排気量で見下す奴は 軽油飲んで死ね

 9月某日、出発の準備が整った。

 体調はそれほど良くないが、今以上の体調になる自信もない。

 ルートとしては…


 1、事務所件兼自宅のある平塚から、隣の茅ヶ崎へ移動。

   そこで新湘南バイパスへ。

 2、海老名ジャンクションで東名高速道路に乗り換え、

   首都高から堀切ジャンクションを目指す。

 3、そこから中央環状線、川口線を経由し、

   東北自動車道に突入である。


 このルートだと、新湘南バイパスに乗ってから信号がない。神奈川県からノンストップで東北まで行けてしまうのである。なんとまあ便利な世の中になったことか。

 だが残念なことに、その便利さを享受しきれない。

 なぜならば経済的な都合で、バイクにETCが装着されていないからである。

 バイク乗りが高速道路の料金所をいかに忌み嫌っているかは、おいおい触れる。


 朝5時、三吉が来た。

「免許とっておきます」と宣言した通り、大型二輪での登場である。


 しかも、まさかのVMAX、2代目モデル。


 ドゥルドゥルドゥルドゥルと心地よい低音を響かせながら、おれの250CCグラストラッカーの横に、1700CCのモンスターバイクがゆっくりと停止した。


 圧倒的排気量格差社会


 そんな意味のない言葉が脳裏をよぎる。排気量にこだわるのは大嫌いだが、圧倒されるのは仕方ない。

 バイクに乗る奴はたいてい大きなバイクに憧れを抱くのだ。


 昔、こんなことがあった。

 アメリカンタイプのシャドウ400をコンビニに停めていた時、

「それ何CC?」と訊いてくるおっさんが近づいてきたのだ。

 400です、とおれは答えた。


 おっさんは「僕は昔750乗ってたけど、やっぱ400はおもちゃみたいだね」と言った。


「これ、車体は750と同じですが、乗らずに分かるとはすごいですね先生」

 と皮肉を返したところ、君も大型に乗れば分かるよと先生はおっしゃった。

 もしそれが事実だとしても、人が乗っているバイクの排気量を指しておもちゃだチープだと言うようなカスにはなるまいと心に誓ったのである。

 そもそもバイクを排気量だけでとらえるほど浅薄な考え方はない。


 そして今、おれはVMAXを横目にしている。

 排気量差になど興味はない。気後れもない。絶対にない。

 おれは元同僚として、また人生の先輩として、威厳のある声で三吉に問うた。


「ちょ、ちょっとまたがらせてもらってもいい?」


 媚びへつらったような上ずった声が出た。三吉は快くシートを譲ってくれた。

 なるほど、さすがに…。

 完成度というか高級感というか、250万円するのも理解できる。我が中古グラストラッカーの10倍のお値段。

 両サイドのサイレンサー2本出し、斜めに切り出されたヘッドライト、畏怖すら感じるV型エンジンなどに研ぎ澄まされた職人の技が現れている。YAMAHAの技術力、サンキューフォーエバーである。


「こ、これ、中古で買ったの?」


「いえ、新車です。納品までけっこうかかりましたけど、間に合って良かった。ETCも着けましたよ」


「嫁さん怒らなかった?」


「激怒してましたけど、許してもらいました。しばらく小遣いなしです」


 あ、そうだこれと言って三吉はインカムとイヤホンを差し出した。


「これで会話もできます。念の為に3セットあります」


 礼を言ってそれを装着する。まだ走り出していないが、早速使ってみた。


「あー。そこのVMAX、よく聴きなさい」


「電池のムダです」


「グラストラッカーより前に出ることはまかりならん。前に出られたらこっちは必死になってしまいます」


「わかりました。車間距離3メートルくらいであおるかもしれませんが、前には出ません」


「料金所でかなりモタモタするが、覚悟するように」


「わかりました。こちらはETC装着車ですが、着かざる鈍重な者に合わせます」


「そしてまた、こちらには燃料計がついておりません。この意味はわかるな」


「ちょっとわからないですね」


「では出発」


 まずは海岸線の国道134号線まで。

 東の茅ヶ崎方面の空が明るんできている。

 最初の休憩地点である蓮田ICまで2時間もあれば着くだろうか。

 三吉が呼びかけてきた。


「東北自動車道乗るなら、圏央道使ったほうが楽じゃなかったですか?」


「ああ、つながったの忘れてた。じゃあそっちから行こうか」


「久喜白岡ジャンクションまで、ひーたすーら、まっすぐです」


 嬉しい誤算だった。料金所は少なければ少ないほうがいい。

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