ACT103 お互いの大切が、お互いにとっては?


「へえ。じゃあ、真耶ちゃんは、もう赤ちゃんの頃から朱実や茶々様と親しいのね」

「はいですの。流石に記憶にはありませんが、わたくしは何度も御二方に抱っこしてもらっていたとのことです」


 喫茶店『Sea&Wind』のテーブル席にて、卓上に真白のアイスコーヒーと真耶のアイスココアを起きつつ、真白は真耶と和やかにお喋りに興じていた。

 話題の中心は真耶自身のことと、その周囲の年の近い親戚――つまるところは従姉妹の朱実と茶々の幼少時代の話だ。

 そういえば、朱実からはそういう話を今まで聞いたことがないので、結構新鮮な情報のように思える。今度、朱実からも聞いてみよう。


「わたくしが小学校に入る前に、万堂家の方針で茶々様が英国に出立されて離れ離れになったのですけど……朱実さんは変わることなく、会う度に、実の姉妹のように可愛がってもらいまして」

「そうなんだ。……なんだか、ここまで朱実との時間が長いとなると、ちょっと妬けてきちゃうわね」

「え? あ、ああっ、ごめんなさいっ。わたくし、そのつもりは……!」

「ん、こちらこそごめんなさい。勝手に少し嫉妬しちゃっただけで、別にあたしも怒ってるわけじゃないから。それに、親戚だから仲良しでも珍しくないものね」

「は、はい。その、朱実さんのことは、お姉さんの次に大好きですけど、真白さんとの仲についてはわたくしも応援してますし、もっとお話をお聴かせ願いたいですの」

「……真耶ちゃん、なかなか侮れないわね」

「え?」


 きょとんと、真耶が漆黒色の瞳を真っ直ぐに向けてくるのに、真白は少し舌を巻く。この子の素直さと可愛さとの、二重の意味で。

 小学生のうちからこの魅力となると、このまま真っ直ぐ育つことで、将来の藤宮真耶は大きな志を持つ茶々とはまた別の意味で大物になる気がする。

 彼女の言う『お姉さん』も、この子の素直さにかかれば時間の問題になるのではないか……と、思っていたところ、


「えっと、今度は、わたくしが真白さんに質問してよろしいですの?」

「ん」


 真耶が話を切り替えてきたので、ひとまず、彼女の可能性については横に置いておくことにしよう。

 気を取り直して、


「なにかしら」

「はい。その、真白さんはお姉さんとは親しいようなのですのが、どのように知り合ったのでしょうか」

「? お姉さんって……?」

「あ、いえ、その、言葉が足りなかったですの。ええと……」


 と、真耶は自分のスマホを取り出して、慣れない手つきでたどたどしく端末を操作して、画面をこちらに見せてきた。

 そこに映っていたのは、


「戌井藍沙お姉さんと、どういったご関係ですの?」

「あっちゃん先輩……!?」


 小柄な背丈、前髪に青い星のヘアピンがトレードマークのセミロングの髪、そして何より親しみやすさと可愛さを兼ねそろえた、真白にとっては見間違えようのないその笑顔。

 真白の中学時代の先輩で、最高の姉的存在ともいえる少女、戌井藍沙が彼女のスマホに映っていたのに、真白は目を見開いた。


「まさか、真耶ちゃんが、あっちゃん先輩を……?」

「はいですの。わたくしの通う小学校の、クラスメートのお姉さんで。その、わたくしの想い人ですの」

「小学校……ということは、浩くんの同級生ってことか」


 なるほど、藍沙の弟である戌井いぬいこうくんも、真耶と同じく現在小学六年生だ。

 その繋がりから来てるとなると不思議ではないし納得はできるが、やはり驚きは隠せない。


「ええと、あっちゃん先輩とは、あたしが中学一年生の時に親の繋がりでお近づきになって、それから先輩にはものすごくお世話になったの。最初に会ったのはちょっと違う形だけど」

「そう、なんですの?」

「ピンチの時は助けてもらったし、落ち込んだときは励ましてくれたし、時には怒ってくれて。何より、あの可愛らしい笑顔が眩しすぎて。会った当初から、あの人は実の妹のようにあたしのことを可愛がってくれて……ん?」

「……………………」


 ぽつりぽつりとした語り口から、どんどん熱っぽく藍沙のことを話している途中で、真白は気づく。

 正面にいる真耶がこちらのことを見ながら、その小さな全身から徐々に仄暗ほのぐらいオーラを出してきているような……?


「ま、真耶ちゃん? どうしたの」

「え……はっ!」


 なんだか雰囲気が少し怖かったので、真白は一旦話を中断して彼女に呼びかけてみると、真耶は何かに目覚めたかのように肩を震わせる。

 すると、先ほどのオーラはどこへやら、奥ゆかしさと可愛らしさの同居した、元の真耶に戻っていた。


「ご、ごめんなさい。その、真白さんがわたくしの知らないお姉さんのことを、とても愛おしそうに話しますので、ついつい妬いてしまって……」

「そうだったの? ……まあ、確かに、あっちゃん先輩のことは今でも尊敬するお姉ちゃんだと思ってるし、とても大切だけど、真耶ちゃんの片想いにとやかく言うつもりはないから」

「……わたくしの妬きどころは、正に真白さんのそういうところですの」

「?」


 真耶がちょっとジト目で見てくるのに、真白は少し首を傾げるのだけども……ふと、先ほどの真耶が朱実の話をしていた時のやり取りを思い出す。

 それを思い出しただけで、『……ああ』と、真白の中で納得できたような気がして、


「……ふふ」


 その想起は真耶にとっても同じタイミングであったらしく、ちょっとした笑みがこぼれていた。可愛い。


「わたくし達、なんとなく、似ているのかも知れませんわね」

「真耶ちゃんもそう思った?」

「ええ。お互いに大好きな人が、自分にとっては……って」

「うん」


 真白にとって大切な恋人である朱実は、真耶にとっては親しみの長い従姉妹で。

 真耶にとって焦がれる想い人である藍沙は、真白にとっては尊敬するお姉ちゃんのような存在で。

 なんとも、数奇な巡り合わせの似たもの同士だった。

 だからこそ、


「お互い、これから頑張りましょうって言いたいところだけど」

「はい。そうすることが、ちょっぴり寂しいですの」


 一番に愛しい人を得ようとすればするほど、一番に近しい人が自分から少しずつ離れていくような、寂しさ。

 何とも言いようのない感覚だけど、


「真耶ちゃん、あたし達も、友達になろっか」

「はいですの」


 その気持ちをお互いに共有し、真白と真耶、お互いの距離を近づけていくことで。

 ――きっと、近しい人との距離も、離れなくなる。

 どれだけ欲張りであっても、ただ純粋にそうしたいと真白は思ったし、真耶もそう思っていることだろう。


「ふ、ふふふ」

「ふふ……」


 いつしか、真白は真耶と手を握り合い、穏やかに微笑み合う。

 今、ここに奇妙な絆が出来た、と自覚するところではあるが。

 真白も真耶も、お互いにそれでいいと思っているから、それでいいのだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 んー、わたし、仕事中だからわからないけど。

 遠くから眺める限りでは、シロちゃんと真耶ちゃん、仲良くなってはいるのかな?


「シロちゃん、真耶ちゃん、お代わりはいる?」


 とりあえず、卓上の二人の飲み物がなくなっていたので、容器の回収ついでに、二人に訊いてみたところ。


「んー、お願いしようかしら。真耶ちゃんはどうする? お代わりも奢っちゃうけど」

「え? そこまでしてもらうのは、悪いですの」

「いいじゃない。友達なんだから」

「友達だからこそ、与えられ続けるのはいけないことですの。お代わりはわたくしが出させていただきますし、先に奢られた分は、今度、きちんとお礼をさせていただきますの」

「そう? 小学生ながら、ギブアンドテイク精神とは立派ね。次会える時を楽しみにしてるわ」

「はい。楽しみにしていてくださいっ」


 そう言って、微笑み合う二人。

 なんだか、年上年下という概念がなく対等のようにも感じて、すっかり仲良くなったようにも思えるのだけど。

 でも。


「ふ、ふふ」

「ふふふ……」


 それにしては、対等な友達というには……こう、打算的なものを感じるのは、気のせいなのかな?

 ……シロちゃんはおろか、真耶ちゃんも、変なレベルアップをしているような気がするよ。

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