晩夏とソフトクリーム
バイクは快調に進んだ。
今のところ渋滞もなく、天気も良好だ。気温も晩夏なりの暑さではあるが、標高が高いので暑苦しいというほどではない。
先程休憩した佐野パーキングエリアから約100km。那須高原サービスエリアに到着した。
時間にして1時間程度しか走っていない。本来ならばここで停まる必要はない。
だが、東北自動車道にきたら何が何でも食べなければならないものがある。
その一つが、この那須高原サービスエリアのソフトクリームだ。
舐める。
冷たくて甘い。
正直に言う。
うまいソフトクリームなのかどうかはわからない。
というのも、ソフトクリームの味がわかるほどソフトクリームにまみれた人生を送っていないからだ。
ソフトクリームの違いが分かる人というのは、相当な種類のソフトクリームを食べたのだろうし、行列のできるソフトクリーム屋のソフトクリームがうまいというソフトクリーム情報を耳にすれば、わざわざソフトクリームを食べにいくほどソフトクリームを愛している人を指すのだろう。
行列のできるソフトクリーム屋というものがあるのかどうかは知らないが。
もし町中にソフトクリームを売っている店があったとしても、積極的にソフトクリームを買おうという勇気がおれにはない。
勇気を奮い立たせて無事に買えたとしても、ソフトクリームは買ったらすぐに食べなければならないものなので持ち帰ることはできない。
結果、店の隅っこでソフトクリームを食べることになる。
店の日陰で一人黙々とソフトクリームを舐めるおっさんなんてものは世が世であれば妖怪扱いであるし、ストリートビューならモザイク対象である。インスタに乗せたら炎上案件だ。
ソフトクリームとクレープは、おっさんが一人で食べていたら罰せられても仕方のないものなのである。
おそらくはこれらの食べ物の外見というか有り様が非常にファンシーだからだろう。それをおれのようなむくつけき50歳のおっさんが齧っているとなれば、見る人の目には、がさつな性犯罪とすら映る恐れがある。
少なくとも昭和40年代には、ソフトクリームなんてものは滅多にお目にかかれなかった。どんな味がするのだろうと雑誌を見て想像したものだ。
今やソフトクリームの一つや二つ、自由に買える経済状態になった。
子供の頃に憧れた食べ物であるソフトクリームとは、甘いものを食べたいから食べるのでなく、精神を満足させるために摂取するものなのである。駄菓子バーが人気なのと同じ理屈だろう。
ソフトクリームは舌で味わうのでなく、魂でぺろりんちょぺろりんちょと舐めるものなのだ。
だが先程説明したように、下手なところで食べると罰せられる恐れがある。
しかし、ここは那須高原サービスエリア。
日本の中で唯一、おっさんがソフトクリームを舐めていても罪にはならない場所である。多分。
もしこれが町中なら、石もて追われることは想像に難くない。
母親は子供を
「あんなソフトクリーム妖怪見てはいけません、目が穢れます」
と叱るだろう。
ここでならそんなことはない。
オアシスで旅人が休息するように、シマリスが巣穴で休むように、那須高原はおっさんの魂がソフトクリームに着地できる場所なのである。
人生でこれだけソフトクリームについて考えを巡らせることはなかったし、今後もソフトクリームにこだわることはないだろうが、そろそろソフトクリームという単語の意味が分からなくなってきたのでソフトクリームに関する思考を停止させたい。
であるからして那須高原のソフトクリームの感想を聞かれても
「白くてなめらかです。あと甘いからおいしい」
くらいしか言いようがない。
壊滅的に貧困なボキャブラリーだが、さきほどソフトクリームという単語を脳内で連呼し尽くした影響もある。
このようにしておれは三吉がトイレに行っている間、VMAXに勝手にまたがり、晩夏の暑さとソフトクリームの冷たさを満喫していた。
トイレから三吉が戻ってきた。
「なに難しい顔してソフトクリーム食べてるんですか?」
「お前みたいな若造には、わかるまい」
「まずいんですか?」
「白いからおいしい」
おれはいそいそと己のグラストラッカーに戻り、エンジンを掛けた。
「仙台宮城インターで降りるまで、もう一度休憩しよう。その場所は走りながら決めようか」
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