ACT88 その気持ちの方向は何処に?
「危うく、精神面の何もかもを持ってかれるところだったわ……真白のやつ、なんてパワーなの」
「傍から聴いてたら、何を言っているか分からない茶々様の台詞でしょうけど、こればかりはまったく同感です……」
先ほどの、執事なシロちゃんの画像を見て、一瞬で限界を迎えてしまったわたしと茶々様なんだけど、数分をかけてようやく息を吹き返すことが出来た。
茶々様はひっくり返ってしまった椅子を自力でよたよたと立て直し、わたしは突っ伏した状態から立ち直りながらも、スマホの画像についてはしっかりと保存しておいて、大きく一息。
「あ、朱実さんも茶々様も、そこまでのものでしたの?」
そんなわたし達二人に、真耶ちゃん、まだちょっとおろおろと驚き中である。
「いやー、わたしの場合、もはやそうなるのが必然だったような……」
「必然でしたのっ!?」
「茶々の場合は、強制的にそうなった、というのがしっくりくるわね」
「あの、誰にも縛られない茶々様がっ!?」
真耶ちゃんにとっては、理解の範疇を越えている現象のようだけど。
うん、これはホント、仕方ないことなんだよね……と思う傍ら、わたしの中で、ふと思い立ったことがあった。
「でも、真耶ちゃん想像してみて? 藍沙先輩がこういう格好をした時とか」
「う……で、ですが、お姉さんの執事のお姿は、お姉さんのバイト先の方で何度か見たことありますので。初めて見たときは、確かに衝撃でほんの一瞬だけ意識が飛びましたが……」
と、思い当たることがあるのか、真耶ちゃんもスマホを取り出して、少々慣れない手つきで操作してこちらに見せてくるのは。
執事服に伊達眼鏡をかけた、ちょっと照れ顔の藍沙先輩の画像だった。
「おお……藍沙先輩も、中々……」
「誰?」
「ああ、茶々様。この人は学校の一つ上の先輩で、シロちゃんとは中学時代からの親交があるとかで」
「ふぅん。なんだか、わんこな見てくれでありつつも、デキる女って感じがするわね。それで、どうして真耶が、その先輩の画像を?」
「え。それは、ええと……」
「茶々様。わたくし、この方に片想いをしてますの」
「!?」
わたしが言い淀むのにも構わず、真耶ちゃんが真っ直ぐにカミングアウトをするのに、茶々様、少なからず驚いたようだった。
ただ、この驚きは『女の子が女の子に?』という類のものではなく。
これはむしろ、最初に聴いたときのわたしと同じで、
「あの、小さかった真耶が、そんな年頃なのね……」
ちょっとした感慨の入り交じった驚きだ。
茶々様がそういう恋に理解を示してくれているのはとても嬉しい反面、わたし個人としては、茶々様がシロちゃんをどう想うかが見えていないだけに、まだちょっと複雑。
自分がちょっとイヤな子だと思いつつも、心のモヤは拭いきれない。
「はい。お姉さんと会える時間は限られてるのですけど、わたくし、精一杯アタックしてますのっ」
「そう。なら、絶対にモノにしなさいよねっ。茶々は、真耶を応援するわよ」
「あ、ありがとうございます、茶々様っ。よ、よぅし、やりますの……! ふふふ、待っていてください、お姉さん。真耶は、必ずあなたを……!」
スマホの中にある執事服の藍沙先輩の画像を眺めながら、少々とろけた笑いを漏らす真耶ちゃん。
漆黒色の瞳は、妙に妖しくギラギラしていている。
「な、なんか、真耶、変わったわね。あそこまで積極的だったかしら……」
「それは、ええと、何とも言えないような」
「ええ? 真耶は何も変わってないですのよ? うふふ、うふふふふ……あら?」
と、そこで、真耶ちゃんのスマホに着信音。
着メロではなく、デフォルト音なのが、スマホを扱い慣れてなさげな真耶ちゃんらしいといえばらしい。
送り主はというと、
「ルー先生から、メールですの」
「え?」
一瞬、耳を疑って、わたしは隣席の真耶ちゃんのスマホの画面を覗き見ると……そこにははっきりと、わたしの高校の養護教諭、ルーシルト・M・エアハルトことルー先生のお名前があった。
「真耶ちゃん。どうして、わたしの高校の先生の電話番号を?」
「あ、はい。わたくしのお母さんと、あとわたくしの小学校のクラス担任の
「お、おおぅ。これまた、なんという世間の狭さ……」
「ちなみに、ルー先生はお姉さんの入っている部の顧問であるともお聞きしておりますの。ただ、まだ勤務時間内のはずですが、一体何が……?」
先ほどのギラギラから一転、可愛く小首を傾げながら、真耶ちゃんはスマホをポチッとタップすると。
「――――ぁっ!」
か細い声を上げると共に、真耶ちゃんはスマホをテーブル上に取り落とし、椅子の背もたれに全体重を預けて脱力した。
「ま、真耶っ!?」
「い、一体何が……!?」
茶々様のようにひっくり返るということはなかったけど、明らかにこれは――そう、わたし達と同じ限界状態だ。
もちろん、茶々様もわたしも大慌てだったんだけど、
「な、なるほど、これは……」
取り落としたスマホの画面を見て、わたしだけ、大きく納得するに至る。
そこには――大きな犬の着ぐるみを着用しつつも、結構照れが入っている顔部分だけ出ている藍沙先輩が映っていた。
「真耶、しっかりして!? 真耶!?」
『階段が……階段が見えます、の……』
「え、ちょっと、なんで口から魂出てるの!? これ一体どういうこと!?」
『…………行けますのっ!』
「行かないでっ!?」
っと、納得している場合ではない。
先日(ACT56参照)と同じく、口から魂が出て召されそうになっている真耶ちゃんに対して、この状態が初見の茶々様は、明らかにパニック状態の涙目で真耶ちゃんを抱き起こして揺さぶっている。
真耶ちゃんになんだかトドメを刺しそうな勢いの揺さぶり方なので、ここは早急に、この事態を解決できるお母さんを呼ぼうとしたところ、
「あらあら、夕食の準備の合間にお茶のお代わりをお持ちしたら、これまた面妖な事態ですわね」
呼びもしてないのにジャストなタイミングで、ポッドを乗せたトレイを手に、お母さんが姿を現した。
「お母さん」
「あ、朱莉っ! 真耶が、真耶がっ!?」
「大丈夫ですわよ、茶々様。ここをこうするのです」
持っていたトレイをテーブルに置きつつ、お母さんはテキパキと仕草で上昇中の真耶ちゃんの魂を素手でキャッチし、あとは真耶ちゃん本体をちょいちょいするだけで、
「……はぅ」
真耶ちゃん、息を吹き返しつつも、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。どうやら助かったらしい。
「これでもう、大丈夫です」
「そ、そうなの? よかった……と言いつつも、これ、何処から突っ込めばいいのかしら……」
「わたしも見るの二度目だけど、未だに分からないですよ……」
にっこり、ゆるふわに微笑むお母さんに対して、わたしと茶々様、大きく脱力。
もはや突っ込む気力も湧かない。
「お嬢様方、お茶のお代わりは如何ですの?」
「ん……なんか、そういう気分じゃないから、わたしはいいよ」
「茶々も、そうね……。朱莉、カップとお皿、下げといて」
「仰せのままに」
テーブル上の、わたし達のカップとお皿を回収して、いそいそと食堂を出ていくお母さん。
あれだけの事態にも、何事もなかったかのような悠然とした足取りなのには、お母さんの謎な部分だよ……。
残されたのは、力の抜けたわたしと茶々様、そして未だに気絶中の真耶ちゃん。
……これ、もはや、お茶会どころではないのかも。
「それにしても……朱莉はもはや突っ込まないとして。さっきも言ったけど、真耶、本当に変わったわ」
「え?」
と、わたしの考えがまとまらないうちに、茶々様がそのように言ってきた。
そして、
「人を好きになることって、こうも、変化をもたらすものなのかしら」
「――――」
「だとすると、茶々も。誰かを好きになったら、もっと良い方向に変われるのかな……」
「ちゃ、茶々様は!」
「?」
そんな心境の吐露を受けて、つい、反射的にわたしは、彼女の名を呼んでいた。
気が付いたときには、しまった、と思うこともあったけど。
先ほどからずっと気になっていたことを、わたしは、訊かずにいられない。
「さっきも変わる変わらないを、シロちゃんの話で言ってましたけど……茶々様は、シロちゃんのこと、好きなんですか?」
「え……え、ええええっ!?」
その問いに、茶々様は、ボッと顔を赤くする。
ものすごくわかりやすい反応だった。
「ちょ、ちょっと待って、朱実! どうして、そんなことを……?」
「今言ったとおりですっ。それに、さっきのシロちゃんの執事服で、いとも簡単に限界を迎えていたし……!」
「それは朱実もでしょっ。と、とにかく、待って! 朱実、ほんの少しだけ、落ち着いて考える時間を頂戴!」
「う……はい」
双方とも、落ち着いていないという自覚があって、クールダウンの時間の必要性は大いにありそうだった。
ううん、もう少し慎重に行くつもりだったのに、つい、反射的に言ってしまった……。
でも、こうも恋のお話になって、茶々様が先ほどから思わせぶりなものだから。
例え茶々様と対立することになっても、やっぱり、シロちゃんと付き合ってる身としては、立ち位置をはっきりとさせたいし……!
「んーむ……確かに、真白のことは……その、好きよ」
「――――!」
考えがまとまったのか、ものすごく恥ずかしそうにしながら、茶々様は答えてくれた。
しかし、
「ただ、茶々にとっての真白は、信頼できる、尊敬できる友達としての好き……っていう位置なんだと思う」
「え?」
「これから先も、アイツの大胆さにいつもドキドキハラハラさせられるんだろうけど。アイツのことを懸想するみたいなことには、ならないと思うわ」
「…………」
茶々様にとっては、シロちゃんはあくまで『信頼できる友達』の域を出ていない、らしい。
つまるところは……わたしの、思い過ごし?
「……は~~~~」
大きく息を吐いた。
本当に、茶々様と対立することになると、果てしなく手強いことになりそうだっただけに、わたし、今とっても安堵してるよ。
いやー、よかったよかった。
もうこの際だから、わたしとシロちゃんの関係、茶々様には明かしておいた方がいいのかな……と、思った、矢先、
「――むしろ」
と、か細い声で呟きながら、茶々様はいつの間にか、わたしの席の傍らにまで移動していて。
わたしに向かって、少し熱っぽい視線を向けてきていた。
「そういう気持ちは」
「え……茶々様?」
安堵していたところで、いきなりだったものだから、わたし、ほとんど虚を突かれた状態だったんだけど。
そんなわたしの理解が追いつく前に、茶々様は、こちらの頬にその小さな手を添えて、
「多分、ずっと昔から――」
「はぅっ! な、なんだか、ラブコメの波動を感じますのっ!?」
わたしに向かって何かを言い掛けたところで。
真耶ちゃんが、電気ショックを受けたかのように身体を震わせ、意識を急浮上させていた。
「ああ、真耶ちゃん。身体、大丈夫?」
「ん……んんと、はい、なんだか幸せな夢を見ていたような。それでいて、妙に全身が軽いようなっ。やけに快調ですのっ」
「うん、大丈夫そうだね。いやー、一時はどうなるかと思ったけど」
「はいですのっ。ところで、先ほどのラブコメの波動は一体?」
「え? ラブコメって……っていうか、どうしたんですか、茶々様? なんでそんなにも涙目で戦慄いてる感じに?」
真耶ちゃんの復調を喜ぶ傍ら、何故か、茶々様はその小さな全身を震わせていた。
一体何が……と首を傾げるよりも先に、
「ま~~~~~や~~~~~!」
「ひ、ひぃっ!?」
茶々様、ズンズンズンと真耶ちゃんに歩み寄る。
驚きに仰け反る間も与えずに、真耶ちゃんの両頬を指でつかんで、ぐにーっと伸ばし始めた。
「あんたって子は、あんたって子は……!」
「
「おお、よく伸びる伸びる……真耶ちゃんも、茶々様に負けず劣らずの、もちもちだね」
「
「まだよっ! 絶妙なタイミングで茶々のやる気を削いでくれちゃって! こうしてくれる、こうしてくれる……!」
「ふぉ~~~~~~!」
怒れる茶々様、感情のままに真耶ちゃんの頬をタテヨコ交えて伸ばし続ける。
これは何処まで伸びるかを観戦してみたかったけど、さすがにこれ以上は、止めておいた方が良さそうだ。
「まあまあ茶々様、これくらいで」
「まだまだよ。茶々の怒りは、この程度では治まらないわ……!」
「っていうか、茶々様、何でそんなに真耶ちゃんに怒ってるんですか? というより、さっき、わたしに何かを言い掛けたような……?」
「う……な、なんでも、ないわよ」
「本当です?」
「本当にっ!」
茶々様、真耶ちゃんを解放したものの、徹底的拒否姿勢になっちゃった。
こうなると、頑として譲らない人なので、これ以上は無理か。
ううん、結構気になったんだけどなぁ。
恥ずかしさで顔が赤くなるっていう茶々様は、最近何度も見てるんだけど、ああいう風に、わたしに熱い視線を見せてくるっていうのは、わりと珍しいことだしね。
茶々様の機嫌が治ったら、訊いてみよう。
ほとぼりが冷めたら、答えてくれるでしょ……と、わたし、高を括ってたんだけど。
――お茶会が終わってからの、夕食前。
「茶々様、そういえばあの時、何を言おうとして」
「知らないわ」
――学校の用事を終えたらしい、紺本さんを交えての夕食時。
「茶々様、あの」
「記憶にないわ」
――お暇を告げて、仁科家を出る時。
「茶々さm」
「特に何もないわよ」
とまあ。
以降の茶々様、ずっとツンツンしぱなっしだったのには、わたし、流石にしょんぼりだったよ……。
こうなってくると、明日以降に普通に話すようになってからも、しばらく触れちゃいけない話題なんだろうなぁ。
こればかりは、茶々様だから仕方ないということで、待ってるしかないかもね。
あと、シロちゃんとの関係を茶々様に明かすのは……これもまた、待っておこうかな。
なんとなく、ね。
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