ACT73.5 どうやら驚いてくれたみたいですかね?


「ありゃりゃ、ちょっと早すぎちゃったかっ」


 時刻は午後六時……の、約二十分前と言ったところか。

 本日は、この町と隣町の境である河川敷にて花火大会があるためか、老若男女を問わず大勢の人々で賑わっている。

 そんな人だかりの外れで、黄崎桐子は、右手首に巻いた腕時計を見て呟く。


「んんむ、ちょっと浮かれ過ぎちゃったかなっ?」


 今日、所属する女子バスケ部の部活が休みである桐子は、待ち合わせでここに来ている。

 誰と待ち合わせているかというと――それはもちろん、約一ヶ月ぶりに顔を合わせる、桐子の大切な人だ。


「楽しみだなぁ……」


 夏休みに入ってからと言うものの、桐子は女子バスケの部活動、そして相手は趣味で活動していることがあって、お互いに忙しく過ごしていたためか、こうやって休日が合うのはこの長い休みの中では一、二回くらいしかなかった。

 桐子としては、まるで遠距離恋愛をしている気分だったのだが。

 夏休みに入る前の決めごとの通り、毎日スマホで連絡を取り合ってるし……その、なんだ、お互い、電話やメッセージだけでも、様々な意味で支え合えているしで、そこまで久しぶりって感じがしない。

 それでも、やはり、今からこうやって近くに感じることが出来るのは、とても楽しみだ。


「おっ……!」


 そわそわしながら待っていると、桐子のスマホに一件の着信。

 見ると、待ち合わせの相手から。


『あとちょっとで、待ち合わせ場所に着きます』

「ん……『了解っ。ボクはもう着いてるけど、時間あるから、慌てずにねっ』と。へへっ」


 メッセージを返し、スマホをポケットに戻しながら、桐子から笑い声が漏れる・

 もうすぐ会える。

 こういう、今か今かと待っている時間も、桐子にとってはなんだか楽しい。

 鼻歌なんかも出てしまう。

 その場でバスケのディフェンスみたいな動きもやっちゃうかも……っとと、これは少し浮かれ過ぎか。

 とにもかくにも、まだかなっ、まだかなっ。


「――お待たせしました、桐やんさん」


 後ろから……正確には背後のちょっと下から、かかってくる声。

 来たっ。

 そんな歓喜の瞬間を迎え、爆発しそうな気持ちを抑えながら、桐子はその声に振り向くと。



 ――そこには、浴衣姿の、桐子のほとんど知らない美少女が立っていた。



「えっ……!?」


 一瞬、桐子は息が詰まった。

 長身である桐子に反して、二十センチ以上は低い小柄な背丈。華奢で細っこい体格に、緑色を下地にした牡丹と蝶の模様が入った浴衣と、紺色の帯。

 少しクセのあるセミロングの髪を一つ結びにして肩に垂らし、柔和に微笑む、程良く化粧の入った小さな細面には、ささやかな気品が漂っている。

 そこまでは、桐子にとっては、ほとんど知らない部分であるのだが。

 ――ただ一点、大きくぱっちりとした、緑色がかったその瞳だけは、大切な彼女であると見間違えようはずがない。


「おなつ、なのか……!?」

「はい、桐やんさん。驚きましたっ?」


 浴衣姿の美少女――桐子のクラスメートで、友達で、そして恋人である緑谷奈津は、先ほどまでの柔和な雰囲気とは一転して、ささやかに元気でかつわりと丁寧といった、いつもの親しみやすい空気で返事をしてくれた。


「うん、驚いた。だって……今日のおなつ、いつもの眼鏡ないし」


 そう。

 自他共に認めるド近眼である奈津は、学校ではいつも度の厚い眼鏡をかけていたし、セミロングの髪も普段は三つ編みおさげと、全体的に少し地味にまとまっていたのだが。

 この、変貌っぷりは、さしもの桐子にとっても驚愕である。


「ええ、ちょっと今、コンタクトを試してるんですよ。その、この眼の色につきましては、桐やんさんに何度も褒めてもらいましたから、その、ちょっと自信がついてきたと言いますか」

「そ、そうなのか?」

「それで、ちょっと思い切ってみましたっ。朱実さんや拝島先輩、あと、最近アシスタントを頑張ってくれてる紫亜さんなんかにも、お化粧とかいろいろ教えてもらいまして。その……桐やんさんを、驚かせるために」

「おお……」


 照れ笑いで言ってくる奈津に、桐子は唸りを漏らす。

 なるほど、彼女は自分のために、ここまで頑張ってくれたのか。とっても嬉しい。

 桐子とて、友達の乃木真白とスマホを通して、女の子らしく綺麗になるための技術を学習中ではあるのだが……今の奈津は、まさにその完成系ではないだろうか?

 となると、今、目の前にいる彼女を見るだけで、自分にも何か得られるもの、きっと――


「き、桐やんさん?」

「え?」

「そこまで見つめていただけるのも、大変嬉しいことなのですが……そ、そのう、ちょっとガン見しすぎじゃありません?」

「あ、いや、ごめんごめん。変な意味じゃないんだ。――おなつが、とっても綺麗すぎて」

「っ……!」


 思ったままのことを言うと、奈津、ボッと顔を赤くする。


「き、桐やんさんが、真白さんばりの直球を……!」

「綺麗すぎるから、ボクも、おなつみたいに綺麗になりたくて、今のおなつから何か学びたくて」

「そ……そうは、言われましても」


 しどろもどろになる奈津。

 照れてる様子も、また綺麗だ。

 そんな彼女の一挙手一投足を見逃さないように、桐子は奈津を見つめ続ける。


「えっと」


 じ~。


「そ、そのっ……」


 じ~~~。


「う……う……」


 じ~~~~~~~。


「しゅ……終了ですっ」


 と、限界を迎えたらしい、奈津はどこからか取り出した眼鏡を取り出し、その綺麗な緑の瞳を隠し、姿見がほぼ普段通りに戻ってしまう。

 これには桐子、極上の料理を目の前で遠ざけられてしまったわんこのような気分になってしまう。


「お、おなつ、なんで隠しちゃうんだよっ。つか、コンタクトに眼鏡は大丈夫なのかっ!」

「これは伊達ですので問題なしですっ。ともあれ、自分としてはあなたを驚かせるために気合を入れたものの、そこまで真剣にじーっと見られるのと、その、身が保ちませんのでっ」

「ゑー、いいじゃんいいじゃん、減るものでもなしっ」

「現在進行形でライフが減りますのでっ」

「むぅ…………でも」

「? でも?」


 つい、オウム返しに訊いてくる奈津に、桐子は、



「眼鏡のおなつも可愛いから、これはこれでっ」



「――――っ!?」


 奈津、再び顔の赤さがエクスプロージョンした模様。

 それに構わず、桐子は彼女の魅力を堪能する。


「あ……」


 じ~~~~~~~~~。


「いや……」


 じ~~~~~~~~~~~。


「その、か、勘弁してくださいいぃぃぃ!?」

「ああっ、おなつっ!?」


 奈津、人だかりの波に逆行するかのように、全力で逃走。

 だが、足はそこまで速くない上に、彼女は現在浴衣なので、追いつくのは容易であるが……下手を打って転倒でもしたら危ないので、桐子は早めに追いつかんと、走り出す。


 そんな、彼女との追いかけっこも。

 桐子には、とっても楽しい。


 本当に、今日――この、八月二十一日。

 黄崎桐子と、緑谷奈津の、誕生日は。


 とても、良い日になりそうだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 慣れないことをすると、大変な目に遭うとはよく言われたものですが。

 今回についても、わりとそうなってます。

 ああ、もう、恥ずかしくてたまりません……。


 でも。


 綺麗だ。


 可愛い。


 その、一言、一言に込められた、桐やんさんの想いが。

 ――自分には、たまりません。


 本当に、今日は……最高の誕生日になりそうです。

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