かせるように、ふらふらと少年のそばによる。
「これからは、ちゃんとする、よ……? わたし、約束守るから……お兄ちゃんの言ったとおり、『いい子』になるから……」
だから、と言葉を区切り。赤い月に向かって叫ぶ。
「目を開けてよ、お兄ちゃん」
その時だった。神が少女を哀れに思ったのだろうか。それが少女の心からの願いだったからだろうか。論理的に考えるなら、隕石の影響からだろうか。
少年の顔の上に、うっすらと淡い、深い青色の光が宿った。
「お兄ちゃん!?」
淡い光は一定の弱さで点滅をしだしたかと思うと、不意に消えた。その光に残ったものは。
<わたしは乙女座を構成する星の一つ、スピカ>
色素の薄そうな桃色の髪に、水色の目を持つ、“妖精“の様な小さな人。
「すぴ……か?」
首をかしげる少女にスピカと名乗る小さな人は告げた。
<わたしはあなたから、―――を、もらう。その代わりに>
「―――の、代わり……」
<これからの、未来を歩むためのチカラをあげるわ>
このスピカからの要求を承諾し、少女がチカラ手に入れたときには、もうすでに、この寸劇は幕を開けていた。
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