ガラスの五十代

 時速80キロで圏央道を北へ進んでいる。

 時折吹く、横からの強い風が怖い。

 僕のVMAXは250kgを越えているので安定しているが、前を行くグラストラッカーが不安だ。

 インカムで話しかける。


「土屋さん、なんでネイキッドにしなかったんです? そうしたら高速、もう少し楽だったのに」


「いや、あの前傾姿勢を長時間やってると、腰にな」


 土屋さんはそう言った。

 何か無理しているような気がしてならない。

 そもそも、僕が同行するなどと言おうものなら、反対する人だった。

 それは土屋さんが一人旅が好きだからとかそういう理由でなく、

「お前には嫁さんいるだろう」という意味での反対だった。

 口ではヒドイことを言いながら、常に周囲に気を配ってくれる人なのだった。


 その人が何も言わずに同行を許可するあたり、相当心細いのか、いまだ体のどこかが悪いのではないだろうかと勘ぐっている。

 と思っている間に、八王子ジャンクションが近づいてきた。

 イヤホンから土屋さんの声がした。


「あーVMAX様。250CCの私はそろそろ疲れてきました。高速を降りてもよろしいでしょうか」


「ダメです」


 東北自動車道に乗るまではノンストップで行く予定だった。半分も進んでないのに休憩するわけにはいかない。多分「もう行かなくていいや。スーパー銭湯でも行こう」になる。

 こんなことなら車を出せば良かった。

 そういえばあの時も僕と土屋さん、あと会社の連中とでハイエースに物資を積んで、真っ暗なガタガタの東北自動車道を走って陸前高田へ行ったな。民家の泥掻きは重労働だった。


「半分どころじゃなく、まだ1/3ですよ。30キロくらいしか走ってません」


「まだそんなもんか! この風さえなければなあ。トンネル多いし…」


「ボロい250じゃキツイかもしれませんが、頑張ってください。

 いつか大型免許とって中古のVMAX買いましょうよ、1200CCの古い方」


「なぜおれが買うのは中古と決めつけやがる」


「すみません、その予測しかできませんでした」


 40分ほど黙って走っているうち、久喜白岡ジャンクションまで26kmの緑看板が見えてきた。東北自動車道に乗り換えてしばらく走った所にある、佐野パーキングエリアで朝食を摂る予定だ。

 土屋さんがゴネて高速道路を降りるようなことがなければ。


 8時45分、佐野パーキングエリアに到着。出発してから3時間近く走り続けたことになる。

 車しか乗らない方には分からないと思うが、バイクでの高速移動は大変体力を消耗する。

 僕が乗っている大型はまだブレが少ないからいいとしても、50歳の病み上がりが高速道路を250CCで3時間走り続けるのは、決して褒められたことではない。

 バイクを駐輪場に止めた時、土屋さんは空を仰ぎ、ため息をつきながらながらぼそりとこぼした。


「ラーメン食べて帰ろうか」


「ダメです」


 フードコートでのオススメメニューは、当然佐野ラーメンだ。疲れた体に透き通った醤油スープの塩分は染み渡ることだろう。ミニ丼セットなんて気の利いたものもある。

 チケットを買おうとすると、土屋さんがレストランの方に歩いていくのが見えた。

 レストランの前には、朝食バイキングののぼりが。なんと佐野ラーメン食べ放題だそうだ。

 とはいえ、朝からラーメンを何杯も食べたい、という人はいるのだろうか。


「おい三吉、ラーメン食べ放題だってよ! これにすんべえ!」


 いた。


「貧乏性がフル回転しているところに冷水ぶっかけるようで申し訳ないんですが、2杯とか食べられるんですか」


「無理に決まってるだろう。病み上がりの50代だぞ」

 土屋さんは鼻で笑った。


「だが、佐野ラーメン食べ放題という言葉のロマンを、おれは買う」


 ああ、だからお金が貯まらないんですね、という言葉は、ちぢれ麺とともに飲み込んだ。

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