ACT76 どうしてここに居るのかって?


八葉やつば茶々よ」

「紺本奈央と申します」


 始業式が始まる前の、朝のHRの時間。

 我がクラスである一年二組の教室、教壇前にて。

 小柄かつ勝ち気な釣り目の少女と、長身で瞳を伏せている少女といった二人の転入生が、紹介されたのであった。

 ……朝の悶着から、真白は、なんとなくこういう予感を薄々抱いていたのだが、それでもやはり驚いた。

 あと、気になる点で言えば、


「八葉?」

「…………」


 朝に、朱実から聴いていた情報とで、名字が異なっていることだろうか。

 紺本奈央の方はともかくとして、万堂茶々は、高貴な財閥である万堂グループのご令嬢であると朱実から聴いていたのだが……彼女は、名字を『八葉』と名乗った。

 一体、どんな事情が……という思いで、真白は前の席に座る朱実の様子を見ようとするのだが、ここからでは表情が見えないので、少し推し量れない。


「あー、静かに、静かに」


 そんな真白のモヤモヤと、突然の転入生の紹介の教室内のざわめきを、担任の女性である緋山ひやま教諭が一声で鎮める。


「八葉さんと紺本さんは、共に五年前からこの夏まで、英国で暮らしていたのだそうだ。日本と向こうの高校とでは勝手が異なると思うので、クラスのみんなで、支えてやって欲しい。……二人とも、これで、よかったかな?」

「結構。よろしく頼むわ」

「よろしくお願いいたします」


 茶々は少し鼻を鳴らしながら尊大に、奈央は丁寧にお辞儀をして、緋山教諭に答える。

 どうやら、紹介は以上であるらしい。

 万堂グループについては触れられてないとなると、ご令嬢云々の話とは一体?


「ひとまず、八葉と紺本の席は明日何とかするとして、今から始業式だ。廊下に整列と点呼次第、体育館に向かうように。以上、解散」


 未だに事情を理解できない真白を余所に、緋山教諭は朝のHRを粛々と終わらせる。

 定番なら朝の授業開始まで、クラスとの生徒による転入生への質問タイムなのであろうが、生憎と、今日は二学期初日である。

 息を吐く間もなく、真白は、朱実と一緒に廊下に出ようとするのだが、

 

「朱実」


 教室を出る間際、茶々本人が、朱実に声をかけていた。


「あ、はい、なんでしょう、茶々様?」

「放課後、少し話しておくことがあるわ。……そうね、あそこの中庭に来て頂戴」


 まるで、『断らないわよね?』と言わんばかりの彼女の視線だが、朱実は、その内容を察しているらしい。


「わかりました。……茶々様、あの」

「今は何も言わないで。すべては放課後よ」

「……はい」


 朱実がかろうじて返事をすると、茶々は『じゃ、また放課後ね』とだけ言い残して、奈央と一緒に廊下に立ち並ぶ。

 そんな会話の様子を、真白は少々落ち着かない心地で見る。


「朱実」

「ん、大丈夫だよ、シロちゃん。茶々様、いつもはシニカルでフリーダムな方だけど、真面目な話をしたいときは、今朝みたいなことは絶対にないから」

「…………」


 微笑んで、真白の懸念に首を振ってくる朱実なのだが。

 やはり。

 真白は、気にせずには、居られない。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「改めて。久しぶりね、朱実」

「はい。お久しぶりです、茶々様」


 今日は二学期の始業式だけで、あとは簡潔な終わりのHRと宿題の提出が終わって、放課後。

 わたしは、茶々様の指定の通り、まだまだ残暑の残る中庭に足を運んでいた。

 九月といっても日差しはキツく、校舎の影になるところで、茶々様はわりと不機嫌そうに、紺本さんと一緒に待っていたのだが……ううん、今でも、この二人の前では気後れしちゃうよ。

 言ってみれば、彼女はわたしの親戚にあたり、なおかつ小学四年生までの幼なじみではあるんだけど。

 やっぱり茶々様は、格式で言うと遥か上の存在であるわけだしね……。


「まあ、今朝辺りに、大まかなことは仁科の人達に伝わってると思うから、茶々から朱実に詳しくここで説明したいところだけど……一つ、朱実に質問があるわ」

「え、なんです、茶々様」

「なんで! こいつが! ここに居るのよっ!」


 と、茶々様が小さな指で指す先は。

 さも当然のように、わたしの隣にいるシロちゃんである。


「いいでしょ、別に。なんだか気になったし」

「よくないわよ! これは、茶々達の家の問題! なに、部外者が首を突っ込んできてるのよっ!」

「部外者じゃないわ。あたしは、朱実の一番の友達よっ」

「躊躇なくドヤ顔で言ってきても、あんまり答えになってないわよっ。もう! 朱実、なんなのよこいつ!」

「ええと……わたしの、大切な、友達です」

「朱実も朱実で、答えになってないんだけど……!」


 確かに、この話に於いては、シロちゃんは部外者なのかも知れない。

 でも、シロちゃんがどうしてもわたしのことが心配で、付いてきてくれたのは嬉しいし、わたしとしても、シロちゃんにこの場にいて欲しいと思う。


「お嬢様。この方も、仁科様からそこそこ事情をお聞きしているそうですので、まとめてお話してみてはいかがでしょう。この方なら、それほど危険はないと思われますので」


 と、紺本さんが助け船を出してくれた。

 ジャストなタイミングで、事務的に、しかし茶々様に向けて出来るだけ優しい声音で。

 すると、どうだろう。


「奈央まで……うぬぅ、奈央がそう言うなら、仕方ないわね」


 茶々様、渋々といった様子で了承してくれた。

 昔から、彼女は紺本さんに置いている信頼は絶対的に厚い。それだけ頼りになる人だし……それの安心感については、わたしとて実感するところではある。

 実際、紺本さんにピンチを助けられた回数は、一度や二度ではない。

 それはそれとして。


「そこの、あんた!」


 威勢良く、茶々様はシロちゃんに噛みつくかのように呼びかける。


「あんたじゃないわ。そういえば、自己紹介がまだだったわね。乃木真白よ」

「ふんっ! あんたなんて、あんたで充分――」



「――ん?」



「……では、なく。えっと、その、乃木、さん?」


 対して、シロちゃんがちょっと視線を鋭くしただけで、茶々様の猛犬のように噛みつかんばかりの勢いが、生まれたての子牛のように萎んでいったっ!?

 しかも、さん付けって……茶々様が誰かをさん付けで呼ぶなんて、わたし、初めて聞くんだけど……。

 ううん、朝の悶着のアレが、まだ尾を引いているのか。完全に苦手意識を植え付けられちゃってるね。

 っていうか、シロちゃん、どこまでスゴいんだろ……。


「…………ふ」


 あと、紺本さんがこの光景に、少し、ほんの少しだけ吹き出したのを、わたしは見逃さなかったんだけど……ここは、つっこまないでおこう。話が進まないことだし。


「……ひとまず、この話は、他言無用にしてもらえるかしら。乃木さんは、朱実の信頼の置ける友人だというから特別に話すけど、茶々や奈央の素性と、茶々達がここに居る経緯を周囲に知られたら、少しややこしいことになると思うから」

「わかったわ。あなたとの約束は、必ず守る」

「……いろいろ躊躇がないけど、律儀なところは助かるわね」

「ん。察するに、あなたの事情は、朱実にもそれなりに関わりがあると思うし」


 と、シロちゃんはそれを前置きに、一息をおいて。



「となると、あたしの出来ることがあったら、八葉さんのために何かしらの力になりたいなって、そう思ったから」

「――っ!」



 まっすぐな視線で、シロちゃんがそのように言うと。

 茶々様、大きく目を見開いて……もちもちな丸っこい頬に、ボッと、急速に熱を持たせたようだった。


「? どうしたの?」

「な、なんでもないわよ……」

「本当に?」

「本当に! っていうか、茶々にあんまり寄ってこないで……ち、近いから……っ!」

「???」


 茶々様、シロちゃんに向けて視線を合わせられないのに、シロちゃんはわけがわからないといった様子で首を傾げている。……あー、これは、うん、アレだ。

 あのう、シロちゃん?

 彼女であるわたしの目の前で、他の子にまで、その無意識を発揮しないでね……っていっても、多分、無理なんだろうなぁ。

 その辺は割り切って、わたしが上手くストッパーになるしかないか。


「…………ふ、ふふ」


 その傍ら。

 紺本さんがまたも少しだけ吹き出していたんだけど、これについては(以下略)


 ……この二人のこういう表情、わたしにはとても引き出せなかったんだけど、会ってからわずか数時間で引き出してる辺り。

 本当、シロちゃんって、どれだけスゴいんだろうね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る