ACT118.5 お互いの大切さをどう言えますかね?
「じゃあ、わたし達の次のシフトは十五時ということで、それまでは自由行動だね」
「わかったわ。十分前に着替えて、教室前に集合でいい?」
「それでいいと思われます」
十三時になって、クラスの喫茶店のシフトが交代になった。
更衣室で、いったん普段通りの制服に着替え終えてから、
「ボクはおなつと二人で一緒に回るつもりだけど、茶々様はどうするんだ?」
一緒に先に着替え終えて、更衣室の入り口でお互いに待機中の八葉茶々に訊いてみた。
茶々は少しだけ考える素振りを見せてから、
「んー、今日はまだシフトがあってゆっくり回れないから、奈央や朱実、真白と軽く冷やかし程度に校内を見て回るつもりよ」
「そっかー。確かに明日は午前の一回だけだから、明日は存分に楽しめそうだよなっ」
「そういうこと。言わば、今日はあちこちの下見ね。桐子も一緒にどう?」
「やめとく。おなつと二人きりになれる時間、一時間ちょっとだけでも貴重だから」
「ふーん。確かに、二人ともいつも忙しかったもんね。班も別々だったし。ちゃんと、仲良くするのよ?」
「うんっ。……茶々様は、もう大丈夫なのか?」
と、少しだけ気になったことが、桐子の口から突いて出ていた。
一昨日。
茶々は、午後に入って学校を早退した。
その理由について桐子は未だに知らされておらず、昨日の接客班の前で茶々が行った謝罪の際も、理由について知ることはなかった……というより、桐子が打ち切らせた、と言うべきか。
だって。
早退を伝えてきた際、茶々はとても泣きそうな顔をしていたから。
「なによ、気にしてないんじゃなかったの?」
「それは、みんなの前だったからさ。少なくともボクは、あの時の茶々様がとても心配だったよ」
「……ごめんなさい、ちょっと意地悪なことを言ったわ。事情はまた今度話すけど、一つ言えることは、今の茶々に怖いモノは何もないってことよっ」
「お、おおぅ……そこまで堂々と言えるってことは、本当に大丈夫なんだなっ」
「そういうことよ。見てなさい桐子。今度の期末、あなたを必ず上回ってやるわっ」
「お、言ったなっ。ボクも毛頭負けるつもりないよっ」
どうやら、何かあったのは事実だけど、もう解決済みと見ていいようだ。
だったら、自分の心の引っかかりはともかく、この場はいつもと同じく茶々とは己を高め合えるように、挑戦的にやり合う……となるかと思った、その前に。
「でも……ありがとね」
「茶々様?」
茶々は、今までに見せたことのない……否、厳密にいえば、昨日の謝罪時に一度見せた、柔らかな笑みをこちらに向けてきた。
素直で率直、そして可愛い、そんな笑い方。
「あなたが心配してくれたこと、茶々はとても嬉しかったわ」
「お、おう?」
「だから桐子。この高校三年間、そしてその先も、あなたとはお互いに高め合えるライバルであり、友達で居て欲しいわねっ」
「――――」
そう言って。
その笑顔のままで、小さな拳をこちらに差し出してくる茶々に、桐子はゴトリと心を響かせながらも、
「ボクでよければ、いつでも相手になるぞっ」
「うんっ」
どうにかいつも通りに笑って、彼女の拳に自分の拳をちょんと合わせることで応えることが出来た。
強気に笑い合う裏で、桐子、危うく茶々の笑顔に落とされるところだったのには戦々恐々である。これでは奈津に申し訳ないし、この先の茶々との勝負に、余計な雑念が入りかねない。
……それくらい、あらゆる面で茶々様は強くなってるんだなっ。
これは、桐子もうかうかしてられない。
成績面だけではなく、自分の熱中するものに対する気持ちだって茶々に負けないように、気を引き締めないと。
「お待たせしました、桐やんさん。待ちませんでしたか?」
「ん、おなつ、ボクは大丈夫だよ」
だが、今はまだそれを脇に置いておいて。
ひとまずは、自分にとって大切な女の子――緑谷奈津と共に過ごす時間の一分一秒を、大切に噛みしめることにしよう。
そう言う思いで、桐子はたった今更衣室から着替え終えて出てきた奈津の小さな手を取って、
「じゃあ、茶々様。また後でなっ」
「茶々様、お先に失礼します」
「うん。集合に遅れるんじゃないわよ」
茶々の見送りを背に受けながら、桐子は、奈津と一緒に喧噪へと飛び込んでいく。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「桐やんさん。先ほどは、茶々様と何を話されていたんです?」
桐やんさんと手を繋ぎながら歩く最中で、自分はちょっと気になったことを訊いてみることにしました。
それもこれも、
「ん、茶々様はもう大丈夫なのかなって、そういう話」
「ああ、一昨日の早退の件ですか。……心配してましたものね、桐やんさん」
「うん。でも、昨日はちゃんと元気に復帰していたし、今日やさっき話したときも本当に大丈夫そうだったから」
「ええ、自分も今日見る限りでは、茶々様は大丈夫……というより、以前よりも力強さがあるような気がしました。それでいて、ツンツンな雰囲気が柔らかくなったといいますか」
「おなつもそう思う? だから、問題はちゃんと解決できたんだなって」
桐やんさん、一昨日以前から茶々様のことを気にかけていたようです。
……その気にかけていた内容は、というと。
なんと、茶々様が朱実さんに懸想されているのではないか、というのが一点と。
その上で、朱実さんが真白さんとお付き合いしていると知ったとき、茶々様は傷ついてしまわないか、という二点目。
桐やんさん自身は、本人達が解決するべき問題と余計な口を挟まず静観するスタンスを取る、と自分に明かしていたのですが。
「正直、肝を冷やしたよ。一昨日、茶々様がボクに早退を告げてきたとき、とても泣きそうな顔をしていたから。ああ、アカっち達のこと、知ってしまったんだなって」
「桐やんさん」
「何よりも、あんなにも傷ついた茶々様を見て、ボクは自分の態度を後悔しかけた。もっと上手いやり方があったんじゃいないかって。結果的には上手くいったんだけど、もし最悪の結果を招いていたらと思うと、ね」
細かいことを気にしない桐やんさんが、ここまで気を揉まれていたのは、それだけ茶々様のことを大切なご友人と認めているからなのでしょう。
ちょっと、妬けてしまいます。
だから、
「桐やんさん、一人で悩まないでください」
自然と、その言葉が自分の口から出ていました。
「おなつ?」
「今回については結果が良かったので、これ以上気に病むのはやめましょう。そして、この先、桐やんさんに気になることがあったならば、自分を必ず呼んでください。絶対に駆けつけますので。一緒に、悩んじゃいますのでっ」
「……でも、おなつにまで迷惑がかかったら」
「迷惑なんかじゃないです。桐やんさんのためなら、全部受け止めちゃいますっ。それっくらい」
言葉を聞って、一息。
こう言うのはまだちょっと緊張するけど、桐やんさんに、正面から向き合って、
「桐やんさんのこと、愛してますのでっ」
「――――」
その言葉を受けて、桐やんさん、カァーッとみるみる顔を赤くしています。
なんだか、とても可愛らしいと思うと共に、自分の言葉出きりやんさんをそうさせることが出来た、と感じることでとても嬉しい気持ちです。
「……おなつってさ、ボクのヒーローだよな」
「え? ひ、ヒーロー?」
と、桐やんさんがどうにかといった状態で言葉を絞り出したのに、自分、困惑です。
「今一歩踏み切れないボクの手をしっかりと引いてくれるし。今こうやって元気づけてくれるし。思い返せば告白の方もおなつからだったし。初めてのキスも、その後に何回かするキスも、全部おなつの方からだしで。ボク、いろいろやられっぱなしだよ」
「そ、そうですかね」
「それでいて――」
桐やんさん、自分のかけている眼鏡をあげて、こちらの……その、自分の特徴とも言える緑色の瞳をまっすぐに見てきながら、
「こんな綺麗な目をしていて、しかもちょっと小さめな体格が守ってあげたくなるような儚さもあって。こういうヒロインの部分も持っているんだから、本当にかなわないよ。ヒーローもヒロインも持ち合わせてるなんて、おなつ、いい意味でずるいよなぁ」
「桐やんさん……!?」
「今までも好きなのに、これからもどんどん好きになっちゃうよ」
「いえ、その、そこまでベタ褒めされると、自分、そろそろ限界になるといいますか……!」
熱に浮かされたかのように自分の良点を挙げてくる桐やんさんには、さすがに顔どころか全身を熱に持たざるを得ません。
いったん、桐やんさんの手から離れて、眼鏡も元に戻しておいて、深呼吸。
これまで、桐やんさんに何度も好きと言われてますが、その言葉を聞く度に、鼓動がバクバクいってしまいます。
何より、ヒーローもヒロインも持ち合わせているなんて、生まれて初めて言われたような気がします。自分、これまで地味な人生でしたので。
……ただ、それを言うならば、
「自分にとっても、桐やんさんはヒーローですよ」
「え、ボク?」
常々思っていたことが、口に出ていました。
「バスケやってるときの桐やんさん、とてもカッコいいですし。その上、成績はいつもトップレベル。身長が高くて顔も良いっ。運動神経抜群、頭脳明晰、容姿端麗の全部盛りなんて、どういうチートですかっ」
「お、おなつ?」
「そんなあなたに、自分、お姫様抱っこされちゃった(ACT13参照)んですよねぇ。よく考えれば、夢のようなシチュエーションですよねぇ……!」
「そ、それは……まあ、おなつが軽かったから、ついついやっちゃったというか」
「それでいて、自分と接しているときはとても可愛らしく、それにスタイルが良くておっぱいも大きいという女性的な魅力もあって、ヒロインの要素も満載ですよ。どうしてくれるんですか、自分で言っててますます好きになりますよっ」
「おなつ、ストップ! ストップだ! そろそろ耐えられなくなっちゃう……!」
桐やんさんも限界のようです。
自分も言ってるうちに恥ずかしくなってきて、やはり限界です。
そんな二人が、文化祭の校内の廊下の真ん中で向かい合いながら荒い息を繰り返している光景、周囲から見たら凄い光景なんでしょうけども、それに気づくのはもう少し後のことなのですが、それはともかく。
『………………はぁ』
どうにか呼吸が整って、二人して大きく息を吐きました。タイミングもピッタリです。
「なんというか、ボク達、お互いにとって凄いんだよなぁ」
「本当ですよねぇ」
言葉を交わして再び手を繋ぐと、また、桐やんさんのいろんな部分が見えたような気がしました。
桐やんさんも、そう感じたことでしょう。
だからこそ、
「おなつ」
「なんですか」
「これまでもこれからも、ボクはおなつのことが好きだよ」
「自分もです。ずっと、お傍を離れませんから」
きゅっと、手を握りあって、
「だからよろしくね、ボクの英雄兼女神様」
「お願いしますよ、自分の王子様兼お姫様」
お互いに笑えます。
カッコいいも可愛いも持ち合わせていて、お互いにとってのヒーローでありヒロインである。
……なんといいますか、この巡り合わせは、本当に出来すぎな気がしますが。
そんな、自分達だから。
この想いの熱は、これから先も冷めそうにありません。
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