バイクに乗る奴はどこかおかしい
日曜日の朝、普段より早く目が覚めた。朝食を買いに駅前まで歩いた。
途中のコンビニエンスストアでサンドイッチと野菜ジュース、そして念のために中古バイク雑誌を買った。
事務所に戻り、サンドイッチを齧りながら実家に電話をする。もちろん入院したなんてことは伝えていない。
要件は「おれのバイクは元気か」だけ。
「売った、2万で。2ヶ月前に。邪魔だったから」
母は結果と感想だけ言った。
気を取り戻す前に若干の間はあったが、ここで怒っても意味がない。
シャドウ400は750CCと同じ車体を使っているので、重く大きく、確かに邪魔だった。しかもバリバリのアメリカンタイプなので、その存在感はネイキッド250CCの2倍近いものがあった。
いなくなってしまった昔の相棒は、今はどこを走っているのだろう。日本ならまだいいが。
気を取り直し、中古のバイクを購入する決意を固めた。
野菜ジュースを飲みながらバイク雑誌を熟読。字が小さい。7Q、いや5ポイントもない。
小さいスペースに情報が密集している媒体で有名なものに競馬新聞があるが、この中古バイク雑誌というやつもなかなかの実力者である。
やっかいなことに競馬新聞と違って、徹底したルールが感じられない。店ごとに感情的なアピールポイントまで書いてある。
「チャンバーカスタムバックステップ付・前オーナー大事に乗ってました」とか書いてあるが、後半のオーナーのくだり、いるか。雑に乗っていたものなら「雑に乗ってました」と正直に書くのか。
果てには文字を詰め込みすぎて50~60%程の長体をかけられ「読めねえよ」と言ってしまうものすらもあった。編集と校正は何をしている。
だけどこの雑多な細かい情報が好きだ。性に合う。
パラパラとページをめくり、今住んでいる地域のバイクショップ情報へ。
いろいろあって大手バイクショップのことを全く信用していないので、小さい広告から目を通す。
というか時間さえあれば、奴らがどれだけのことをしてくれたか延々と書き連ねたいところではある。
2ページ目で気になるバイクを発見。オンロードともオフロードともいえない、250CCのバイクだった。名をグラストラッカービッグボーイという。
走行距離も4000kmと少なく、本体価格も21万円と思ったよりも安い。電話をかけ、在庫があったので出向く。
来月の国民年金をこちらに充てた感じではあるが、来月の分は来月になんとかするから大丈夫なはずだ。
「先ほど電話したものですが、あのバイクをください」
店に入るなり、クレジットカードを提出した。
がっつき、さもしく、かついやらしい、雑な客である。しかしおれは気がはやっているのだ。早くしなければ休みが短くなるのだ。申し訳ないが、車両点検と登録も含め、なるべく早めに乗れるようにしていただきたい。
1週間後の夕方、指定された時刻よりも20分早くバイク屋に着いた。既に準備は整っていた。礼を伝え、簡単なレクチャーを受ける。
10年以上バイクに乗っていなかったので、真面目に聞いておく。ましてや、10年前はアメリカン、今回はオフロードとオンロードの間の子。シート高からステップの位置など、違いが大きすぎる。
共通しているのは、上半身に風がぶち当たる点。風を切るとかではなく、帆船の帆もかくや、という勢いで風が当たってくる。アホみたいなスピードさえ出さなければこれが案外気持ち良かったりするのだが。
とにかく乗り出す。
普通に車線に乗ったつもりが、うまく曲がらず対向車線まで大きくはみ出した。対向車が来ていたらここで終わっていた。
タイミングが、体の重心を移動するタイミングが掴めない。まあ、乗っていればすぐに慣れるだろう。
ギアが重い。クラッチ固い。ウインカースイッチとバックミラー小さい。
けど楽しいなあ。風を浴びて走るのは、本当に楽しい。
夏は暑くてバカかと絶叫したくなるし冬は寒くて殺す気かと震えが止まらず、春は花粉に悩まされそれが終われば梅雨の時期だ。今日のように暑さ厳しき晩夏などはつい背中が丸まってしまう。
はっきり言うとメリットよりデメリットの方が多い。足代わりならばスクーターで十分だし、天候が気になるのなら軽自動車を買えばいい。なんで暑い日にブーツを履いて、上着も長袖でないとならないのか。
この歳になると通り抜けもしたくないので、渋滞にも巻き込まれる。
それでも走れば楽しくなってくるのだ。
趣味でバイクに乗る人間は、社会生活を営むうえで、なにか致命的な欠陥を抱えているような気さえしてくる。
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