ACT102 その出会いは刺激が強すぎて?


「ふぃー、掃除が結構長引いちゃったわ。早く朱実のところに行かなきゃ」


 十月も下旬に入った、ある日の放課後。

 今日も朱実がバイトであるのと、母が仕事休みで真白が家の家事当番ではないのと、クラスの掃除当番で学校を出るのが遅れた、という日が重なって。

 真白は、先にバイトに行った朱実に会いに行くため、彼女のバイト先である商店街外れの喫茶店『Sea&Wind』に足を運んだのだけれども……そこで、


「ん、あの子は……?」


 お店の入り口付近でそわそわしている様子の、ランドセルを背負った背の小さな女の子を見かけた。

 艶のある綺麗な黒の長髪に、パッチリとしつつもちょっと深い色の漆黒色の瞳。可愛らしい顔立ちだけど、古風で気品のある佇まいには、『どこかで見たことあるような?』と真白は首を傾げつつも、


「どうしたの?」

「え……あっ!」


 ひとまず、なんとなく気になったので、女の子に声をかけてみる。

 案の定、彼女はビックリするのだけども……こちらの顔を見て、その漆黒色の瞳をまん丸にしていた。

 どうやら、さらにビックリしたらしい。


「あ、あなたは、もしかして朱実さんの……!」

「? 朱実を知っているの?」

「い、いえ、その……ええと、なんと申し上げたらよろしいでしょうか……」


 ごにょごにょとしながら、こちらから視線を外して言い淀む女の子。その控えめで奥ゆかしい仕草が可愛らしく、何となく母性をくすぐられるのだが、それはともかく。

 どうもこの少女は朱実のことだけでなく、真白のことも知っているようなので、真白としてはスルー出来なくなった。

 まず、彼女を落ち着かせることにしよう。


「んー、とにかく深呼吸しよっか」

「あ、はい……すぅ……ふぅ……」

「うん。落ち着いた?」

「はい。ご、ごめんなさい」


 小さな肩をゆっくりと上下させ、一息。

 そして、女の子はこちらに向き直ってきて、


「自己紹介が遅れましたの。わたくし、朱実さんの従姉妹で藤宮真耶と申します」

「ああ、これはどうもご丁寧に……って、朱実の従姉妹?」

「はいですの」

「へえ」


 頷く少女――藤宮真耶に、今度は真白が驚く番だった。まさか、朱実にこんなにも可愛らしい従姉妹がいたとは。

 しかも、


「あなたは、乃木真白さんですのよね?」

「え? あ、うん、そうなんだけど」

「朱実さんからは、あなたがとても大切な人だとお聴きしています。写真も御拝見したことがありますから、一目でわかりましたの」

「え……!」


 どうも彼女は、自分と朱実との関係を知っているらしい。

 従姉妹だから不思議ではないといえばそうなのだけども、それでもちょっと、真白としては恥ずかしい。


「ええと……そうね。朱実とは良いお付き合いをさせてもらってるわ」

「まあっ!」

「なんで、そこまで大興奮しているのかしら?」

「あ……い、いえ、その、わたくし普段からオトナの恋愛に憧れておりまして」

「大人の恋愛……っていうのも赤面ものだけど。それ、女の子同士でも良いものなの?」

「はいっ。その、今わたくしが今片想いしている方も、女性の方ですので」

「そうなんだ」


 奥ゆかしいように見えて、結構大胆なカミングアウトだった。

 偶然なのかここ最近、真白にそういう友達や知り合いがやけに多く増えていて、自分もその当事者であるのには、苦笑する心地ではあるのだが。

 恋愛の形は人それぞれだと、それこそ自分自身でわかっていることだし。

 何より今目の前にいる少女も、朱実の従姉妹であるからには、きちんと応援してあげねば。


「えっと、真耶ちゃんだっけ。その片想い、頑張ってね。応援してる」

「あ、は、はいですのっ」

「とりあえず、折角知り合えたことだし、お店入ってゆっくりお喋りしよっか。お姉さんが奢っちゃうわよ」

「え……そ、そのう」

「そういえば真耶ちゃん、何でこんなところで立ち止まってたの?」

「う……」


 先ほど、真耶がお店の入り口前でまごついていたのを思い出して、真白は何となく訊いてみたのだけども。

 真耶自身は少し答えづらいのか、小柄な身をさらに小さく萎縮させて、


「わたくし、休日はともかく、学校帰りという前提でこういうところに来るの、実は初めてでして……」

「ほほう」

「オトナな体験には憧れているのですけど、放課後に寄り道だなんて、ちょっとイケないことをしているような気分になって……」

「…………」

「それに……うぅ……」


 これ以上は言葉にならないらしい。真耶はさらに縮こまっている。

 そんな奥ゆかしい小動物な仕草が先ほどに感じた以上に可愛らしく、どことなく朱実の恥ずかしがっているところを想起させて、真白の心の琴線に触れたような気がして、


「大丈夫。あたしが付いてるわ」

「え……?」

「あたしが、真耶ちゃんのオトナの階段を一歩上がらせて、あ・げ・る」

「――――っ!」


 などと冗談半分で、母の見様見真似のウインク込みで真白が彼女に微笑みかけてみると……どうにも、効果は抜群だったらしい。

 真耶は顔を真っ赤にしつつも、背筋を伸ばしてこちらに向かって、


「は、はい! よろしくお願い、しますのっ!」

「真耶ちゃん、そこまで緊張しないで。リラックスリラックス」

「いえ、真白さん。その、緊張はしてますけども、オトナの階段というワードへの興奮が勝ってまして、なんといいますか空回りしちゃいそうで……!」

「大丈夫。さっき言ったとおり、あたしがちゃんと付いててあげるから。……なんなら、手を繋いでお店に入る?」

「! だ、だ、ダメですの! それは朱実さんに悪いですし、何よりわたくしにはお姉さんという方が……!」

「そこまで徹底拒否しなくても」


 気品がありながらもぷるぷる首を振るわんこのごとく、真耶がぶんぶん手を振って拒否してくるのに、真白は少し残念な気持ちになるも、彼女の言う『朱実さんに悪い』という点については、分からないでもない。

 最愛の恋人である仁科朱実はもちろん、中学時代からの憧れで自分にとっては最高の姉的存在である戌井藍沙が、自分以外の誰かと手を繋いでいたりものすごく仲良くしていたりすると、ちょっとムッてなっちゃうかもしれない。

 だから、軽はずみな提案をしたのは、こっそり反省。

 あと、真耶の言う『お姉さん』とはおそらく彼女の片想いの人なのだろうが……そこは流しておくか。


「じゃあ、空回らないように、もう一度深呼吸してから入ろうか」

「は、はいっ。すぅ……ふぅ……」

「準備はいい?」

「ん、出来てますの」

「よし、行くわよ」


 まだ少し強ばりつつも、真耶がしっかりと頷くのを確認してから。

 真白は、喫茶店のドアを開けた。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 わたしがお店のシフトに入って、約二十分といったところ。

 チリンチリンとドアベルが鳴り、お店のドアが開いたその先には、


「いらっしゃいませ……あ、シロちゃん。それに、真耶ちゃんも」


 友達で、大切な恋人のシロちゃんに、わたしの従姉妹である真耶ちゃんが、連れ立って店内に入ってきていた。

 わたしにとってはとても馴染みの深い二人なんだけど、シロちゃんと真耶ちゃんには今まで接点がなかったので、意外な組み合わせでちょっとビックリだ。


「来たわよ、朱実」

「ん、ありがと、シロちゃん」

「こんにちはですの、朱実さん」

「うん。ゆっくりしていってね、真耶ちゃん。……それにしても、どうして二人が一緒に?」

「真耶ちゃんとは、お店の入り口で会ってね。真耶ちゃん、あたしのこと知ってたようだから」

「あー」


 それは、そうだろう。

 お母さんの実家で一緒にお喋りした際(ACT58参照)、わたし、真耶ちゃんにいろんなことを訊かれたし、いろんなことをお話したからからね。写真も見せたことあるから、一目でわかったんじゃないかな。


「それで、その、折角知り合えたことですし、真白さんと一度ゆっくりとお話したいと思いまして」

「なるほどね。ひとまず、シロちゃんも真耶ちゃんも、こちらの席にどうぞ」


 ともあれ、入り口で立ち話も何なので、二人を案内しないとね。

 ちょうど、店内の奥の席が空いているので、そちらに招いたところ、


「それにしても朱実、制服の上のお店の黒エプロン姿、すごく似合ってるわ」

「シロちゃん、それ、前にも言ってなかった?」

「それだけ朱実が魅力的ってことよ。この前のメイド服もよかったけど、こういうシンプルな可愛さも最高ね」

「……もう」


 席に案内するわずかな時間でも、シロちゃんがわたしを褒めちぎってくるのに、わたしは顔の熱を隠せない。

 わたしがこの『Sea&Wind』でバイトを始めて、約三週間。

 その間、シロちゃんが客として来る度に、わたしの頭からつま先を見て即座に色ボケするものだから、わたしは冷静さを保つのに必死だよ……。

 仕事には慣れたけど、これには全然慣れてくれないね。

 あと、


「こ、これが噂の、真白さんの天然口説き術……!」


 スラスラと出てくるシロちゃんの台詞に、真耶ちゃんが戦慄しているようだった。

 ……うん、そうだね、話には出していたけど、生で見るとそうなるよね。

 刺激が強かったのか、真耶ちゃんちょっと赤くなってるよ。

 大人への憧れが強いとは言え、まだまだ小学六年生だもんね。

 だというのに、


「? どうしたの、真耶ちゃん」

「いえ、その、真白さんってすごいなと思いまして……」

「あたしが? なんで?」

「元より真白さんはお綺麗な方なのですけど、会話がとてもお上手といいますか」

「? あたしよりも、朱実の方がとっても可愛いわよ? 会話面でも、雰囲気の作り方で言えばあたし最高にドキドキしちゃうし」

「ぶっ……!」


 その刺激の強さをさらに追加しているシロちゃんに、わたしは吹き出してしまった。

 真耶ちゃんも流石に受け止めきれないらしく、目を白黒させている。


「ま、真白さん、もしかしてそういうところなのでは?」

「言ってることの意味がよくわからないけど……話を戻すと、可愛さで言えば、真耶ちゃんもすごくいいものを持っていると思うの」

「はい……っ!?」

「今でさえ可愛い上に、その古風で奥ゆかしい雰囲気が、将来真耶ちゃんをすごい美人さんにしてくれるわ」

「あ、わ、わ、わ……!?」

「だから真耶ちゃんも、自信を持って――」

「ストップ! シロちゃん、ストーップ!」


 しかも、ノックアウト寸前になる真耶ちゃんに、シロちゃんはさらに畳みかけていくものだから、わたし、堪らずレフェリーストップである。


「え、どうしたのよ、朱実」

「シロちゃん、小学生相手に本気にならないっ!」

「本気って……あたしは思ったことを言ってるだけよ?」

「だから、そういうところなんだって! 褒めるのは良いけど、やりすぎ禁止っ! わかった!?」

「ヱー……」


 とまあ、なんだか不服そうなシロちゃんを差し置いて、わたしは、すっかりぐったりしている真耶ちゃんの介抱にかかる。

 既に顔は真っ赤で、この前みたいに魂が出ている(ACT56&ACT88参照)ということはないけど、


「ま、真耶ちゃん、大丈夫?」

「お姉さんのことを考えれば大丈夫お姉さんのことを考えれば耐えきれるお姉さんのことを考えれば何でも出来るお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さん」

「真耶ちゃん、帰ってきて!?」

「はっ!」


 相当に参っていたのに、わたしは彼女を慌てて揺さぶった結果、真耶ちゃんはどうにか現実に帰ってきてくれた。


「あ、危なかったですの……わたくしの頭の中のお姉さんが助けてくれなかったら、完落ちでしたの……」

「……どこから突っ込んでいいかについては、疲れるからもうやめとくけど。とにかく、大丈夫?」

「は、はいっ。この破壊力を耐えきってこその、オトナの階段だと思いますの……!」

「そういう階段の登り方しなくていいからねっ!?」


 さっき突っ込むのやめると言ったばかりなのに、ついつい突っ込んでしまった。

 うーん、真耶ちゃん、昔はあんなにも素直で可愛らしい子だったのに、変な方向に行きかけちゃってるから、ものすごい心配だよ……。

 下手をしたら、シロちゃんとの出会いで変な方向のトドメ刺されちゃうかも知れない。


 ……それを防ぐためにも、このシロちゃんと真耶ちゃんのお茶会、わたしはちゃんと目を光らせておかないとね。

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