ACT89 足りないと思った時にすることは?


「最近、足りてない気がするの」


 休日のある日。

 朱実と会って、商店街を一通りウィンドウショッピングしてから、駅近くにある公園での、ベンチでの休憩中。

 真白の口から、ふと思ったことが漏れ出ていた。


「足りてないって、何が?」


 もちろん、朱実はそれが何であるかを訊いてくるのだが。

 なにせ、突発的に思ったことなものだから……真白の中では、確証的な何かに至っていない。強いていうならば、


「なんだか、こう、朱実と会っててガツンとしたものが」

「ガツンって……なんだか、やけにふわっとしてるね」

「そうは言っても、朱実と一緒に居ることに飽きてるってわけじゃないのよ? 今日だって、朱実と会う時はドキドキしてるし、手をつないで歩いてると癒されてるし、話しているときなんかも自然と笑顔が浮かんでくるし……って、どうしたの、朱実」

「いや、まあ……そこまでズバズバと改めて言われると、めちゃくちゃ照れるというか……」

「?」


 一緒に居ていつも思っていることをつらつらと真白が述べると、朱実、耳まで真っ赤になって頭を抱えていた。

 一つ、大きく深呼吸して、立ち直るまで数十秒。


「で……まあ、わたしとのお出かけがシロちゃんにとっては楽しいことだとは分かるんだけど、『ガツン』としたものではないと?」

「ん、そんなところ。こう、朱実と初めて友達になった時とか、初めてのあたしからの補給とか、初めての告白とか、初めてのキスとか……そういう時に味わった朱実との『ガツン』が、最近ちょっと足りない気がしてね」

「あー、なるほど、わかった気がする。飽きたワケじゃないけど、たまには日常にちょっとしたスパイスが欲しいとか、そんなだよね」

「そうかもしれない」


 どうやら納得してくれたようだ。


「じゃあ、今からいろいろと試してみる?」

「いいの?」

「うん。よくよく考えて、わたしもそういうのが欲しいと思ったから。面白そうだし」

「ありがと」


 こうやって自分のことを察してくるあたりは、朱実は頼もしい。

 なおかつ、朱実自身も真白と同じ気持ちであったのか、結構乗り気でもある。

 本当に、彼女が彼女でよかった。


「で、とりあえず、何をするかなんだけど」

「んー……じゃあ、まずはこうとか?」

「え?」


 真白が考えを巡らそうとする矢先に、早速、朱実の方で何かを思いついたらしく。

 ベンチに座ったまま、その小さな身を寄せてきて、コテンとその頭を真白の肩へと預けてきた。


「シロちゃんに、甘えてみた」


 さらには、子猫のようにスリスリとしてくる。

 肩には朱実の頭の心地いい感触、しかもクセのあるセミロングの髪からは仄かにいい香りが漂ってきて、真白を何とも安らいだ気持ちにさせる。

 ――しかし。


「朱実、それは微妙に異なるわ」

「え、なんで」

「朱実が甘える側というのは確かに新鮮なのかもしれないけど、これは朝の通学時にやってる『補給』と大して変わらないもの。ガツンとなるものじゃないわ」

「う……そ、そうかもしれない」

「でも」

「? でも?」

「――ガツンとはこなかったけど、しばらくこのままで居させて」

「え……!?」


 身をすり寄せてくる朱実の肩を抱いて、自分との身体との密着をさらに強くする。

 柔らかな彼女の感触。

 温かな彼女の体温。

 ふんわりとした彼女の香り。

 一切合切、朱実を近くに感じる時間が、真白にはとても堪らなく愛おしい。

 そんな幸せの時間が五分くらい過ぎたところで、


「ふぅ……」

「あ、う……シ、シロちゃん……」


 ようやく、真白は一息つくに至った。

 解放された朱実はというと、顔を赤くしたまま脱力しているようであるけれど……まだ、わりと元気はありそうだ。


「と、いうわけで、次に試すことはというと」

「……続行なの、これ。あれだけくっついたのに?」

「うん。まだ、ガツンとは来てないからね。それはそれ。これはこれ、よ」

「うーん……じゃあ、さっきはわたしからだったから、シロちゃんからはそれっぽいこと、何かない?」

「そうね……」


 朱実に半眼で言われて、真白は少し考えてみる。

 彼女と過ごす時間の中で、自分にとって衝撃な出来事はたくさんある。問題なのは、ごく最近で、それがないだけのことなのだ。

 となると、過去にあったことを再現すれば、あるいは?

 そして。

 真白にとって、一番の衝撃な出来事はというと、やはり――


「え……シロちゃん?」


 思い立った頃には、真白は自分の右手で朱実の左手を握っていた。 

 指を一つ一つ絡ませ、さらには、きゅっと少しだけ強めに力を入れて、彼女の瞳を見据えながら、


「――朱実、好きよ。大好き。世界で一番」

「な……っ!」


 はっきりと、正面から言った。

 そう。

 告白の場面こそが、真白にとって、朱実と過ごす時間どころか人生で一番の衝撃だったといってもいい。

 大切な人に想いを告げられ、大切な人に想いを告げるこの場面、どれほど真白の心に響いたか、計り知れない。

 その場面だからこそ、彼女と交わした言葉と、そしてこの接触こそが――


「シロちゃん、ストップ、ストーップ!」

「……あれ?」


 そのまま、朱実の唇に近づこうとした真白だったが、朱実が、手を握っていない方の手で、こちらの顔を押し退けてきた。


「シロちゃん、それ、単にキスしたいだけでしょ!? ガツンと関係ないよねっ!?」

「え、関係あるわよ? 過去にガツンとなったことの再現を、今ここでしてみたら、そうなるかなって」

「いや、これまでだってもう何回もキスしたでしょ。それに、何回も好きって言ったし。そうすることに飽きたワケじゃないし、ドキドキしないわけでもないけど、さっきシロちゃんが言ったように、それじゃいつもと変わらないから、ガツンとは違う気がする」

「う……」


 いつもと変わらないという点を指摘されると弱い。

 それこそ、先ほど、自分自身の言ったとおりのことなので。


「うぬぅ……確かに、過去のあたしにとってはとっても衝撃だったけど、再現しようと思っての行動というのは、今のあたし達にとっては微妙に違うということなのかしらね……」

「そういうこと。もっとこう、やったことないことをやってみようよ」

「そうね……でも」

「? でも?」

「やっぱり、キスさせて」

「え……んぅっ!?」


 そう言って真白は目を閉じて、少し強引気味に、朱実と唇を重ねる。

 朱実、これには肩を震わせたものの、数秒後にへなへなと脱力して、キスを受け入れてくれたのが目を閉じててもわかった。


「ん……」


 十数秒ほどで、唇が離れる。

 目を開けると、朱実が恍惚気味になりながらも、ちょっとだけ『むー』と不機嫌な顔になっていた。……なんとなく、彼女の言いたいことはわかる。


「シロちゃん、こういうのは雰囲気が大事って言ったよね……」

「ごめん。なんだかこう、ついつい朱実とキスしたくなっちゃったから。朱実とのこういう『いつも通り』も、ずっと大事にしていきたいもの」

「……まったくもう、シロちゃんは」


 朱実、軽く苦笑してから、


「罰として、もう一回。わたしからで、許してあげる」

「ん、わかった」


 罰とか言われながらも、真白にとっては願ったり叶ったりである。

 だからこそ、再び目を閉じると、朱実の言うとおりに向こうから重ねてきた。

 またも訪れる、幸せの感触。

 答えにはたどり着いてないけど、寄り道にある幸せというのもまたいいものだと、真白は切実に思った。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 さっきから、普通にイチャついてばかりで、それはそれで幸せなんだけど。

 言い出したからには、わたしとしては答えを出しておきたいところなんだよね。

 シロちゃんにとっての、ガツンとしたインパクト……インパクト…………………………あっ。


「朱実、なんで、一気に顔が赤くなってるの?」

「な、なんでもないっ、なんでもないですよっ!?」

「ヱー、気になるわね。教えてよ」

「そうは言われても……!」


 一つ、思い至ったことがあって、その内容にわたしはものすごく恥ずかしい気持ちに駆られたのに。

 それが表に出てしまったのか、シロちゃんの興味を引き起こしたようだった。


「お願い、教えて? 朱実のためなら、なんでもするから」

「な、なんでも……いやいやいやっ、さすがにダメ、まだ早いっ!」

「え? 早い? どういうこと? 教えて?」

「うぬぅ……っていうか、シロちゃん、近い近いっ! 探求心で曇り無き瞳を向けてくるわんこのようにならないでっ!?」


 ダメだ。

 こうなったシロちゃんは、とことん止まらない。

 どうする。

 そのまま伝えて……その、実行に移すか、それとも他の策を急速に考えるか。

 わたしとしては、もちろん後者。

 前者は、まだわたしの気持ちが整って居なさすぎるし……その、なんだ、メタなことを言ってみれば、レーティングの危機だ。

 だが、後者といっても……ああ、もう思いつかないっ!

 とりあえず、苦し紛れで乗り切らないと……!


「……じゃあ、シロちゃん、ちょっとだけ耳を貸して」

「え? それでいいの?」


 言ったとおりに、シロちゃんが耳を寄せてくると。

 わたしは、一つ呼吸して。



「――真白、好きだ。わたしのものになれよ」



 出来るだけ脳内でイケメンボイスを意識して、低音で囁いた。


「…………………………………………」


 すると、どうだろう。

 シロちゃん、数秒……どころか、三十秒以上固まって、


「…………はあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 その後に、耳まで真っ赤になって、大きく息を吐きながら、囁かれた方の耳を押さえていた。

 ……ほとんど突発的、しかもヤケとも言える苦し紛れだったけど、めちゃくちゃ効いていた。

 普段、イケメンムーブをすることも多いシロちゃんだけど、この面で言えば、やっぱり女の子なんだね……。


「朱実……これは確かに、反則かもしれないわ。突然の名前呼びだなんて」

「そ、そう? ガツンと来た?」

「うん。ガツンと、来まくったわ……」

「それは、まあ、よかったよ」

「ううむ……」


 未だに気が落ち着かないのか、シロちゃんは耳を押さえながら、またも二、三ほど呼吸している。

 名前呼びが、よほど効いたらしい。

 よくよく考えれば、呼び方も『乃木さん』から『シロちゃん』に直接名字からあだ名に変わっていたので、シロちゃんにとってはかなりの衝撃だったかもしれない。

 そして、改めて自分のしたことを振り返ると、わたし自身も結構赤面ものだったかも……。


「朱実」


 と、シロちゃん、こちらに向き直ってきて、


「な、なに?」

「――あたしは一生、朱実のものよ。これまでも、これからも」

「っ!」


 絶妙とも言える返しをしてきたのに、今度はわたしがガツンと来る番だった。

 わたしの中で、羞恥心で枷が緩んでいたところにこのカウンター、流石に堪える。


「あ……あぅぅ……」

「……ふ、ふふ、朱実にも効いたようね」

「うん……」


 わたしの反応に満足したのか、シロちゃん、今一度少し脱力している。

 どうやら、先ほどの衝撃から回復していないらしい。

 なおかつ、わたしも、まだまだ回復しそうにない。


 ダブルノックアウトという表現がしっくりくるような、今のわたし達。

 お互いに無言だけど、それが逆に心地いい。

 いつも通りも大事だけど、こういう刺激も、たまには必要なのかもしれないね、と思った休日の午後だったよ。



 ……ちなみに。

 最初に思いついたことについては、まだもうちょっと、心の準備に時間をかけようと思いました。まる。

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