ヴィーガンはホルモン焼きを許さない

 二日目の夜は気仙沼に泊まることにした。早速町をぶらつく。

 おそらく250CCの軽いバイクで長距離移動した疲れが出たのだろう。昨日の朝まで悪かった体調も、だいぶ良くなってきている。

 泊まるところは難なく確保できたが、問題は夕食だ。おれとしたことがまだ東北に来てから一度も酒を飲んでいない。

 ここは是非、気仙沼ならではの新鮮な海鮮物で地酒を決めたいところだ。


「僕、ホルモン焼きがいいです。シロコロホルモンと軽く炙ったレバーでホッピー飲みたい」

 三吉はホルモン焼きの看板を見つけるなり、食べ物どころか飲み物までも限定した。


「ちょっと待て。焦るな。この。落ち着け。大丈夫か。この指、何本だ。腹減りすぎて血糖値ストップ安か。よく考えろ。なあ。おまえほんとに。この海っぺりの町で今『気仙沼ホルモン』とか、ちから入れてるのか。有名なのか」


「そんなのあるんですか。聞いたことあります?」


 質問に質問で返されると、高確率でループするが良いか。おれは意識的にゆっくりと言葉を吐き出した。


「『けせんぬまほるもん』って、みつよしくん、ごぞんじでおられる?」


「知りません。だけど昨晩、日本酒と魚は食べたので」


 もしここに本場(?)欧州のヴィーガンがいたら、気仙沼でホルモン焼きを出す店のみを対象に焼き討ちしてくれたりするだろうか。

 少し遠い目をしながら理不尽で野蛮な襲撃行為を想像していたが、多分奴らは魚も食べないんだろうなあ、なら居酒屋も焼き討ちかあ。困るなあ。あいつら迷惑かけても何も思わないからなあ。くじらベーコンで浦霞飲みたいのになあ。事態は一つも好転していない。


 だがおれの脳内ヴィーガン連中は地魚と少し肉の気分なので、ホルモン焼き屋への襲撃もそこそこに、肩を組んで歌いながら居酒屋に入る様子が想像できた。奴らはおれの方を向きながら親指を立て、店内に消えていった。


「なので居酒屋でよろしいか」


「対話をする努力を諦めないでほしかったんですが」


 半笑いを加えた過去形で言われると、心へのダメージは重大なものがある。

 だがそれを力強く無視して居酒屋の暖簾をくぐった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


「明日は石巻ですよね?」


 めんどくさいので頷きで返した。

 サンマの刺身の脂を、浦霞で流す。日本酒と魚料理はどうしてこうも相性がいいのだろうか。

 三吉はホッピーを飲みながら唐揚げを食べている。食べたいもの、飲みたいものを出してくれるいい店だ。


「全部ボランティアで行った場所ですか」


「イワシうめえ」


「そろそろこの旅の目的を聴きたいんですけど」


 こいつ酔ってるのか。言わずもがなのことで妙にからんできやがる。

「言葉に出すのもどうかなと思うけど」

 浦霞を口に含む。スッと香りが消えていく。のどごしが良い。


「他人に何一つ貢献できなかった自分が、生きた証を確認したかった、というところはやっぱりあるよ。

 なにしろこの間の入院で死ぬのかとも思ったし」


 三吉は黙って聴いている。


「あと、伝わるかどうかはわからないけど、後ろめたさも、ないわけではないというかなんというか。ガタガタだった道とか、壊れてしまった家とかが直ってるのを見て少し安心したけど、考えてみればそれこそ野次馬気分なのかなと。おれらが行かなくても地元の誰かがやってくれたんじゃないかなって。今回来てそれは、少し感じた」


「うーん、どうでしょうね。やらないよりはやる偽善でいいと思いま、すし」

 思いますしの、すし、の部分で三吉は寿司のメニューを指さした。かなり酔ってるようだ。


 本当は旨いものを食べたかっただけでした、はい、とか言ったら泣かれそうなのでやめておいた。


 明日の石巻に思いを馳せる。スマートフォンで撮影した写真の日付をみると、2011年の5月とあった。

 あの時は早朝に着いた。石巻の海岸周辺は、ほぼ壊滅していた。

 濃い霧が立ち込めているあの様子を思い出すと今でも言葉に詰まる。

 どうしても町が立ち直った様子を自分の目で確認したかった。


 それを伝える気はさらさら無かったが。

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